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第28話 連携

「くそっ、数が多いな」


 見回りを終えたヒューは、廃虚で1人ごちる。

 近くに墜ちたアンディとすぐに落ち合えたのは良かったのだが、脱出時に彼は怪我をしてしまっていた。目に血が入り、足を満足に動かせ無かった彼を、ヒューはここまで引きずってきた。

 2人が墜ちた地点がそう離れていなかったのは、不幸中の幸いだった。

 だがその幸いを帳消しにするような出来事が、この廃墟に着くと同時に起きる。周囲に敵兵が湧いたのだ。

 手持ちの少ない弾を使うのを避け、2人は10人程の敵兵士から隠れるようにして廃墟の奥で立てこもった。

 襲われたら応戦も考えたのだが、彼らはこちらを襲ってくる様子はなく廃墟の周りをぐるぐると歩き回るだけだった。


「すまねえ、足引っ張っちまって」


 顔面を血濡れにしたアンディが言う。


「謝るのはこっちだよ、僕らにはちょっとまだベリーハードはキツかったかな」


 暗がりの中、アンディの横に座り込んだヒューは答えのない考えを巡らせた。




 ***




「数は……10人程だったな」


 偵察を終えたムラキが戻ってきた。

 廃墟までやってきた私達だったが、表に彼らの姿は無く敵兵の気配しかなかった。もしかしたら中に居るのかもしれないが、まだ確認出来ていない。

 ただ居るとするならば、発砲音が聞こえてきていないのは良い知らせかとも思う。

 既に2人共やられてしまった、という事も考えられるのだが。


「どうするの?」


 そうフジトに聞くと、意外な答えが返って来た。


「どっちにしろ、ここを無視して最後の地点へ行くことは出来ない。俺とムラキ、2人でちょっとやってくる。あんたたちはここで全体を見張っていてくれ」


「「「やってくるぅ?」」」


 その言葉に驚きで返すレオとマイク。ついでに私。

 私達の疑問を置き去りにして、2人は打ち合わせを始めた。


「いつものサバゲー式でやるか」

「おっけー、戦利品はそれぞれでいいよな」

「勿論だ」


 たったそれだけの言葉を交わすと、2人はさっさと物陰伝いに移動を始める。


「2人で10人全員を、倒すってのか?」


「まぁ、そういうことだろうなぁ」


「とりあえず見ているしかないわね……」


 少し高い位置にある物陰に移動し、私達は固唾を飲んでフジトとムラキを見守った。


 建物はプレハブの様な感じで、周囲にはしゃがんで何とか隠れられそうな高さの塀がある。

 その物陰から接近したフジトがまずは先制攻撃を加えた。2回ずつ、断続的な3点バーストの発砲音が響き渡り、フジトへ背を向けていた2人の敵兵は膝から崩れ落ちる。

 フジトの発砲音に気付いた敵兵が3人、彼に近付いていった。

 すぐにカバーポジションに入ったフジトに対して敵兵はフルオート射撃を加えるが、敵の3時方向にいつの間にか隠れていたムラキがそれを捉えていた。

 彼は身を乗り出し、それぞれに2発ずつの射撃を加えると、敵兵はフジトの時同様に倒れる。

 それを2回繰り返す頃には、敵兵は全滅していた。

 実に鮮やかだった。きっと普段からやり慣れているパターンなのだろうが、コミュニケーションの取りにくいこのゲームでよくやれるものだと感心してしまう。


 10分弱の後、ムラキは敵から奪った銃を抱えて戻ってきた。それらを私達3人の足下に降ろしながら、彼は言う。

 彼がとても頼もしく見えたのが意外だった。私達のように航空機という武器に身を包むのではなく、生身の体1つで劣勢を跳ね返す姿はとても印象的だった。

 普段見慣れない地上戦、というのもあるのだろうか。


「ほら、これで少しは戦力アップだ。俺が欲しかった奴は無いから、好きに持って行っていいよ」


 ……そう言われましても。

 とりあえず一番小さくて反動の少なそうな奴を手に取る。


「それ、UMP45だから使いにくいかもしれないぜ」


 うん、よく映画とかで見るこっちにしよう。M4、だっけ?

