第24話 奇襲
3対12からの空中戦を制したが、全く安心が出来ない状況は続いていた。
皆、満身創痍だ。横に並ぶ列機は、そこかしこが破損している。先程まで黒煙を吐いていた2機のエンジンは、今は沈静化しているようだ。
「こちらフェザー1、損害状況と残弾を報告して」
『こちらフェザー2、右エンジンが被弾して圧縮がスカスカだ。弾もすっからかん』
『わたしもすっからかんです。左エンジンも壊れちゃって、翼が閉まらなくなっちゃいました』
自分の状況はというと、被弾は無いのだが弾も燃料も残りが少ない。ミサイルは撃ち尽くしている。
『はははっ。こちらイーグルヘッド。お疲れ様と言いたい所だが、敵の残存戦力を忘れてないか?』
笑いながらそう言われても、という所である。
「もう私達には出来る事がないわ。一旦、ラトパで補給させて」
現状でこれ以上の事は出来ないだろう。やっても足を引っ張るだけなので、申し訳なく思ってイーグルヘッドへ言う。
『すまんすまん、意地悪を言った。ヘリはサイクロプス隊が対処を行った。君達が航空機を引き付けてくれたおかげで、サイクロプスには被害無しだ』
「残りの海上戦力は?」
『サラマンダーの奴が言った通り、ミストラルは引き返したようだな。安心していいだろう。ソブレメンヌイはまだ動かないが……ああ、救助活動かもしれんな』
『よかった……』
ナオが安堵の声を上げる。
今頃、ミストラルのLCAC内はブーイングに包まれているだろう。あそこまで来ておいて、遊べずに帰る事になったのだ。いくら死んだら痛いと言っても、そんなに死ぬのが嫌ならそもそも最初からこのゲームなんてやらない。
あそこから今回の戦いも見えただろうし、私達の通信も聞こえてたはずだ。状況はわかっているだろうが、サラマンダーの一存で決めてしまって良かったんだろうか。
まあいいか。私が責められる所じゃないし。
「それじゃフェザー隊、RTB」
『『了解』』
2人の声を聞き、ブレイクを始めようとした時だった。
ジャックが叫んだ。
『待った、フィー! 11時方向!』
機体を左にロールさせたまま、彼の言った方向を見る。
そう遠くない位置の海面が隆起し、水柱が上がった。そこから飛び出してきたのは……巡航ミサイルだった。
「イーグルヘッド! ミサイルが!」
『なにぃ!?』
『なんで!?』
水柱を伴って現れたミサイルは、後部からの噴煙と共にその高度を上げていく。
「目標はどこ!?」
燃料チェック。だめだ、追撃に使う余裕がない。しかし、これが向かう先できっと誰かが死ぬ。そんな事をみすみす許したくはない。
……燃料なんて、切れても機体が落ちるだけだ。
そう決断し、アフターバーナーを点火しようとした私をジャックは止めた。
『無駄だから止めとけ』
「なんでよ!」
弾が少なかろうが、試してみるだけの価値はある。その考えを、無駄の一言で一蹴されてしまう。
『ありゃ潜水艦からの巡航ミサイルだ。もしオハイオ級だったら、最大で154発撃てるんだぞ? 潜行中に無線が届いていなくて、発射の為に深度を上げた所で作戦中止の連絡が入る。が、時既に遅し。そんなとこじゃないか』
「でも、それなら当初の作戦目標に向かっているんでしょ?」
『1発だけで充分壊せる目標、って事なんじゃないですか?』
機体をミサイルの飛び去る方向へ向ける。流石にナオとジャックにはそんな余裕はないようで、2人から少しの間だけ離れる事にした。
レーダーを作動させる。方位090、MFD上にフリップが現れた。現在地から東にあるものは……。
『5号線、スピクリト・スオラリハ橋か』
イーグルヘッドが呟く。
この橋はトンリコ湾に架かる唯一の物であり、全長2,883m、4つの橋桁によって支えられる巨大な吊り橋だ。
流石に戦車なんて物が同時に多くは通れないだろうが、兵員を輸送するには十分な強度がある。不人気地域とはいえ、ここは両軍の監視の目が常に光っている、そんな場所だった。
正確には両岸から監視の目が光りすぎて膠着状態に陥り、不人気地域になったという経緯なのだが。
『巡航ミサイル着弾まで10』
