第31話 乱入
「やるようになったわね、ナオ!」
『くっ……、速い!』
私はナオと戦っている。
戦っていると言っても仲間割れだとかそういう不穏な物ではなくて、単なる模擬戦だ。機種を変えた彼女にとっては、いい練習となるだろう。
だが、彼女のやる気は本物だ。私に勝つという気迫が、一つ一つの挙動から滲み出ている。
ならば、私もそれに答えなければなるまい。
エアブレーキ展開。十数回と繰り返したシザースのリズムを乱す。だが私の後ろに付くナオは、きっちりとそれに合わせて機速を落とした。
そのままでは射程に入ってしまうので、アフターバーナーで再加速を行い、再び距離を離す。
その時、一つの影が私の目の前を横切った。
「!?」
それは私にとって見慣れた物であり、見間違える筈が無い物だった。横切ったのは私達の乗る、グリペンだったのだ。
咄嗟にもう一人の僚機へと文句を飛ばす。
「ジャック、邪魔しないで!」
『俺じゃねえぞ!』
ジャックじゃない……? 現在、マリーゴールドから上がっているのは私達フェザー隊だけのはずだ。そもそも、フェザー以外の隊ではシーグリペンを運用していない。
だがジャックが今、嘘を吐く理由も見当たらない。
「ごめんジャック。マリーさん、状況を教えて下さい!」
『こちらマリー。ごめんね、このお祭り騒ぎで誰も気付かなかったみたいなの。IFF応答なし、敵か味方かもわからないわ。慎重にお願い』
故障機。もしくは、それに見せかけた敵機。いや、先日のアップデート内容から、この戦いがPvPと判断されてシステム側から乱入を受けた可能性も考えられる。
前方に見える所属不明機を追い掛けながら、他の2人に指示を出す。
「フェザー隊各機、隊列を……」
『もう組んでるぜ』
『後ろにいまーす』
後ろを見ると右にジャック、左にナオが既に編隊を組んでくれていた。2機の姿を見て安心する。武装は機銃しか無いが、3人居れば何とかなるだろう。
通信機の周波数を共通回線に切り替えて、所属不明機へ呼びかける。
「こちらフェザー隊のフィオナ。応答願います」
『………………』
全く返答がない。
既に勢力不明のグリペンは水平飛行に移っており、その後ろを私達が追掛ける形になっていた。
ふいにグリペンは左右に翼を振る。自分が味方だと相手に知らせる為の昔ながらの合図だが、それなら無線で返事をすればいい。
不審に思い、スロットルを上げて横に並ぶ。するととてつもない違和感が私を襲った。
コクピットが、ない。
正確には、機体の外板がキャノピーと同じ形に成形されていた。まるで、間違えてプラモデルのクリアパーツを機体色で塗ってしまったかのような。
本来キャノピーがある部分には、前後左右と上にセンサーのような穴が複数あり、日光を反射して赤く光っていた。まるで、フジト達が拾っていたダットサイトの様な光り方だ。
『おい、なんだこりゃ……』
『人が……乗ってない……?』
ジャックとナオも、それに気付いたようだった。私達は、そのグリペンを後ろから囲む様に飛び続ける。
ふとMFDに目を落とすと、データリンクシステムからのメッセージが出ていた。
急いで横にあるボタンを押して、画面を切り替える。
【hello,world】
「ジャック、MFD!」
『ああ、今見てる。なんだこりゃ、ふざけてんのか』
『これ、どういう意味ですか? こんにちは?』
私にも意味が分からない。
頭を悩ませていると、それに続いて別の文章が現れた。
【ID:00000001、certification.】
IDとはなんのIDだろうか。このゲームのプレイヤーIDなら、私の物はまったく違う数字だ。他の2人のIDは知らないが、それらも今表示されている数字とは違うだろうとほぼ断言出来る。常識的に考えて、1番だなんてそんな古参なはずはない。
【Feather team,apply for me to join team.】
「はい?」
【Voice input,confirmed.Switch covering captain.】
その文章に一瞬目を取られた隙に、横にいたグリペンは上空へと舞い上がっていた。
そしてナオからは悲鳴が上がった。
『ろ、ろろろロックされました!』
綺麗なループを描いたグリペンは、その機体をナオの後ろにぴったりと付ける。
「だめ、だめだめだめ! 何やってんのよ、戻りなさい!」
【Attack canceled.】
『ふぃ……、冷や汗出たぜ……』
『し、死ぬかと……』
と、とにかく現状を何とかしなければ。
「マリーさん、着陸許可を!」
『あ、おっけーおっけー。デッキは開けとくわ』
機体を傾けて下を見ると、デッキ上の観客達が一斉に動いているのが見えた。
恐る恐る、勝手に部隊への加入を宣言した機体に命令を出す。
「じゃ……じゃあ、フェザー4。マリーゴールドへ着艦を……」
【Roger,RTB.】
キレのいいロールをし、不明機はブレイク。編隊を離れていく。
『なんか……やり辛いわね』
マリーの声に苦笑いしつつ、私達3人はその様子を見守った。
***
この騒ぎで解散になるかと思われた模擬戦であったが、逆に人を集める結果となってしまっていた。
私達が空母へ降りると、既に例のグリペンはデッキ上に駐機しており、その周囲には人集りが出来ている。
私がその機体に近付こうとすると、周囲のプレイヤー達は道を開けてくれた。私を中心に人混みが割れていくと、その先にはジャック、ナオ、マリーが待っていた。
「ごめん、遅くなったわ」
「いや、良いけどよ。それよりこいつ、なんなんだよ」
「そう言われても、ジャックが分からないなら私に分かる訳無いでしょ」
