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第3話 スリポリト奪還1


 橋に向かってランディングアプローチの体勢。

 だが、橋上の道路とは少し軸をずらし、橋の右側に機体を位置取った。着陸をするつもりでは無いためだ。

 眼下に広がる大河川を横断する大吊り橋。吊り橋とは言っても人一人がやっと通れるといった物ではなく、その間には自身を支えるための巨大な柱が3箇所に聳え立っている。身近な物で例えると、レインボーブリッジのような外観だ。

 高度を橋桁の少し上に合わせる。そして目の前に聳える塔をまもなく過ぎようとするタイミングで、操縦桿を左手前に引き始めた。同時にラダーペダルを右へ軽く踏み込み、自機の進路を調整する。

 すると機体は左へロールを開始。螺旋を横たえたような捻る動きで、立体的に橋脚を回り込んでいく。

 橋桁は先程と同様に操縦席から左手側に見えているが、その周囲の景色は空と水面の割合を比例させながら移り変わっていく。

 橋桁を吊るワイヤーが低くなっている所で橋は頭上へと移動。そのまま、水平線だけが回転していく。2箇所目にワイヤーが低くなっている部分では、橋桁と水面の隙間を横滑りしながら通過する。

 視界左の水面と、視界右の空の割合が同じになった所で、操縦桿を右に入れて水平を取り戻した。




 今日1回目の出撃を終えると、見慣れた顔がエプロンに駐機した私を出迎えた。


「ようフィー。いや、リーダーって呼ばなきゃダメか。今日は何してたんだよ?」


 ジャックはそう言うと、自分のヘルメットを肩越しに持ち直す。


「橋潜りよ。ついでに橋と平行にバレルロールしてきたわ」


「おめぇ、噂通りホント酔狂な事ばっかしてんだな……。先月は地上の連中の出撃先ばっかり行ったかと思ったら、今度は曲芸かよ」


 話しながら、機体から伸びるはしごに足を掛ける。呆れた顔でこちらを見ている様が背中越しに感じられた。


「たまにはウイングマンの俺も一緒に連れて行ってくれよ。あ、橋潜りは俺ぁやんねーからな」




 この世界――Lazward online――に降り立ってからというもの、とにかく空を飛ぶ事が楽しい毎日だ。


 私の父は戦闘機乗りであったらしい。

 らしい、と言うのもまだ私が物心つく前に他界したと聞いているからだ。だが、母からよく父の話を聞いていたので、父が経験していた世界に興味が湧くのは自然な成り行きだったと思う。

 中学に上がってからは、父の残した書斎に入り浸る時もあった。彼の遺してくれた書籍を読み漁る時間は、朧気な父との記憶を補完してくれたような気がする。そんな事をして過ごしていた私は、ある時物好きな母が持って来たVRゲームハード一式に飛び付き、それが切欠となってこの世界へ足を踏み入れる事となった。


 自分が住んでいる国では戦争や紛争なんて物は無い。なので父が戦闘機同士の戦闘を経験する事は、訓練以外では無かったと思っている。だが、国を守る為に飛ぶとはどういうことだろう、どんな空を見ていたのだろう、そんな疑問はこのゲームにログインする度に大きくなっていた。

 その為、先月は【地上部隊を守る】事をしてみようと、歩兵や戦車隊がどこかに出撃したという話を聞くと、それに合わせて私も出撃を繰り返していた。


 お陰で色々と分かった事がある。

 戦車を倒してもゲームの収入的にはあまり美味しく無いのだが、鈍重な分相手をするのは楽という事。

 地対空ミサイルや対空砲がある所は、地上に任せてしまった方が楽という事。

 そして、楽ばっかりしてるとつまらなくなる、という事だ。

 なので、溜まったストレスを発散するためにも今月はスリルを求めた行動をしている。


 そんな事をしていたら先週、ジャックから「俺と組まねえか?」なんて言われたので、彼をウイングマンにしてあげる事にしたのだ。ウイングマンでいいからさと言ってきたのは彼なので、私が無理やり入れた訳では無い事は断っておきたい。

