第25話 スクランブル
『CDCより艦長! 不明機20、距離200!』
「みんな、ごめん。また後で!」
報告があった後すぐ、マリーは部屋を飛び出した。CDC、戦闘指揮所へ状況の確認へ向かったのだろう。
「フィー、俺らも準備するぞ」
「わかったわ」
地図が広がった彼女の部屋をそのままにして、急いで私達はハンガーへ走る。
その道中、ナオが疑問を口にした。
「一体、何が始まるんです?」
「第三次大戦だ……」
ぽつりと呟くジャックに、私はナオと顔を見合わせる。何を言っているんだろう、この人は。
***
ハンガーへ到着するのと同時に、スピーカーから艦内放送が入る。
『艦長のマリーより通達。現在、本艦から190マイル地点に所属不明機が出現。無線には応答がありません。各部隊、動ける人はすぐに離陸して上空待機。その後の対応については各部隊に直接行います。以上』
「らしくなってきたな」
ジャックが呟くと、ハンガーにいた他の部隊のメンバーからも声が上がる。お世辞にも緊張感があるとは言えない、だらっとしていた空気が引き締まった。
「何これ、興奮してきた」
「お前ら、早まってブッパすんなよ!」
「まわせー!!」
「お前、それ言ってみたかっただけだろ」
『あ、そうだそうだ。報酬は弾むわよ!』
報酬!
周囲の人間も、その言葉に更に色めきだつ。
「よし、私達も行きましょうか!」
「現金な奴め」
マリーの言葉で勝手にテンションを上げながら、コクピットへ乗り込む。
「あー!」
が、機体を出そうとした時、ナオから素っ頓狂な声が上がった。
「フィオナさん、まだ修理のクールタイムが終わってないです!」
「あーそうだった、こっちもだ」
オーバーホールに入ってる私もだ。
進捗具合を確認すると、耐久力の回復具合を示すプログレスバーはまだ30%を示しているだけだった。
機体の消耗率、ダメージは部品毎に細かく設定されている。ここで表示されるパーセンテージはそれらを加味した上で全体の耐久力を計算した物だ。
さっきのふらつき具合を考えると最低でも50%を上回っていて欲しいと思う。戦っている時はそこまで感じていなかったが、着地でのバウンド。あれは間違いなく、ここからくる物だろう。エアブレーキの効きが悪かったのか、思ったよりスピードが落ちなかった。
油圧でも落ちてたのだろうか。
「ちょっと待機するしかないわね」
「こればっかりは仕方ねえな……」
出れないのなら、まだコクピットに居る必要は無いと思い、一足飛びで梯子を降りた。
他部隊の機体が次々とエレベーターでデッキ上に運ばれていく様を、3人で横並びになって眺める。
こういう光景を見るのも悪くはない、か。
「フェザーちゃん達、お先に失礼!」
運ばれていくホーネットのコクピットから、見知った顔がこちらに手を振る。
あれは……確かオーガ隊の人だ。よく見る顔ではあるのだが、これまでにちゃんと絡んだ事は無い。とりあえず手を振っておこう。
出て行く機体はレガシーホーネットが多いようだが、たまにスーパーホーネットも混ざっている。
お、ラファールだ。かっこいいな。
おお、ハリアーだ。カタパルトを使うんだろうか、そのまま飛んでくんだろうか。
おー、こっちでフランカー使ってる人いるんだ、初めて間近で見たな。維持費、高そう……。
わー、猫かっこいー。やっぱ絵になるなぁ。抱きつきたい!
