第26話 サイクロプス
翌日、いつものように空母の格納庫で3人が顔を揃えた所で、ナオが口を開く。
「あの……対地攻撃の練習、してみたいんですけど」
次回の行動予定を受けての発言だろう。それにジャックが合わせた。
「あ、やってみるか? なら俺が乗って教えてやるよ」
ナオに乗るだなんて、えっち。ドン引きした顔でジャックを見る。
こっちを一瞥したジャックは「……頭、大丈夫か?」と私のおでこに手を当ててくる。
下らない事は横に置いておいて。まぁ、ジャックが付いているなら安心かもしれない、無茶はさせないだろうし。
「いいんじゃない? 私は久々にソロでも満喫しようかしらね」
ジャックと出会う前は一人で飛び回るばかりだったが、最近はもう3人でいるのが当たり前なようになってしまっていたので、ソロでのやり方を思い出してみるのもいいのかもしれない。
「それじゃ今週は当分、別々に行動しましょうか」
「あいよ」
「お願いします!」
ジャックとナオで飛ぶという事は、私の知る限りだとあまり無かった様に思える。2人の連携を取る意味でも、決して無駄な経験になる事は無いだろう。
おっと、新着メールのお知らせが光っている。どれどれ。
***
ナオとジャックが乗ったF-14Dを見送った後、自分も愛機のグリペンを発艦させようとコクピットに潜り込む。機体は既にデッキ上で、潮風が気持ち良い。
久々にアシストなし、手動でエンジンを始動させてみようかと思いオプションウィンドウでシステムアシストを切ると、ヘルプメッセージが表示された。
【Ver.1.01より、アシスト無しでの行動にボーナスが付くようになりました。各ボーナスは安全な場所に移動すると、所持金に加算されます】
ほほう、リアルに自分が動けばその分、良い思いが出来るという事か。これはなかなか良い要素だ。下手に制限が掛かるよりは、プラスアルファがあった方が誰だって気分がいいだろう。
えーと、APU始動がこれで……、高度計リセット、各メーターチェックで……あ、無線入れなきゃ。周波数なんだっけ、こりゃチェックリストが必要だわ。おっと、回転上がってるからAPU止めて、よしこれで飛べるかな。
あ、翼端灯点けてないや。
その後はいつものようにNPCに導かれ、前脚とカタパルトが接続される。アフターバーナーを点火して数秒の後には、機体は海上に放り投げられた。
すぐに操縦桿を軽く引く。今日はあまり武装をしていないので、機体が軽かった。
ラトパのある北西へ機体を向けると、マリーからの通信が入ってきた。
『フィオナちゃーん、マリーよー。聞こえるー?』
「こちらフィオナ、感度良好」
『いつ頃帰ってくるのー? さみしいのよー』
「明日か、明後日には戻ってきますよ」
『帰ってきたら私にも付き合ってねー』
「了解、マム。通信終了」
飛び立つ前に届いたメールは、サイクロプス隊リーダーのヒューからの物だった。内容は5人で飛ばないかという至ってシンプルなもので、何をするとかいった事は全く書かれていなかった。
こちらとしても暇になってしまったので、願ったりかなったりである。了承の返事を送り、今に至るという訳だ。ソロは中止中止。
どこかにラッティングに行くんだろうか。彼らなら結構厳しい設定にしそうなので、どんなことをやるのか楽しみだ。
ILSを捉え、許可が出た後にラトパの地へと脚を着ける。先日出発したばかりだというのに、また舞い戻ってしまった。
ハンガーへ向かうと、見慣れた顔の横には以前と違う、だが彼ららしい機体が並んでいた。
「フィオナちゃん、久しぶりだね」
コクピットから降りる私に声が掛かる。地面に降りた後、その声の主と握手を交わした。
「お久しぶりです、ヒューレットさん。先日はヘリへの対応、有り難う御座いました」
「いいっていいって」
ヒューと話していると、それに気付いたサイクロプス隊の3人がこちらに近づいてきた。
「「「フィオナちゃんおひさー」」」
「お久しぶりです」
「お、丁度集まったから改めて紹介しようか。じっくり話す機会、無かったしね」
そうヒューが言うと彼の横に3人が並び、ヒューはそれぞれを紹介していった。
「僕の隣はレオ、サイクロプス2だ。その隣の彼がマイクで、サイクロプス3。最後の彼はアンディ、サイクロプス4だ」
改めてよろしくと、一人一人と握手を交わす。
レオは黒人系であり、短髪のまさに軍人と言った様。マイクも黒人系だが、肩付近まで伸ばしたドレッドヘアーが似合う男だった。アンディはヒューと同じ白人だが、ヒューがケルト系なのに対して、彼はゲルマン系で、垂れ目が特徴的だった。
彼らもまた、フライトスーツがよく似合う背格好であり、私より頭2つ分近く背が高い。実に、コクピットが窮屈そうだ。
「ところで、機体変えたんですね」
「いいでしょ、みんなで乗り換えたんだよね」
「これでお嬢ちゃんばっかに、いい格好はさせないぜ!」
胸を張りながらレオは言う。
F-15C イーグル。世界最強の戦闘機と言われた機体だ。各国で正式採用され実戦経験が豊富。コンバットプルーフという意味では、最強は全く言い過ぎではない程の記録を持っている。
「維持費もそう悪くはないし、良い機体だよこれ。そいやフィオナちゃんはまた面白い機体だね、グリペンかぁ。おや、フックが付いてる」
私の機体の下に潜り込みながら、ヒューは言った。
「そう、これシーグリペンなんですよ」
そう言って、グリペン入手までの経緯を話してみた。
「……ふむ。噂で聞いた事はあったけど、なんか面白そうな要素だね」
ヒューが言うと、マイクから「なあ、ちょっと狙ってみないか?」という声が上がった。
