第43話 補給
少し先を飛ぶブラックバード。それを追い掛ける為に、アフターバーナーを点火。
アフターバーナーはその構造から燃料をこぼしているような激しい消費量を伴う為、急速にMFD上の燃料計の数値は減少していっている。
このままでは護衛どころの話ではない。ウェイポイントを消化するその前に息切れしてしまうだろう。
見かねたジャックが声を上げる。
『おい、マリー。ちったぁ手加減してくれ。そんなに機速を出さなくても落ちやしねぇって』
『わかったわ。もうちょっと頑張ってみる』
少しずつ前方の黒い機影が大きくなってくる。
そのすぐ後に、私達の前を行く2つの部隊の影も見え始めた。1、2、3……あれ。10個、見える。
『あ、ヒューさん達に追い付いたみたいですね』
そうナオが言って間もなく、聞き慣れたいつもの男の声が無線に入ってきた。
『こちらイーグルヘッド。フェザー隊へ、もうすぐこちらと合流出来るはずだ。位置情報をこれより送る』
「こちらフェザー1、リンク確認。あと数キロだし、もう見えてるから大丈夫よ」
『先に着いたバンシーから給油中だ。給油についてはアンブロシアの指示に従ってくれ。俺の横を飛んでるKC-767Aだ』
KC-767A。旅客機として成功している767型を空中給油機に改造した機体である。今まで空中給油機のお世話になった事が無かったので、見た事が無い機体だ。
その横を少し離れて飛ぶ、同型の白い機体。背中に大きな皿を乗せたそれは、多分イーグルヘッドだろう。
『イーグルヘッドってE-767だったのか。E-3だと思いこんでたぜ』
「そう言えば、近くで見るのって初めてよね」
『ん? ああ、そうだったか。今まで結構やり取りしてきたからか、機体越しとはいえ初対面とは思えないな』
「この間は大丈夫だった?」
『ああ、なんとかな。まぁエンジンが2つありゃ、なんとかなるもんだ』
「また元気そうな声が聞けてよかったわ」
『なんだそりゃ、死ぬ訳じゃあるまいし』
けらけらと笑うイーグルヘッド。
そして、そこに更に陽気な声が飛んできた。
『こちら空中ガスステーション、アンブロシア。さぁて、フライングブームかプローブアンドドローグ。どちらがお嬢さん達はお好みかな?』
彼が聞いてきたのは給油方式の事だ。
フライングブームは給油機側が長い棒を操作して、こちらの給油口へ燃料を入れる方式である。
もう一つのプローブアンドドローグは、給油機から垂れ下がった漏斗に対してこちらの機首にある受け口となる棒を突き刺す方式だ。
「私達、みんな偏食家なの。空いてるプローブはある?」
『残念お客さん、ちょっと遅かったね。座席が満杯なんだ。ちょっと待って貰えるかな?』
「フェザー隊、了解」
機体が10機の影に近付き、ようやく詳細が見えてくる。灰色のその巨大な機体からは3本の糸が垂れており、その先にバンシー隊のスーパーホーネットが繋がっていた。
まぁ、みんな海軍機だしね。海軍機は大体がプローブアンドドローグなのだ。
『あ、私はフライングブームが良いなぁ』
『了解、それじゃバンシーが終わったらブームを出すからね』
『マリー、了解っ』
バンシーの3機へ給油が終わると、機体後部のブームから延びていた漏斗はするするとその中へ戻っていった。そして、今度はその先端から長い棒が飛び出してくる。
『それじゃ翼端のプローブで各隊は給油していってね。次はバンシー1とサイクロプス4でいこうか。マリーさんはブーム近くに機体を固定してね』
3人からそれぞれ、了解の声が飛ぶ。
ブラックバードは少し機速を上げて、KC-767Aの後部へと近付いていく。そして、そこから延びるブームのすぐ真下で止まった。
『オッケー、そのままそこで機体を静止させといてね』
『わかったわー』
ブームはそこから更に延び、ブラックバードの給油口を目指していく。
『あん、こんなに延びるのねぇ……そう、そのまま……上手いものだわぁ。もうちょっと……あ、はいっ……たぁ』
ごくり。
無線から、皆の唾を飲み込む音が聞こえた。
『……ねえマリー、ちょっと恥ずかしいんだけど』
すると、見かねた旦那から制止の声が入った。ナイス、ヒュー。きっとあなたしか彼女を止められなかったわ。
『えー』
『なんつーか、ヒューが居るとこだと生々しいからやめろ!』
『ジャック、それはそれでなんか……』
突っ込んでいいのかどうか分からないので、ここは黙っておこう……。
『なんか、えっちですね!』
ナオ、なぜ突っ込んだ……。
その後は給油が終わるまで、ナオが下ネタに拒否感が無い事を知ったおっさん達による楽しげなトークが行われたのだった。
ナオとジャックの後に私の給油も終わり、全員のタンクは再び満タンとなった。
前方に見える陸地が段々と大きくなってくる。
『本日はご利用有り難う御座いました、これにて閉店となります。伝票は各自へ送っておくから、食い逃げはしないでね』
「わかってるわよ。ありがとう、アンブロシア」
『よし、ここからの道案内は任せてくれ。各機、方位340、高度10,000ftへ』
『サイクロプス隊、了解』
『バンシー隊、了解』
「フェザー隊、了解。マリーさんは私達の隊に付いてきて下さい。ベル、マリーさんのカバーをお願いね」
『わかったわ、フィオナちゃん』
【Roger.】
私の左右にナオとジャック、後ろにマリーとベルが並ぶ形で隊列を組む。前方の左右には、アブレストを組んだサイクロプスとバンシーの両隊が広がった。
