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第30話 展示飛行

30話記念、お祭回です。

 今日は平日だ。

 なので、皆それぞれの予定を優先するかと思ったが、それは杞憂に終わった。サーバーダウンタイム開けにハンガーに集合した私達はそれぞれ同じ事を思ったようで、笑い合う。


「お前ら、本当に暇人だな」


「ジャックだって、ちゃんと仕事してるの?」


「俺の仕事は、空を飛ぶ事だぜ!」


「気合い、ばっちりですよ!」


 言いながら、ぶんぶんと腕を振り回すナオ。


「1つ提案が、というかもう事後報告になるんだけどね」


 この話は、もうマリーには話してある。そうしたら彼女は乗り気で、サーバーダウン前に艦内放送で他の隊に伝えてしまったとの事だった。


 その内容とは、みんなに今回の模擬戦を見て貰う、という事。


 なるべく空母上空で戦い、悪い所があれば他の人達に指摘して貰える。私達も、無様な姿は見せられないので気合いが入るだろう。


「こりゃ、面白い戦いにしねぇといけねえな」


「がんばります!」


 うん、やっぱ乗ってくると思った。


「それじゃ、気合い入れていきましょ! 各機、エンジン始動」




 ***




 マリーゴールドのデッキ上は、既に1,000人弱の人達で溢れかえっていた。プレイヤーだけでなく整備班のNPCですら、興味深げに仕事を忘れてその場に立ち尽くしている。

 何故か各種アンテナから万国旗が垂れ下がっており、その様子はさながら小学校の運動会のようだ。

 喧噪が支配するその状況を突き破って、スピーカーからマリーの声が響き渡る。


『えーえー、てすてす。さぁ始まりました、マリーゴールド主催プチ航空ショー!!』


 その声の後に、デッキ上の人間から拍手と歓声が湧き起こった。


『今日の趣旨は、我らが美少女とおっさんからなる飛行隊、フェザー隊の模擬戦をみんなで酒のツマミにしようという物です! わらひもちょっと酔っぱらっております!』


 マリーは、艦橋の前でビニールシートをひいて、マイク片手に座っている。その上半身は水着、下半身はホットパンツという挑発的な格好なのだが、左手に持っている日本酒の一升瓶が全てを台無しにしていた。が、パツキンの外人が日本酒を担いでる様子には、誰もがツッコミを入れていない。

 そんな主催の声に、彼女を姐さんと慕う人達の野次が飛んだ。主に、酒ついでくれーとか、脱いでくれーとかという内容だ。空母という地上最強兵器の上が、町のキャバレーへと変貌してしまっている。


『えー、今回は解説にサイクロプスとバンシーの隊長をお呼びしております。どうぞ!』


 その声と共にマリーの横にあるエレベーターがせり上がり、2人の男が顔を出した。彼らは歓声と共に迎えられる。


「ダスティ。ちょっとこれ、強烈に恥ずかしいんだけど……」


「だな、あんま良い事言えないぞ俺……」


 2人は愚痴りながらも、上がりきったエレベーターからマリーの横へと歩いていく。マリーの横に座ったヒューレットとダスティは、花見に呼ばれた新入社員のように縮こまっていた。


『なお今回は全オープン回線としているので、パイロット達への暖かい御声援の程、よろしくおねがいしまーす!。では、さっそく主役の登場と行きましょう! まずはフェザー3、ナオちゃーん! 現役女子高生!』


 エレベーターから上ってくるのは彼女自身ではなく、勿論灰色の機体だ。ヘルメットと飛行服に身を包んだ彼女の影が僅かにコクピットに見えるが、デッキ上から性別なんて判別不能である。


『ど、どうもー』


 だがその声が聞こえると共に、野郎共のボルテージは一気に上がった。


「うおおーー、なおちゃーーん!」

「今度一緒に飛ぼうぜーー!」


 機体は数百人もの男達に一瞬で囲まれ、中には手で機体を押し出す者も現れた。

 いつの間にか機体の前輪にはロープが括り付けられており、筋骨隆々な男達にひっぱられて彼女はカタパルトへと接続された。


「「「がんばれよーー!」」」


『いってきまーす!』


 ナオはデッキ上の人達に手を振りながら、大空へと舞い上がっていく。

 その後ろで、逃げ遅れた数人がジェット排気で吹き飛ばされて海の藻屑となった。


『それでは、次! フェザー隊の黒一点、ジャック!』


 エレベーターから上ってくるのは同じ機体。ヘルメットと飛行服に身を包んだ彼の影が僅かにコクピットには見えるが、性別なんて判別不能だった。


 ……のだが。


『おう、お前らしっかり見とけよ!』


 その言葉が引き金となり、野郎共のボルテージはマックスになった。


「うるせーー! 死ね!」

「ハーレム野郎、もげろ!」

「くそおおおおおおおおお!!」


 心から溢れる限りの憎しみをぶつける観衆。

 機体は数百人に囲まれ、男達は手に持っている物を一斉に投げ始めた。フラップやキャノピーに酒瓶が当たっては砕け散り、エンジンノズルは玉入れの籠の様な状態になる。


『なんだよこの扱いの差は! お前らふざけんな、くらえ!』


 そう言いながら、ジャックはカタパルト手前なのにも関わらずアフターバーナーを全開にすると、そのブラストで数十人が吹き飛び海の藻屑となり、また数十人は火の妖精になった。


