第37話 捜索
2人が墜ちた。
その事実に、この広い空に自分だけが取り残されたような感覚に陥り、私はフライトスーツに包まれる身体を抱えた。突然手綱を手放された機体は、慣性に従って僅かにロールを始める。
その平衡感覚の変化が刺激になり、今までの戦闘によって押さえ込まれていた感情が吹き出し始める。
『……フィオナちゃん、聞こえる? 大丈夫?』
「マリーさん……っ! ジャックとナオが、早くレスキューを! 場所を特定しなきゃ。ビーコン、ビーコン波は……!」
『……落ち着いて、フィオナちゃん』
そして高ぶった感情は、矢継ぎ早にその優しい声の主に対して向けられた。
「でも、早くしないと敵が!」
『落ち着きなさい、フィオナ!』
突然、マリーは声を張り上げる。
そして一転して、私を諭すような口調で続けた。
『まずは状況確認。こっちでも捉えられるぐらいの高度になっちゃってるわ』
HUD上の高度計は1,200ftを示している。
RWRを確認、反応はない。
『……大丈夫みたいね? はい、深呼吸ぅー』
「そんなことやってる暇は!」
『大丈夫だから。2人共、あなたをちゃんと信頼して待っててくれてるから。だから、今はあなたがすべき事をしなさい』
そういう彼女の普段のトーンとは違う、だがいつもと何ら変わらない物が籠もった声にはっとした。
私の……すべき事。
目の前には3つのMFDが並ぶ。右横には、ベルの機体が自機と平行に飛んでいた。
それぞれに視線を向けた後、言われた通りに深呼吸を1回。
「……データリンクで、2人の墜ちた位置を確認。ベルは増漕を捨てちゃったから、先にマリーゴールドへ帰艦。それまでは、私が上空で待機……」
【Roger.】
『はい、良く出来ました! もうヴァルキリー隊は出発してるわ。彼らの援護をお願いね』
「わかりました。……ごめんなさい。あと、有り難う御座います」
『帰ってきたら、ジャックとナオちゃんにはきついお仕置きね。私の可愛いフィオナちゃんを、こんなに心配させたんだから!』
ベルの機体が隊列から離れていく。
彼なのか彼女なのかは未だにわからないが、ベルが居なかったら私も墜とされていたのは間違いない。
機体に向ける視線に感謝を込めて、その様子を見送る。
【Good luck.】
MFDには、ベルからのメッセージが表示されていた。
ただ一言、幸運を。
誰に対しての言葉なのか分からないが、それはきっと私達3人に向けた物なのだと、私は勝手に解釈する事にした。
***
増槽を使い切り、数十分の旋回を経た後に私は、ヴァルキリー隊のシーホークと合流。
その後の捜索自体は手間取ることも無く、ベルが戻ってきた後にそのまま彼等を護衛してマリーゴールドへと戻る事が出来た。
シーホークは一足先に甲板上へと降り立ち、その少し後に私達も着艦。
機銃が掠って怪我はしていないか、苦しんでいないか。最悪、四肢のどれかが失われているかもしれない。VRゲームとはいえ、その感覚自体は現実と何ら変わりが無い。それを知人が受けているという可能性だけでも、私には心苦しい物だった。
嫌な事ばかりが浮かんできてしまい、焦りながらコクピットを降りた私を待ち受けていたのは……。
甲板に寝っ転がって尻をこちらに向け、仰向けに足を上げるジャックだった。
「でよぉ、木にコードが引っかかっちまってよ! こーんな格好で待ってたんだぜ」
「あっはははは、それおかしい!」
その様子を見て、腹を抱えて大爆笑するナオ。
握り締める拳に、嫌でも力が入る。
「お、戻ってきたな」
「フィオナさん、おかえりなさいー」
エレベーター上へと機体を動かし、機体に掛けられた梯子を降りた私に向かって2人が手を振りながら駆け寄ってくる。
今の私は、どんな顔をしているのだろう。もう怒りと安堵がごちゃ混ぜになり、自分の顔の感覚すら分からなくなってしまっている。
「心配掛けて済まなかったな、フィー」
「ごめんなさい、墜ちちゃいました!」
ジャックは急に真面目な顔をして右手を差し出し、ナオは勢いよくお辞儀をした。
「べっ……別にいいわよ……」
どうもやりづらい。マリーとの会話を彼等に聞かれている筈は無いのだが、感情を高ぶらせてしまった事実が頭を過ぎる。
「お、もしかして……これがツンデレってヤツか?」
「ですです、それです!」
