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第45話 デブリーフィング


「ふぅ……」


 機体をエプロンに止めた私は、頭に被っていたヘッドマウントディスプレイを脱ぐ。コブラという名が付けられているそれは、頭頂部から後頭部にかけていくつもの凹凸が付けられており、私にはあまりカッコいいとは思えない物だった。

 現実でもゲームでも被り物を付けている事で、偶にどちらがリアルなのかわからなくなる錯覚に陥る。現実で付けているVRインターフェースは、もっと開口部が多いのだが。


 気持ちの良い陽気の風に吹かれていると、ジャックの機体がストンリコの滑走路へ降り立った。高音を発しながらタキシーウェイを通り、私の横へと止まる。

 グリペンのキャノピーは、他の航空機の通例と違って右側が開く。最初はそれに戸惑いを隠せなかったが、今では慣れたものだ。彼も同様の様であり、エンジンを止めた彼は軽い足取りでステップを降りてきた。


「よっし、今日も生き残れたな」


「今日はありがと、おかげで助かったわ」


 空の上で言えなかったお礼を、彼に告げる。

 彼の言葉がなければ、良くて相打ち。下手をすれば一方的にやられていた可能性だって少なくない。


「よせやい、お前に助けられた事だっていくらでもあんだ。俺達、チームだろ?」


「ふふっ、そうね」


 そう言うと、ナオの機体が滑走路に接地。タイヤは一瞬だけ白煙を上げ、カナードがエアブレーキとなるために下を向いた。


「あいつもいい仕事だったな」


「あそこでナオが気付いてなかったら、そのまま敵に喰われてたでしょうね」


「最近のナオは場慣れしたのか、カンが冴えてるぜ。一緒に飛んでいても危なげが無いし、ベルと組ませてみたら面白いかもな」


 それは良い案かもしれない。ナオの直感とベルの性能、この2つがどんな化学反応を起こすのか見てみたい気がする。


「いいわね。ジャックのお墨付きも出た事だし、やってみましょうか」


 そんな会話がされているとは露も知らないであろう彼女は、機体を誘導させながらコクピット内でこちらに向かって手を振っていた。

 その様子に目を細めていると、後ろから声が掛かった。


「ふぃーおーなーちゃーん!」


 その声に振り向くと、隣のハンガー前でもこちらに手を振る影があった。

 ジャックと共に、その声の主へと駆け寄る。


「マリーさん、大丈夫でしたか?」

「おいマリー、大丈夫だったか?」


 マリーの前に着いた私は、全く同じ言葉を発したジャックと顔を見合わせてしまった。


「あらあらまぁまぁ、仲の良い事で」


 両手を合わせて、マリーは笑う。


「……もう、茶化さないで下さいよ」

「……茶化すんじゃねえよ」


 む、またこいつは私の真似を……。

 彼女はじとっとした視線をこちらに向けながら、言葉を続けた。


「これはいよいよ、あーやしいわぁ。……ま、それはひとまず置いておいて、早速だけど写真が出来たわよ。フィオナちゃんも無事帰って来れた事だし、何か飲みながらみんなでデブリーフィングしましょうか」


