第35話 スロキス島攻略戦3
「なんで俺が音楽やってんのと、ソナー手が関係あるんだよ……」
ヘッドホンで聴音しながら、俺は愚痴を吐いた。
現在、水上はお祭り騒ぎだ。音の定位から方向を割り出そうとしてはいるが、まだ敵の推進音は聞き取れていない。先程1本の魚雷が発射されたのはわかっているので、その音を保存して今は2本目の発射に備えている。
「だってお前、耳いいだろ?」
「俺は絶対音感なんて持ってないし、これとは関係ないだろ」
フジトと2人で戦利品を処分した後、俺は何故か潜水艦乗りとなった。偶々寄った港に、リアフレの乗る潜水艦が補給の為に停泊していたのだ。
そいつは潜水艦乗りだけあって、機密に対するスタンスは信頼出来る。なのでマリーに確認を取った上で、そいつには作戦の真実を話したのだった。
「魚雷発射位置は特定出来たか?」
「いんや」
「もっかい撃たれないと厳しいか。いつもソナー使ってんだから頑張れよ」
「俺が使ってるソナーは、これじゃねえ。DAWの方だ」
しかし、銃声の支配する地上と違ってここは静かだ。低音で鳴る機械の駆動音、推進音こそあるが、耳を刺激する激しい音がない。
地上よりここのほうが合っているかもしれないとふと思うが、ずっとここで待っているのも退屈な物だ。
「なぁ、タバコ吸いたいんだが」
「火災警報が鳴って、水浸しになるぞ」
「喫煙室ぐらい作っとけよ」
「……俺に言うなよ」
神経は集中させているが、身体を動かさないのがこれほどまでに退屈だとは。クラシックは趣味じゃないが、モーツァルトでも聞きたい気分になる。
その時、右前方に定位する微かな推進音が聞こえた。
「来たぞ、魚雷だ。1時方向、距離40」
「了解。音紋入力。1番は魚雷、2番は水上艦へぶつけるぞ、発射管注水!」
金属が擦れ合う重い音と海水の流れ込む音が聞こえると、NPCから注水完了の報告が上がる。
「撃てっ!」
耳元で、水をかき混ぜる音が響き渡った。
***
横を通り過ぎるベルを見送った後、レーダーレンジを最大にすると目標の位置が更新された。空母を離艦した3つの機影は、真っ直ぐこちらへ向かってきている。
エアブレーキで巡航速度まで対気流速度を落とし、その時に備える。
レーダー警報がRWRから鳴り響いた。
敵機がミーティアの最大射程に入る。もう少し、引き付けたい。
ミサイル警報が耳をつんざいた。
「FOX3!」
最後のミーティアを発射するのと同時に、操縦桿を一気に引いてアフターバーナーオン。速度が落ちるのに抵抗しながら、インメルマンターンで方向転換に入った。
【Feather 4,FOX3. FOX3.】
ハーフループを終えた私の頭上を、2本のミサイルが通り過ぎていった。
ベルのミサイルだ。さっきすれ違ったばかりだというのに、もう方向転換を終えたのだろうか。
機体を水平に戻した後、若干の機首下げ姿勢で引き続き加速を行う。HUD上、左に表示されている対気速度の数値がみるみる上がっていく。600ノット程まで上がったのを見届けると、次は左に緩旋回。ミサイルを9時方向に捉えながら旋回を続け、チャフを散布。
すると、すぐにミサイル警報は止んだ。
【Bulls eye.】
淡々とミサイルの命中を伝えるベル。いつもの調子で冗談を言われても読んでる暇はないので、有り難いと言えば有り難いのだが。
『レーダー警報反応無し、目標まで230。もう良いだろ?』
目の前に玩具を見せられた子供の様な声でジャックが言う。
「了解、撃っちゃって」
『フェザー2、ライフ……でいいんか? これ、撃つ時は』
『フェザー3、フォ……じゃなかった』
「そこは拘る所じゃないんじゃない……」
ジャックとナオからRbs15F発射のコール。2人の居るであろう方向を凝視すると彼方に、初期加速をした対艦ミサイルの白煙が見えた。
「2人は高度はそのままで回避をお願い。再攻撃まで、まだ位置を知られたくないから」
『あ、念の為に全部撃っちまったぜ』
『私もですー』
「ああ、なら良いわ。今の内に帰艦しましょ」
『了解』
『はーい』
発射されたRbs15Fは、ハープーンと同様に超低空を亜音速巡航していく。もし目標までの間に島などの障害物があっても、自動で回避してくれる。更に目標寸前では蛇行し、近接防空火器も避けるという、頭の良い子だ。
「ベル、着弾確認出来る?」
【Piece of cake.】
ん、ケーキ? AIなのにケーキを食べたいのだろうか。
『楽勝、だってよ。こいつ、言うねえ』
「ああ、なるほど。そういう言い回しなのね」
『フィオナさん……』
「ナオ、やめて。そんな残念そうな声出さないで。わかってる、よくわかってるから」
私の見た目と英語の学力が釣り合わないのは、よくわかっている……。
離れていた2機が戻ってくる。ベルだけは指示を受けて私達の後方にいるので、2人はいつもの形に隊列を組んだ。
後方とは言うが、敵からの距離はベルが一番近い。こういう時だけ機械扱いしている事に少し罪悪感を覚えるが、残弾数的にも今はベルが殿を務めるのが最適だろう。
【Enemy career sunk.】
よし、撃沈!