私の視界の隅では、インベントリの更新を示すアイコンが光っていた。
すぐにメニューを開いて内容を確認する。更新されていたのは所持する機体の一覧だった。
近くにいる人全員が、私のメニューを覗き込む。
【シーグリペン(E型ベースUCAV)】
・過去に計画されていたグリペン無人航空機化案を発展、実用化させたもの。自律学習型AIにより、指揮プレイヤーと同等の運用能力を発揮する。
・コクピット部以外はプレイヤーの所持する機体と同じ能力を有する。また、平時のコミュニケーション用に特殊ヒューマンインターフェースを搭載。なお、中枢部を他機種に移植する事は出来ない。
・この機体を売却等、取引する事は出来ない。再取得する為には、入手時と同様の条件が必要となる。
確かに、グリペンそのものをUCAV化する話は聞いた事がある。だがリアルさを売りにするゲームでこれは、悪ふざけがすぎる気がしてしまうのだが……。
いや、しかし無人航空機は既に実用化されているので、SFだと断じる事も出来ない。
頭を悩ませていると、マリーが口を開いた。
「つまり、このグリペンちゃんは生きてるって事?」
流石にその考えは飛躍しすぎじゃないだろうかとも思うが、しかしこのゲームのAIは普通にコミュニケーションが取れ、そう錯覚してもおかしくはないレベルにあるのは確かだ。
考えがまとまらない内に、事態は動き出した。UCAVグリペンの機体から、合成音声が鳴り響く。
【周囲に敵性反応なし、戦闘終了を確認。フライトログの取得中……キャリブレーション終了、戦闘経験の反映を行います】
我が道を行くように、グリペンUCAVは自身の用事を済ませたようだった。
こういう時は思い切って当事者に聞いてしまうのが手っ取り早いだろう。
「ねえ、いくつか質問いいかしら」
【なんでしょうか】
その返答に対して、周囲から「おお……」と歓声が湧く。
「あなた、何者なの?」
【メニュー内の説明をご覧下さい】
無碍にされた。まぁ、説明を読めば確かにこれが何なのかは分かるのだが。
「私、どうすればいいの?」
【その質問は、返答に困ります】
困られてしまっても、一番困ってるのは私だ。
「フェザー隊に入りたいの?」
【既に音声での承認を得ています。破棄する場合はインベントリメニューよりお願いします】
破棄、ときたか。一応、自分が物であるという自覚があるらしい。
「なんで私の所に来たの?」
【あなたが私の出現条件を満たしたからです】
うーっむ。マジでこれはどうしたものか。
「どうすんだよ、フィー。お前が拾ったんだろ」
「そうだけど、どうしろって言うのよ」
「ナオの時も言っただろ、親父さんに『拾ったら責任持って飼いなさい』って言われてるだろって」
「ジャックさんヒドい! そんな事言ってたんですか!」
「だから私は母子家庭だって」
【私に対して『飼う』という表現は不適切かと思われます。その表現を使用するのであれば、ペットである3番機にお願いします】
「わたしはAIからペット扱いですか!?」
「お、いい性格してんなこいつ。気に入ったぜ」
【過去の会話ログを取得。有り難う御座います、おじさま】
「てめぇ、おいフィー。いつこんな事覚えさせやがった!」
だめだこれは、収集が付かなくなってきた。
「フィオナちゃん、とりあえず……」
私の袖を引っ張るマリーに気付き周囲に目を配ると、何百もの顔が口を大きく開けて唖然とした表情を浮かべていた。
「一旦、解散でいいかな?」
「あ、はい……」
***
マリーは「何か情報を得たら共有する」という条件でお祭りを解散させ、一旦私達には平穏が戻った。
ハンガーで機体を戻した私達は、未だに扱い方がわからないUCAVと対峙する。
【先程の発言に関しては失礼致しました。私のジョーク生成エンジンが上手く機能しなかったようです】
「そんなもんあんのか?」
【ありません】
「ないんかい!」
「ないんかい!」
グリペンの前輪に対して突っ込みを入れるジャックとナオ。2人が何でこんなにコレと馴染んでいるのか、さっぱり分からない。
突っ込まれた本人は本人で、カナードをバタ付かせている。嬉しいのだろうか?
「えっと……、とりあえず2人はこの現状を受け入れているように見えるのだけど、それでいいのかしら」
「良いも何も、俺だって混乱してんだ」
「わたしもですよ。この子、なんか素直じゃないし……」
【私はAIなので嘘は吐きませんし、命令は拒否しません】
「いや、そうじゃなくて……。まぁ、いいわ。私の隊に来るのなら拒まないけど」
【有り難う御座います】
その言葉と共に、カナードを前に下げる。お辞儀のつもりなのだろうか。
「……ったく、エラいもん拾っちまったな。グリフォンにヘンな頭が付いちまったら、キマイラになっちまうぞ」
「あんまり可愛くないわね、それ」
「英雄に倒されちゃいそうですね」
【私はペガサスがいいのでジャックが蛇、ナオは山羊でお願いします】
はぁ。無駄に饒舌なAIに溜息が出る。こいつと話をすると、なんでこんなに疲れるのだろうか。
ん……? よし、閃いた。
「オッケー、あんたの名前はベル。フェザー4のベルで決まり」
【登録しました】
「ベル……ベレロフォンか。キマイラを倒した英雄の名前だな」
以外と博学なジャックに感心しつつ、ベルを指差して言う。
「まだ分からない事だらけだから、色々と質問責めにするわよ!」
よし来たとばかりに、腕まくりをするジャックとナオ。
【望むところです】
ここから人間3人と人工知能1個による、1時間弱の舌戦が繰り広げられる事となったのだった。
変なのが出てきました。