 デッキ上はさながら地獄絵図となる。


 カタパルトに着いたジャックは、NPCへディフレクターを下げるように指示する。それによって数十人が更に吹き飛び、素直に命令を聞いてしまった彼は、ジャックの発艦後に字の如く燃え盛るプレイヤー達にボコボコにされる事となった。


『さ、さあ最後の登場は、フェザー1。フィオナちゃんでーす! こちらも現役女子高生!』


 エレベーターから最後の機体が上がってきた。もう、コクピットに見える影など関係無いという形で、皆が機体に駆け寄る。


「がんばれよ羽付きーー!」

「ヘンな動き、期待してるぜーー!!」

「なんかやってくれると信じてるぜーー!!」

「今日は墜ちるなよーー!!」


 フィオナに対しての暖かい声援が飛ぶ。

 だが彼女は、このナオとの扱いの差はなんなのだろうかとコクピット内で頭を悩ませていた。


『まぁ……別にいいや。フェザー1、発進します』


 その声と共に、最後のグリペンが空へと舞い上がった。

 フィオナは上空で待機していた2機と合流し、そのまましばらくの間、空母上空を旋回する。


『それでは、今回のルールを説明します。高度3,000ftで正面からの交差が、開始の合図となります。試合は総当たりの全3試合、データリンクで挙動は監視しているので、ヒット判定が出た時点で終了になります。時間は10分制限ね』


 喧噪が段々と静まってきて、デッキ上の全員が真剣な面持ちで空を見上げる。代わりに場を支配したのは、ジェット排気の轟音だった。

 上空の機体の内、2機がそれぞれ距離を取り始め、ある程度離れたところで180度向きを変えた。


『第一試合、ナオちゃん対ジャック! 準備はいいかしらー?』


『いいぜ!』

『わたしもオッケーです!』


 アフターバーナーを全開にした2機が、全速力で近づく。


『それじゃスタート!』


 BEEEEEEEEEEEEEP!!

 交差と同時に被弾を知らせるアラートが鳴った。


『ええー!?』


 さあ始めようと気合いを入れていただけに、いきなり終わりを告げられてナオは声を上げる。


『今のってありですかぁ?』


『うーん、ルール上はありかなぁ。ヘッドオンで何もしない敵ってのもいないでしょうしねぇ……』


「解説する暇すら無かったな」

「だねぇ」


 少し悲しそうな顔をするヒューレットとダスティは、お互いに酒をつぎあう。


『まぁ、そういうこった。どんな時でも油断しないで飛ぶって言う、いい教訓に……』


 そう諭そうとするジャックに対して、拡声器と無線を使っての野次が飛ぶ。


「うるせー! 鬼畜無精髭!」

「てめえ、卑怯者!! そんなに勝ちたいか!」

「今度、お前のフライトスーツの股間に画鋲入れてやる!」


『お前ら、小学生かよ……』


 ジャックと観客のやり合いを制して、マリーは声を上げる。


『はい、第一試合はジャックの勝利とします! 次は第二試合、フィオナちゃん対ジャックでーす! 連戦のハンデくらい良いわよね?』


『構わないぜ』


『了解です』


 言葉を交わした後、先程同様に2人は距離を離した所で旋回。お互いに向き合うと、エンジンノズルから同時に蒼い炎を噴出させた。


『そう言えば、こうやってやり合うのは初めてだな』


『そうね、確かにそうだわ。でも、あなたの手の内は知り尽くしてるわよ』


『はっ、ぬかせ!』


 2機は尾部のF414Gエンジンがもたらす暴力的な加速で距離を詰める。その交差の瞬間、2人は同時に機体をロールさせて最大Gで旋回を始めた。


「ダスティ、見たかい今の」

「ああ。最初、ジャックはナオの時同様にヘッドオンを狙ってたようだが、フィオナちゃんもそれに合わせたから一瞬の判断で射線を避けたな」

「欲張ってあのまま狙ってたら、逆にジャックは墜とされていただろうね」


 初めての解説者らしい解説に、周囲の観客から感心とも納得とも取れる声が上がった。


「いいなぁ、俺もフィオナちゃんとやりてえ」

「その言い方やめろや……」


『えっちなのはいけないと思います!』


 ナオが低空飛行でデッキ上を通り過ぎたので、また数人がそれに驚いて落水した。


 そんなデッキの様子を余所に、2機は数回のループを繰り返す。交差する瞬間、お互いが射線を確保しようと迎え角を高めるが、どれも決定打になる物はない。


 先に動いたのはジャックだった。

 垂直ループの頂点で機体をひねり、そこから滑らかに水平旋回へと移る。2G程が掛かっているだろうか、ループで失ったエネルギーを回復する為に旋回の角度は比較的穏やかだ。

