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第38話 外人部隊

 翌日、土曜日の昼前。

 マリーゴールドはネテア南にあるナギエ島南西付近にいた。島の陰に入る事で、ネテアから直接狙われるのを防ぐ為だろう。

 ゲーム内との時差は7時間程であり、地平線が白み始めて朝を迎える所だった。


 朝靄が巨大な艦を包み込んでいる。


 その中を艦載機が発艦する幻想的な光景を後にして、私は艦内へと入った。




 ジャック、ナオも途中で合流し、3人でブリーフィングルームへ入るとそこにはマリーが待っていた。挨拶もそこそこに、彼女は早速説明を始める。


「現在、ネテアに展開している地上戦力は大分疲弊しているわ。ほぼ、敗走ムードと言っても過言ではないぐらいよ」


 爆撃を切っ掛けにして、ネテアでは敵側の大規模な侵攻作戦が行われていた。こちらの地上部隊は予想だにしない敵の作戦に面食らい、浮き足立ってしまい対応が遅れて後手に回っている。

 このように相手が形振り構わない戦い方を始めると、自分達も精神的に同じ土俵に立てないと付き合う事が出来ない物だ。


「どうすんだ? 援護は良いけど、なんか対抗策はあんのか?」


「正直言って、無いわね」


 腕を横に開いて苦笑いするマリー。

 私にも敗走する地上部隊の援護以上の案は、思い付く筈もない。やれるだけのことをするしかないかと思った時、通信が入る。


『艦長、ネテアより入電。敵の爆撃が再び始まったようです』


「……呆れるわね、焦土になるまでやる気かしら」


「いくらゲームとはいえ、民間施設にも攻撃するのは反吐が出るな」


 その辺は、元軍人として思うところがあるのだろう。

 私達は対応を決めかね、考え込んでしまった。


 そして、ここから更に事態を動かすアナウンスが入った。


【皆様、お早う御座います。こちらはLazward online運営です。先程、ネテアの被害が50%を超えた為に首都機能は殆ど失われました。これより、最終フェーズに移行します】


「最終フェーズ……? ジャック、何か知ってる?」


「いや、知らん……」


 アナウンスを遮らないように、マリーとジャックが小声で話をする。


【これより、勢力毎に1つの拠点が現れます。同時に、大規模戦の勝利条件が、敵拠点の破壊へと変更となります。ここからは、各勢力毎へのアナウンスとなりますので、御了承下さい】


「へぇー、面白そうですね」

「なるほどねぇ」


 ナオとジャックが声を上げる。

 ゲーム内容が大幅に変わるのねぇ。


【こちらの陣営の拠点はアニハ基地の東、オリクライに出現する巨大な塔になります。本日、この時間より建設が開始され、サーバダウンタイム開けと同時に稼働が始まります】


 なんという突貫工事。どんな大きさか分からないが、東京スカイツリーがたった1日で出来てしまう感じなのだろうか。


【なお、敵側の情報は一切開示されません。それでは、良い戦いを!】


 ……ああ、ぶん投げられた。

 相変わらず、説明の足りない運営だ。


「ひっでえ説明だな」

「ほんとね、塔が出来るって事以外は全く分からなかったわ」

「観光名所?」


 皆は、口々に文句を言い出す。1人、なんか違うような気がするが。


「これじゃ、こっちの情報も開示されてねぇような物じゃねえか」


「そうね、分かったのって建造物が出来るって事と、その場所だけよね」


 ジャックの意見に同意するマリー。

 そして、彼女は続けた。


「とりあえず、今日の所はラガメまで地上部隊の撤退を援護。それが終わったら、ダウンタイムまでにアニハ辺りにでも移動しましょうか」


 私達3人は頷き、同意の姿勢を見せる。

 久々の、地上部隊の援護任務だ。今日は少し楽が出来るといいのだが。



 ***




「あー、機体がない……」


 ハンガーで出撃準備をしようとした時、ナオが呟いた。


「今日の所は、前の機体で出るか。とりあえず資金稼ぎだな」


「そ、そうね。それがいいんじゃない?」


 2人共、前回の出撃でグリペンを失ってしまっている。折角私が売ってあげたというのに、数回の出撃でお釈迦にするとは……。

 と、これは自分も人の事は言えないので胸に締まっておこう。


 ジャックは慣れた手付きでホーネットを出現させ、それに乗り込んだ。ナオも同様に、自身のメニューでトムキャットを選択して実体化させる。 2つの巨大なエンジン。グラマラスなボディー。可動する主翼を、最大まで後退させたその姿。


