第40話 アステリオス
『えー、アニハー、アニハへ到着です。オリクライへはここでお乗り換えになります』
マリーからの放送が鳴り響いた。同時にデッキ上の人達が、ヴァルキリー隊提供のシーホークの群れへと移動を始める。その群れに私も紛れ、くすんだ灰色の機体へと乗り込んだ。
オリクライには空港もあるが、今回は単純に人の移動なのでここからはヘリでの移動となったのだ。他にもC-2A グレイハウンドを出してくれる部隊もいるようで、カタパルト上には大型の輸送機が鎮座している。
空母内には百人単位でプレイヤーがいるので、数回はピストン輸送をしなければならないだろう。彼らもまさかゲーム内でバスの運転手になるとは思わなかっただろうに。
そうして自分に割り当てられた座席へ座り外を見ていると、ふわりとした浮遊感に体が包み込まれる。
『えー、今回はご搭乗有り難う御座います。当機はこれよりオリクライへと向かいます。機長は私、ヴァルキリー4が務めさせて頂きます』
アナウンスをはやし立てる指笛や声援が飛んだ。客室というにはあまりに簡素な椅子しかないが、その言葉によってビジネスクラスぐらいの雰囲気はあるように思えた。
「さーて、どんなのがお出迎えしてくれるんかねえ」
「何が出来てるんでしょうねぇ」
両隣に座るジャックとナオも、実装された物が楽しみなようだ。
「なんかこう、大きいレールガンとか神の杖とか付いてたらいいのにね」
「お前なぁ……」
「今日日の女子高生はレールガンなんて言いませんっ! ましてやそんな質量兵器なんて知りませんから!」
2人に突っ込まれてしまった。いや、今日日の女子中学生がレールガンを撃つ作品だってあるじゃないかと、心の中で突っ込み返す。
そもそも神の槍を知ってる時点で、ナオも大分毒されてきていると思う。
「そういえば、ヒュー達って何に乗り換えたの?」
ジャック越しに、同じように座るヒューへ疑問を投げかける。まだ彼等が出撃するタイミングとかち合ったことが無く、何に乗ってるのか知らないのだ。
「ん? あー、言ってなかったね。ラファールだよ、フランスの」
「良い機体じゃない」
「イーグルは昔乗ってたから好きだったんだけどね、惜しい事をしたよ。でも、デルタ翼ってのも良い物だね」
は? またなんか変な言葉が出てきたような気がする。その私の顔を見たジャックは、
「なんだ、知らなかったのか? こいつは空軍だったけど、俺の同期だよ。ちなみにマリーの旦那な」
「ええええ!?」
「ええええ!?」
ナオと2人して、驚きの声を上げてしまった。このゲーム、軍人多すぎ……そして、マリーが結婚していた事が驚きだ。
「え、でも前にマリーさんの事を姐さんって」
「ああ、あれは昔からの渾名な。俺らが使うから、このゲームでもなんか広まっちまってるが」
自分の嫁を姐さん扱いなのか……。
しかしヒューは優しそうな感じだし、マリーに主導権を握られている様子がありありと目に浮かんでしまうのが悲しい。
……いや。ちょっと、羨ましいかもしれない。
そろそろ塔とやらが見えてきてもいいんじゃないかと思い、外を見てみる。今日は雲が厚く高度も低いのでその上を飛んでいるらしく、外にはヘリからの景色とは思えない雲海が広がっていた。
「なぁ、塔の位置は進行方向だからそこからじゃ見えねぇぜ。ったくよ、外の景色を見る子供みたいな目をしやがって」
ジャックに突っ込まれ、少し恥ずかしくなった。いそいそと姿勢を戻す。
『只今の高度は5,000ft。もう塔は見えておりますので、左に旋回して……おわわっ!』
その言葉で一気に皆が左側の窓に食いつくように移動した為、機体の重心が偏りぐらついた。皆、人の事を言えないじゃないか。
私は出遅れた為にその人集りに押し潰されながら、同じ様に輝いている瞳を窓の外に向けた。
徐々にヨーイングする機体。そして、その姿が現れてきた。
雲海を突き破って聳える、直方体の巨大な塔。その各階層からは、対空火器がハリネズミのように生えている。ヘリが数機は着陸出来そうな屋上には、1本の巨大な槍が刺さっている様に見えた。
皆がその姿に息を呑む。
『お客様、移動は危険ですので自席に……ああ、めんどくさくなってきた。てめーら、席にもどんねーと墜ちんぞ!』
そうヴァルキリー4が吼えたので、仕方ないという顔をしながら、皆は再び自席へと戻った。
