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第32話 運用評価試験

 インカムの角度を調整しながら、上空の僚機へと呼びかける。


「はい、そこまで」


【Roger.】

『はぁ……はぁ……はぁ……』


 涼しい顔をしているかは分からないが単調な受け答えをするベルに対して、ナオは息が上がって辛そうだ。


「こいつは……とんでもねえかもな」


 横に居るジャックが言う。


 結局の所、ベルを質問責めにしても分かった事はなく2日が過ぎた。

 デッキから見ている分に、ベルの戦闘能力はかなり高い。昨日、ジャックと行なった模擬戦でもベルは相打ちにまで持ち込んでいた。

 今のナオとの模擬戦では、更に強烈な機動をしていた。機体に常に8G以上が掛かっているような状態を、機速の限界までずっと維持していたのだ。


 再度、メニューを開いてその説明文を読む。


【シーグリペン(E型ベースUCAV)】

・過去に計画されていたグリペン無人航空機化案を発展、実用化させたもの。自律学習型AIにより、指揮プレイヤーと同等の運用能力を発揮する。

・コクピット部以外はプレイヤーの所持する機体と同じ能力を有する。また、平時のコミュニケーション用に特殊ヒューマンインターフェースを搭載。なお、中枢部を他機種に移植する事は出来ない。

・この機体を売却等、取引する事は出来ない。再取得する為には、入手時と同様の条件が必要となる。


「指揮プレイヤーって、きっと私の事よね」


「だろうなぁ。フライトログとかを読み込んで、癖とかを反映させてるのかもな」


「特殊ヒューマンインターフェース……てのは、あの人格っぽいのかしらね」


「人格……か。まぁ、それ以外に言いようがないが、なんかもやっとするな」


 己の語彙力の無さを恨むぜ、と頭を掻くジャック。


 売却不可能。再入手の条件は不明……。

 きっと私の行動が何かを満たしたのだろうが、見当が付かない。仲間との模擬戦なのか、墜ちて地上戦をやった事なのか、それとももっと前の行動なのか……。


「とりあえず、1人増えただけっていう認識で行こうと思うんだけど」


 そう、単純に新しいメンバーが増えただけ。AIだとかそういうのは関係無く、同じ様に扱うつもりだ。私達との違いは死んだらそれまで、という所だけだと思う事にした。


「ああ、良いと思うぜ。どうせお前には、勿体なくて使い捨てるような運用は無理だろ?」


「どうせ貧乏性ですよ。あれのおかげで整備費は2倍になるわ、私より機体の消耗が早いわ、大変なんだから。元取るまでは、きっちり働いて貰わなきゃ」


 それだけの苦労をしているのだから、UCAV本来の使い方なんて出来よう筈もない。自分の消耗を恐れてこれを前線に送っていたら、いつか私は破産だ。

 効率的に使うには、私が前に出てベルに援護させるのがいいだろう。そうすれば、私にとってはミサイル所持数が2倍になったようなものだ。


 模擬戦を終えたナオの機体とベルが戻ってきた。

 まずナオが細かく姿勢を修正しながら着艦、少し手前側に降りた為に着艦フックは2番目の制動ワイヤーを捉えた。

 ナオの機体がアングルドデッキから離れると、ベルはグライドスロープへと侵入。カナードが細かく動いているが、機体の姿勢はぐらつかない。まるで坂の上から降りてくるようなスムーズさで、そのまま3番ワイヤーを捉えて制動した。


 ナオが機体を降りてこちらに歩いてくる。


「ナオ、お疲れ様」


「ふえー、負けちゃいました……」


 がっくしと肩を落とす彼女に対し、ジャックは「まだまだだな!」と追い打ちをかけた。


【当隊3番機への昇格を申請】


「がーん!」


「やめなさい! 大体あんたはG関係無いんだから、存在がそもそもチートみたいなもんでしょ!」


 まったく、今度は煽りエンジンが……とか言い出すんじゃないんだろうか。

 私だって、ベルに勝てるかどうかは分からない。いや、きっと負けるだろう。あんな人間の限界を超えた動きは無理だ。


「とにかくベルの弱点を見つけないと」


 そう、私はとにかく弱点を知りたい。その為の模擬戦なのだ。いざ戦場で「あれが出来ません、これも無理です」なんて言われても、対応なんて出来ない。

 頭を悩ませていると、ジャックが言った。


「多分見つけたぜ、弱点」




 ***




『ナオ、個別回線に切り替えるぞ。作戦会議だ』


『了解です』


 ジャックに促されて、私達は再び空へと上がった。戦うのはジャック、ナオのチームとベル単機だ。

 私も上から見た方がいいとの事だったので、センターパイロンにSPK39 偵察ポッドを抱え、高度20,000ftから彼らを見下ろしている。右のMFDには偵察ポッドから、データバスを介して送られてきた映像が映し出されていた。


