第39話 情報戦
マスターアーム、レーダーオン。ディスプレイ上では、走査方向を示す線が動き始める。
今の状況から考えて、既にこちらの位置は掴まれていると考えていいだろう。
『データリンクで索敵を支援します! ベルちゃんは北西側をお願い、わたしは北東を見るから』
【Roger.】
ナイス、ナオ。と、心の中で呟く。
フェイズドアレイレーダーのレーダー照射は、あらゆる方向に一瞬だけ行われる。その為、レーダーの照射時間を大幅に少なくする事が出来、敵に捕捉される可能性が低くなる。
いくら当時は長射程を誇っていたと言っても、こういう点で最新型には敵わない。
とはいえ、今の私は捕捉されるリスクは考えずに盛大にレーダー波を出している。これはナオ達への欺瞞にもなるだろうと考えての事だ。
「私とジャックでまず前に出るわ。ナオ、ベルは索敵を続けながらこちらに合流して」
『『了解!』』
【Roger.】
イーグルヘッドから最後に送られてきた敵の位置は、北の方角に4機。
「ジャック、方位010へかっ飛ぶわよ」
『かっ飛ぶって、最近聞かねえ表現だな……』
その声を無視し、増槽を投棄してアフターバーナーを入れる。燃料系の針と反比例しながら速度が上がっていく。
速度が600ノットを表示した所で、レーダー上で4つの機影を捕捉した。現れたロックサイトは自機より高空、上を取られてしまったようだ。
「ジャック、右をお願い。私は左を、FOX3!」
『了解した、FOX3!』
胴体下から、AMRAAMの排煙が伸びていく。
ジャックのホーネットからもミサイルが発射されるが、同時にアラートが鳴り響いた。
「ブレイク! ブレイク!」
加速させた100ノットを代償にして、左旋回。敵側に機体の腹部を見せる所まで方向を変え、水平に戻す。
『ECM開始、ベルちゃんも!』
【Roger.ECM start.】
右側上空を見て、ミサイルの航跡を探す。まだ初期加速時の噴煙が残っているはずだ。
……あった。
その角度から、現在位置を予測する。
今度は緩い右旋回に切り替えて、ミサイルの進路と自機の進路が垂直になる様にしてチャフの散布を開始する。
ミサイル警報は鳴り止まない。もう数秒で着弾する。
最後の手段として背面飛行に移り、そこからチャフを撒きながらのスプリットSを開始。スロットルを一気に戻して速度が出過ぎないようにするが、それでも重力が機体を加速させていく。
機体を引き起こす際、Gが容赦なく首を襲う。ヘルメットが何倍もの重さに感じられる。
【Feather 4,FOX3.FOX3.】
海面が目の前まで近付いたところで、ミサイル警報が止まった。
そこでこの高度ならまだ余裕があると判断した私は、再度アフターバーナーを点火して、残りのクォーターループを加速に使うことにした。
掛かり続けるGで意識はブラックアウト寸前だが、操縦桿を引く手を緩める事でそれに耐える。
『フェザー3、FOX3! FOX3!』
微かに見えるHUD上の数字が上昇角度を示したので、そこで私はブラックアウトから解放された。HUDの指し示す高度は4,000ft。
すぐにMFDのレーダーと地図へ目を落とす。が、
『敵機種確認、フランカー系か……フィー、そっちに2本行ったぞ!』
そんな余裕は与えてくれないらしい。
ミサイル警報は出ていない。すぐにフレアを発射しながら、機体を翻す。
今度はアフターバーナーは使えないので、上昇角度を取っていた機体をすぐに水平へと戻し、ミリタリー推力での加速に入った。
「方角はわかる!?」
『今の位置から、4時方向です!』
「了解。……見つけた!」
フレアを撒きながら、左への旋回を開始。これで、ミサイルの進行方向上にフレアが置かれる事になる。
『1本、フレアに飛んでった! ぬお、FOX2!』
『こっちもです、FOX2! FOX2!』
【Feather 4,FOX2.】
残りは1本。身を乗り出して背後を見る。しかしミサイルは捉えられなかったので、すぐにそれを諦めて回避行動に専念した。
ロール角度を深め、高度を落としながらフレアを投射。逃げたいのに、スロットルを上げて加速が出来ないのがもどかしい。