「あの感じだと、空への守りは大丈夫そうだな」
「あのてっぺんの、何でしょうね?」
「アンテナ? わかんないけど、私にはそう見えたかな。でも、あれだとこの辺に上陸されたらそれまでじゃない?」
「だな。空は心配無さそうだが、海か陸から近付かれたら一瞬で落ちそうだ」
「……こちら側がこういう作りって事は、敵さん側のも何か弱点があったりするんですかね?」
「鋭いな、ナオ。確かにそれはありえそうだ」
思い思いに意見を出していると、降下が始まったのが感じられた。
『ご搭乗有り難う御座いましたー。本機はこれより……ってなんだこりゃ。人が多すぎて着陸場所がねえぞ。仕方ねえ、一旦空港へ行くわ』
「えー、なんだよ。遠いじゃねーか」
「無理矢理にでも降ろしちまえよ」
『あー。ラペリングかHALO降下したい奴が居たら、俺は止めねえけど』
「…………」
『おし、決まりだな』
その言葉と同時に、機体は再上昇を始める。
そしてしばらくの後に、機体はオリクライ空港へと着陸したのだった。
***
「何よ、この人の列は……」
オリクライ空港を出ようとした私達の目に、何かを待つ長蛇の列が出来ていた。
「今聞いてきたんだけど、これ輸送車待ちの列らしいよ」
ヒューが言うには、誰かが送迎バスプレイをしてくれているらしい。なんなのよ、そのチカンされそうなプレイは。
しかし、地上に降りてみると塔の大きさが際だって見える。周りの人工物と比較しても、その距離感が全く掴めない程だ。
「さーて、どうするよ……」
ただ漠然と立っていても、塔は近付いては来ない。そのバスとやらを待つか、諦めて歩いて向かうか。
私達とヒューを合わせて4人で考えていると、その前に1台のくたびれたピックアップトラックが止まった。荷台の上には機関銃が備え付けられており、こうアフリカとかでよく見そうな感じを醸し出していた。
「おう、誰かと思ったら嬢ちゃん達じゃねえか。乗ってくかい?」
運転席から顔を出したのはフジトだ。助手席には、こちらに手を振るムラキの姿も見える。
「え、いいの?」
「誰も乗る予定は無いからな! ははは!」
豪快に笑われても、なんか困る。そのぼっち具合に同情するなという方が無理な話だ。
「それじゃお言葉に甘えようかしら」
「ありがとーございます!」
「サンキューな!」
「ありがとう、助かったよ」
それぞれお礼の言葉を告げながら、荷台へと乗り込んだ。
「本当に助かったわ」
「こないだは稼がせて貰ったから、そのお礼だよ。それじゃ出すぜ!」
あの時拾っていた銃は売れたようだ。よかったよかった。
最後に私が乗り込むと同時に、トラックは動き出した。荷台の上で感じる風が心地良い。
トラックは道路沿いに南へと進む。勿論、ここでは敵など出現しないので、みんな非武装だ。索敵なんて無粋な真似をせず、皆景色を楽しんでいる。
このゲームで、こんな平和なひとときは久しぶりだった。ドライブゲームとしても充分立派な物と言えそうな、その風景の移り変わりに心を躍らせながら私は荷台に身を預けていた。
徐々に塔との距離が近付いてきて、視界をそれが支配してくる。頂上は雲の上に隠れているので、逆にそれが雲海に突き刺さっているような錯覚を覚えた。
「大きいですねえ……スカイツリーの数倍はありそう」
それを見上げるナオ。口が開きっぱなしになり、実にだらしない顔をしている。
「ナオ、涎出てる……」
はっとして、口元を袖で拭うナオ。汚いよ……、ゲームだから良いけどさ。
「いや、でもこりゃ壮観だわ……」
「だねえ……」
更に暫く走った後、トラックにブレーキが掛かった。
「到着だな!」
フジトの声がして、私達は荷台から降りた。
改めて、塔を見る。すると、装甲が施された巨大な門がせり上がっていく。装甲と言っても、ただの分厚い鉄板だ。外壁なんて普通のコンクリートのようであり、防御力はあまり望めなさそうである。
上から見た時に塔の周囲に居た人達は既に姿を消していた。数千人以上は居た様に見えたのだが、みんな中へと入ったのだろうか。
「あ、なんだ。車毎入れるのか」
「いいわよ、私達はそのまま歩いてくから。有り難う、フジト」
「了解、それじゃ中でまた会おうぜ!」
そう言ってフジト達の乗る車は、戦車が5台は横並びで入れそうな門を潜り、暗闇へと飲み込まれていった。