 また私は、ウイングマンにしてあげる等と偉そうな事を言える立場では無いとも思う。

 彼はスコアボードでも結構な上位に位置するランカーなのだ。こんな素人に構うとは、彼もまた酔狂な人間だと思ってしまう。

 スコアボード上位なのでさぞや最新鋭機に乗っているかと思えば、彼の愛機はF-4E ファントムⅡだ。今では立派に旧世代の遺産とも言える機体だが、これには理由がある。

 第一に、旧世代機はコストが低いため出撃回数を増やせる。第二に、低コスト機で高コスト機――とはいっても、最新のステルス機相手では無謀だが――を倒すと、スコアに上昇補正がかかるのだ。

 彼はそれを利用して、ランキング3桁台に位置している。ちなみに、このゲームの売り上げ数は数百万本だったはずなので、陸海空で分かれている事を勘案しても相当な上位だろう。

 私の乗るF-5E タイガーⅡも低コストの代名詞的な機体だ。だが撃墜スコアが伸びてきた最近では、そのお陰かランキング4桁台後半に入れている。先月の地上支援も、それに寄与していた。儲からないとはいえ、相当数こなせばそれだけでも良い稼ぎになるという事だ。


 自機であるF-5Eと、その隣に駐機されたジャックのF-4Eを見上げる。自画自賛じゃないが、2機共に尾翼に描かれた羽根のエンブレムが格好いい。


 私達は今、部隊名としてフェザーを名乗っている。ウイングマンが付くとなると隊の名前を付けなければならないシステムなのだが、悩みに悩んだ末に安直な名前を付けてしまった。

 最初の内は、自分で名乗るのが正直恥ずかしかった。管制NPCとのやり取りで初めて「フェザー1、了解」と返した時は、顔から火が出る思いだった。

 流石にそれは繰り返す内に慣れたのだが、今度は渾名を頂戴するハメになった。先月の地上部隊援護で出撃する内に、いつの間にか「羽根付き」などと囁かれている事を知ったのだ。初めて聞いた時は飛行機なんだから羽が付いてて当然だろうが、と突っ込まずには居られなかったものだ。

 地上部隊から目立つ行動ばかりしていたから当然と言えば当然なのかも知れないが、この勢いで曲乗りフィオナとか言われたら冗談じゃない。そんな奴がいる基地には燃料気化爆弾でも落としてやる。


 このゲームは陸・海・空と3種のゲームを選択出来るような物なのだが、それぞれを行き来するような人間はあまり居ない。プレイヤースキルが重要なため【慣れ】という要素が一番大事なのだ。

 ただそれぞれの考え方、動き方を知る事はスムーズに事を運ぶのにも大事なため、友軍同士のコミュニケーションは活発と言えると思う。先程の渾名も、そんな雑談から知った情報だった。

 プレイヤー人口としては陸>空>海となっており、ここでもFPS人気を窺い知る事が出来る。男の子はみんな鉄砲が好きというのは、どこの世界も変わらないのかも知れない。

 また人口数に反比例して、ゲーム自体の難易度は高くなっていく。陸は狙いを付けて銃のトリガーを引く。空は空戦の機動や兵装・機体の種類、複雑なアビオニクスの理解が必要で、海になったら各艦船との連携、火器管制の制御・判断を一人で行わなければならない。ある程度はNPCやシステムのサポートはあるが、つまるところ強い武器程面倒臭い事極まりないのだ。勿論、地上だって単にトリガーハッピーしてるだけの奴はすぐ死んでしまうだろうが。

 まぁ、そういう面があるので、地上部隊の支援をメインで行うと非常に有難がられる。渾名が付けられてしまう理由の一つだ。




 ジャックと共にブリーフィングルームへ入ると、一つの告知が壁に貼られていた。


【スリポリト攻略戦 参加スクアッド募集中! 作戦開始は明日日曜のDT後】


「お、ちょうど週末にいいイベントあるじゃないの」


 そういってジャックは壁の告知ポスターへ触れると、こちらの目の前にもホロウィンドウが同期して表示された。

 明日のサーバーダウンタイム明けから、陸と空の両面から侵攻作戦が行われるようだ。


 このゲームの基本的なルールは、赤と青に分かれての陣取り合戦だ。

 地形としては西部が陸、東部が海となっており、現在私達がいるアニハ基地はマップ南部にある大きめの島に存在する。月1回のサーバーリセット時、またはどちらかの陣地が陥落した時に戦況はリセットされる。

