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閑話 目標タンゴ

「ふぃーおーなーちゃん!」


 ログインすると同時にマリーさんが背中に抱きついてきた。む、むむむ胸が!

 同時に皆の視線が集まる。こんな人の多い食堂では止めて欲しいのだが、実はそんなに嫌いではない。綺麗な人が仲良くしてくれるというのは、女の私でも結構癒される物だ。

 絡みつく彼女の腕を振り解きながら問いかける。


「な、なんですかマリーさん!」


「今日、暇?」


「ええ、暇なんですよ。今日もナオとジャックは対地攻撃の練習に行っちゃったので……」


 そうなのだ。2人連れ立って、今日も練習に行ったのだ。

 なんか……怪しいわ。


「それじゃー、今日はお姉さんに付き合って!」


「はい。え? あ、ちょ……」


 答える暇もなく、マリーは私を引きずり始めた。景色は空母の殺風景な廊下からいつの間にかデッキ上へと変わっており、私はシーホークの中に放り込まれた。

 なに、この展開。


「ヴァルキリーちゃん、いつものとこね!」


『いつものとこ、了解』


 アイドルで待機していたSH-60 シーホークはドアを閉め、その高度を上げ始める。窓から外を見ると、みるみる内に空母が遠ざかっていった。

 ……自分の手で飛ばない空は、こんなにも怖い物だったのか。そんな事を思いながら、愛機に一時の別れを告げた。




 ***




「腕が鳴るぜ」

「買い直したコイツの実力を見せてやる」

「俺にもお裾分け頼むぜ」


 男達が口々に叫ぶ。

 空母上であるというのに、その手にはアサルトライフル、スナイパーライフルが握られており、迷彩服も海に似合わない薄茶色の物だ。

 数十人からなる部隊の中でも比較的重装備をしている、リーダー格の様な男が話し出す。


「作戦はこうだ。フォックストロットとマイクがタンゴへ接敵後、遠距離から俺達が援護する」


「接敵後の行動は?」


「各自、自由に攻撃をしてよい。容赦はするな!」


 おおーー!! という声が沸き上がった。


「行くぞ! 各自、シーキングに乗り込め!」


 猛烈な勢いで男達は、甲板上にある3機のヘリに向かって走り出す。

 全員の搭乗を確認すると、ヘリはそれぞれコレクティブピッチを最大にして大空へと羽ばたいていったのだった。




「こちらアルファ、現着」

「ブラボー、現着」

「チャーリーもだ」


 ヘリは途中で分かれ、距離を取って3カ所でその荷物を降ろした。

 ここは目標タンゴから10Km程の位置だ。


「みんないるな。ここから目標地点までは森を抜ける。ポイントD4にて合流だ。各自、足下に気を付けろ、地雷を踏むなよ」


 隊長からの指示が飛ぶ。

 鬱蒼と茂る森の中、それぞれの隊はその目的を果たさんとする強固な意志と結束で突き進んでいった。

 その様は、まるでベトナムでベトコンを相手にするアメリカ兵のようだった。勇壮でいて、どこか悲壮感を漂わせるような。


「やべえ、地雷踏んじまった……」


「いい奴だったよ、お前。HDDは消しといてやるからな」


「おい、待ってくれよ……置いてかないでくれ……つか、消すな頼む」


 泣きそうになる男。その後ろを歩いていた男は彼の肩に手を置いて、前進していった。そして10m程行ったところで、彼は足にワイヤーが引っかかる感触を感じるのと同時に死んだ。