「フィオナさん……また変な顔になってる」
「こいつも相当だよな……」
声のする方を向くと、呆れた顔が2つ並んでいた。なによ。
『マリーより各部隊へ。本作戦の情報を所属部隊で共有する為、チャンネルを共通化します。外には漏れませんが、艦内放送には同時に繋げています。以上』
なるほど、これは有り難い。これなら事情で出れないメンバーにも情報が行き渡る。初めての要素だから、みんな内容が気になるだろう。
「修理の進捗、どう?」
「こっちは43%、ナオは?」
「私は38%です」
自分はやっと35%に到達した所だった。ログインした時には30%だったので増えていない訳ではないが、それでもまだ時間が掛かるだろう。
「この分じゃ、今日はだめかもなぁ。仕方ねえ、レシーバー持ってデッキに上がろうぜ」
「ですねー」
丁度いいところに機体を運ぶ為のエレベーターが降りてきたので、そこから出撃しようとするクルセイダーに相乗りして私達はデッキに上がる。
うーん、かっこいい。この機首に付いた4つの機銃が堪らないわ。この可動式の主翼もロマンが……。
***
デッキに上がった私達は、クルセイダーからすぐ離れて艦橋に寄り添った。上がってきた場所は、後部の艦橋寄りにあるエレベーターだ。あまり前に行き過ぎると、いくらブラストディフレクターがあるとはいえジェット排気で吹き飛ばされてしまうのが怖い。
甲板上はお祭り状態だ。
3機のカタパルトが全力で動いており、秒間隔と言ってもいい程の時間で次々と機体を撃ち出していく。先程一緒に上がってきたクルセイダーも、轟音と蒸気を伴って空中へ飛び出していった。
レシーバーを頭に着け電源を入れると、先行する隊の状況報告が入ってきた。
『こちらマリー、状況を教えて』
『コカトリス1、俺らが一番乗りかな。接敵まで100』
『マリーよりコカトリスへ、敵対行動があるまで待機してね』
『了解、姐さん』
『こちらオーガ、俺らも追いついた。スケルトンも来てるな。他に上がっている隊はいるか?』
『フラッパーより各隊。もうすぐ合流出来るぞ』
上がっているのは4部隊のようだ。確かどこも4機だったはずだから、空の上には16機が揃っている計算だ。
「ちと少ないな……戦力差がどんだけあるかが問題だが」
ジャックが呟く。
どの部隊も大体はホーネット、たまに旧式が混ざるがそれを補う形でスーパーホーネットがいるという編成になっている。そうそう問題が出るような構成ではないだろう。
「一番の問題は、先制攻撃が出来ないって事ですかね?」
「それが一番キツいわね」
普段ならアムラームで先制出来るから、敵にステルス機がいるのでない限り問題はないだろう。敵1匹につき2本ずつ撃っても、お釣りがくる。
だがこのミッションのクリア条件が分からない以上は、まず様子を見る他にない。
『コカトリス2、ロックされた。指示を!』
状況が動き始めたようだ。すぐにマリーから指示が飛ぶ。
『こちらマリー。不明機を敵性航空機とします。各部隊、オープンファイア』
『聞いたかみんな、火の粉を振り払うぞ』
『了解、全員かかれ! こけんなよ!』
『コカトリス1、バンディットロック。FOX3!』
豆粒の様に見える味方機から、糸のような白煙が伸び始める。
無線に混ざって、チャフとフレアの発射を示す合成音声が聞こえ始めた。
「遠すぎてよく分かんねえな」
「ですね」
2人が笑いながら感想を述べる。
「辛うじて見える……かな」
「まじかよ、お前目がいいんだな」
あ、なんか爆発した。
『こちらオーガ4、被弾した! 脱出する!』
『スケルトン1、FOX3! ……スプラッシュワン!』
『グッキル! こっちも負けねえぞ、FOX2! ヒット!』
無線を通して聞こえる甲高いシーカー音や必死な声が、嫌でもこちらのテンションを上げようとしてくる。こうやって外から戦闘を見るのは、また新鮮な感覚だ。
次々と爆発が続いた。黒煙の濃さが増していき、それが戦闘空域を形作っていく。
数分後、次第に黒煙は数を減らしてきた。
状況は落ち着いてきたようだ。
『残り何機だ?』
『こちらマリー、残存敵機は3』
『オッケー、ショットダウン!』
『こっちもだ!』
『こいつでラスト! FOX2!』
2連続の爆煙に続いて最後の爆発が見え、そこで戦闘は終わったようだった。
『マリーより各隊へ、敵性航空機の全滅を確認。各隊、被害報告を』
『コカトリス、3が墜落』
『オーガ2、3が被弾。4は脱出した』
『スケルトン2が墜落。他、被害無し』
『了解、ヴァルキリー隊を捜索に出します。ダメージの無い機体はそのままカバーをお願いね、お疲れ様』
マリーさんの声から緊張の色が抜けた。
「3機が落ちたか。まぁ、俺らの出番はなかったな」
「これだけの数がいれば事故当たり的なのはあるだろうし、いい結果じゃない」
「多分わたし達が出て行っても、機体不調で役に立たなかったかもですね」
それぞれが感想を口にする。そのタイミングで再び運営からのアナウンスが響き渡った。
【Lazward online運営です。お楽しみ頂けたでしょうか。これが今回実装された緊急ミッションになります】
「趣味悪いわね」
「ほんとだな」
「全くです」
私達は口々に感想を述べた。緊急ミッションに対してではなく、運営に対しての、だ。
大方、パッチノートを書くのが面倒だったから、とりあえず体験させてしまおうとか思ってるに違いない。
【今後、各基地や空母、戦闘中の部隊において陸海空を問わず、このようなミッションが発生します。発生頻度は極希な物となりますが、キルスコアや報酬においてボーナスが発生しますので、奮ってのご参加をお待ちしております】
くあああああ! そう言うことは早く言って欲しかった! わかってたらもう一機買ってでも出撃したのに!