 それに頷くと同時に、最後の隊員が接地したスキール音が聞こえてきたのだった。




 ***




 ストンリコ基地のブリーフィングルームに、今回の作戦に参加したメンバー全員が集まった。


 誰一人欠ける事無く、成功に終わった作戦……だったのだが、そこには微かな違和感があったのだった。

 各々、顔を見合わせてその無事を喜ぶ。が、その誰もが最後にナオへ目線を向けている事に私は気が付いた。

 改めて、部屋にいる人数を数え直す。サイクロプスが4人、バンシーが4人、マリーが1人、フェザーが3人と1個。

 なんだ、全く問題無い。


 ……いやいや。


「……ナオ、ちょっと聞いてもいい? その抱えているボールは何?」


 彼女が持っている灰色のビーチボール大の物。中心にはカメラの様な物が付いており、それはまるでサイドワインダーのシーカー部分だけを切り取ったかのように見える。


「あ、これですか? これは……」


【それは私から説明しましょう】


「「「うおお!? 喋った!?」」」


 サイクロプスとバンシーの面々から、驚きの声が上がった。


「この声は……ベルね」


【正解です、フィオナ。偵察任務を成功させた事で、プローブが使えるようになったみたいです。皆さんのお話に参加出来ますよ】


「ほー、良かったなベル。ログは読めるとか言ってたが、やっぱ寂しかったんだな!」


 ジャックはそのボールをナオから奪い、肘をぐりぐりと押し付けた。


【それはそれは、もうハンガーで1人だけ待っているのは辛い物でした】


 抑揚の無い声でベルは言った。……物凄く胡散臭く聞こえるのだが。


「そ、それじゃ始めようかしら……」


 咳払いを1回して、マリーが話し始めた。


 彼女の脇にあるスクリーンに、ブラックバードで撮った物と思われる写真が表示される。

 湖畔と市街地。森。市街地。山岳部。平原。彼女の通ったルートに沿って、それらは並べられているようだ。


「流石に、もう辺境部には人がいねぇな……」


 ジャックが感想を漏らす。戦略目標が2つの拠点に絞られた今、それまで賑わいがあったであろう地域には煙1つ上がっていない。


「みたいだねぇ。これは……ニザコの辺りかな? 前の時には激戦地になったもんだけど」


 3枚目、市街地の写真を眺めながらヒューは呟く。


「問題は4枚目の山岳部よ」


 その写真を拡大するマリー。だが、映っているのは木、木、木と緑一色だ。

 ここを見て、と彼女はレーザーポインターである部分を指し示す。それは高度が高くなり、草木がほぼ見当たらなくなっている場所だった。


 お、何かある。車列だろうか。


「これ、多分あのSAMだな……」


「こっちにはレーダーっぽいのが映ってるぞ」


 ダスティが指摘する場所には、確かにそれらしき物があった。


「山の上、か。この仕掛けは正直、僕らにとって天敵と言えるね」


 位置エネルギーを最初から獲得しているSAM。正面からぶつかれば、厄介以外の何物でもない。


「ふふん。俺らはこれの弱点、見つけたぜ」


 ジャックが得意気に先程の戦いを説明する。

 それを聞いてサイクロプスとバンシーの面々は、成る程と納得しながら頷いていた。


「……なるほど、高い所にあるせいで俯角が取れないんだね」


「低空で近付けば怖くはないってか」


「でも、そうとも言えないのよ」


 ヒューとダスティに対して、否を唱えるマリー。


「さっき、イーグルヘッドから報告があったわ。フェザー隊が交戦した時、最後に現れた増援なんだけど」


「ああ、居ましたね」


 私はマリーに相槌を打った。

 まぁ、急に現れる敵機は以前の戦いで経験済みだ。仕組みが分かれば怖い事はない。

 そう、思っていたのだが。


「あの機種、Su-27だったようよ」


「何、VTOLじゃないのか!?」


 ジャックが驚きの声を上げた。私も彼と同じ事を考えていたので、その表情を隠せない。


「いくらスホーイの機動性が良いって言っても……」

「流石に垂直ジャンプは出来ないよな……」

「ベトナムの頃みたく、ロケットブースターとか」

「ばか、そもそも滑走路代わりの道路すらないじゃんか」

「隠し機体か?」

「可能性は否定出来ないけど、それもちょっと考えにくいな……」


 議論が白熱する中、ナオが私の袖を引っ張った。


「ねえ、フィオナさん……ベルが、なんかあそこを見つめながらチュインチュインしてるんですけど」


「ベル、なんかあったの?」


【穴があります。上空からも、一度だけ視認をしています】


「アソコの穴がなんだって?」


 ジャックをグロックでひっ叩いた後、ナオの指差す場所に眼を凝らした。


「いてえ……」

「いや、今のはジャックが悪い」

【ジャックの被弾を確認】

「待て待て、そういう意味じゃねーぞ!」


 僅かに、森が開けているように見える箇所があった。……防空壕?

 そしてよく見ると、その手前には少しだけ舗装路のような物が見える。


「あと、ココとココとココと……」


 そう言いながら前に出たナオは、背丈より高いスクリーンのあちこちを指差し始めた。1カ所、高い所にあるものには手が届かずにぴょんぴょんと跳ねている。


「六角形? この位置は、イーグルヘッドから報告があった位置と同じね……」


 それを見ていたマリーが呟く。しかし、私には別の形に見えていた。


「これ、アスタリスクじゃない?」


 *マーク。つまり、中心から放射状に何かが"生えている"という形だ。


「もしそうだとすると、これが滑走路なんじゃないか? 中心から6本のランウェイ、真ん中がエプロン兼ハンガーだとすれば、ここは立派な基地だぜ」


 そうジャックは言うが、ヒューは疑問を口にする。


「でも、これにどうやって着陸するんだい?」


 彼はマジックの様な物を手に取り前に出て、スクリーン上の6点を対角線で結ぶ。その線は、SAMの設置されている辺りで交差した。


「これが滑走路だったとするよ。距離的には何とか離陸出来る距離みたいだけど、着陸はどうするの?」


「んー、確かにそうだな……トンネルみたいな形になってると仮定しても、中に航空機が入ったら気流が乱れて壁面にぶつかるだろうな」


「トンネルに高速の物体が入るという事は、ピストンのようになると考えれた方がいい。そうなると最大の敵は空気抵抗だ。逃げ場のない空気の壁が、侵入した機体を阻むだろう事は容易に想像出来るよ」