「違うわよ! あぁ、ほんっとにムカついた。2人共、殴ってやる!」
その余計な一言が引き金となって私はジャックとナオに襲いかかり、世界最強の兵器の上は、さながら小学校の運動場と化したのだった。
【羨ましいですね】
その様子を眺めるベルの声が、潮風に乗って響いた。
***
私達は場所を移して、マリーゴールドの艦橋に来ている。
「……で、なんでみんな顔が真っ黒なの? まぁ、いいけど……」
マリーが不思議げに聞いてくる。
それもその筈だ。デッキ上を転がり回って、排気による煤、タイヤ屑なんかで私達3人は顔だけでなく身体中を真っ黒にして、マリーを訪ねたからだ。
「いやー、手荒い歓迎を受けちゃってな」
「えへへー」
ぽりぽりとジャックは頭を掻き、これまた同様の仕草を笑いながらするナオ。
怒りはまだ収まってないんだからと態度で示す為に、私は腕組みを続けるが、
「ふふ……ま、よかったわ」
柔らかい表情を浮かべ、金色の髪を掻き上げる彼女と目が合って、私も苦笑いを浮かべた。
「3人共、とりあえずお疲れ様! 当初の目的は、あなた達のおかげで達成したから、明日はネテアの戦闘区域に入る予定よ」
そう、次はまた難しいミッションが待っている。建造物への被害を押さえながら、地上部隊への援護を行わなければならないのだ。
自分の財布への被害を考えなければ、これはそう難しい事では無いのだが。
「でももう遅いし、明日へ持ち越しでいいわよね?」
「ああ、そうだな」
「はーい」
そう、私の問いかけに答える2人。
「でも、時間内に終わってよかったわー。ここからの時間帯は、色んな国の人たちが動き出すから」
マリーは時計を見ながら言う。
現在時刻は午前零時を少し回ったところだ。この辺りから、ロシア勢の動きが活発になってくる時間に入る。その後は、順に主要先進国のコアタイムに入っていき、最後にアメリカとなって一巡するのが、このゲームの一日だ。
「そういえば、ジャックって眠くないの? ニート?」
ふと、頭を過ぎったことを質問してみた。
「おいおい。俺様ぁしっかり働いてる、社会人だぜ。まぁゲームのしすぎで、社壊人か社下位人かもしれねーけどよ」
「あ、私もよー」
「「えー!?」」
ナオと私は驚きの声を上げた。
あれ? でも彼等は海の向こうに住んでいて、こちらに時間を合わせてくれているのだと思っていたのだが。
ナオもきっと私と同じだろう、確かナオと出会ったばかりの時に彼は英語圏がどうとか言っていた筈だ。
「最近日本に転勤になった事は、そういえば言ってなかったな。おかげで最初の頃より大分楽になったぜ」
「そうね、言ってなかったわねぇ」
……2人共、ゲームのしすぎで極東の地に左遷されたのではないのだろうか。無駄に心配してしまう。
「折角日本にみんな居るんだから、いつかオフ会なんてしてみたいわね!」
「いいですねそれ!」
いえーいと、呼吸を合わせてハイタッチをするマリーとナオ。確かに、そういうのも面白いかもしれない。
と、雑談を繰り広げている所に、1つの通信が入った。
「艦長、ネテアより艦長宛に通信です。えっ……空爆……?」
そのNPCオペレーターの言葉に、顔色を変えてマリーはヘッドセットを手に取る。
「こちらマリーゴールド、詳細を!」
途切れ途切れの通信が、スピーカーを通して聞こえてくる。
『……ちら……ネ……デイ……ッター……』
「……通信、途絶しました」
先程までの和やかな雰囲気は、その言葉で吹き飛ばされてしまった。
「何かあったみたいだな」
「ですね」
持っていたヘッドセットを置いて、マリーが口を開く。
「……今、ネテアの制空権は敵に奪われてしまっているの。それは明日、私達でなんとかしようという手筈だったのだけど」
「さっきの、デイ……って、デイジーカッターだろうな」
「デイジーカッターって、あの輸送機から落とす奴?」
過去にベトナムや中東の戦争、対テロ戦争で使われたことのある巨大な爆弾だ。自分もあまり詳しくはないのだが……。
「まぁ間違っちゃいないが、デイジーカッターってのはああいう爆弾全体を指すスラングなんだ。最近じゃ、MOABって呼ばれるのが使われているな」
「どっちにしても、広範囲を爆風で吹き飛ばす奴よね?」
「ああ、その認識は間違っちゃいない」
核兵器が存在しないこのゲームにおいて、広範囲に渡る被害を求めるのならこれらか燃料気化爆弾しか選択肢は無い。しかし、そんなものをペナルティ覚悟で……? 街1つを吹き飛ばすつもりなのだろうか。