 レオとマイクも各々、銃を手に取る。ムラキが残りの銃を全て肩に掛けると、遅れてフジトが戻ってきた。

 その脇に2つの影を抱えて。


「ヒュー、それにアンディ! その怪我は?」


「やあ、みんな無事だったようだね」


 アンディを支えて歩きながら、ヒューは私の問いに答えた。


「悪ぃな、脱出で足をやっちまった」


 足を折っているのか、歩くのが辛そうだ。更に、上半身が血濡れなのが気になる。


「一応、手持ちの止血剤を使っておいた。が、早く基地に戻って治したい所だな」


 とフジトは言った。

 何はともあれ、これで全員が揃うことが出来た。後はラトパ空港へ向かうだけなのだが。


「どうしよう、まだ空港まで距離があるわ」


「アンディには済まんが、このまま向かうしかないか」


 まだ空港までは30km近くの距離がある。敵との遭遇を考えても、なるべく早く付きたい。何か良い案はないだろうか。

 再びフジトは地図を広げ、現在位置を確認する。


「……案なら、1つあるぜ。ここから数km程の所で、味方が戦闘をしてる筈なんだ。ただそいつらはランカーで、普段からベリーハード設定でやってる事が多い。気の良い奴らだから無碍にされる事は無いだろうが……」

「正直、巻き込まれる危険を考えると近寄りたくないな」


 フジトとムラキの意見は一致しているようだ。


「足だけでも……、無理なら通信機だけでも借りられないかしら」


 通信さえ出来れば、どこかのヘリ部隊にお願いして回収ポイントを指定し、来て貰うことが出来るだろう。

 だが、フジトはそれに反対した。


「ベリーハードでの乱戦中に飛び込むなんて、誤射してくれっていうようなもんだぞ。近付く物、動く影があればとりあえず弾を叩き込むレベルで動いておかないと、即やられるんだ」


 レーダーもIFFも無い地上戦なら、無理もない話なのかもしれない。

 その時、双眼鏡で周囲を見回していたムラキが声を上げた。


「9時から敵20、距離250!」


 敵の増援だ。


「さっきのが最後じゃなかったのか!」


「これはまずいねぇ」


「……もしかしたら俺らが合流した事で、システムの敵兵スポーン設定がリセットされたのかもな」


 フジトが呟く。

 航空機の改修アイテムのドロップもそうだったが、このゲームには最初から公式に明言されている仕組みが少ない。

 これはプレイヤーにそういう仕組みを探して欲しいという運営からのメッセージなのだろうか。

 単に、意地が悪いのかもしれないが。


「流石にその数じゃ、こっちからは出れないな……仕方ない、合流を目指すぞ!」


 ヒューとマイクがアンディを両脇から支え、私達は出来る限りの全速力でこの場から離脱を目指した。




 ***




 負傷者を抱えての行軍は、体感で今までの倍近い時間が掛かったように思えた。

 敵の増援はまだこちらを捕捉していないようだったが、その足並みは確実に後方から近付いてきている。


「見つかってない筈なのに、なんでこっちに正確にくるのよ」


「人間にゃ、カンってもんがあるだろ。そんなもんまで再現しなくてもいいのにな」


 愚痴る私にフジトが言った。

 歩きながら少し詳しく聞いてみると、敵にはそんな物が本当にあるかのような動きを見せる事が偶にある事らしい。そう言うファジーさが絡んでくるのが高難易度という物なんだろうとの事だった。