私は特にやること無いのだし、ドロップ狙いのラッティングというのも面白そうだ。
「他の事をやろうかと思ってたけど、ドロップ検証ってのも悪くないね。よし、賛成の人は手を挙げてくれ」
勿論と言った空気が私達を包み、挙手しない者はいなかった。
ラトパ空港のブリーフィングルームに移動して、私達は早速ドロップした当時の様子を話し始める。
「フィオナちゃん、その時のフライトログって持ってる?」
ええと、あったあったこれだ。少し前の事なので結構な数のログに埋まってしまっていたが、なんとか探し出す事が出来た。
ホロウィンドウで該当ログを選択、再生ボタンを押すと当時の様子がプロジェクターで再現され始めた。F-4E、F-14D、Mig-29 OVTと書かれた矢印が交差し始める。
あれはナオの練習に付き合ってた時だ。彼女がF-4E、私がF-14Dに乗ってミサイル戦の練習を終えると、いつの間にかドロップしてインベントリに入っていたのだった。
あの時は対人ではなく、NPC戦だった。最初はベリーイージーで少数と、次第に強くしていって最終的には難易度ノーマルで同人数の相手とやりあったはずだ。数回だが、意地悪でハードにしてフランカーを出現させたこともあったような……。
当時の私達はセミアクティブホーミングのスパローが最強の武器であったので、それ以上の性能のミサイルは使っていないのは間違いない。私のフェニックスを除けばであるが、どうせその射程では使わないだろうと持って行かなかったような記憶がある。
「ふむ……」
サイクロプスの3人は揃って考え込んだ。最初に口を開いたのはレオだった。
「怪しいのは人数、相手の格って所か」
「だなぁ、格上に勝つとボーナスが出るってのは、RPGだけじゃなくてこのゲームにも踏襲されているコンセプトだからな」
と、腕を組みながらマイクが言った。それに頷きながらも、少し考え込むアンディ。
「でもよ、オレらの今の装備で格上とやり合ってたら、普通に考えたらちときついぜよ」
ぜよって、あんたどこの国の人だアンディ。この翻訳エンジン、壊れてんじゃないの?
「他にも、色々な種類の機体を落とすっていう条件も考えられるなぁ」
確かにそのヒューの意見もありだろう。一定時間で何種類の敵を倒す、とかだ。
だが、みんな気付いてないのだろうか。1カ所、一番怪しそうな部分に。
「ねえ。この時のMig-29、OVTみたい」
「うお、ほんとだ」
「あー、その可能性もあったか」
「レア敵、てのはまたベタだけどありえるよな」
Mig-29 OVTは、Mig-29に推力偏向ノズルを取り付けた機体だ。各地の航空ショーで強烈な機動性を見せつけるその演目は、見る者の心を奪う。戦闘機の動きを知っていれば知っている程、その動きはおかしいと突っ込みを入れたくなる様な物だ。
通常のラッティングで出てくる敵機は、ショップで普通に売られている機体である事が多い。その殆どが、各国の軍で正式採用されている機体である。
このOVTの様なテストベッド機だったり試作機の様な物は、存在は知られているもののショップでは売られておらず、入手方法もよくわかっていない。
私のグリペンもその一つだ。
「ミサイル戦だったから、すぐ気付かなかったのかな……」
「フィオナちゃんの例も考えると、こういう機体がアイテムをレアドロップすると考えるのが自然だねえ」
となれば、やることは一つだ。レア敵が出るまで同じミッションを繰り返して行う。戦力差があればその可能性が増える、という事もあるかもしれない。
「よし、それらしい機体が出るまでミッションを回してみよう。このゲームでこんな事するとは思わなかったけど」
そう言って笑うヒューの意見に皆は賛成し、ミッション条件の選定に入り始める。
自分達より強い機体を……という条件は、現状では結構厳しい。イーグルと最新のグリペンに勝てる機体となると、相当数が絞られてくるだろう。なにせ、どちらも一線で戦える機体なのだ。アンディが先程も懸念を示した様に、金がいくらあっても足りないかもしれないのだが……。
「みんな、ステルスにリベンジしたくないか?」
条件を話し合っていると、ヒューがそんな事を言い出した。
「お、それでいっちゃう? 勝てれば良い報酬、負ければ痛い出費になるが……」
「俺はやりてえな、それ。あん時は相当悔しかったしな」
結構乗り気のレオとマイク。それに乗ってアンディもこんな事を言い出した。
「……確かにここらへんで、フィオナちゃんにいいとこ見せたいよな」
ポンと両手を叩き、リーダーが決断をした。
「オーケー、それでいこう」
決まりのようだ。私も、真正面からぶつかるとどうなるのかやってみたい。
ヒューがブリーフィングルームの壁に掛かっている端末で、ミッション申請画面を操作し始める。端末と言っても小さいものではなく、淡い蛍光色で縁取りがされた掲示板のような物だ。
申請出来る内容はそう細かくはなく、大まかな難易度、ミッション内容、戦力差といった所だろうか。難易度を上げれば最新鋭の機体が出る可能性も高くなるので、当然のように最高難易度であるベリーハードを選ぶ。
流石に同数同士の戦いは勝ち目が無さそうなので、まずは一機のみ。そこから数を増やしていく形にする事で全員が同意し、ミッションは受諾された。
ちなみに、ソロで飛んでいた時は大体ノーマルだった。ナオと一緒でもハードまでしか経験のない私にとって、ベリーハードは未知の世界である。
ヒューの手馴れた手付きから、彼らは結構やり慣れているんだろうと推測する。任せておけば安心だ。
「さて、早速行ってみようか」
私達は足並みを揃え、ハンガーへと向かった。
やっと出番が!