 地雷を踏んだ男は、目の前の男はポリゴン片になるのを見届けた。彼も、そして自分もその目的を果たす事が出来なかった。

 だが、彼らにはまだ仲間がいる。希望を持って、彼はその足を動かした。




「残ったのは10人か……」


 ポイントD4と呼ばれる場所に着いた人間は、最終的に1/5程に減っていた。

 岩肌がむき出しになっている丘がその場所、D4である。森を進む彼らの迷彩が薄茶色だったのは、これが理由だったからなのだ。


「だが、1人でも残っていればいい。各自、戦闘用意!!」


 掛け声と同時に、彼らは自慢の獲物を取り出した。




 ***




 1時間弱のフライトの後、シーホークは地面に降り立つ。ここはどこだろう、まったくわからない。

 機体から降りて周囲を見渡すと、先日の話に出たような古めかしい建築物が並んでいた。こう、パルテノンな感じで。


「んじゃ1時間後にまた迎えに来ますぜ」


「よろしくね!」


 そう言い残すと、吹き飛ばされそうになる風圧と共にシーホークは空へ舞い上がった。

 吹き荒ぶ風が止むのを待って、マリーに聞く。


「で、ここはどこなんですか?」


「お・ふ・ろ」


 はい?


「さー、現実世界のストレスを解消しましょう!」


 そう言い残して、マリーは古代ローマ風の建物に入っていった。


 建物の前に説明用のホログラムインターフェースボードが浮いているで、それをタッチして読んでみる。

 どうも、本気と書いてマジでお風呂らしい。古代の公衆浴場を再現したもので、言ってしまえば露天風呂だ。

 ここは女湯らしく、男は近くに寄る事が出来ない。何でそんな事が言えるのかというと、性別を認識するセントリーガンがこの建物の周囲に置かれているからだ。

 その内の1つに近寄って見てみる。これ、30mmぐらいあるんじゃないか……。


 とりあえず入ってみる事としようか。


 オリーブドラブのツナギを、脱衣所で脱ぐ。

 ああ、こんな事ならまともな下着を履いてくれば良かったと思うが、まぁ戦争ゲームでそんなものが用意されてても、ちょっと理解に苦しむ物だ。どうせ、そんなん出たら課金アイテムになるだろうし。

 先客も数名いるようで、浴場からは声が聞こえる。ここは、割り切って楽しむ事としよう。

 タオルを巻いて、浴場へ通じるドアを開ける。目の前に湯煙が広がった。

 ドアを閉めて少し待つと、だんだんとその全景が見えてきた。ちょっとした温水プールのような広さの浴室がそこにあった。

 もちろん、その周囲にはローマな感じの柱が立っている。その柱の上には屋根がついているが、それは周囲を囲む廊下のような物であって、浴場自体には屋根はなく空が広がっていた。


