第42話 ブラックバード
アステリオス実装の翌日、マリーの宣言通りにブリーフィングルームでは作戦会議が行われた。
その規模は私が今までに参加した中では最大であった。全員は部屋に入りきらないので各部隊のリーダーだけが参加を許される程だ。
暇になったジャックとナオは、仕方がないのでベルを連れてラッティングに出ると言っていた。
マリーがスクリーン前に立つと、部屋は珍しく素直に静寂に包まれた。
「それじゃ始めます。色々と情報が多いから整理するわね」
スクリーンに投影された地図を指し示しながら、彼女は続ける。
「敵を知るにはまず味方からと言う事で、アステリオスから。アニハ基地の東に出現した塔だけど、これは大規模なECMを行えることがわかっています。ECCM機能もあるようよ、まだ詳細は分からないけど」
予想通り、あの塔は巨大なECM発生装置だったのか。ECCM機能とは、普通はECMに対抗する"手段"の事を指す。例えば、ECM発生源に対してのホーミング等だ。
塔が行うECCM……ちょっとよく分からないな。
「で、その範囲はネテア上空辺りまであるようね。他には対空兵装が設置されている事がわかってます。側面の全周囲をカバーするように備え付けられている砲身、それらは全部AAAみたい。でも、誘導兵器は無さそうよ」
ここも見た通りだろう。距離さえ取れば怖くはないだろうが、なまじ高さがあるのは敵にとってやっかいな所だろう。
「そして、最後の特徴は塔の内部よ。迷路状になっていて、ここを落とす為には最上階まで登らなければいけないの。もし攻め込まれても、そこで時間稼ぎが出来る可能性があるわ」
登ろうとした人達が諦めて自殺する程の迷宮だ。そう簡単に破られる事は無さそうだが、だからといって守りを疎かにする理由もない。
「以上の3つが大きな特徴よ。海に面している事もあって、防衛に当たって注意するべきは揚陸部隊と艦砲射撃かしらね。特に艦砲射撃が一番の驚異になると思うわ」
動けない巨大構造物は、海上からの射撃目標としては最高の物だ。足の遅い誘導弾ならAAAで迎撃が出来るだろうが、砲弾となるとそれは難しい。フリゲートやイージスを射程に入れさせない事が第一目標になりそうだ。
しかし、あまり目新しい情報は流石にまだ無いか……。
「これを防衛する為に、アニハには戦力が集結しているわ。あなた達の中でも、対艦戦闘が得意な部隊はそちらに回るのもありかもね。その辺は自由になっているから、自分が一番得意な事をして欲しいわ」
確かに、それが一番勝利へ近くなる事だと自分も思う。そうなると私達はマルチロール機なのでどちらも出来てしまうのだが、昨日の会議で宣言したのでそこに迷いはない。
ただ、最前線へと立つのみだ。
「で、次に敵の情報だけど……正直な所、まだ手探りといって良い状況よ。ただ、おおよその場所は見当が付いているの」
スクリーン上の地図を、北側へ大きく動かす。
ネテアから海岸沿いに北東へと行くと、大きな平原が広がる。そこの中心にある都市、サリラ。ここの郊外にも大規模な空港がある。
「AWACSからの情報によると、サリラ空港へのトラフィックが急増しているらしいわ。ここの防御を固めるのならその近く、もしくはその先に敵の拠点が有るのではないかと見ているんだけどね」
ふーむ。そうなると、目下の問題はネテアとサリラの確保か。
「あ、1つ大事な事を忘れていたわ。まだ大きな戦闘があまり行われてないから見逃されている事なんだけど、塔の実装後から各市街地が拠点としての能力を失っているの。今、全員のリスポーンポイントは強制的に変更されているわ」
お、これは大きな情報だ。
「私達はアステリオスへと変更になっているから、敵側も多分同様だと思うわ。そうなると、ネテアの敵を排除しつつサリラへ向かう感じになるかしらね。特に地上部隊をしっかり援護していかないと増援が途切れてしまうから、私達の役目は重要よ。あ、リスポーンポイントの再設定を忘れないでね。艦船やAPCへの設定は今でも出来るようだから」
その援護がしっかり出来るようにする為にも、航空優勢の確保が重要だ。
「大きな情報は……こんな所かしらね。それじゃ、ここからはフリータイムで行きましょ。これ以外の情報があったら、是非教えて欲しいわ」
そこから、各隊のリーダー達は思い思いに話をし出した。それを横目で聞いていると、マリーがこちらに歩いてきて耳打ちをする。