『おっしゃ、ビンゴ! 1機やったぞ!』
『わたしも!』
フレア発射を告げる合成音声の数回の後、後方で微かな爆発音が聞こえた。再度身を乗り出して後方を見ると、少し後ろで黒煙が浮いていた。
回避出来たようだ。
しかし、まだ戦闘は続いている。胸を撫で下ろしている暇はない。
「ナオ、残り機数は?」
反撃に移ろうと、ナオから情報を得ようとした時、
『2機、ですけど……敵さん、これ逃げていきますね。今……レーダー範囲外に出ました』
敵が撤退したとの報告が、ナオからされた。
『いい引き際だな。流石に、この数的不利は覆せないと判断したか』
むぅ、これからという所なのに。あんまり撃墜してないし……。
「私、なんか避けてたばっかりなんだけど」
そう不満を口にすると、
『囮、サンキューな』
と、ぞんざいな答えを返されてしまった。
「何よ、それ……」
まぁ、隊自体の戦果は上がったので、それで良しとしよう。
空中戦を終えた後は、残弾で手近な攻撃機やヘリを落としながらマリーゴールドへの帰路に着いた。
いくら私達からしたらすっトロく飛んでいる彼らだって、自衛用の対空兵器を持っている可能性はある。使用したのは残ったAMRAAMとミーティアだ。
そして久々に違う機体で、ぶっつけ本番で着艦しようとした私は案の定やらかしたのだった。
『フェザー1、ウェーブオフ!』
「わかってる! ボルター、ボルター!」
あっぶなかった。
コクピットから見える景色が違ったので、つい奥へと行ってしまいワイヤーを掛けることが出来なかった私は慌ててアフターバーナーを点火し、再び高度を上げる。
『おいおい、大丈夫か?』
「やっぱ違う機体だと難しいわね」
【フィオナ、駐機している私に突っ込まないで下さいね】
先に降りたベルから皮肉が飛ぶ。ぐぬぬ。
『フィオナさんでも、そういうもんなんですねぇ』
「もう1回私は周回するから、降りれる人から降りちゃって」
『それじゃ、わたしがいきますねー』
「了解」
『ほいよ』
ナオのグリペンが高度を下げ始める。
『ILSキャーッチ。縦も横もおっけー。……よっと!』
そしてあっという間にランディング。こうやってカナード付きのデルタ翼機を上から見ると、ほんと烏賊にしか見えないなぁ……。
つまらないことを考えていると、マリーから通信が入った。
『みんなー、降りてきたらまたブリーフィングルームによろしくねー』
「わかりました。……さて、もっかい行くわよ」
ナオが降りたのを確認してから、旋回。
アングルドデッキに正対した機体は再度ILSを捉え、私は機体の高度を下げていった。
***
「で、お前は人様の機体を奪っておいて、その上オーバーホールに回すとか……」
「ま、まぁ。わたしはいいんですけどね」
元々、ナオのトムキャットは少し消耗していたのだが、先程の戦いで私がそれに止めを刺してしまったのだった。
「仕方ないじゃない、被害がなかったんだからそれでいいでしょ。お金入ったんだから、2人共またグリペン買うわよね?」
「そうだな、それがいいかね」
「買いますー」
「毎度あり!」
そんな話をしながら、私達3人はハンガーからブリーフィングルームへと歩く。
「フェザー隊、入ります」
ノックをして部屋に入ると、いつかの光景よろしく、他の部隊の面々が顔を揃えていた。
皆の目線がこちらに向き、微妙な沈黙が支配する場の雰囲気に耐えられなかったジャックが挨拶にもならない言葉を放つ。
「おっと、皆さんお揃いで……」
「さて、これでみんな揃ったわね? それじゃ始めようかしら」
部屋の照明が落とされ、プロジェクターが光を放ち始めた。
「みんな、昨日のアナウンスは聞いたかと思うわ。それで一度、実装された塔とやらを見に行ってみようかなって思うんだけど」
前面に広がるプロジェクターに、アニハ周辺の地図が映し出された。
「いいんじゃねえ? 俺も見てみたいし」
「そうだな、どんなもんか見てみないとわからないよね」
「異議なーし」
「おっけーおっけー」
口々に、同意の旨を告げる参加者達。
「運営が言葉足らずなのはいつもの事なんだけど、今回はいつにも増して情報が無いわよねぇ……」