「それじゃ、私達も行きましょ」
逸る心を抑えながら、私達4人もその門へと入っていった。
***
門を潜ってすぐ、大広間が私達を出迎える。ここは巨大な格納庫だろうか。周囲の壁にはよく見るインターフェイス類が備え付けられている。
そして出迎えたのはそれだけではなかった。到着した人達で、そこはごった返していたのだった。
「なんだ、こりゃ」
「なんか、みんな立ち止まってますね」
「何かあったのかな?」
仕方ないので、手近にいる男に聞いてみる事にした。
「すみません、この人集りって一体……」
「ああ、これね。どうも、奥に入った人達が戻らないらしいんだ。で、みんな後込みしてここで足止め食らってるって訳」
成程。
その時、1人の男がリスポーンしてきた。何かあったのだろうかと、皆がその男に駆け寄る。
「どうした!? なにがあった?」
リスポーンした男はその原因となった物から来る痛みと戦っており、頭を抑えて蹲る。しばらくの後に彼はやっと落ち着いたようだった。
皆が、固唾を呑んでその言葉を待つ。そして、出てきた言葉は……
「迷った……」
「はあ?」
同時に、一緒に入ったらしい他のメンバーもリスポーンしてきた。
「あー、くそ……痛ってえ……」
「クラクラするぜ……」
先程同様に、周囲の人間が駆け寄って言葉を掛けた。
彼らの話を要約すると、こうだ。
奥は上の階までずっと迷路状になっており、ここの拠点を落とすために必要となる、つまり我々が防衛すべきポイントはどうやら最上階にあるらしい。勿論、迷路とは言っても道中にモンスターが出たりなんて事は無い。
それともう1つ分かった事は、ここの場所の名前だ。上の階には至る所で"アステリオス"という表記が有ったらしい。
「最終的にここに攻め込まれたら、地上部隊はCQBになりそうだね」
「その前に私達がここを攻略しないと、迎え撃つ事も出来なさそうね」
「ま、そうならないように俺らががんばらにゃな」
歩兵の皆は、その後も死に戻りしてきた人達を色々と質問責めにしていた。
そこに先程別れたフジト達が合流する。
「なんか分かったか?」
そう聞いてくるので、現状で分かった事を簡潔に説明した。
「ふむ……成程な。俺らもさっき見て回ってきたんだが、得た情報は同じ感じだな」
そう言い頷くムラキ。フジトは戦い方を考えているのだろうか、腕を組んで俯いている。
「それじゃ、観光はここまでかな? 俺らはもう帰ろうと思うけど、嬢ちゃん達はどうする。乗ってくか?」
「あ、もういいの? 私達もこれ以上用は無さそうだし、これで帰ってもいいかな?」
言いながら3人を見ると、頷きで返してくれた。
「それじゃ、またお言葉に甘えさせて貰うわ」
人でごった返す巨大な格納庫を後にして、その片隅に止まるトラックへ私達は再び乗り込んだ。
***
「……とまぁ、こんな感じでした」
「なるなる、お疲れ様だったわね」
私達は行きと同様の手段でマリーゴールドへと戻った。
ヒューと別れた後、ブリーフィングルームでマリーに報告。空母の艦長は仕事が多いのだろう。折角のイベントだというのに、彼女はずっとマリーゴールドに居たらしい。
しかしそれだったら彼女の事だから「寂しい」とか「暇」とか、そういう文句が飛んで来そうな物だが。
「そうそう今ね、お客さんがいっぱい来てるのよ」
「あ、それでずっと艦内にいたんですか?」
ナオの質問に、ぴんぽーんと返すマリー。
「そうだ。話題にもなってたし、貴方達にも参加して貰おうかしら」
そう言って、マリーは会議室へと私達を案内した。
会議室はブリーフィングルームとは違い、本来は艦の各部署の長達が使う所だ。そこへと案内される道中、マリーは口だけをもごもご動かす。プライベートチャットをしているのだろう。
暫く艦内を登ったり降りたりした後に、他の扉と少し違う装飾が施された木製の扉の前に着いた。
「ここよ。どうぞ入って」
そして、そこへ通された私達は度肝を抜かれる事となった。
シンプルだが高級感のある木製の長机に数人が着席しており、顔を向け合っている。そのどれもが難しい顔をしている。
「みんな、追加の参加者よ」
その声に、全員の顔がこちらを向く。そして1人の男が椅子から立ち上がり、口を開いた。
「ようこそ、フェザー隊の皆さん。さぁ、再開しようか」
何度も言いますが、てっぺんからビームは出ません。