ベルからの報告にコクピット内でガッツポーズをする。想像以上に上手く事が運んだ事に安堵するが、
【Rader contact,3 aircraft. Heading 330.】
同時に、新たな増援を確認したという報告がベルからされた。
撃沈した空母の周囲には敵影はなかった。例のアップデートのNPC増援なのか、他にまだ敵が居るのか。
『くっそ、まだいんのか?』
ジャックが愚痴る。
現状では追撃するべきか判断が付かない。こういう時は、これに限るか。
「ベル、すぐに合流。全機、残ってる燃料を使い切るつもりで逃げるわよ!」
『了解。ナオ、アムラームもサイドワインダーも捨てちまえ』
『わかりました!』
【Roger.】
そのまま、私達は全力で空域を離脱した。
***
空母の上空は、補給待ちの機体でごった返していた。
プレイヤーにとって、補給作業というのは大体がロスタイムになる。その間操作は出来ず、ただ作業が終わるのを待つしかない。
当然、空母へ降り立った後にも、ハンガー内で作業待ちの人々に出くわす事となった。
「この時間がつらいよなー」
「マジ、やることねえ……」
「おう、そんな暇だったら手伝え!」
そんな愚痴るプレイヤー達に、怒声を浴びせる男がいた。
「おやっさん、勘弁してよ」
「俺らじゃ、何やらかすかわかんねーよ」
そう笑いながら、プレイヤー達はその整備士へ返答をする。
彼は、最近実装されたNPC整備士。皆から親しみを込めておやっさんと呼ばれている。
「ったくよ、めんどくせえ機体ばっか揃えやがって。あそこの嬢ちゃん見習えってんだ」
うーん、自分の仕事に愚痴るAIってどうなのだろう。
とりあえず自分も補給待ちで暇なので、少し絡んでみようか。
「何、呼んだ?」
「おお、嬢ちゃんか。いや、あんたみたいな楽な機体にしろって言ってたのよ」
「ああ、そういう事。グリペンは良いわよー。大抵の事は出来るし、整備性は最高。今ならこの値段で……」
そこまで言うと、ジャックに軽く頭を殴られた。
「あたっ。何すんのよ、人の商談に……」
「お前はサーブ社の営業か! アホな事やってねーで、マリーのとこ行くぞ」
「どこ行ったかと思ったら、こんなとこで油売って……じゃなかった、飛行機売ってたんですか……」
遠い目をしたナオの姿に見送られながら、私の首根っこを掴んでジャックは歩き出した。
ちょ、引きずらないで……。
「フェザー隊、入るぞー」
「あ、おかえりー」
ジャックに引きずられたまま艦橋に入ると、多数のNPCの中にマリーの姿があった。声は柔らかいのだが、その表情は硬いままだ。
「戦況はどうですか」
「あんまり芳しくはないわね。島自体はあなた達のおかげで平穏なんだけど、イージス艦隊は一旦引き上げさせたわ」
「なんだ、だめだったのか」
ジャックの声に、暗い表情で頷くマリー。
「聞いてたと思うけど、グラジオラスが航行不能になったの。その魚雷の発射主は、返り討ちに出来たようなんだけど」
「"出来たよう"ってどういうこった?」
「返り討ちにした魚雷の発射主がわかんないのよ。少なくとも、私達の艦隊じゃなかった。一つ、心当たりはあるんだけどね……」
手を広げて首を傾げた後、マリーは続けた。
「でも、一応制空権は取ったし空港も破壊した。だから、これからネテアに行こうかと思っているんだけど……」
確かに、当初の目標を達成したのは確かだ。損害が出てしまったのは残念だが、逆に言えば1隻だけの被害だったと見る事も出来る。
きっと、不安要素がある事が引っかかっているのだろう。
「もしかしたら、もう1隻空母がいるかもしれないって所ですか」
マリーは私の言葉に頷く。