困り顔で顎に手を当てながら、そう言うマリー。そんな様も絵になるんだから、美人というのは得だなと思う。
「まぁ味方のもそうだが、まず大事なのは敵の拠点の位置だよなぁ」
確かにジャックの意見は尤もだ。
「そうね、それも分からないものね。とりあえずまた、誰かに偵察をお願いしなきゃいけないかしらね……」
言いながら、こちらをチラッと見るマリー。私は、目が合わないようにサッと視線を背けた。
「ま、その辺は私が地上部隊と連絡を取ってみるわ。何か情報があるかもしれないし」
「そういえば、みんな気付いてる?」
ヒューが口を開く。
「なんのこと?」
「僕達、最近機体を変える為にずっとマーケットを覗いてたからわかったんだけど……段々と各機体の在庫数が少なくなっていってるんだ」
「ええっ」
「まじかよ!?」
「あー、見間違えじゃなかったのか……」
む、それは気付かなかった。機体を買うなら、早くしないと拙そうだ。
「そうなると、今後の戦い方が変わってくるかもね……」
マリーが呟くのを聞きながら、隣にいるジャックに耳打ちしてみる。
「ねえ、機体の買い占めとか起こったりしない?」
「うーん、それは大丈夫なんじゃねえかなぁ。マーケット売買は税金が高いし、フェイストゥフェイスでの商売なんて面倒臭くて割に合わないだろうし。ただ、経済システムの動向次第だが機体は値上がりしそうだな」
「そう……これが終わったら、すぐにグリペンを2機確保しておくわ」
「ああ、頼むわ」
他の部隊もそれぞれ相談し出してざわざわと少し騒々しくなってきた場を、マリーは2回手を叩いて収める。
「明日はきっとアニハ沖に着いてると思うわ。みんなも、何か気付いた事があったら遠慮なく言ってね。情報共有していきましょ」
それじゃ解散。と、マリーが言うのと同時に、私はハンガーへと向かった。
***
【何やら大変そうですね】
マーケットの購買メニューを操作する私に、ベルが話しかけてくる。
「そうよ、人間様はいつでも大変なんだから」
お、あったあった。
型番を間違えないように、しっかりメニュー上のシーグリペンの表記を確認してから、2機を購入。すると、次の瞬間にそこには【Sold out】の文字が表示された。
「げ、売り切れた……」
こういった特殊な機体は元々の在庫数が少ないらしいのだが、まさか2機買っただけで売り切れるとは思わなかった。
「どうだ、買えたか?」
「どうですかー?」
「買えたけど、2機で売り切れちゃったわ。マーケット見てみて」
「うへ、ほんとだわ。しかも高性能機から軒並み売り切れていってるな」
ジャックの言う通り、現役世代の航空機は殆どが売り切れ状態だ。
「これは、マジで戦い方考えなきゃいけないぞ」
つまり、機体を出し惜しみして安いのをメインで使うか、高性能機をガンガン使うか。
皆が出し惜しみする方向で行くならば、高性能機の独壇場となるだろう。逆に、高性能機同士でぶつかり合えば、一気に戦力バランスが変わる事も考えられる。
「ここで、みんなの意見を合わせておきましょうか。ナオはどう思う?」
「うーん」
考え込むナオ。簡単に答えが出る事ではないだろうし、当然か。
「思うんですけど、みんな一生懸命稼いで買った良い機体は、落としたくないと思うんです。だから、出し惜しみするんじゃないかって……」
「成程な。それは俺も同意見だ。このゲームのプレイヤーのケチ具合が、これで変わるとは思えん」
笑いながらナオに同意するジャック。因みに私も同意見だった。
「それじゃ決まりかな。私達は出し惜しみしないで、盛大に行きましょ!」
「了解!」
「おー!」
もし墜としてしまったら、次のリセットまでグリペンに乗るのを我慢しなければならない。私としてはそれは必死になってでも阻止したいので、明日からは気合いを入れ直し、また戦場へと飛び立とう。
【私にはこの一張羅しかないので、関係の無い話ですね】
あんたはそんな言葉を、どこで覚えてきたんだ……。
翌日。アニハへ入った私達は、その凄まじいまでの光景に驚く事となったのだった。
次回、でっかいのお披露目。