 なんとかしてこの難易度をクリア出来ない物だろうか。装備の差が結果に出やすい空戦なら、何かしらのセオリーが研究されているかも知れないのだが。

 後、単純にやられっぱなしで悔しいという所もある。無事に帰れたら、少し調べてみよう。

 でも、なんかステルス機が必須とか、そんなオチのような気もする。


 いつの間にか荒れ地は林に変わってきており、小高い丘を抜けると眼下には小規模の市街地が広がっていた。

 林に入り見通しが悪くなった事で、追っ手からの距離は少しだけ離れていた。


「あそこら辺の筈だが」


 市街地を指差しながらフジトは言うが、そこは静寂に包まれている。


「誰も居なさそうね」


 これ使って、とムラキが双眼鏡を差し出す。それを受け取り、再び市街地を見る。

 そこに広がるのは地獄絵図だった。

 大きく穴を穿たれた建物と地面。そこにはラグドール物理演算を反映し横たわる、プレイヤーだった物。そのどれもが本物と見間違うかのように自然であり、どこかの神様が悪戯したかのような物は見当たらない。


「見えたか?」


「なにこれ……死体だらけじゃない」


 双眼鏡をサイクロプスのメンバーにも渡すと、それぞれが怪訝な顔をし出した。


「……当てが外れたか。もう戦闘は終息してるようだな。とりあえず人影はないようだから、使える通信機が落ちてないか探してみるか」


 その場の7人全員が頷き、丘を駆け下りて市街地へ入る。

 崩れかけた外壁、落ちた屋根。その家々の姿が戦闘の過酷さを物語るようだった。


「一応、罠とか気を付けろよ。ここで迎え撃ったなら、まだそういうのが残ってる可能性があるからな」


「了解」


 そうか、そう言う戦い方もあるのかとフジトの言葉で気が付く。高難易度相手だったら、迎え撃つ方が楽かも知れない。

 だが、あまり気乗りしない戦い方でもある。飛行機で張れる罠って、何が出来るだろうか検討も付かないし。


 そこからしばらくは死体漁りの時間が続いた。

 いくらそれほどまでグロテスクではないと言っても、ノイズ混じりの死体が流血しているのを長時間眺め続けるのは良い気分じゃない。

 隣を見ると嬉しそうにフジトとムラキは、持ち切れないほどの銃を抱えて走り回っていた。彼らからしたらここは宝の山なのかもしれないのだが、まだその感覚に慣れない。


「それ、どうするの?」


 品定めを続けるムラキに聞いてみた。


「そりゃ、売るんだよ。俺らはこれが収入源だからな。レア銃が出れば、プレイヤー間取引で良い値段になるんだぜ」


 私達にとってドロップ品とは大体が自分で使う物、という認識が強い。複数手に入れば売る事もあるかも知れないが、そもそも入手すら難しい物なので市場に出回る事は少ない。

 例えば私が今使っているシーグリペンを売れば、ドロップアイテムを持っていない他の人でもレア品を入手出来る事になるのだが、その儲けは殆ど無い。取引の時点で、利益の95%が税金としてシステムに吸い取られてしまうのだ。

 他人から購入しても、また新しいのを買うにはプレイヤー間取引を使うしかなく、それも次にいつ手に入るかわからないので、機体のやり取りでの金策というのは全く盛んではない。


「どういうのがいいの?」


「こういうダットサイトだとか、フォアグリップだとか。レールにくっつく系のアクセサリーは良い金になるんだ。欲しがってる人が多いからな。嬢ちゃんの持ってるM4とかなら、1つの銃にいくつも付けて持って帰れるし」


