第29話 勘違い
ヴァルキリー隊のシーホークで回収された私達は、一旦マリーゴールドへと降り立った。道中はナオが護衛に付いてくれており、シーホークの機内で今までの経緯を聞いたのだった。
ナオとジャック。彼女らが地上攻撃に出ていたのは間違いないのだが、その演習場所はマリーに言われて途中で変更していたらしい。
私が向かった先は彼女には伝えてはいなかったのだが、マリーはイーグルヘッドから私達がベリーハードでミッションを申請したとの情報を得ていたらしい。彼女はナオに援護の依頼をし、それを受けてナオがその近くへ向かっている矢先に私達が墜ちた、という事であった。
どこでやるかは元々迷っていて、地上戦の多い場所ならどこでもよかった、とはジャックの談である。偶然、私達の向かった地域も地上戦が多い所だったらしく、それが幸いしたのだろう。
海上を進むマリーゴールドに速度を合わせるのが、窓から見える。そのままシーホークは降下していき、巧みにデッキへと足を付けた。
機体が落ち着いた後に私達はドアを開け、ぞろそろと順番にシーホークを降りる。足を怪我していたアンディも、同行してくれた衛生兵の救急キットで全快となったので軽快な足取りだった。
「おお、これは貴重な体験かもしれん」
「潮風もすげぇリアルなんだな……このべたつく感じとか久々だ」
シーホークのダウンウォッシュに煽られながら、機体を降りたフジトとムラキは声を上げる。
確かに地上メインだったら、空母はなかなか来る事が出来ない場所なのかも知れない。
「みんなぁ、おかえりー!」
出迎えたマリーに向かって、頭を下げた。
「有り難う御座いました。マリーさんがナオを寄越してくれなかったら……」
そこまで言い掛けた私の唇を、マリーは人差し指で押さえる。
「いいっこなし! 私がやりたくてやってるだけだから」
そう言って、彼女は優しく私を抱きしめた。
いつもならちょっとは抵抗の姿勢を見せようとするのだが、今日はなぜか感覚が違い、その気が失せてしまった。
「なあ……ここにいればこういう光景をいつでも見れるのか?」
「ここの揚陸部隊、隊員募集してねえかな」
ジャックへ質問をし出すフジトとムラキ。
「イーグル墜ちたし、次は艦載機にしようぜ」
「いいな、それ」
「そうするか」
「ラファールとか?」
同時に変な相談をし始めたサイクロプス隊。
「あ、そうだ。せっかくの機会だし、このままブリーフィングルームに集まれるかな?」
マリーの提案に全員は頷き、そのままブリーフィングルームへと向かった。
***
「諸君、よく集まってくれた」
フェザー隊、サイクロプス隊、グール隊。3隊の全員がブリーフィングルームに集まると、きりっとした目つきで腕組みをしながらマリーが口を開いた。
流石に10人も集まると、壮観だ。
「あー、これもやりたかったの! 満足!」
ふん、と鼻を鳴らして胸を張るマリー。
「なあ、彼女はいつもこんな感じなのか?」
ムラキの疑問は当然の事だろうが、いつもの事なので私達フェザー隊全員とヒューは頷いた。
「で、マリーは放って置いてよ……って、こいつが言い出しっぺだったか。一体、何がしたいんだよ?」
ジャックの問いかけにマリーは答えた。
「首都での戦いだけどね、運営のテコ入れがあっても変化なし」
いつものように机の上に地図を広げるマリー。他の人間は、それを覗き込んだ。
マリーゴールドの位置は、私が出発した時から変わらず首都ネテア南西のスコリゴルア湾内だ。
「私の調べた範囲だと、敵味方共アップデートにうまく対処しているみたい。それで、今私達の大部分は首都へと目が行っているの。そこで……」
そう言いながら彼女は赤いマーカーを1つ、地図上に置いた。
その場所はスロキス島。
スロシ島の戦いの後、敵の航空、海上戦力が集まってると言われている場所だ。