「また、お願いしちゃうんだけど……」
「わかりました」
「……後で私の部屋に来てね」
そう彼女は言い残すと、他の隊長同士の話の輪へと入っていった。
その後のブリーフィングでは、主に隊同士の連携をこれからどうしていくかという点に重点を置いて話し合いが行われた。
そして最終的に、対空と対地を行うメンバーはほぼ半々に分かれる事となった。基本的には、今使っている機体で出来る事をやるようだ。無い袖は振れないといった所だろう。
マリーに呼ばれた私は、話し合いの終わった後に彼女の部屋へと向かった。
その途中で、2人の男達と顔を合わせる。ヒューとダスティだ。
「マリーに呼ばれたの?」
「お、フィオナちゃん?」
「そうよ。と言う事は、2人も呼ばれたのね」
歩調を合わせて部屋へと入る。
「フィオナです。入りますね……って、その格好なんですか!?」
「あ、いらっしゃーい」
と、ジャンプスーツを着ようとしている半裸の彼女に遭遇した。まだ脚だけを通しており、お尻も胸も丸出しだ。自分に無い物を目の当たりにして、どうしても視線がある部分に固定されてしまう。
私に続いて入って来た2人はと言うと、
「お、ラッキー」
「ダスティ、僕の嫁だよ……」
「だからいいんじゃないか」
「よし、フレ登録解除しようか」
「待った待った! 悪かったって!」
ダスティは結構残念な人だったんだな……。
マリーはそのまま上半身をスーツに通して、着心地を確かめながら、
「よし、オッケー!」
と、腕をぐるぐる回しながら言う。
「ほんとにやるつもりなんだねぇ」
「ヒュー、どう言う事?」
そうダスティが疑問を口にする。するとマリーは
「私が今度は偵察に出るわよ!」
と、張り切った様子で言った。
「フィオナちゃんにやらせるばっかりじゃなくて、たまには私も前線へ出ないとね」
そう言いながら準備を続ける彼女の隣には、宇宙服のような物が無造作に置かれている。
「たまには、って艦はどうするんですか?」
「うちの部下は優秀だから、任せとけばいいのよー」
そんな、適当な……。
「ま、今回は彼女にやらせてあげてよ。この為にも結構練習してたんだ。正直、冗談半分かと思って練習に付き合ってたけども」
「ヒュー、ひどいわぁ」
泣き真似をするマリーを慰めるように撫でるヒュー。
それなら、無理に止める訳にもいかないか……。
「3人を呼んだのは、護衛をお願いしたいからなの。といっても、途中からは単独での飛行にどうしてもなっちゃうけどね」
「そう言う事なら、わかりました。無茶しないで下さいね?」
「……あなたからそう言われるとは思わなかったわ」
にやりと笑いながら、マリーは傍らの宇宙服をインベントリへと仕舞い込んだ。
***
アニハ基地。
ブリーフィングで時間を使ったので、空はもう夕暮れが近い。
ここへの移動には、私達は自分達の機体をそのまま使った。今は出撃の用意の為に、エプロンで燃料を補給中だ。
レガシーより機体が一回り大きく、エアインテークが円形から菱形へと変更になっているスーパーホーネット。
グリペンより二回りぐらい大きく、双発のデルタ翼機。ユーロファイター計画より派生したラファール。
3隊全員が揃って機体を並べると、それは圧巻の光景だった。
マリーは練習に使っていたらしいT-2 バックアイに乗ってきた。これは実に可愛い飛行機であり、少し腹部がまるっとしている練習機だ。
そして既にエプロンへと出されている、これから彼女が乗る機体。ジェットエンジンを始動させる為のレシプロエンジンが接続され、とてつもない轟音を奏で始める。
「で、目の前に現れたのがまさかのSR-71……これ、私に乗れって言われてたらちょっと躊躇うかも……」
「俺もだなぁ……さっきの移動中にフィーから聞いた、マリーが宇宙服を持ってたとか言ってたのは、与圧服の事だったんだな。しかし、エンジン始動準備に丸1日掛かるんじゃなかったか?」
SR-71 ブラックバード。もう退役してしまってはいるが、冷戦時に活躍した超音速偵察機。巨大なエンジンを翼の左右に1つずつ付け、最高速度マッハ3以上を出せる機体だ。
【飛行機おたくのフィオナが躊躇うんですか】
「……"おたく"じゃなくて、マニアって言ってよね」
「あんまり、変わらないような……」