「……制空権を与えちゃったのが、こんな事になるなんて」
「ペナルティとか、どうでもいいんだろう。ま、1人か少人数が素寒貧になればいいだけの話だ。むしろ他に被害を出さないで敵を殲滅する、一石二鳥の賢い手だな」
「でもその人、なんか可哀想ですね」
ジャックの言う事も一理あるが、ナオの気持ちも分かる。少数だけが不利益を被って勝利しても、私はそれで気持ち良くはなれない。
「とりあえず、今日の所はこれでお終いにしましょう。寝てる間にどう動くのか、気になるけども」
「そうだな」
「ですね」
どこか煮え切らない物を抱えたまま、私達4人はそれぞれログアウトをしていく。
「なぁ、フィー」
マリー、ナオがその場から居なくなり、私もログアウトボタンを押そうとした時、ジャックに呼び止める。
「なに?」
「あ、いや……改めて、な。ありがとう」
照れくさそうに頭を掻いた後、私の頭にポンと手を置きながらジャックは消えていった。
当然のように私はその夜、すっきりと寝る事は出来なかった。
***
夜の闇に紛れ、俺達は機体を飛ばす。
目の前には輸送機。仄かに明るい空にそのシルエットが浮かび上がっており、その赤と緑の翼端灯の幅から巨大な物だと分かる。
『サラマンダー1より各機、定期の報告を頼む』
「こちら、サラマンダー2。荷物運びは順調、っと」
『セイレーンも順調だ。ベタ凪だな、今日の空は』
『ドライアド、少々ルートをズレたが……まぁ、問題ない。もう修正済みだ』
『ハーピー隊も何事も無く順調よ。退屈過ぎて、歌でも歌っちゃおうかしら』
『おいおい、勘弁してくれ。お前、音痴なんだからよ』
『よし、隊長命令だ。目的地まで一番遅かった奴が、個別チャンネルでハーピー1に付き合う事!』
その提案で、笑い声が通信機越しに響き渡った。
今日のサラマンダー隊の任務は、言ってしまえば運び屋の護衛だ。その目的地は、現在大規模戦の渦中にあるネテアである。
しかし、少し前までの俺だったら、この部隊にこんな笑い声が響くなんて想像も出来なかっただろうな。
フェザー隊との戦いの後、隊長は宣言通りに部隊を解散させた。そして掲示板に書き込んだように、既存の仲間と新規入隊希望者を集めて4つの部隊を作った。
掲示板では色々言われていたようだが、そこでのやり取りを見て入りたいと言ってきた者もいたようだ。
その成果は、先程の会話に現れていると言っても良いだろう。以前と違い、実に居心地の良い部隊へと生まれ変わった。
やっぱ、ネトゲはこうでなくちゃな。
ウェイポイントは12個目を消化し、13個目に入ろうとしている。そこが、今回の目的地だ。
滑走路も何もない、市街地の上空。
俺は、今回の任務を不思議に思っている。
そのキッカケとなったのは、少し夜更かしをした昨夜の事だった。ロシア系の連中が、輸送機の護衛をして欲しいと依頼をしてきたのだ。
護衛対象となる輸送機は、こちらの陣営では珍しいC-130 ハーキュリーズが4機。今、豪快にエンジン音を響かせて目の前を飛んでいるのがそうだ。
丁度いい数だと言う事で、各隊がそれぞれ護衛に付いて飛んでいる。サラマンダー1、隊長だけは護衛のリーダーを俺に任せ、1人で索敵に出ているのだった。
ウェイポイント13へ到達。
「こちらサラマンダー、目的地へ到着だ」
その報告と同時に、各隊からも到着の報告が上がった。最後はハーピーだったので、1人カラオケでもさせられるのだろうか。
「で、隊長。ここからどうすればいいんだ?」
『さぁ、俺にもわからん』
『隊長、そんな仕事受けてたの!?』
『しんじられなーい』
『報酬だけはきっちり請求して下さいよ?』
冗談交じりで彼を誂う声が飛ぶ。
「ん、何だ?」
その時だった。目の前のハーキュリーズは背後にあるカーゴドアを開け始めた。
何をするのだろう、支援物資でも落とすのだろうか。目を凝らしてそれを判別しようとする間も無く、"何か"が荷室から投下されたのが見えた。
ハーキュリーズのパイロットから通信が入る。
『ここまで護衛、感謝する。さぁ、今夜は堪能していってくれ! イッツ・ア・ショータイム!』
しばらくの後、眩いばかりの閃光に周囲は包まれて、夜の闇はそこから姿を消した。
久々にヒロインらしい!(