「ここを、私達だけで落とします」
「はぁ!? お前、正気か? 考え……」
すぐにジャックが突っ込みを入れるが、マリーはそれを制止して続ける。
彼女はいつものにこやかな顔から一転、真剣な表情へと顔を変えた。
「ちょっと色々と説明するわ。あなた達が各地へ行っている間、私は海上のプレイヤーでネットワークを作っていました」
マリーはスロキス島の南まで、マリーゴールドを示すマーカーを進めた。それと同時にその東南、西南に2つずつ、青いマーカーを置いた。
「今回の作戦に参加表明してくれた艦は4隻、どれもイージスよ。この構成で、私はこれらを空母打撃群として機能させます」
「ふむ……」
腕組みをして頷くヒューとフジト。
「まずイージスと航空部隊で、島南部の制海権と制空権を確保」
マリーは空母周囲にあるマーカーを、南北に伸びる島の東西へと移動させる。2つずつのマーカーで島を挟む格好だ。
「その後、ここの空港を潰して機能を止めます」
ここの空港というのは、島北端に位置するスロキス国際空港の事だ。
この島の唯一の空港であるが、南北に延びる2本の滑走路がありその能力は高い。
「島の空港は取らなくていいのか?」
ムラキが意見を言う。
「普通ならここを取るとこだけど、今回は時間が命の作戦になるので取りません。空港としての機能停止が優先です」
マリーはスロキス島左右に配置されたマーカーをそのまま上へと動かした。
最終的に、縦に長いスロキス島に対して南から北へ向かってイージスの防空圏で包み込むイメージだろう。
「まずは機能停止が優先だけど、スロキス空港は最終的には爆撃機で破壊します」
全員が考え込んだ。きっと、皆同じ事を思っているに違いない。
それをジャックが口にする。
「戦術はまぁ、わかった。で、戦略は? ここを落とす事がそんなに重要なのか?」
「今、首都に飛んできている航空戦力の大半がここからなの。ここを潰せば、首都の勢力圏は大きく変わる。で、更にここは敵にとっては海側の最大の要所。東に少し離れたところにスノムレ空港があるけど、ここは主戦場から遠すぎて過疎ってるから」
「大半って事は、相当数の戦力が駐留してんじゃないのか? その辺の策もあるんだろ?」
「そう、結構な数が居る筈。そこで今までイーグルヘッドと協力して統計を取ってたんだけど、面白いことがわかったの」
「なんです?」
ヒューの問いに、マリーは答えた。
「時間帯よ。そうね、日本時間で言うと午前3時。この時間から航空戦力の数が増え始めるの」
「てことは、そこがタイムリミットか。サーバーダウンタイムから計算して、作戦時間はざっと7時間弱」
「そこまでの間に、落としたいわね。じゃあ、次に細かい所を説明するわね」
マリーは更に3つ、マーカーを増やす。そして東西のイージスに1つずつ、島中央に1つを移動させた。
「サイクロプス、バンシーをそれぞれリーダーにして、うちの戦力を割り振ります。それぞれが東西のイージス護衛と、海上の障害の排除。フェザーはまず先発隊として島中央を低空飛行で侵入、空港のレーダーを破壊して欲しいの。その後は、空母の防空が手薄になるから私の護衛になるわね」
それが私達の仕事か。
横で眠そうな目をしていたナオが、それを聞いたとたんに目を輝かせた。
「俺達の仕事は?」
フジトの言葉にマリーは答える。
「大事な仕事があるわ。首都の人達に、私達の作戦時間を伝えて欲しいの。ただし、私達は金曜夜に動くけど、作戦は日曜だって言って欲しいの」
「成る程、情報戦か。敵を欺くにはまず味方から、そういうのは嫌いじゃない」
「完全にそれで上手く行く保証は無いけど、どこかから情報は漏れるはず。そこを突いて確実に成功させたいの」
「わかった。なるべく信憑性がありそうな感じがいいな。各部隊の隊長格だけに言うとか」