 それに気付いたフィオナも、ループの途中でスライスバックに移行しながら水平旋回に移る。


 結果、背後を取ったのはフィオナだった。


「フィオナちゃんが背後、取りましたね」

「だがこれは、きっと折り込み済みだろうな」


 ジャックの背後に付くフィオナ。だが、まだ機銃の射程からは遠く、ここから距離を詰めていく作業をしなければならない。機速の調整をしながらGに耐える、とても辛い作業だ。

 2機はもつれ合うような軌道を描きながら、マリーゴールドの上空を行き交う。


「こういうのってホント大変だよね」

「だなぁ、追っかけてる方が神経使うんだよな」

「追いかけられている方は勿論生きてる気はしないが、追いかけている方も相手を追い越さないようにしながら、微妙な距離を削る。腕が同じだと、延々と終わんなかったりするよな」


 デッキ上の人々はその解説に対して、うんうんと首を縦に振った。

 そうしている内に、上空の2機に変化があった。


「お、距離が詰まった?」

「くるぞ」


 機体に合う速度を維持出来たフィオナが旋回半径を小さくし、ジャックに迫る。

 その時、ジャックはラダーを蹴飛ばした。一瞬で機体が不安定になり、向きを変えた瞬間にエアブレーキを掛けて機体を無理矢理引き戻す。

 その動きに対応出来なかったフィオナは、ジャックをオーバーシュートしてしまった。


「奴はこの技で第一次大戦のエースになったんだ」

「どこの豚だよ」

「お前の方が豚だろ」

「そもそも捻り込みじゃねーよ」


 そんな会場の様子を無視するかのように、2人のダンスは続く。


 オーバーシュートさせられた事に気付いたフィオナは、すぐにアフターバーナーを点火して機速を稼ぐ。速度を失っているジャックはそれについて行くことが出来ずに距離を離され、先程までと前後が入れ替わっただけのシザースが再び始まったかのように見えた。

 だが、その瞬間にフィオナはエアブレーキを展開し、一気に速度を落とす。

 不意を付かれたジャックは、彼女を射線に入れようとしながら操縦桿のトリガーを引き絞るが、その弾がフィオナを捉える事はなかった。

 再び攻守が交代しフィオナはジャックの後ろに付くが、双方共に充分な速度が出ていない為に旋回速度は非常に遅い。


「あー、こりゃ泥沼だ」

「こうなると長いんだよなぁ」


 ヒューレットとダスティの指摘通り、お互いに速度を出せないままチャンスの度にトリガーを引くが、双方に決定弾は出ない。


『……3、2、1。はい、ここまで! これは引き分けねー』


 無情にもマリーは試合の終了を告げ、時間制限でのお開きとなってしまった。


『くっそぉ……』

『くっそぉ……』


 2人は同時に、全く同じ声を漏らした。


「引き分けかー」

「まぁ、仕方ないなあれは。拮抗してんもんな」

「俺もやりたい……」

「まだ言ってんのかよ、お前は……」


『さあ、泣いても笑ってもこれが最後の試合になります! フィオナちゃん対ナオちゃん! お姉さんもそこに混ざりたい!』


「混ざっていいぞー!」

「むしろ混ざれ!」

「俺のハープーンに跨がってくれ!」

「お前のは着艦フックだろ」


 ジャックの機体が空域から離れ、代わりにナオがフィオナの横に合流した。


『よろしくね、ナオ』

『手加減はなしでお願いします!』

『あら、いいの?』

『わたしだってもう雛鳥じゃありませんから』


 フィオナとナオは1回ずつ左右に機体を傾けた後に、左右に分かれて距離を取る。そしてしばらくの後に、同じ動きで旋回して向き合った。


『ナオちゃん、言うようになったわねー。さぁ、この師弟対決はどちらに勝利の女神が微笑むのか、第三試合……』


 会場の空気が、一気に張り詰める。


『レディ……』


 全速で近づく機体。機体からの衝撃波により、海上の湿気た空気がベイパーコーンと呼ばれる白い三角錐を発生させる。


『『ゴー!』』


 そして轟音と共に、戦いの火蓋は切って落とされた。





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