『よし、作戦会議終了だ』


『いつでもいいですよー』


【Feather 4,ready.】


 ジャック達は声で、ベルはMFDに映し出される文字で、それぞれ準備が出来たことを知らせてきた。

 ベルが文章で伝えてくるのには理由があり、戦闘時は処理能力を他に回すために音声出力が出来なくなるとの事からだ。音声入力は、常時受け付けているらしい。


 戦闘が始まった。

 ジャックとナオはお互いに距離を取り、同一方向へと旋回をしている。その様はまるで、自分で自分の尾を食らうウロボロスのようだ。いや、自分の尻尾を追い掛けるバカ犬……ごめん、ナオ。

 ベルはとりあえずという感じで、最短距離にいる敵機へと向かう。その先にいるのはジャックだ。


『来るぞ』


『任されました!』


 その声と共に周回軌道から離れたナオは、いとも簡単にベルの背後に付いた。

 ジャックは特に慌てて離れようともせずに、ベルから直線的に距離を取ろうとする。

 そのすぐの後、ベルに撃墜判定が出た。


「ベル被弾。終了よ」


【Roger.】


『な、やっぱりだ』


『なんかあっさり過ぎて……』


 今のジャック達の動きは、ワゴンホイールと言われている。ベトナム戦争で使われた戦法で、複数機が同一の円周上を周回する事で、お互いの後方をフォローし合うものだ。

 ただしレーダーが発達した今日、外から見たらバレバレの戦い方であり、遠方からのミサイル攻撃には用を成さない。


『もう1個、試したいことがある。いいか?』


「ええ、わかったわ」


『了解です!』


【Roger.Switch sham battle mode】


 再び戦いが始まる。

 今度は同一の方向に、距離を保って飛行するジャックとナオ。ベルはそれに対して、今度はナオに襲いかかる。

 お互いに正面からぶつかり合った後、ナオは右旋回、ジャックは左旋回を始め、ベルはナオに追従した。

 ナオは数回ブレイクターンを行い、それを追い掛けるベルも同様に動いたため、2機のエネルギーは急速に失われていく。そこに、一旦は左に動いたジャックが合流すると、余裕のある機動でベルの背後にあっという間に食い付いた。


「ベル被弾判定、模擬戦は終わりよ」


 3機は戦闘機動を止めて、編隊飛行に移った。そこに自分も機体を合流させる。


『ふむ……アブレスト的な動きでもこうなるか。あまりにも差が大きいな』


 ジャックが呟く。


「せっかく偵察ポッドで録画したんだから、帰って見ながら判断しましょう」


『そうですね』


【Roger.】


「フェザー隊、RTB」


 後ろを見ると、仮面の付いた4番機は心なしか悲しそうに見えた。




 ***




 ブリーフィングルームのモニターには、先程の戦闘を録画した物が映し出されている。それを見ながら、私達4人は揃って椅子に座り、腕を組みながら考え込む。私達が座っている椅子は、跳ね上げ式の小さな机が付いている物だ。