「そうね、それがいいわね」
「でよ、マリー。うちの戦力を割り振るって言ったけど、ここの連中はどのくらい参加してくれるんだ?」
その疑問は尤もな物だ。マリーを信用していない飛行隊は殆どいないだろうが、それぞれ都合だったり色々あるだろう。
「全員よ」
「は?」
「だから、全員。お願いしたらみんな来てくれるって」
あー、これはなんか。あれだ、なんかやらかしてそうだ。男って単純だなぁ。
「……まぁいいや、深く突っ込んだら負けな様な気がしてきた」
肩を落とすジャック。こいつもしかして現役の時も……とか呟いている。
「さっきバンシーの名前が出ましたけど、彼らって地上機じゃ」
バンシー隊はF-16に乗っていた筈だ。地上から作戦展開してたら、その動きで気づかれてしまいそうなのだが。
その時、ブリーフィングルームのドアが開いて、1人の男が入ってきた。
「呼んだかな?」
その男はダスティ、バンシー隊の隊長だった。
「フィオナちゃん、久しぶり。これから宜しくな」
「え、なんでここにいるの?」
「今回の話を貰ってから、ホーネットに乗り換えたんだ。それまではずっとファイティングファルコンだったんだけどな。しかもただのホーネットじゃないぜ、スーパーホーネットだ」
「ぐあああ、先を越された!」
頭を抱えるジャック。
その横で、ヒュー達サイクロプス隊は全員が目を合わせて頷いた。
「よし、僕達も決まった。艦載機へと乗り換えよう」
「それじゃ、作戦まではバンシーとそっちで合同訓練でもするか」
「いいね、是非やらせてもらうよ」
作戦のキーパーソンの2人は、方向性が決まったようだ。
「本作戦が成功したら、翌日はそのまま首都に向かって制圧の援護をするわ。だけど、いい? まず、第一の作戦目標は空港の破壊よ。それさえ出来れば、他の戦力は放って置いてもいい。状況次第で首都へ向かうからね」
マリーは言いながら、スロキス周辺のマーカーを全て西へと動かす。
よし、流れは大体理解出来た。
「で、俺達はどーすんだよ隊長」
「作戦には参加するけど……ちょっとお財布と相談させて……」
そう私が言うと、マリーは手をパンッと鳴らした。
「よしっ、今週末はこれで行くわね! 他に疑問点があったら、私に直接お願いね。解散!」
***
フジトとムラキ、戦いを共にした戦友2人と私は堅い握手をし、それぞれ別れを告げた。彼らはこのまま首都の攻略戦に参加するとの事で、そこで例の情報拡散をするらしい。
こちらが終わったら必ず援護に行くと私は告げると、フジトは「楽しみにしてるぜ」と親指を上げた。
シーホークに乗り込んだ2人を見送った私は、ジャック、ナオと待ち合わせているハンガーへと向かった。
ハンガーへ向かいながら、考えを巡らす。
まず、グリペンの買い直しが必要だが、正直手持ちが少ない。ベリーハードも成功出来なかったし……。
悩みながら待ち合わせ場所に着くと、なにやら2人が相談をしているのが見えた。その様子が妙に親しそうな物に思えてしまい、つい駐機中の機体の物陰に隠れて様子を伺ってしまう。
聞き耳を立てると、その話し声が聞こえてきた。
何をやっているんだ、私は。
自分に突っ込みを入れながらも、その好奇心は止められない。
「でよ……俺も、フィーの……好きかも……」
「わたしもです……ライバル……好きですし……昔から……可愛い」
な。
ななな。
何を言ってるんだこの2人! ジャックからならまだしも、ナオまで! まだしもってなんだ。いや、嬉しいけどちょっと年の差とか……でも、嬉しい。
だぁーっ!
「……じゃあ、2人で……言って……か」
「そう……ね……選んで……」
選ぶってなんだ! そもそもナオは女の子じゃないか、そういう気があったのか? いや、ナオは可愛いしちょっと断れないかも……。
いやいやいやいや! まてまてまてまて!