給油をこなした事で、マリーも大分機体に慣れてきたようだ。速度の調整が先程より上手くなっている。
『こちらイーグルヘッド。ストンリコ上空まで行ったら、マリーさんは偵察行動に入ってくれ。やり方は大丈夫か?』
『予習はバッチリよ。そこから一気にアフターバーナーで上昇。ナニアオイまで行ったら右旋回でUターンしながらネテアへ向かうルートね』
『ところで、なんでマリーはやるって言い出したんだ? 別にフィーとかナオでも良さそうに思えるんだが』
ジャックが素朴な疑問をぶつける。
ちょっと待て。自分がやると言う発想はないのか、この男は。
『これね、天測しないといけないでしょ。その辺は船乗りが適任かなって』
『ああ、なるほどな』
「私はそれ、出来ないわね……」
『てんそく?』
ナオが疑問を口にする。
「星を見て、方角を測るのよ」
『へぇー。マリーさん、そんな事出来るんですねぇ。すごい!』
答えを得た彼女は、感心したような声を出す。
流石にその辺はリアルのスキルが物を言う。むしろゲーマーでそんな事が出来る人は居るのだろうか。
まぁ、物好きは居るかも知れないが。
『もっと褒めて、褒めてぇ』
『マリーは海の女だからねぇ。そういえばジャック、あれ覚えてる?』
『ああ、リムパックで大暴れしたアレか』
『ちょっとやめてよ、恥ずかしいから……』
なんか、面白そうな話だ。
『まぁ、姐さんなら何をしでかしてても驚かないな』
『うむ。別の国の船に体当たりしたとかでも、全く驚かないかもしれない』
『流石にそりゃ大問題だろ』
好き勝手に予想し始めるサイクロプスとバンシーの面々。
『お、結構近いな。こいつ、命令無視して1人で敵のど真ん中に突っ込んだんだよな』
『それで数隻に撃沈判定を出して、悠々とウイニングランしてきてね』
それ、あんまり大きな声で言える事じゃないんじゃ……。
『んもう。そういう事ばっかり言うから、姐さんとか言われちゃうんじゃない! ヒューが言うなら、私もアレ言っちゃおうかなー』
『……待った。何を言う気か分からないけど、プライベートは反則だよ』
『仲が良いこって。お熱いね』
『あ、ジャックさんがすねたー』
これ以上はまたなんか生々しい話が飛び出しそうで怖い。
しかし、本当にこの3人は仲が良いな。現役時代の光景が目に浮かぶ様だ。きっと、無茶な事をやらかして上官を困らせていたに違いない。
『こちらイーグルヘッド。さぁ、そろそろ遊覧飛行は終わりだ。そろそろ始めて良いぞ』
既にストンリコ付近まで来ていたようで、目前にはトンリコ湾と思われる細長い内湾が広がっていた。
『了解。それじゃみんな、行ってくるわね』
バックミラーに映るブラックバードが高度を上げ始める。
『バーナー点火!』
すると、その巨大な機体は上昇で速度を落とすどころか、一気に加速を始める。長い排気炎を曳きながら、頭上を飛び越していく黒い機体。
なんて力強い姿なんだろうか。そのまま重力を振り切ってどこまでも行けそうに思えてしまう。
『ほれ、見惚れてないで俺らは合流ポイントまで向かおうぜ』
「あ、ごめんジャック」
『イーグルヘッドより各機。方位170へ回頭、こちらに合流して彼女を待とう』
『サイクロプス、了解』
『バンシー、了解』
「フェザー、了解。」
一旦陸地まで近付いた私達は、再度海の上へと向かった。
***
薄暗い通路に光が灯っていく。手前から等間隔に2列の光が点灯していき、その列が視界の奥の方で重なろうとする寸前、それは終端に輝く星へと至った。
灯りのお陰で、その通路の天井が微かに見えた。人間からすれば通路はあまりに巨大だが、自分が乗っている物からすればそれはあまりにも狭い。
『サラマンダー隊、クリアードフォーテイクオフ』
『了解。各機、ウェイポイント2で合流。その後はいつもの哨戒だ。まぁ、何も無いだろうけどな』
「サラマンダー2、発進する」
そう宣言してから、スロットルを最奥まで押し込む。すると轟音と共に機体は押し出され、着陸灯が視界を流れ始めた。
気圧の変化で、耳が詰まる感覚。前方の空気が圧縮されて壁となっているようで、対気流速度が思うように上がって行かない。
この感覚には、何度やっても慣れる事が出来ない。
視界の先に明るく光る出口。そこを潜ろうとした瞬間、あまりの明るさの違いに瞳孔の動きが対応出来ず、視界を奪われた。
それを無視するように力の限り操縦桿を引くと、自分を後方に引っ張る何かから開放されたように機体は再度加速を始めた。
足が地面から離れ、浮遊感が体を包み込む。その時にはもう目は明るさに慣れており、いつも通りに山間の低高度を飛ぶ自分を確認して安堵した。
「サラマンダー2、離陸成功」
『よし、みんな上がったな。上空待機をしてたハーピーは戻っていいぞ』
『ハーピー1、了解。毎回の事だからもう大丈夫だけど、やっぱここへの着陸は怖いわね』
「そうだな。最初、コツが分かるまで何回機体を壊したか」
『突入時の角度にさえ気を付ければ、な。さぁ、管制の許可が出たら順次降りてくれ』
『わかったわ』
『ハーピー隊、進入して下さい』
『了解、ゼウスコントロール』
さあ、上がれたから次はウェイポイント消化だ。任務に入る為に、その最初の場所へと機体を向ける。
大気の枷から開放された自機のフランカーは、まるで嬉しがっているかのように鋭敏な反応を返した。
今日もラズオン世界は平和です(え