 しかし、まだ前回のリセットからは1週間しか経っていないのだが、私たちの青軍は1/3程攻めこまれてしまっていた。

 スリポリトという地域はアニハ基地から北西に200km程の位置にある。ここは山岳に囲まれた盆地になっており、街の周囲には穀倉地帯が広がっている。街南部には高速道路の高架が掛かっており、街北東には小規模な滑走路もある。

 作戦の概要は、まず地上部隊がスリポリト南西にあるスリポロガメより進軍。地上部隊が進軍する間に、航空部隊で制空権を確保。滑走路を確保し、ここを前線基地とするようだ。

 空港施設の破壊については、極力避けるようにとの注意が出ている。占領後、すぐに再利用する為だろうか。


「装備に悩むわね……」


「フィーは爆弾抱えて飛んでくれや。俺が上を守ってやるからよ」


「んー、了解」


 ジャックがそう言うので、今回はその言葉に甘える事とした。確かに短距離空対空ミサイルしか装備出来ないF-5Eは、地上の援護に集中した方が良いだろう。早くマルチロールな機体が欲しい。


「他はどんな連中がくるのかなっと……」


 そう呟くジャックを横目に出撃の予約を入れつつ、彼の見よう見まねで情報ウィンドウを出してみる。

 実は、こういう大規模戦は初めてなのだ。少しまごつきながらホロウインドウをスクロールさせていると、それに気付いたジャックがニヤケ始めた。


「……んん? なになに、フィオナちゃんはこういうの初めてなの? じゃあおじさんが手取り足取り教えて上げようじゃないか」


 今すぐ運営を呼んで、セクハラ容疑でこいつのアカウントを凍結して貰おうかとも思ったが、まぁ、ここは素直に話を聞くとしよう。


「概要は分かってるようだから、知っておくと便利なのはここだな。出撃予約をした時点で、自分の使用機体を申告しただろ? それを元にして、どんな機体が参戦するのかが分かるようになってる」


「ふむふむ……」


「今の時点だと……F-16が多いな。あれはマルチロール機で大抵の事は出来るようになってる。もしここで対地・対空に偏りがあったら、それを埋める機体を選ぶってーのもアリだな。ま、地対空ミサイルや対空砲火は他の連中に任せておけばいいだろ。どの隊が参戦するのかも表示されるから、事前に打ち合わせて決めるってのもアリだ」


「成る程、さすがベテランは違いますね、おじさま」


 と、満面の笑みで答えてあげた。


「うわ、ひっでえ。まだ俺29だっての! よし、じゃあちょっくら作戦会議でもしますか」


「……30代だと思ってた。そんな変わらないけど」


 その呟きが聞こえたのかわからないが、こちらに目線を向けながらジャックは口をモゴモゴ動かし始めた。きっと、先程ウインドウに名前が出ていた隊にプライベートチャットを送っているのだろう。周りに声は聞こえないが、アバターの口だけは動くので極めてシュールな光景だ。

 それを眺めていると視界の右下にグループチャットのお誘いが出たため、それをクリックし自分も参加して挨拶をする。


「初めましてフィオナです。明日は宜しくお願いします」


 そう発言すると「お、おおお女の子だ!!」「やべえ、声可愛い!」「よよよよろしくう」等という声が聞こえてきた。まったく……。

 ちなみにゲーム内でのチャットは音声のみとなるが、優れた翻訳エンジンと音声合成により他国語を使っていても違和感なくコミュニケーションが出来るのが有難い。余談だが、この優秀なシステムは各陣営の特色を付ける為にも使われている。


「しっかし、ジャックも上手い事やりやがって。どこで見つけてきたのその子?」


 会話の調子から、顔馴染みなのかと推測する。やはり上位なだけあって、知り合いが多いのだろうか。


「いやぁね、基地でよく見かけるからチェックしてたんだけどね。これがまた変な事ばっかりやってるもんで、見てられなくてさ……」


 ほほう、私はそういう目で見られていたのか。


「ところで皆さんの明日の行動ですが、どうされるんですか?」


「明日は僕達サイクロプス隊とバンシー隊、後は野良だったり、他の部隊の連中が空港制圧の為に動くよ。バンシーがHARMを持ってくから、それでSAMを叩きつつ僕らが制空権確保だね」