「後、トンネル侵入時の角度も怖いな。高度のぶれを恐れて低空で行くと、入った瞬間に地面効果が無くなりそうだ。だからといって空母みたいな形で入ったら、逃げ場が無いからリテイクは効かないしな……」


 凄い、ヒューとジャックがプロみたいな会話をしている。いや、元プロなんだけども。


「まぁ、考えても仕方ないんじゃない? 現に、そこを使ってるとしか思えない訳だし」


「フィオナちゃんの言うことは尤もね。ここから敵機は発着陸しているという前提で考えましょう」


 マリーの言葉に、ヒューとジャックは頷いた。


「取り敢えずここが敵の拠点、てことで間違いなさそうだな」


「以前の戦いではこんなものは見たことがなかったよ。多分、正解だね」


「……勝利条件は、ここの占拠か破壊。アステリオスの中枢の場所を考えると、ポイントはこの基地の内部にあると考えるのが良いでしょうね」


 これだけの規模の基地を壊す。流石にそれは選択肢に入れない方がいいだろう。内部構造を熟知出来て、弱そうな箇所に爆薬を仕掛けられれば可能かもしれないが……。

 そんな余裕があるなら、占拠に回った方が手っ取り早そうだ。


「そっちは地上部隊に任せるしかねえな……」

「そうだねぇ……」


「よしっ!」


 勢いよくマリーは立ち上がった。


「この情報は、全軍で共有するようにするわ。終わり次第、攻撃組は時間を合わせて仕掛けるつもりよ。詳細が分かったらまた連絡するから」


 彼女は解散を告げ、そそくさと部屋から出ていった。




 ***




「今回は地上の援護ぐらいしか出番がねえかもなぁ……」


 ハンガーで整備メニューを出しながら、ジャックが呟いた。


「そう?」


「だってよ、高空か超低空しか俺達の居場所はないんだぜ?」


「あのミサイルは厄介ですよねぇ……」


「地上部隊に処理して貰おうにも、ちょっとあの高さはキツいだろ」


 スポンリオ山は標高2,917m。

 きっとこのゲームは高山病もきっちりシミュレートしてくるだろう。そんな所での戦闘は確かに厳しい物がある。


「トマホークに任せたらいいんじゃない?」


「あれも相当古い兵器だぜ。1発でもクリーンヒットすりゃいいだろうけど、SAMで迎撃される可能性の方が高い」


「でも、あれが潰せれば相当大きいわよね。さぁみんな、対地兵装を装備して」


 そう、あのSAMが無くなれば空の自由度は飛躍的に上がるだろう。

 メニュー内のショップ画面を開き、兵装を購入。


「そりゃそうだが……お前、まさか」


「私達でやるわよ、あれ」


 ナオは驚き、ジャックは呆れた顔をした。


「現状、こちらの勢力の中であのSAMの死角を体感したのは私達だけ。だったら、無駄に被害を出す前に私達でサクッとやっちゃいましょうよ」


「いや、それは簡単に言うけどよ……」


「作戦は何かあるんですか……?」


「簡単よ。マリーさんの艦隊の誰かに、トマホークを目一杯撃って貰うの。そっちに注意が向いた隙に、私達は死角から一気に仕掛ける。敵は今、偵察飛行されて今後の対処に気が向いているはず。やるなら今日、今からしかないけど……」


 そう言うと、ジャックとナオは考え込んだ。


「……シンプルだが一理あるのがムカつくな。わーったよ、今日は徹夜して付き合ってやるぜ」

「ジャックさんがそう言うなら……わかりました、お付き合いしますよ!」


 基地内通信を使い、マリーにチャットを繋げる。彼女に作戦を説明すると、二つ返事を返してきた。


「オッケーだって、行くわよみんな!」


 4機のグリペンは、同時にエンジンへ火を入れる。NPCは、作戦に必要となる装備を慌てながらパイロンに装着し始めた。


 再び騒音が響き始めたストンリコ基地の外は、既に夕闇が空を包み始めていた。




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