第41話 ランキング
「ようこそ、フェザー隊の皆さん。さぁ、再開しようか」
そう言いながら、口髭が妙に似合う東欧系の男が立ち上がる。
「再開ってもよ、俺らはもう結論が出てんだ」
座ったまま腕組みをし、不満気な声を漏らす黒人の男性。
「初めまして、だね。まさかあのフェザーがこんな可愛い小鳥ちゃんだったとは」
背筋が寒くなりそうになるセリフを吐く、タレ目の男。ああ、こいつは間違いなくイタリア人だろう。
「俺らもっ、次をっ、考えちゃってるYO!」
妙なリズムを全身で取りながら喋るドレッドヘアー。ああ、間違いなくジャマイカ人だ……。
「さ、座って座って」
マリーに促され、手近な開いている椅子へと私達は腰を下ろした。
全員が着席した後、妙に重い沈黙が部屋を包み込む。
我慢出来なくなったジャックが口を開いた。
「おいマリー、何とかしろ」
「そう言われてもねぇ」
「……とりあえず、色々説明が欲しい所ね」
「ですね……」
そう言いながら私はナオと目を合わせる。
「えー、おほん。取り敢えず現状の空戦ランキングのトップ5が揃った所で、話を整理しましょうか」
まーて待て待て。なんか聞き捨てならない事がいきなり飛び出たぞ。
仮に私達より先に部屋に居た4人がランカーだとすると、残りは必然的に私達の誰かになるじゃないか。
「なんて顔してんだよ。お前だよ、お前。お前が5位だよ」
「えっ、まさか……気付いてなかったんですか……」
はい、御免なさい。私が悪ぅ御座いました。
「だって、そういうの全く気にしてなかったから……」
しょぼくれながらそう言うと、上位の4人であろう男達は揃って笑い出した。
「凄いな君は」
「こら、たまんねえわ」
「ふふふ、君のそういう所が好きだよ」
「HAHAHAHA」
なんかイタリア人だけ妙に鼻に付く。あんたとは初対面だろうに。
が、ここは華麗にスルーしておこう。
すると、ジャックが耳打ちをしてくる。
「お前のランクはここ最近で、一気に上がったんだ。それまでも上位だったけどな、ポイントが急に倍近くのペースで上がり始めてるみたいだぞ」
ここ最近で、か。
思い当たる節は……ベルだ。
「さて、それじゃ簡単に説明するわね。さっき喋ってた順に、空戦個人ランク1位のユリウス、チェコ。ランク2位のベネディクト、南アフリカ。ランク3位のブルーノ、イタリア。そして最後にランク4位のリカルド、ジャマイカ」
よし、2つ当たった。心の中でガッツポーズを決める。
このランキングと言うのはいくつか種類があり、今の話で出ているのは個人ランキングの話だ。これには撃墜数だけでなく、空戦時の味方へのフォローや所属する隊の上げた戦果等の様々な要素が絡んでくる。簡単に言ってしまえば、収入ボーナスとポイントボーナスは直結していると言っても良いかもしれない。
稼ぎを考えていないがプレイヤースキルの高い人は居るので、人によっては強さの指標にはならないという意見も存在するのだが。
「まぁ、フィオナさんならそうおかしい話でもないですよね。なんだかんだでわたし達、結構稼いでますし」
「んー、まぁそうだな。意識してたかは知らないが、ポイントを貯めやすい環境でもあったしな」
身内にそう言われるのが、なんかこそばゆい。
そして身内と言えば、最近増えた仲間。もしかしたらベルの稼ぐポイントは、私の物になっているのかも知れないな……。
「話を戻すわね。フィオナちゃん達はそうでもないけど、彼らは一緒に飛ぶ人達が物凄い多いの。色んな所に影響力が強いから、今回の一件で意識合わせをしようかと思っていたんだけど」
先程の話を振り返るに、決裂したと言った所か。しかし、この人はどこまで顔が広いのだろうか……。
「それじゃ、もう一回意見を言ってみようか」
ユリウスが立ち上がり、話し出した。
「僕らのクランでは、敵拠点攻略に積極的な姿勢で行く。向こうもいい機体を沢山出してきて、ポイントを稼ぐ又とないチャンスだろうからね」
「僕達も同様だよ。ここでガンと稼いで、次回の初戦はステルス機でデビューさ」