隣の2人も私同様に悔しそうな表情をしている。ジャックは「クソっ」と悪態をついて、ナオに至っては頭を抱えていた。
これで人の事を現金だなんて、よく言えたもんだ。
【なお、今回は体験ミッションになりますので、通常のスコア率と報酬となります】
隣を見ると、口元を歪ませるジャックとナオがいた。百面相を見ているのは楽しいが、急に2人の事が残念に思えてきたのだった。
勿論、私も彼らと同様の気持ちで、口元を歪めているのだが。
***
「話のコシ、折られちゃったわねえ」
状況に一段落付いた後、私達3人とマリーは再び彼女の部屋に集まった。
今回の件では一応システム側から成功報酬は出ているのだが、予告通りにマリーからも報酬を出したらしい。哨戒に出ていて参加出来なかった部隊のメンバーは、一様に悔しがっていたのが面白い。
こういう太っ腹な所があるのも、彼女の魅力だ。また、他の艦より無駄に艦内設備が充実していたり、ハンガーの利用料金が割安だったり、戦闘時における彼女のギャップだったりと、色々な要素が人を惹き付ける魅力となっているのだろう。
こんな高価な物を一人で乗り回しているのだから、単純に船乗りという人種が金策上手なのかも知れないが。
「で、どこまで話したっけ?」
「次は首都が、って所だな」
「そうそう、それそれ」
首都ネテア。マップのほぼ中央に位置する、歴史的な建造物が点在する都市だ。北は陸、南は海に面している。
「あそこでやり合う時には気を付けてねー」
「なんでですか?」
ナオが質問した。私もあそこで戦った事はないので、何故なのか聞いてみたい。
「あそこって古い建物が多いんだけど、それに弾を当てるとペナルティが発生しちゃうのよ。罰金! ってね」
大げさに腕をクロスしながらマリーが言う。
げー、なんと面倒臭い設定がされているんだろうか。
「撃墜した敵もですか?」
「そこは大丈夫みたい。ただ、逆に落とされて建物に被害が出ると、ぶつけた人が怒られるわねぇ」
敵を撃ってもだめ、自機を落としてもだめ。……どうすればいいんだろうか。
地上から見れば、落ちてくるのにあまり気を使わなくて済むし、逆に戦車等の装備が使い辛くなるだろう。彼らは接近戦がメインになるかも知れない。
空から見ると下には支援し辛いが、その分攻撃機に気を使う心配がなくなる。純粋に制空権の争いになるのだろうか。
「BVRでバカスカ撃つって訳にいかねぇな。マーベリックでも使うか」
AGM-65 マーベリック空対地ミサイル。いくつか種類があるがよく使われるのは画像誘導型で、これはMFD上に映る画面の中心に敵車両や艦船を捉えると、その中心に向かってミサイルが飛んでいくという方式だ。
命中率は高いのだが、その操作に少し時間がかかるのが難点だ。
「ジャック、マーベリックの操作って慣れてる?」
「まぁ、慣れてるっちゃあ慣れてるな」
「今回は対地、お願いしてもいい?」
「あんま気が進まねえが、まぁいいや。ナオも一緒にやろうぜ、ボムキャットでさ」
「なんですかそれ?」
「LANTIRNっていうポッドを付ければな、お前の猫はレーザー誘導爆弾が使えるんだ。今度ちょっと練習してみるか」
「はーい!」
あれ、ナオってこんなにジャックに懐いてたっけ。まぁいいや、これで大体の役割分担は決まった。
きっとヒューとダスティも来るだろうから、後でこの事を伝えておこう。バンシーとサイクロプスで、数的には綺麗に対地と対空で分かれる形だ。
「私も2日前までには、他の部隊の役割分担を決めておくわねー」
他の部隊がなんて言うか分からないが、今日を見るにマルチロール機が多いから人数割りは任せてしまっても大丈夫だろう。
お、もうこんな時間だ。
「それじゃ、今日は解散かな」
「おう、おつかれ」
「また明日ですー」
「みんな、お疲れ様ぁー」
口々に別れの言葉を告げてログアウト。戦闘をせずに一日が終わったのは久々の事だった。
PSO2の採掘吉防衛戦のBGMを聞きながら書いてました。
あれ、テンション上がりますよね。
このイベントは、戦闘中、陸海空にかかわらず予告無しで発生します。内容もランダムです。
場合によっては致命的な状況になるでしょう……。でも、敵の増援とかって一番萌えるシチュエーションですよね。やってる方は必死だけどw
ちなみに私はF.A.T.E.が大っ嫌いです。クォーリーミルとかもう行きたくないです。