もう私の顔が上気して熱くなっているのがわかる。くっ、なんでこんな所まで再現するんだ、このゲームは……。
その後にも会話は続くが、もう内容が頭に入ってこない程に私は混乱していた。
我慢が出来なくなって、私は物陰から2人の前に飛び出す。
「お、なんだ戻ってきたのか」
「おかえりなさいー」
「今の話だけど……その……そう言うのは、ちゃんと面と向かって言って欲しいかも、なんて……」
そこまで言ったのだが、その先を問うのが恥ずかしくなって切り出せない。
「あ、なんだ……聞いてたのか。なら話が早いや」
「ですね」
そう言いながら、2人は私の前に手を差し出した。まるで、昔のお見合い番組のように。
「俺に決めてくれ!」
「わたしにお願いします!」
……どうすればいいんだ、私は。男女2人から告白されているこの状況に、どう答えを出せばいいのか。
私にとって、どちらも大事な人だ。決める事なんて出来ない。人として最低だけど、こればかりは片方だけなんて決める事は出来ないのが、私の本音だ。
躊躇いながらも、一歩を踏み出す。そして、2人の手を握った。
「……ごめんなさい、私は……どちらかに決める事なんて出来ない」
自ら出した情けない結論に泣きそうになりながら、握った手の持ち主の顔をそれぞれ見る。
そして、2人は目を合わせて顔を綻ばせた。
「よかったなナオ、2人に売ってくれるってよ!」
「これでみんな、お揃いですね!」
……へ?
***
ハンガーに有翼の獅子が3匹、誇らしげに座っている。
先程の相談は、どうやらどっちにグリペンを売ってくれるかという話だったらしい。私が軽快に動かしているのを見て、2人の興味が出たとの事だった。
2人が機体を買ってくれた事で、私の懐にも少し余裕が出来た。今回の取引は、面と向かって金銭と機体を別々にトレードすればシステムに税金を払わなくて良いという、抜け道を使っての取引。トムキャットの時に、ナオともやった事がある方法だ。
普段から連絡を取っている相手にしか通用しないので、これには運営からの修正等は入っていないらしい。不具合ではなく、公式に認められていると受け取っていいのだろう。
最新型グリペンのデータリンク能力は、他国の一線級の機体と比較しても遜色ない物なので、今後はそこが私達の強みになっていくだろう。
しかし、今はそんな事どうでもいい。
返してくれ。私のドキドキを返してくれ。
「フィー、何しょぼくれてんだよ」
「やっぱり迷惑でしたか……?」
「いや、そうじゃないの……」
そうじゃないのよ……ほんと、消えてしまいたいぐらい恥ずかしいのよ……。
他人相手なら恥のかき捨てで済ませてしまう所だが、他ならぬこの2人という所が私の心をもやもやとさせている。
「で、なんで私と揃えようと思ったの……?」
「ああ、こないだのアプデでよ、パーティ内での同機種ボーナスが強化されたらしいんだ。なら、使わない手はないだろ?」
アナウンスがない修正、所謂裏パッチという物だろうか。
「丁度、わたしもジャックさんも次の機種に迷ってて、色々相談してたんです。そしたら、やっぱ合わせた方がいいかなって話になって」
成程、そういう事だったのかと納得し今までの2人の行動が腑に落ちた。
彼らは根っからのゲーマーだったというのに、私ときたらヘンな想像を膨らませてしまっていた。もう、穴があったら入りたい気分だ。
「今日はちょっと遅いからあれだけど、明日はみんなで模擬戦をやってみないか?」
そんな提案をジャックがする。
「いいですね、面白そう!」
ナオも乗り気だ。
「純粋に腕の差を競おう、って訳ね。受けて立とうじゃないの!」
「へへ、吠え面かかせてやるぜ。じゃあな」
そして全員がそれぞれ、別れを告げる。
撃墜、地上戦、救助、作戦会議、そして勘違いからの機種転換と長い1日だったが、私は心地の良い疲労感と共にログアウトした。
そんなに、いやらしい事はしてないですよ(マリー談)