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第4話 スリポリト奪還2


 Lazward onlineのサーバーは、毎日決まった時間に30分だけメンテナンスの為にアクセスが出来なくなる。

 いつもこの待ち時間が非常に長く感じてしまう。その性質から、ゲーム自体に拘束されてしまう時間も長いのだが。

 なのでサーバーがダウンしている今のうちに軽食を取ってしまおうと思い冷蔵庫へ向かったのだが、自室に戻ってきた時には時計が定刻を少し過ぎてしまっていた。

 急いでVR用の機材を身に付けてログインを行う。本体から伸びるコードの先に付いたヘッドホンのような端末を着けると、見慣れた自分の部屋の風景が一転、エーゲ海を思わす美しい景色に変わった。空も海も、絵の具の群青色を零したかのようだ。

 フレンドリストを開くまでもなく、既にジャックがログイン済みなのがわかった。見慣れたF-4EファントムⅡが、ハンガーでアイドル状態になっていたからだ。自分も急いでその隣にある愛機、F-5Eに乗り込む。


「結局遅刻してるじゃねーか!」


 苦笑いをしながらコクピットからこちらを見るジャック。


「ごめんごめん、ダウン明け待機はしてたんだけどね」


 そこは「ごめん、待った?」「いや、今来た所」っていうのが普通じゃないのか。んや、なんかめっちゃ古臭い感じがするから言わないでおこう。


 座席へ潜り込み、ヘルメットを被りながらいつものようにAPU起動を宣言。暗い計器類に火が入り、目の前の硝子板に緑色の線が書き込まれていく。


 今回の作戦はある意味で奇襲だろう。ダウンタイム後で人が少ない内に拠点を確保する事が目的だからだ。時間が経てば世界中の猛者が駆けつけてくる事が考えられる。

 目の前の滑走路を、垂直尾翼に一つ目の巨人が描かれているF-16が蜃気楼と共に離陸していった。

 サイクロプス隊のメンバーだろう。その翼にはサイドワインダーより長い、爪楊枝を大きくしたようなミサイルがぶら下がっていた。


『管制官から進入許可が出た、俺が先に上がるけどいいか?』


 ジャックからの通信。了解、と隣の機体へハンドサインを送る。

 4機目の巨人が離陸し終わると、隣から甲高い音が聞こえ始める。亡霊の名を冠した戦闘機が尾部に2つ装備する、ターボジェットエンジンの回転数が上がってゆく。

 タキシングを終えたファントムは一度停止すると、その排気ノズルからアフターバーナーの青い炎を伸ばした。ブレーキを解除したファントムはその炎が生み出す加速力に身を任せ、重力から開放されていった。

 自分も離陸を行う為に誘導路へ機体を進める。スロットルを少しだけ開け、ラダーペダルで機首下部の車輪を操作して誘導路のクランクを抜けていく。その間に操縦桿をぐるりと一回転させ、エルロン、エレベーターの作動を確認する。

 誘導路から滑走路へ出た後、機体を一時停止させると管制から無線が入った。


『フェザー1、クリアードフォーテイクオフ。離陸後はAWACSの指示の下、行動してください』


「フェザー1、了解。発進します」


 スロットルをアフターバーナ位置まで前進。すると機体が押し出されるように加速していく。だが、いつもの離陸速度で機首を上げた時に違和感があった。

 フル爆装した事を忘れていたのだ。機体が重くなれば、その分滑走距離が必要となる。そこから更に100ノット程機体が加速した所で接地感が薄らぎ、同時に縦Gによって少し体に重さを感じた。

 スリポリトへ向かう為にギアアップもそこそこに機体をバンクさせるが、やはり挙動が重い。まるで体に枷をはめられている様で、それを早く捨ててしまいたい気分になる。

 旋回が終わり方位300へ機首を向けた所で、管制が言っていたAWACSから通信が入った。


『こちら空中管制機イーグルヘッド、フェザー隊は進路を310へ取り本隊と合流せよ』


 了解、と返事をし、ラダーペダルを踏み込んで進路を調整。同じサイドワインダーとはいえ、左右に違う物を付けているので一応トリム調整も行なっておく。


 ふと疑問に思ったのだが、こういう作戦の指揮は誰が出しているんだろう。基本的にAWACSにはNPCが乗っているが、勿論個人で所有して飛ばす事も出来る。あまりにもNPCの受け答えが自然なので、機上の通信では相手が人間なのかNPCなのかわからない。

 また全体的な作戦立案も、誰が行なっているのか私は知らなかった。大規模作戦時には今回のように告知が出ているのが通例だが、他ゲームでいうギルドマスターの様な人間は見た事が無い。