ここが潰れると言う事は、スソネポロペ半島と本土を繋ぐルートが、事実上1つになると言う事である。
煙の向かう先に、正面に横たわる橋が見えてきた。その中央付近で爆発が起こり、煙が上がる。
倒壊とまでは行かないが真ん中で橋は分断され、その役目を果たさなくなった。
『着弾確認。予想は当たっていたようだな』
『これ、誰か直したり出来るんですかね?』
『いや、無理なんじゃねえか。きっと、大規模戦の決着が付いてリセット入るまではこのままだろ』
「……戻りましょう」
どこか釈然としない物を胸に抱えながら、機体をラトパ空港へと向けた。
ラトパ空港はスソネポロペ半島の北部にある。ヤーカア・トーカとニリキを挟んで北に突出した岬の先端に位置し、敵地オギンロソメが海を挟んですぐ目の前というロケーションだ。マップ全体から言うと、西の端にある。
交通の便が悪く不人気地帯であったこの場所も、今日に限っては活気があった。
『フェザー隊、着陸を許可します』
空港上空に着いた私達に、管制官から許可が下りる。
その外縁では破壊された対空兵器がくすぶり続けており、いくつもの黒煙が立ち上っていた。
「ナオ、ジャックの順で降りて良いわよ」
『ありがとうございます』
『サンキューな』
2人が着陸したのを確認し、自分もランディングアプローチの体勢に入った。
280ノットで侵入。ギアダウン、フラップダウン。ローカライザーとグライドスロープを表す線が、HUD下部に表示される。
滑走路が大きく見えてきた。その手前に未来位置が来るように機首を上げながら、スロットルを調整していく。失速の警報が出たので、少し速度を上げた。
横断歩道の様なマーキングと主脚が接地し甲高いスキール音を上げるが、機体がバウンドしてしまう。なかなか機体が安定しないので、スロットルを絞り無理矢理地面へと降ろす。
ふぅ……陸に帰ってくるのも久々だ。
***
「しっかし大勝利だったなぁ、おい!」
空港のカフェでバンバンと私の背中を叩きながら、ジャックが笑う。い、痛い痛い。
「緊張しましたよー……わたし、あれでよかったですか?」
「おう、完璧だぜ! わざと少しだけ直線的に飛んだりして、良い囮役だった。もうお兄さん、安心して背中任せちゃうからな」
今回の戦果は、最初にやり合った3機にサラマンダー隊の12機。撃墜数は実に13機だ。内訳はナオが3機、ジャックと私が5機ずつとなる。
やはりアムラームの威力は強かった。ミーティアは射程が長い分、どうしても撃つのを早まってしまう事があったが、これも悪くない代物だ。
……にしても、妙に回避が楽だった気がする。その事をジャックに言うと、
「なんだ、お前気付いてなかったのか? 電子戦機が飛んでただろ、イーグルヘッドの護衛を兼ねてよ」
と言われてしまった。そういえば戦闘開始前に、何かイーグルヘッドが言っていたような気がする。
「しっかしこう戦闘の規模がデカくなってくると、やっぱECMは強いな」
「なんか、すぐに敵のロックが外れるっていう感じでしたね」
確かにそんな感じだった。流石にドッグファイトに入ってからのIRミサイルは変わらなかったが、接敵時に有利な状況を作り出せるのが大きい。今回も、そこで敵の戦力を削げたから勝てたような物だろう。
「で、結構みんな稼げたんじゃないの。俺様ほっくほくだぜ」
「わたしもですー」
ジャックのF/A-18C、ナオのF-14D改良型共に、Su-27相手に大立ち回りすれば結構な性能差ボーナスが付くだろう。新機体に乗り換えれる程に。
2人のメニューを覗き込むと、おお。4,000万ドル近くも増えている。
では私もメニューを見てみよう。どれどれ……あれ?
「ん、どうした?」
「変な顔になってますよ?」
二人は怪訝な顔をする。それはきっと、私がそんな顔をしているからだろう。
「いえ、ちょっと桁間違えたのかも。ひー、ふー、みー……じゅー、ひゃくー、せんー……」
所持金を数え終えるのと同時に、私の膝は崩れ落ちてしまった。
「なんでよ……増え方が全然違うじゃない……」
私の手持ちは数百万ドルしか増えていなかった。絶対おかしい。何かおかしい。弾代も燃料もみんなと変わらないだろうに!