 HARMとは空対地ミサイルの一種であり、AGM-88という型番が付いている。こいつは敵の対空砲や地対空ミサイル――AAAやSAMと呼ばれる――が発信するレーダー波に向かって飛んでいくミサイルで、敵が攻撃するための行為をエサとしてそれに喰らい付く。射程も長いので、敵の射程外から安全にそれらを処理する事が出来る物という物だ。


「では私達フェザー隊は、地上部隊の援護に回りますね」


 お願いするねー、とサイクロプス隊のリーダーが言う。

 空軍の場合、基本的に1部隊は4機で構成される。野良参加も含めると、参戦機数は15機前後になるのだろうか。同時に云万人がログインする中でこの数は少ないかもしれないが、広いマップの1地方、そして陸海空に人が散らばっている事を考えると……いや、それでもちょっと少ないかもしれない。やっぱここは田舎なのかな……。

 私達はまだ2人しか居ないので、これから長期的に参戦していこうとするなら人を増やさなければなるまいが、4機でなければいけないという事もない。気の合う仲間が見つかれば良い、ぐらいに今は考えている。


 ゲームを始めた当初は、ソロでの行動が好きだった。まるで、空を独り占め出来るようで。

 そのため今までは単独でのラッティング――NPC狩り――がメインだったのだが、正直毎回決まった設定で飛ぶ事に飽きて来ていた。なのでジャックから部隊設立の誘いがあった時は、実は嬉しかったのだ。

 また、このゲームのメインコンテンツである陣取り、ファクションウォーでの稼ぎが良い事も1つの要因としてある。F-5Eが嫌いな訳ではないが、やっぱり資金を稼いで色々な飛行機に乗ってみたいという欲が出てしまったのだ。

 戦果を上げて行く事で、色々選択肢も増えて行くだろう。


 そうこうしている内にリアルのログアウト時間が迫ってしまったので、チャットしていたメンバーにお別れを言う。ログアウト前にハンガーへ向かい、明日のロードアウトを決めなければいけない。


「ねぇ、ジャック。旧式機でも9Xって付けれるのかしら?」


 過去に抱いていた疑問を不意に思い出した。

 9Xとはサイドワインダー、赤外線追尾式の短距離空対空ミサイルの最新型だ。AIM-9シリーズは台湾海峡での戦いでデビューしたミサイルだが、現在でも立派にドッグファイトの主役を担っている。

 初期型は赤外線受信部であるシーカーの性能が低く、水面に反射した太陽や、太陽そのものを追いかけてしまうといった事があったそうだ。だが現在の物は性能が高くなっており、赤外線追尾を惑わすフレア等の妨害にも強くなっている。またAIM-9L以降のモデルでは、全方位から標的をロックする事が出来る様に改良されている。過去に自分が使っていたものは、敵機の排気熱を真後ろから感知させないといけないものだった。

 現在幅広く使用されている物はAIM-9Mという型番だが、その上をいくAIM-9Xは最新鋭機での兵装として開発されている。そのため、現実では旧式機にそれを装備するなんて事は考えていない筈だ。

 当然このゲームでは最新式の物は値段が高く設定されているが、発射出来るなら護身用として持っておきたい。なにせF-5Eは空対空ミサイルが左右の翼端2箇所にしか付けられないのだ。


「どうなんだろうなぁ……火が付けれりゃ飛んでくとは思うが、レーダーとシーカーをリンクして動かすのは出来ないと思うぜ」


 そう返事を返したジャックは、NPC整備員にサイドワインダー4発とスパロー4発の装備を指示した。

 それならば試して見る事としようかと思い、翼端の1発を9Xと取り替える。残った機体下のハードポイント4箇所には、内側にMK81爆弾を3発ずつ、外側はLAU-10/Aロケットランチャーを装備する。

 残った機体下部中央には増槽を付けようかとも思ったが、航続距離的には十分足りるだろうと思い直し、MK81爆弾を3発付ける事にした。これで爆弾は全部で9発だ。


「オッケー、装備変更終わったわ。それじゃ明日は宜しくね」


「おう。遅刻すんなよ!」


 しないわよ。そう思いながらログアウトを行う。そして明日の大規模戦前の緊張感を噛み締めながら、眠りに落ちた。

 いや、正確には「落ちようとした」だ。意識が落ちたのは、結局ベッドに入ってから1時間後だった。 





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