前髪を掻き上げながら、ベネディクトも同意を示した。
その一方、
「俺らは消極的だ。これが終わればリセットが入るし、そこでのスタートダッシュを決める為にも高性能機を温存しておきたい」
「ここで焦るのは愚の骨頂だYO。今回だけが戦いじゃないじゃん?」
ベネディクトとリカルドがそれぞれの意見を出す。
「……という具合ね」
予想していた通り、トップの人達でもこうやって意見が分かれている。これがランク中位から下位になれば、尚更だろう。
「次の事なんて考えてたら、今が疎かになっちまうだろ」
「勝てるかどうかわかんねえ戦いはしない主義なんでな!」
「あまり、格好良くはない主義だねえ」
「……なんだと?」
「まぁまぁ、落ち着こうYO!」
そうして少しヒートアップした場をリカルドがクールダウンさせる。おかしい言動の割に、なかなか冷静な人だ。
「……フィオナちゃん達はどうなの?」
そのマリーの質問には、ジャックが回答をした。
「俺らは出し惜しみしないっていう方向で決まってるぜ」
そう、私達の方向性は既に決まっている。折角のチャンスなのだから、遊ばなければ勿体ないし。
「これは私の個人的な考え方なんだけど」
そう前置きをして、私はベネディクトとリカルドへ向かって口を開いた。
「いくら消極的とは言っても、リセットまで何もしない訳では無いわよね?」
その言葉に、2人は顔を見合わせて
「そりゃ、月額料金を払ってるしな……」
「だYOねー」
揃って同じ回答をした。
「なら、各自が出せる機体でベストを尽くすだけなんじゃない? 対空戦闘が難しい機体でも、近接航空支援は出来る。制空権のある場所でなら、なんとかなるでしょう?」
「同じ陣営だから、負けたら負けたであまり旨くはないしな……」
「だYOねー」
このジャマイカンは同じ事しか言えないのか。
私の言った意見は、穿った見方をすれば「隅っこでチキンプレイでもしてろ」と捕らえられてもおかしくはないだろう。ま、コバンザメプレイもポイントを稼ぐという意味では良い方法だろうけど。
だが彼等は言葉通りに受け取ってくれたようで、渋々ながらも同意の姿勢を見せた。
「それじゃ、僕とブルーノ。そしてフィオナちゃん達は制空権奪取の方向で動いて、ベネディクトとリカルド達が地上への支援をメインという形で最終回答かな」
「そうだね。あまり戦力が偏っても良くないし」
「ああ、それでいいぜ。地上部隊の面倒はしっかり見てやるよ」
「任せてYO!」
マリーはほっとした様子で、胸を撫で下ろす。
「分かったわ。海側の方もなるべく支援出来る様に動くわね」
全員が頷き、マリーゴールド上で人知れず行われたその会議は解散となった。
***
「はぁー、つかれたわぁ……」
自室の机にひれ伏すマリーに、紙カップのコーヒーを差し出す。
会議の後は各自で自由行動として、私は久々に彼女と2人きりでのコーヒータイムだ。
「あ、ありがとぉ」
それを一口飲んで、カップを置いたマリーは、
「……あの会議ね、実は2時間以上やってたのよ」
2時間というと、丁度私達と入れ違いになった感じだったのだろう。
彼等も本心じゃアステリオスをその目で見たかったに違いないが、出席してくれたという事は協力の姿勢はあるという事か。
「でも、なんとかまとまって良かったわ。ありがとね、フィオナちゃん」
「いや、殆ど私は何もしてないと思いますけどね……」
そう言いながら、自分のコーヒーに口をつける。苦っ、見栄張ってブラックにするんじゃなかった。
「どうも、ユリウス達は精鋭の航空戦力を引き連れて一点突破するつもりだったみたいなのよ。だけどフィオナちゃん達が参戦の意志を見せたから、他の2人が地上側へ回っても行けるって見込みが出たんだと思うわ」
「それは買いかぶり過ぎですよ」
そう言いながら、私はマリーの横に座った。
「あなた、自分がやらかしてきた事にもうちょっと自信を持ったほうがいいわよ? さっきの会議でだって、何度あなたの名前が出たかわからないわ」