「どれ、ちょっとログ見せてみろって……ああ、わかったわ」
「なんか私、変な事してた!?」
慌ててその理由をジャックに確認してみる。
「原因は2つだ。まずお前のグリペン、軽戦闘機とはいえ最新型だ。これで性能差ボーナスが付いてない」
あ、確かに……2人が乗ってる機体に比べたら、相当先に進んでる機体なのは間違いない。そこは納得だ。
「で、もう1つはここ見てみろ。なんで新品の機体がもうオーバーホールに入ってんだよ!!」
「そんな操作してないもん!」
「してないもん、じゃねえよ! このゲームはな、初期設定だと消耗具合によって自動でオーバーホール料金を取られるんだよ!」
「……つまり、どういう事よ」
「被弾してなかったんだから、単純に無茶しすぎたんだろ。きっと最後のアレが原因だな、負荷掛け過ぎなんだよ。……ったく、新品が1回でオシャカってどういう事だよ」
最後のアレ、あの模擬戦の事か……。
確かにちょっと頑張り過ぎた感はあった。普段よりブラックアウトしかけた回数は多かったし、ミサイルが無い状態でぐいぐい動いてくれる機体は実に楽しかった。
「とはいえ、このボーナスの無さにはちょっと……俺、買い換えるの止めようかなぁ。ライノじゃ絶対こいつと同じになりそうだし。ちなみにオーバーホールは料金先払いになるからな」
「わたしもちょっと……考えちゃいますね」
腕を組んで顔をしかめるナオに、ジャックが続けた。
「とりあえず、あんな数の相手に何とかなったんだ。機体は無理に換えなくても良いかもな」
「そうね、火力は足りてるから……ね」
「ですねえ」
「ECM要員入れてみるか? 元々、俺はグラウラーを買おうかと思ってたんだがよ」
EA-18G グラウラーか。ホーネットをベースにした電子戦機、それをジャックが操るならまぁ安心出来るだろう。
そうは言っても、ちょっと変な形で有名になってしまったこの隊に入りたい人なんているのだろうか。
「こういうのは縁だからな」
「あなたが言うと、凄い違和感のある和風な台詞ね」
「おめえもだろ!」
「ふふっ」
明日は空母への移動だが、とりあえず飛ばせる状態に持っていければいいだろうとジャックが言うので、ナオと彼はエンジン交換の指示を出してからログアウトした。
私のグリペンのオーバーホールについては、もうシステムに金を吸い取られてはいるのだが、実施タイミングは自分でコントロール出来るとジャックは言っていた。
本来は放っておけば自動で実行されるとの事だが、その設定をオプションで弄れるという事だったので、メニューの深い所にある「自動でオーバーホールを実行しない」の項目にチェックを入れる。
ちなみに、ログアウト中よりログイン中の方が作業時間は短縮される。エンジン交換ならログアウトしても次のログインに間に合うそうだが、オーバーホールは無理だろうとの事だった。
何故今までこの仕組みに気付かなかったんだろうと、ふと思い返す。
ああ、そうだ。F-5はオーバーホールが来る前に墜ちてたんだ……。F-14はストンリコの時に最大Gが掛かったのは一瞬だけだったし、その後すぐに初代猫は墜落。2代目は買ってすぐ、ナオに譲ってしまった。
悲しい気持ちになってきたので、後は空母に着いてからでいいかと思いログアウトした。
***
翌日、全員が揃うのを待ってから空母マリーゴールドへと私達は戻った。
出発前にサイクロプス隊に挨拶をしたかったのだが、すれ違ってしまって会うことは出来なかった。メールでヒューへお礼をすると、ミサイルの誤射が怖くて援護出来なかった旨を告げられ、逆に謝られてしまう。
空母までの道中は、非常に怖い物だった。とにかく挙動が安定しない。他の2人も同様で、悲鳴に事欠かない道中だった。前にナオと飛んだ時みたく、NPCが流れてくるなんて事が無くて本当に良かったと思う。
着艦でも不安定さは表出し、普段より高いスピードでの侵入に恐怖を覚えた。
マリーゴールドは出発時とは位置を変えており、今は首都ネテア南西のスコリゴルア湾内に停泊していた。その北にあるスコニロサ湾の方がネテアに近いのだが、そこだと前線に少し近すぎる為だろう。
「来週は首都の奪い合いになるでしょうねぇ……」
出発前と同様にマリーの自室に集まった私達は、また同様に作戦会議をしている。地図を前にしてにらめっこである。
全くもって休まる余裕がない。たまには遊覧飛行なんて洒落こんでみたいものだが……いや、戦闘機ではスピード的にそんな余裕はないか。
私達がラトパ上空にいる頃、私達の青軍は手薄になった首都を占領した。
だがこれで終わりではないと皆が思っている。昨日のフラストレーションを晴らす為に、また南方へのルートを確保する為に首都を狙ってくるだろう事は明白だ。
「一層、他の連中との連携が必要になってくるな」
ジャックの言う事は間違いないだろう、特に陸側とは。
その時、耳を劈くサイレンの音が鳴り響く。
「何?」
「敵襲か!?」
「みみがー!」
いや、耳はきっと大丈夫だろうと心の中でツッコミを入れる。現実の鼓膜を通している訳ではないのだから。
そしてサイレンに続いて、合成音声でのアナウンスが流れ始めた。
【Lazward online運営です。現在、両軍共に奮戦の結果として戦況が膠着しつつあります】
【そこで今回の戦争より、新たな要素を実装させて頂こうと思います】
「新たな要素……?」
皆の顔に疑問が浮かぶ。
あ、運営が仕事している所を初めて見たかも知れない。
【先程までをフェーズ1とし、これより大規模戦はフェーズ2へと移行します。これによるメンテナンス等は発生致しません。本アナウンス終了時点より、フェーズ2が適用されます】
4人は顔を見合わせた。全く詳細が掴めないアナウンスだ。普通、こういうのは事前に告知するだろうに。
後、メンテナンスがないのはありがたいのだが、そうはいってもさっきまでいつものサーバーダウンタイムだったじゃないかと、また心の中でツッコむ。
【フェーズ2、開始されました。グッドラック】
同時に、艦内スピーカーから報告が入る。
『CDCより艦長! 不明機20、距離200!』
あの分岐のEDは全部見ました。