 ちなみに4人とは、私、ジャック、ナオにマリーだ。勿論、ベルはハンガーでお留守番をしている。


 録画した戦闘が終わり、ジャックが口を開く。


「……と、こういう結果だった。ナオ、ここから分かる事を簡潔に述べなさい」


 プロジェクターから投影された画面の横に立つジャックから、急に指名されたナオは慌てながら椅子から立ち上がる。


「あいたっ!」


 慌てて立ち上がろうとしたナオは、お約束のように跳ね上げ忘れた机に膝をぶつけた。

 ナオは姿勢を整え、少し考え込んだ後、


「えっと、ベルちゃんは複数での戦闘に弱い……? でも、2対1だから当たり前のような……」


「それじゃ、ちょっと足りないわねぇ」


 マリーがいう。私から見ても60点、ぐらいの回答だろうか。


「たとえば、ナオが2機に襲われたとするでしょう。そこでロック警報が出たとしたら、どうする?」


「追うのを止めて、逃げますね」


「普通は逃げるわよね。警報が出る前でも、背後に付かれそうだと思ったら一旦距離を取るとか、ね」


 その私の言葉で、ナオは理解出来たようだった。


「あー……ベルちゃん、追い掛けるばかりで逃げようとしなかったなぁ」


「そう。あいつは確かにタイマンだとめっぽう強いが、複数での戦闘になると状況に合わせての自己判断が出来ないんだ」


「AIの限界、なのかしらね」


 マリーは困ったような表情を浮かべた。


 元々、グリペンのUCAV案はグリペン自体を指揮機として、小型のUCAVを運用出来るようにする物だった。勿論、当時のUCAVはベルのような物ではなく、対地任務に特化したシンプルな物だ。そこから発展して、グリペン自体をUCAV化する案が生まれたのだった。

 そもそもの運用方法として、攻撃等の決断に際して人が介在する事が前提であるので、そこから発展したと思われるベルも同様なのだろう。

 隊員が1人増えるような錯覚に陥っていた為に、この事は想像以上に大きい欠点だと認識されたようで、他の3人は大きく肩を落としている。


「使えるか、使えないかで言ったら、使えないかもしれないわね」


「使い捨てにするなら、いいかもしれないですけど……」


 マリーとナオが自身の意見を言った。確かにそうかもしれない。


「俺も、2人と同意見……」


「最初に見た、あれの空戦能力に目を奪われてしまったのが失敗だったのかも」


 ジャックの言葉を遮った私に、注目が集まった。


「どういうこった?」


「つまり状況判断が出来ないのなら、私が指示を出せばいいと思うの。多分だけど、ベルは目の前の敵を倒すという命令に従っただけなんじゃないかと」


 そもそも、あれを1人の人間として見て、同様の動きを期待したのが間違っている、という考え方だ。これは落胆という事ではなく、UCAVという物に対しての見方の問題であるように思える。

 下した命令に対して優れた性能を発揮するという面から見ると、あれは非常に優秀な"道具"だ。

 だが、逆に言えば下した命令しかこなせない、まったく柔軟性のないモノだとも言える。刻々と状況が変わる空戦において、その欠点は致命的だ。


 自分の考えを伝えると、ジャックが言った。


「以外と、ドライな見方をするんだな。見直したぜ」


「……やめてよ、ちょっと自己嫌悪してるんだから」


「それなら更に安心だ。……もうお前の中じゃ、結論は出てんだろ?」


 ジャックは、やれやれといった顔で私の頭に手を乗せた。

 その手を、鼻を鳴らして振り払う。


「ちょっとあれの所に行ってくる」


 そう言い残して、私はブリーフィングルームを離れた。




 ***




【自己診断プログラム終了。いつでも飛べます、隊長】


 ハンガーに着いた私を、ベルが出迎えた。薄暗い中に、キャノピーセンサーの赤い光が浮かび上がっている。今まで光が反射しているだけと思っていたので、センサー自身が淡く発光している事に初めて気付いた。


【各部、正常稼働中。耐久値、問題なし】


 淡々と自身の状況を伝えるベル。出会ったばかりの時のやりとりはなんだったんだろうかというレベルで、模擬戦以降はあっさりとした会話だけになっていた。


「……ねえ、ベル」


【なんでしょうか、隊長】


「その隊長っての、やめてくれない?」


【では、なんとお呼びすれば】


「フィオナでいいわよ」


【わかりました、隊長】


 前輪のタイヤに背中を預けるようにして座る。


「私、あなたがAIだろうがアイテムとして扱ってやるつもりなんてないからね」


 そう、これはゲームをやり始めたときの気持ちと同じだ。NPCだろうが同じ様に接していた事を思い出しながら、言葉を続ける。


「さっきの模擬戦で、あなたの欠点はよくわかった。正直、私達の負担は増えると思っている」


【私の破棄に関して、システム上ペナルティは発生しません】


 AIのくせに先走った事を言うものだ。


「いい? 私の指示だけでなく、ジャックやナオの言う事も聞く事」


【了解】


「後、自身に危険が迫ったら必ず逃げて、必ず帰還する事。これはどの命令よりも優先して」


【了解】


「これから、よろしくね」


【了解、フィオナ】


 その言葉の後、再び機体の全体を見ようと少し離れた位置まで移動した。キャノピーを見ると、今まで赤い光を放っていたセンサーは緑色へと変わっていた。




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