ベルとのその会話に「ウオ、喋った!」と驚くサイクロプス隊とバンシー隊の面々。そういえば、こうやって彼等があれを間近で見るのは初めてか。初めて出会った時は、人だかりで近付けなかったようだし。
「一応事前に、色々確認はしてるわ。数回乗ってみたけど、ゲームだからオムツも要らないしね。まぁ、オイル漏れだけはきっちり再現されているみたいだけど」
インベントリから与圧服を取り出し、着始めるマリー。装備ウインドウなんてものはなく、ここも現実同様にやらなければならないのがこのゲームらしい。
「そういえば高速を出して機体が熱くなんないと、隙間だらけなんだったか」
「へぇー。なんか栗みたいな頭してる、変な飛行機ですねえ」
うーむ、確かに上から見るとそう見えなくはないが……隙間とは全然関係ないよね、ナオ。
「さて、それじゃ」
ナオのズレた感想が漏れた所で、マリーは全員に向かって言った。
「ちょっと説明をするわね。まず離陸後は給油機と合流するわ。ここの沖でイーグルヘッドが給油中だから、そこに相乗りさせて貰うの。その後はスソネポロペ半島を突っ切って、一気に敵陣まで入るわ。一気に50,000ftまで上がってくから、30,000ft辺りまでの護衛をお願いしたいの」
「わかりました」
「了解、気を付けてね」
「はいよ、姐さん」
私に続いて、ヒューとダスティが言葉を返す。
「よし、サイクロプス隊出るよ!」
「バンシー隊も行くぞー!」
他の隊員達も応と答え、各自の機体へと乗り込み始めた。
「それじゃ、空の上で待ってます」
「すぐに追いかけるわ」
言葉を交わして私達は別れ、マリーは安定したアイドル状態に入ったブラックバードのコクピット横の階段を登り始めた。後部のエンジンノズルからは緑色の炎が噴出されている。
自分も、給油が終わったグリペンへと乗り込んだ。
『アニハコントロールより各機へ。バンシーからクリアードフォーテイクオフ。続いてサイクロプス、滑走路へ進入して下さい』
『バンシー、了解。列を組んでさくっと上がるぞ』
『サイクロプス、了解。各機、腕の見せ所だよ!』
バンシー隊のスーパーホーネットが、地上で編隊を組んだまま滑走を始める。そして全機が同じタイミングで機首を上げ、地上を離れていった。
そのすぐ後に、彼等と同様にしてサイクロプス隊のラファール4機も空へと上がっていく。
『おおー、かっこいいです!』
『それじゃ、俺達もやるか?』
『わかったわ。滑走路まで行ったら、いつものフィンガーチップで』
『『了解!』』
【Roger.】
タキシングロードを抜けた後、中央から少し大回りしてセンターラインの左隣に機体を寄せて止める。
左後ろにジャック、右後ろにナオとベルが位置取った事を目視で確認すると、
『フィオナさん、お久しぶりですね。フェザー隊、クリアードフォーテイクオフ。いってらっしゃい』
「ありがとう、行ってくるわね。バーナーオン!」
久々に聞いた、アニハ管制官の声。懐かしさを覚えていると、あっと言う間に離陸可能な速度へと達してしまった。
「機首起こし」
そう言ってすぐに、操縦桿をゆっくりと引き始める。
『うひゃー、横見るとかっこいいー!』
『空母じゃこれ、出来ないもんな!』
確かに。この辺は地上基地の醍醐味だろうと思う。
『マリー、クリアードフォーテイクオフ』
『了解よー。みんな、方位300の高度5,000ftでよろしく。暫くしたらイーグルヘッドから誘導がくるはずよ』
『バンシー、了解』
『サイクロプス、了解』
『フェザー、了解。私達はマリーさんをエスコートしていくわ。速度350ノットにセット』
『『了解』』
【Roger.】
目標の進路へと旋回が終わり、暫くしてからマリーから連絡が入る。
『おまたせーって、あれ……?』
『げ!』
『うぇ!』
私達の上を通り過ぎていく黒い鳥。通り過ぎるというよりは、カッ飛んでいくと言った方がいいかも知れない程のスピードだったが。
『ごめーん。これ、スピード出してないとなんか怖くて!』
低速じゃ不安定そうだしなぁ。
『了解、マリーさんはそのまま行っちゃって下さい。追い掛けますから』
『わかったわー』
『みんな、あのカラスを追い掛けるわよ!』
『あいよ』
『はーい』
【Roger.】
『カラスだなんて、可愛くないー!』
そうして私達は加速して、彼女を追い掛けていったのだった。
ブラックバード。
――そう、いつだってポルシェは正しいんだ。