 ああ……。


 我慢が……出来ない。


「ナオ! ごめんなんだけど!」


 もう限界だ。

 我を忘れて、私は走り出す。


「ふぁっ!? なんですか突然?」


「久々にトムキャットに乗らせて! 私のグリペン、使っていいから!」


 そう言って、私はナオの目の前の機体に無理矢理乗り込んだ。

 ああ、このステップ。ああ、このキャノピー。ああ、このシート……。

 ちなみに実体化させてしまえば、機体のキャラに対する所有権というのは関係がない。1キャラについて1つの機体しか実体化出来ないと言う制限はあるが、自分もグリペンを既に出しているので、それにナオが乗るのは本人同士が了承していれば問題はない。


「え? あ、まぁいいですけど……」


「全く、呆れるぜ……」


 今、ジャックに何を言われようが私の耳には入らない。目の前の元愛機だけが溜まらなく愛おしい。可愛いよぉ、ごろごろ。


【フィオナは変態でしたか】


「……変態長って呼んでもいいよ、ベルちゃん」


 ナオにすら呆れられ、そんな事を言われてしまう。が、それも気にならない。


【こうもあからさまな態度を取られると、グリペンの私としては非常に複雑な気持ちなのですが】


「だよねー」


 ベルの前輪を、慰めるように撫でるナオ。


「……機械もヤキモチを妬くんだな」


 グリペンは好きなのだ。だが、トムキャットが特別なのだ。これは、今の恋人と初恋の人との違いのような物なのだ。

 だから、ベルが悲しがる必要なんて無い。言うなれば、私にとってこの現状はハーレムなのだ!


「さあ、行くわよみんな!」


「目が輝いてやがる……」

「もうだめねこの人」

【マスターアームオン。射撃許可を】




 ***




 だが一旦空の上に出てしまえば、容赦の無い現実と向かい合う事になるのだった。


「ああ……機体が重い……」


『そりゃそうだ、軽戦闘機と比べんなって。その方がトムキャットが可哀想だ』


『どっちにも乗ってるわたしには、その気持ちも分かりますけどね……』


 感覚を思い出すように、左右にロールを繰り返す。やはり、グリペンに比べるとちょっとだけ反応が鈍く思えるが、早め早めに操作を行えば問題無いだろう。


『あ、気を付けろよ。お前のグリペン、フェイズドアレイレーダーだっただろ? 走査スピードとか、全然違うからな』


 最近の戦闘機では主流になっているフェイズドアレイレーダー。これはレーダー波の方向を電子的に制御する方式の物で、機械的に動く部分が無いのだ。

 一方、トムキャットのレーダーは機首のレドーム内でアンテナが上下左右にぐりんぐりんと動いている。D型でデジタル方式に改修を受けてはいるが、構造は同じだ。

 この差は例えるならば、視界の中の物を目だけ動かして見るのか、首毎動かさないと見れないのかという違いと言った所だろうか。大抵の人は、目だけで見た方が素早く注視が出来るだろう。


「使ってなかった機体じゃないし、その辺は大丈夫だと思うわ」


 高度10,000ft、速度450ノット。今日も天気は快晴だ。


『あ、そういえばベルちゃんへの指示ってどうします?』


「大丈夫よ、こっちもリンク16は使えるし」


【No problem.】

『わかりましたー』


 全くの旧式ではないが、最新鋭機には一歩及ばない。だが、侮れないだけの性能を所持している。

 そんな所にも、ロマンがあるじゃないか。


「ふふっ……ふへっ」


『あー、また変なスイッチ入っちまった。もうすぐ戦闘空域に入るぜ』


 おっと、気を引き締めなければ。


「大丈夫、私は正気よ」


『ほんとかよ……』

『益々、怪しいです……』


「各機、ここから自由戦闘。手当たり次第に落としてくわよ」


『『了解!』』

【Roger.】


 首都ネテア郊外から延びる8号線。それは海岸沿いにラガメを通り、ストンリコまで続く道だ。

 目の前に見える海岸線。その右端、データリンクで指示された目標位置へ向かってレーダーを照射するとロックサイトが表示された。当然のようにIFFの反応は無く、AWACSから指示された目標なので間違いはないだろう。他の目標に対しては、ジャック、ナオ、ベルが捕捉している事を表す印が表示されていた。

 ちなみに、今日もいつものようにイーグルヘッドが支援をしてくれている。彼も実に働き者だ。支援ボーナスだけで、一財産になっているのではないだろうか。


 ロックサイト付近から、白い線が伸び始めた。敵の攻撃か。


「いくわよ。フェザー1、FOX3」


 改修を受けたFCSからの信号を受け、AMRAAMのロケットモーターに火が付いて真っ白な煙の筋が伸びていく。初期加速が終わりしばらくした後に、別の目標を選択。再度、同様にミサイルを発射していく。