そう笑いながら、コツンと私のおでこに拳を当てるマリー。
「それでなくても、フェザー隊の生還率は物凄く高いんだからね」
「そうなんですか? 結構落ちてると思ってたんですけど」
「少なくとも、私の艦の中ではトップよ。ラファールに乗り換えたヒュー達だって、もうみんな3機目よ?」
一緒に戦っていて、ヒューは決して下手な人間ではないと思っている。むしろ軍人らしい堅実なプレイが持ち味の上級者だ。
以前に飛び込みでのラッティングで作戦が外れて全滅した時は、そういう事もあるもんだと納得していたのだが。
「でも、私達って言う程は稼げてないですよ」
「……飛び抜けて通常整備費用が高くついてるのも、あなた達だからね。会計を見てると面白いわよ? 3人共、他と比べて1桁違うんだもの」
あー、だから3人共にあまりお金が無いのか……最新型とはいえ未だに中堅どころの機体に甘んじてるというのは、間違いない事実だ。
色々納得した。
そこで、ある事に気付く。
それだけ機体に負荷の掛かるプレイをしているという事は、中の人間にも負荷が掛かっているという事なんじゃないだろうか。
さて、と言いながら両手を組んで肩の上に上げ、伸びをするマリー。
「明日までに入ってきた情報を整理するわ。そうしたらもう一度、この艦のみんなでブリーフィングをしましょ!」
了解です。と言いながら、席を立つ。
「んんー、そうじゃないのよー! 硬いのよー! もっと、ほら。ね?」
「はいはい、わかりました」
手を振りながら部屋を後にする。
「ひどいー! フィオナちゃんが無視するぅー!」
ぞんざいな返答だが、マリーを無視したくて無視している訳ではなかった。会話の最後の方は、もう1つの事しか考えられなくなっていたのだ。
私は他のメンバーに無茶をさせている、という事を具体的に知ってしまった。それで平常心でいられる程、図太い神経を持ってはいない。
自分だけの事だったら、それは全然構わない。でも、もしかして。無理して私の命令を聞いてくれているのだとしたら……。
そういえば、最近は戦闘中の受け答えも淡白だ。
部屋を出てハンガーへ向かう私は、図らずもマリーから突きつけられた事実をどうやって2人に謝罪しようかという事ばかり考えていたのだった。
***
「お、戻ってきたか」
ハンガーへ入ると、ジャックから声が掛かった。ナオは私が痛めたトムキャットの整備をしているのだろう、メニューを眺めながら唸っている。
「さっき、こんな話をしてたんだけど……」
と、マリーとの会話内容に対して意見を求めてみる。
「ああ、そうだろうなぁ。お前と飛ぶようになってからは、やられてる訳じゃないのに修理費が高いんだよな」
やっぱり、そうだったんだ。
それはやっぱり、2人に対して無茶をさせすぎていると言う事だろう。
これは一度、しっかりと謝ろう。そう思っていると、
「……なんか変な事考えてねえか?」
何かを察したのか、ジャックが先制して言った。
「ナオはどうか知らないが、俺は全力で腕を出せるから楽しんでんだぜ。リアルで飛んでた時より、好き勝手が出来るしな」
それを横目で聞いていたナオも、
「わたしも特になんとも思ってないですよ? 今は初めてログインした時に考えていた理想と、近い飛び方が出来てるんじゃないかと思ってます」
「お、こいつ言うようになったな!」
「こないだ、墜ちちゃいましたけどねー」
えへへー、と笑うナオの頭をくしゃくしゃと撫でるジャック。
「……ごめん、今日はこれで落ちるわ。また明日ね」
そう言って、彼等に背を向けながらメニューを出した。ホログラムのログアウトボタンを押すと、待機時間のカウントが始まる。
「おう? お疲れ」
「おつかれさまですー」
そのカウントがゼロになると同時に、目の前の景色が自室の天井へと変わった。
ああ言ってくれる2人に出会えて、本当に良かった。
頭からVRインターフェースを外すと、同時に頬を暖かい物が伝っていくのを感じた。
ああ、これが2人に見えてなかったらいいのだけれど……。