「ふぃー、いい湯だわー」


 先にお湯に使っていたマリーが声を上げる。マリーさん、頭にタオル乗っけないで下さい……。


「あ、きたわねー」


 私に気付いた彼女がこちらに歩いてきた。たわわなものをたゆんたゆんさせながらだ。


「こんなもの付けてないで、とっちゃえー!」


「ぎゃあああ!」


 マリーに丸裸にされ、その場に私はうずくまってしまった。

 ひんそーで済みません……。


「いいじゃないのー、かわいいー!」


「た、たすけて……」


 その様を先客に見られ、もっとやれーだの勝手な声が上がった。なんでそんなおっさん思考なんだろう、このゲームの女性は。


 へこへこと腰を屈ませながら歩いて浴槽に入ると、バーチャルな物とはとても思えない気持ちよさがそこにあった。

 体の芯から温まっていく。手足から悪い物が抜けていくような感覚。


「ああ……これは、きもちいい……」


 頭がとろけそうだ。沸騰しちゃうよぉ。


「いいでしょー、ここ」


 横にマリーが泳いできた。マリーさん、お尻出てるから……。


「私ね、ほんとあなたが船に来てくれて良かったと思ってるの」


「急にどうしたんですか?」


 私に寄り添う様に座ったマリーが、少し俯きながら言う。


「この所ね、ちょっとあなたに無理させ過ぎちゃったかな、と」


「そんな事無いですって。まぁ色々ありましたけど、どれも楽しい事でしたし!」


「ふふっ、そう言って貰えるなら嬉しいわ」


「マリーさんと居ると、飽きないですしね」


 確かに彼女からの依頼は、毎回大変な事になっている。だが、これは彼女が無知で私達を出しているというのではない事ぐらいは、分かってるつもりだ。

 危険な所に出しても良い程に、私達を信頼してくれているのだ。

 彼女が別の隊と、わざわざ時間を取って打ち合わせしている所は見た事がない。それだけ特別に思って貰えている事が、私には嬉しい。


「今度も、うまく行くと良いですね」


「またお願いしちゃうわね……さて、そろそろかな?」


 ん、何がそろそろなんだろうか。

 そう思っているとどこから取り出したのか、箱から三脚が生えた物を洗い場に置きだした。


「今日は……あそこの岩場かしらね」


「えー、またー? マジ引くわ……」

「マリーさん、やっちゃえやっちゃえ」

「どれ、今日もヘッドショットだぜ」


 他の入浴客からも声が上がる。


「まあ、気付いてくれる人が来るとは限らないけどね」


 マリーはその箱をのぞき込みながら言った。

 何がこれから起こるのだろうかと思いながらも、私は襲ってくる微睡みに身を任せてしまった。




 ***




 ここが天国か! 地雷をくぐり抜けた男達は誰もがそう思ったに違いない。


「おおおお、おおお……」

「やべえ……俺初めて来たけど、生きてて良かった」

「マリーさんでけえ! でっけえとは思ってたけどでけえ!」

「フィオナたん……」

「おい、それ以上は言うな。俺は好きだぞ」

「そうだそうだ、スタイルはいいだろう」

「こっちの赤髪ポニテの子もたまんねーな、かわいい」


 それぞれが欲望を吐き出す。男特有の生理現象までは再現されないが、この記憶はスクリーンショットを取れないゲームであろうが、彼らの記憶にしっかりと焼き付いた事だろう。

 それはもう、しっかりと。


「こんな事もあろうかと、デジカメ付きの双眼鏡を買ったぜ。 あああああ、機能が再現されてない!」

「うおーーー、脱がした!」

「うひょおおおお!」

「おはあああぁぁああ!」

「やべえ、興奮しすぎてシステムアラート出てきた」

「高血圧乙」

「なんでこう言う時に、ナオちゃんいねーんだよほんと!」


 周囲がむさ苦しい者だらけである事を忘れて、彼らはその甘美な光景を貪る事に集中していた。

 そう、ジェットの排気音が近づいてくる事も分からないほどに。




 ***




『今日はこんなとこかな、残弾は……後1発か』


 トムキャットの後席から、前席のナオに向かってジャックは言った。


『どーですか、こんなもんですかね』


『いいんじゃないか。投下までの流れは分かっただろうから、後は操作に慣れてくだけだな』


 レーザー誘導爆弾、ペイブウェイの投下練習を終えたトムキャットは帰投の準備をしていた。

 次回は対地作戦をするかもしれないので、最近ナオはジャックにお願いして後席に乗って貰い、NPCを相手に飛んでいたのだった。フィオナを置いていく形となってしまったのがナオには少し気がかりだったが、それをジャックに言うと「なにが?」と言われてしまったので、流れで出てきてしまっていたのだった。

 フィオナとジャックは、端から見ていても仲がいい。本人達がほぼ無自覚なのがアレなのだが。

 今回の行動には、やきもちを焼くフィオナを見てみたいというほんの少しの悪戯心があった事は否定のしようがない。


『残ったの、どーしましょうか』


『勿体ないなら持って帰ればいいんじゃないか。お、あんなとこに丁度レーザーが照射されてるぞ』


『んじゃあそこでいっか』


『気合い入れろよ、これ上手くいったら、コーラ奢ってやる!』


『了解!』


 レーダーを避けるつもりで低空進入、目標手前で高度を上げる。

 頂点でロールし、今度は急降下。地上が見えてくる。

 投下予測地点はきっちりロックされている。


『ボムズアウェイ!』


 ペイブウェイをリリースする金属音がしてすぐにナオは機体を引き起こし、空母へ向けてアフターバーナーで加速していった。


『フィオナさん何しているかなぁ。待っててくれるかな』




 空母に帰投したナオとジャックを迎えたのはフィオナではなく、甲板上でリスポーンし痛みに震える男達だった。




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