 そうしている内に、視界に黒い点々が見えてくる。先行している部隊だろう。それらの一番後ろにいる機体は、多分ジャックだ。速度を調節しながら、その機体の前に出る。


「おまたせジャック」


『お、来たな。みんな、嬢ちゃんが合流したぜ』


 そうジャックが言うと、サイクロプス隊、バンシー隊、他野良の皆様方から歓声が上がった。……やめてほしい。真剣にやめてほしい。こんな硝煙臭いゲームで姫プレイなんてしたくない。

 そもそも、空中戦で守ってもらうという考え自体が甘い事は、長いソロ活動でよくわかっていた。君子危うきに近づかず。死にたくないのなら、引き篭もって敵に補足されなければいいのだ。

 ふと、女の子がAWACSに乗ってたら絶対人気者になるだろうな、なんて事を考える。


『AWACS側とは今回の作戦を共有している。昨日言った通りの内容だ。僕達が上がってきた航空機の対処をするから、バンシーはHARMで空港周辺の対空陣地を破壊。フェザーは進行する地上部隊を援護してあげてくれ。ソロの人達は僕達と一緒に対空戦闘をして貰えると助かる。もし対地装備を担いでるようならフェザー同様、市街地に陣取る車両に落としてやって欲しい』


 サイクロプス隊リーダーからの通信を聞きながら、先程の疑問を頭の奥に仕舞い込んだ。

 誰が全体の作戦を考えてようが、AWACS側と現場の自分達の認識さえ合っていれば問題はない。その辺のゲームシステムを今の自分が知った所で何も変わらないし。

 それより、今回の作戦を成功させて報酬を得るためにも、今は自分のするべき仕事に専念しなければ。


『イーグルヘッドよりフェザー隊、進路270へと転進し地上部隊と合流せよ』


「フェザー了解。それではみなさん、後ほど会いましょう」


 機体を2回、左右へ軽くロールさせて挨拶を行うと、皆それに返して同様の動きを見せてくれた。

 編隊から離れるため、機体を左へブレイクさせる。それに合わせて、ジャックも旋回を始めた。




 地上部隊と合流すると、既に小規模な戦闘が発生していた。敵側もこちらの進軍ルートを警戒済みであったようで、数台の戦闘車両による出迎えを行なっている。


「ジャック、これから地上の援護に入るわ。上はよろしくね」


 おう、と一言だけ通信が入り、ファントムは高度15,000ft程まで上昇していった。


「こちらフェザー隊、地上の状況を教えて下さい」


 地上部隊へ共通回線で話しかけると、銃声がBGMとして鳴り響く返信が入ってきた。


『おー来てくれたか! 今、街道沿いに戦車が2台陣取ってやがって進めねえ。ぶっ潰してくれ』


「了解。装甲車両はこちらで排除していきますので、随時位置を教えて頂けると助かります」


 機体を少しバンクさせて、地上の様子を窺う。すると情報通り、2台の戦車が発砲しているのが見えた。近くからはマーキング用のスモークが立ち昇り始める。

 まっすぐ伸びる道路に沿って2台は静止しているため、一旦距離を取った後に道路と並行に機体を走らせ、爆撃コースに入る。

 機体中央下部のウェポンベイを選択。するとHUDの表示も変わり、爆弾の落下予測地点を示す丸いピパーが表示される。真ん中を選んだのは、左右どちらかから使うと機体の重心が狂い、安定性が損なわれるためだ。無理やりトリムを合わせてもいいけど、面倒臭いし……。

 無誘導爆弾を投下するためにCCIPモードが選択されたHUD上には、機体の未来予測地点を示すマーク――フライトパスマーカーと呼ばれ、丸と十字を組み合わせたような形をしている――と、爆弾落下予測地点を示すピパー、またその2つを結ぶ線が表示される。線は重力方向に伸びており、この線に沿って爆弾が落ちていく事を示すものだ。

 -10°程の角度で敵戦車に近付きつつ、HUD内で戦車の姿とピパー中心の点が重なるように調節。先頭の1両とピパーが重なった所で、操縦桿のリリースボタンを押す。119kgの重りが機体を離れ、重力に引かれていく。

 操縦桿を少し手前へ引いて、奥のもう一両へピパーを合わせ再度リリース。もう一つの重りが体を離れた事で、気持ち機体の反応が鋭くなったような気がした。

 投下が終わり、スロットルを100%位置まで前進させその場を離脱する。上昇中、着弾確認のためキャノピーの枠に取り付けられたバックミラーへ目をやると、砂塵と共に炎が立ち上るのが見えた。