 サイトの移動速度と高度から考えるに相手は回転翼機、つまりヘリコプターだろう。逃げる地上部隊の追撃に向かっているに違いない。


『こっちも始めるぜ。フェザー2、FOX3』

『わたしもやります! FOX3! FOX3!』

【Feather 4,FOX3.】


 もう最初に自分が発射したミサイルが着弾する頃だ。そう思ったと同時に、爆炎がいくつも現れた。それに同期して、MFDの地図上にあった目標は全てが消失した。


『こちらイーグルヘッド、着弾を確認。ターゲットロスト……ああ、なんだ。フェザー隊じゃないか』


「結構前からいるわよ、酷いわね」


『すまんな、結構手一杯なんだ。くそ、また追っ手か。今度は攻撃機のようだ』


「指示してくれたらそっちに向かうわよ」


『了解した。フェザー隊、方位070へ。迎撃を頼む、機種はフロッグフットのようだ。距離400、機数2』


「フェザー隊、了解。みんな、集合。東へ向かうわよ」


『『了解』』

【Roger.】


 進路を東へ向け、機体を固定する。といっても風等で微妙に進路がズレるので、その度にトリムを調整。真っ直ぐ飛ぶというだけでも、案外やる事は多い。

 その内に、後方へと3機が合流してきた。


『七面鳥撃ちだな』


「そうやって油断してると、後が怖いわよ」


 七面鳥撃ちとは、スラングの一種だ。七面鳥の様に動きが遅い鳥になぞらえて、それらを落とすのは簡単だと言った意味合いで使われる。そのルーツは第二次世界大戦だったか。

 昔、その言葉だけを知っていた私は、レシプロ系のゲームで真後ろから悠長に狙いに行って、蜂の巣にされたことがある。近代の大型爆撃機も同様に後方には機銃が備えられているので、油断してはいけないのだ。

 ただ、フロッグフットだったらその心配は無いので、大丈夫だろうとは思うが。


「ジャックと私で先行して迎撃するわ。ナオとベルは進路をそのまま維持で」


『あいよ』

『わかりましたー』

【Roger.】


 ナオは既に2発の中距離AAMを消費しているので、弾数に余裕のある私とジャックで迎撃に向かう。残弾をざっと計算すると、ナオは短距離2本に中距離2本。ジャック、ベルは私同様に短距離2本に中距離3本といった所だろうか。

 巡航速度から加速を始めると、右後方のジャック機も同様に隊列を離れた。ベルは一旦左にブレイクし、ナオの後方へと付くようだ。


 高度3,000ft。MFDの地図上には、イーグルヘッドから送られてきた敵機の位置と自機の位置がが表示されている。まだ交戦距離には遠い。


『ところでよ、敵の空爆なんだが……どう思う?』


「どうって言われてもね」


『俺が言うのも何だが、ああいう大雑把な仕事ってのは日本人はやらないと思うんだよな』


 ワールドワイドでサービスされているMMOでは、国民性が出るのは良くある話だ。特に日本人にはPVPの受けは良くなく、ラッティングメインでプレイする人も多いらしい。

 偏見と言われてしまえばそれまでなのだが、確かに日本人だったらペナルティを回避する方を優先するかもしれない。私でも、きっとそう考えるだろう。

 とはいえ、日本でも血の気が多い人達は確かに存在するのだが。


「となると……?」


『時間帯的に、ロシア勢が関わってるだろって事だ。あいつ等は交戦的で、プレイスキルも高いから気を付けた方がいい』


 会話をしている間に、フロッグフットがレーダー範囲に入る。だが、確実に落とすためにもう少し近付こうかと考えていた時、イーグルヘッドから通信が入った。


『フェザー隊へ緊急連絡。急速接近する機影が……くそっ、ジャミングか? 敵距離、200を切ってるぞ! 回避行動を!』


「イーグルヘッド!?」


 やられた、攻撃機は囮だったか? 敵はきっちりとAWACSから潰しにかかった様だ。


『おいでなすったか……』


『まずい、ミサイルが掠った! 左エンジン停止……すまん、離脱する』


「了解、無事を祈ってるわ。フェザー1より各機、フロッグフットへの攻撃は中止。ジャックは私、ベルはナオのフォローに。迎撃に回るわよ!」


『了解。気合い入れていけよ、向こうは手練れだぞ!』

『わかりました! ベルちゃん、行こう!』

【Roger.】


 全員から了解の声。


 眼が潰されて情報の少ない中、私達は空中戦へと突入していく。




久々に猫に乗せて上げようかと思ったら、どうしてこうなった。


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