「そう、あなた達の報告にあったヤツね。その艦載機ぽいのから、今も散発的にイージスに対して対艦ミサイルが飛んできているの。でも、その機影が補足出来ていないのよ。今ネテアに向かうと、下手したら挟撃を受けるかもしれないのが怖いのよ」
「地対艦ミサイルって事は?」
「ではなさそうなのよね」
ふむ、と一言発して考え込むジャック。何か、心当たりがあるのだろうか。
「なぁ、その他に気付いた事ってなかったか?」
「そうねえ、珍しい機体でフリースタイルがいたとかっていう話があったわね……後、飛んでくる対艦ミサイルがロックし辛いとか」
「フリースタイル……」
試作機だけで終わった、ロシアの垂直離着陸機。珍しい機体に乗っている人もいるもんだ、と自分の事を棚に上げて考える。
その機体名で、ジャックは何かに気付いたような顔をした。
「こりゃ臭うぜ。もしかしたらここにいる限り、ずっと攻撃されるかもしれねえ。今すぐ、ネテアに向かった方がいい!」
マリーもその言葉に、はっとした表情を見せる。
「わかったわ。全部隊へ通達、これよりネテア防衛フェーズを開始。この空域、海域より離脱します」
……さっぱり分からない。
ナオと目が合うが、彼女も眉をしかめてわけがわからないといった顔をしていた。
「ねえ、説明してよ」
「ああ、わりぃな。つまり、"空母なんて居ない"って事だ」
「居ないんですか? 私達、艦載機みたいなのをレーダーで捉えてましたよね?」
ナオの言う通り、ベルが最後に3機を発見していたのは間違いない。
「ああ。だが機種は確認していないし、発進した所も見ていない。おまけに逃げ切れたし、追撃もなかった。イージスに対して対艦ミサイルは飛んでくるが、その母機は見えない。地上には何もない。この状況証拠から推測するとだな……」
そこまで言われて、やっと言いたい事が理解出来た。
「VTOLね」
「の、可能性が高いって事だな」
「なんですかそれ?」
「簡単に言うと、ヘリコプターみたいに動ける飛行機よ」
Vertical Take-Off and Landingのイニシャルを取ってVTOLと呼ばれる垂直離着陸機。ハリアーやフォージャーに代表される種類の航空機だ。
ひと昔前のVTOL機は兵装に制限があったのだが、今では全戦闘機で見ても最強クラスのVTOL機が存在している。
F-35B。ステルス機であり、なおかつSTOL、そしてVTOLが可能。最新のアビオニクスで死角が無い機体だ。スロキス島の中央は低いとはいえ山だらけなので、立体的な動きで隠れるには絶好の場所が揃っている。
これは余談だが、一部を除いて大体のVTOL機はSTOLも行うことが出来る。STOLとはShort Take-Off and Landingの略で、短距離離着陸の事である。私の乗っているグリペンもこれに含まれる。STOLもVTOLも可能な機体達は、S/VTOLやSTOVL機と最近は呼ばれているようだ。
まったく、ややこしい。
「でもでも、それなら最初の時に攻撃されてたんじゃ?」
ナオの意見はもっともだ。だが、そこで彼らは私達に手を出してこなかったということは。
「偵察してたか、舐められてたか……どっちにしろ気に食わねぇな。フリースタイルの目撃情報も、見間違いかもしれねえ」
そろそろ、整備も補給も終わっている時間だろう。
「よし、次の仕事が決まったわ。マリーさん、全力でネテアへ向かって下さい、後ろは私達が守りますから」
「お願い、頼りにしてるわ」
私達は艦橋を出ながら、ハンガーのNPCへ通信を入れた。
「こちらフェザー隊。兵装変更、IRIS-TとASRAAMを積めるだけお願い!」
敵に猫のヒゲは付いていませんし、中身が西側の物だったりもしません。