「地上部隊、確認お願いします」


『撃破確認した、助かったぜ。俺達はこのまま街道沿いに市街地、空港へと向かう。次はその間にいる敵車両を撃破していってくれ』


「フェザー1、了解。武運を祈ります」


『ああ、そっちもな』


「ジャック、こっちの仕事は一旦終わったわ。合流しましょう」


『おう、ちょっと待ってくれーや。それ、FOX1』


 セミアクティブ空対空ミサイル発射を知らせるコールがインカムから聞こえたと同時に、上空から一筋の白い糸が伸びていった。数秒の後に糸の進展は止まり、その先で黒い煙が現れる。


『オーケー、スプラッシュワン。こっちも仕事が片付いた、合流するぜ』


「了解。進路030、市街地へ向かいましょう」


 数十秒の後、ジャックは自分の右後ろへ機体を合流させた。




 市街地上空へ到達後、ジャックは先程同様に高度を取り周囲警戒。私は対地レーダーを起動させ索敵を開始する。

 既にスリポリト市街地では数カ所で黒煙が上がっていた。


「フェザーよりバンシーリーダー、対空火器は処理されちゃってるのかしら?」


『こちらバンシー1、市街地内のSAM、AAAは粗方片付いてるはずだ。今は空港側を処理している。ただ、MANPADSには気をつけてくれ』


 ああ、歩兵の携帯型対空ミサイルの事はすっかり忘れていた。さっきは低高度でやっちゃったから、次はもうちょっと高度を取ろう。


「フェザー1、了解、助かります。これより市街地の装甲車両の処理に入ります」


『了解』


 通信を終え、レーダーを対地モードで起動。すると、HUD内にいくつもカーソルが現れてきた。

 先程と同様の手順で、今度はダイブ角を増やしてその一つ一つに爆弾を投下していく。それが終わる頃には、地上部隊の市街地進行も半分ほど進んでいた。

 盛大に落としてやったので、作業が終わると同時にMK81は底をついていた。


『えーこちら地上部隊。フェザーのお陰でこっちは楽なもんだ。終わり次第、空港占拠に向かう。どうよ、これ終わったら基地で1杯やらないか』


「フェザー1、了解。ただし当方未成年に付き、飲酒はお断りしております。」


『ははっ、フラれてやんの隊長!』

『未成年に手ぇ出しちゃだめだろおっさん!』

『LOLOLOLOL』

『おいフェザーの2番機! このロリコン野郎!』

『失恋を癒すにはタバコだ! 一本吸え!』


 そんな声が聞こえてきて、少し緊張が和らぐ。この部隊の隊長は、フレンドから愛されているようだ。


「ジャック、ロリコンだって」


『うるせーよ! ちげーよ! おい誰だロリコンって言った奴、今から蜂の巣にしてやる!』


『おい馬鹿やめろロリコンフェザー2!』


 そう言いながらF-4Eは変態を……失礼、編隊を離れて地上部隊が居るであろう辺りを低空飛行し始めた。


 こういったやり取りが出来るのも、このゲームの楽しいとこだと思う。

 同じ陣営同士、痛みを分かち合う戦友って奴なんだろうか。敵同士であれば仲がいいという事は決してないのだが、逆に味方同士だと野良であってもフレンドリーな感じがする。

 他のゲーム経験はあまりないのだが、個人が基本となる作品だと内部分裂や仲間割れと言った話をたまに耳にする事があるから、やっている事は殺伐としているが、ある意味こちらの方がまったりしているのかもしれない。

 そんな事をしていたら、下に防御陣地らしきものが見えたので、最後に残ったロケット弾をプレゼントする。これで残りはサイドワインダーだけだが、この分なら使う事も無さそうだ。

 ロケットが装備されたパイロンを選択し、それを投棄。ロールスピードが軽くなり、これでやっと自由になれたという感覚が湧いてきた。

 さて、空港側の人達は宜しくやっているのだろうか。そう思い、聞いてみた。


「イーグルヘッド、現在の状況を教えてくれないかしら」


『こちらイーグルヘッド。空港側も敵勢力は殆ど排除が終わった。後は地上側で施設を占拠すれば終わるだろう。ん……ちょっと待て』


 急にイーグルヘッドの声のトーンが変わる。ここまで感情表現豊かなAIは本当凄いと思うが、それより今はその原因が気になった。


「どうしたの、イーグルヘッド?」


『バンシー2、4がレーダーロスト。おかしい、敵性航空機は居ないはずだが……』


 何か嫌な予感がする。練度から考えてファクションウォーに参戦する人間が、操作を誤って墜落すると言う事はあまり考えられなかった。


「ジャック!」


『おう!』


 私達は同時にアフターバーナーへ点火し、空港のある方位045へ向けて機体を加速させた。





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