「そんなに抱えてるけど、それで戦えるのかい?」


「そこまで問題はないな。どうせ背中に背負っているだけだし」


 ヒューの疑問も尤もだが、先程も結構な数を抱えて戦っていたのを見ていたので、きっとなんとかなるのだろう。


「でも、これだけ手に入るなら供給過剰にならないのかしら」


「その分、みんなすぐ死んで戦場に落とすんだよ」


 ムラキは笑いながら言う。成る程、回転が良いと言う事か。




「おーい、無線機あったぞー」


 レオの声がする方に、皆は一斉に駆け寄った。


「……お、使えそうだな。確か共通はこの周波数で……こちらグール。誰か聞いてるか」


 レオの持っていた無線機はフジトに渡され、彼は慣れた手付きでどこかへと通信を試み始めた。

 フジト達がグールと名乗っている事を、ここで初めて知った。成る程、死体を漁る鬼とは彼らにぴったりかも知れない。

 フジトの数回の問いかけの後、答えが返ってきた。


『こちらブルーサイド、イーグルヘッド。どうぞ』


 なんと、まさかイーグルヘッドが近くにいるとは。これなら話が早い。


「知り合いだわ、ちょっと貸して貰えるかしら」


 フジトから無線機を受け取り、イーグルヘッドへ状況の確認をする。


「こちらフェザー隊のフィオナ。今の状況ってわかる?」


『おお、さっき墜ちたのはやっぱそうだったのか。だが共用周波数はまずい、今すぐ周波数を変えよう。いつもの所だ』


 慌ててイーグルヘッドに言われた周波数へと変更する。


『あーあー、聞こえるか? 今さっき、ヴァルキリーの連中に救助要請は上げておいた。とりあえずだ、少し前にヘリっぽい影を1機確認しているが、今は山陰に入っているようでこちらからは見えない。市街地近くだと思ったが……』


 その時、視界の隅の山間からゴマの様に小さな影が浮かび上がったのを感じた。まずい。


「みんな、物陰に隠れて!!」


 そう言って横に飛びながら建物に隠れた瞬間、今までいた地面が爆発して粉塵が舞い上がった。


「状況報告!」

「大丈夫だ! ヒュー、生きてるか!」

「こっちも大丈夫だ! アンディは物陰にぶん投げておいた!」

「いってー、頭打った……」

「喜べよ! それがわかるって事は、まだ付いてんだ」


 巨大な銃弾により舞い上がった土煙が視界を塞ぐ。

 あれはきっと攻撃ヘリだ。いつもはただの的でしかないのに、地上から見るとその存在をとてつもなく恐ろしく感じる。


「あの距離でこんな正確に撃ってくるのかよ!」


「俺らにとってヘリってのはそう言うもんだ! 絶対に顔を出すなよ!」


 この会話の間にも、各々が陰にしている建物に向かって断続的に機銃弾が飛んできている。皆散り散りに隠れたはずなのだが、敵は全て所在を把握しているようかのように的確な射撃をしてくる。

 機銃の着弾が止んでから少しして、舞い上がった粉塵が晴れてきた。


「まだだ、絶対動くなよ! ロケットがくるぞ!」


 その言葉は正しかった。先程の機銃弾よりはバラケているが、広範囲にロケット弾が着弾し始める。

 爆音と共に体が吹き飛ばされそうになって、掴む所もろくにない建物の壁へ体を預けるが、今度はその建物自体が崩壊し出した。


「だめ、ここはもう限界みたい!」


「ヘリを水平にさせるな! 動くなら前だ、後ろへは行くな!」


 ムラキのその言葉を信じて、崩れ始める建物を後にして粉塵の中を突き進む。

 いつ他の建造物に突き当たっても良いように構えながら走るが、一向にして何かに当たる気配はない。

 そうしているうちに、私は粉塵を抜き抜けて向こう側へと出てしまった。

 後ろを見ると土煙は晴れてきており、そこには崩れ落ちた建物だけが残されていた。


 前方の山間に佇む、二重反転ローターの陰。


 向こうが一枚上手だった。こちらの動きを予想して、先にわざと障害物を壊していたのだ。この隠れる物がない状況で撃たれれば、近くに着弾しただけで命はない。


 ここまでか。


 リスポーンの覚悟を決める。


『……フェ……z…………FO……2!……』


 手にしていた無線機から、ノイズ混じりで途切れ途切れの声が聞こえた。

 そのすぐ後、ミサイルと思われる攻撃を受け、遠くの機影は爆発。機体はその下に広がる森へと落下していく。

 ヘリの居た方向から空気を切り裂く甲高い轟音が聞こえ、その主はそのまま私達の上を飛び越えていく。


『間に合った! こちらフェザー2、目標の生存を確認しました! このまま上空にて待機します』

『よう、フィー。生きてるか? 死んでたら返事しろ』


 主翼を広げたF-14Dが、翼端から雲を引きながら旋回する。


 私はその声の持ち主に向かって、感謝を込めて手を振った。





You still alive?

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