第23話 ラトパ防空戦3
戦闘機の速度で30kmを飛ぶのに掛かる時間は、たった2分半程でしかない。その間に200km先に居たスホーイももちろん動いているため、お互いの距離は既に60km以上詰まった状態にある。
そろそろ中距離AAMの射程に入る距離だ。
現状でフェザー隊全体の残弾は中距離AAMが11本。短距離AAMが6本。敵航空機は全部で12機なので計算上ではお釣りが来るが、そう上手く行かないのが空中戦である。確実に当てて行くためにも、事前準備が必要となってくる。
ミサイルには必中距離というものが存在するが、そこまで近付くのはリスクが大きい。安全に命中率を高めるためには、有利な状況を作る事が一番だと私は考えている。その有利な状況というものには敵の背後を取るだとか、気付かれないよう近付くだとかいった物があるが、どちらも今回は難しい状況だ。
『で、具体的にはどうすんだ?』
「折角、最新のアビオニクスを持った機体に乗るんだから、使わない手はないかなと」
『成程な』
「レーダーは切ってるわよね?」
『おう、勿論よ』
『どういうことですか?』
「イーグルヘッド、フェザー1と2の中間誘導をお願い出来る? 準備が出来たら教えて。ナオは私達の後方で待機、距離は任せるから万が一の時に援護をお願い。撃ち漏らしが出たら、それに対応してね」
『よくわかりませんが、わかりました!』
右翼後方にいたF-14Dがループの体制に入り、高度を上げていく。インメルマンの繰り返しで高度を取るつもりなのだろう。その姿を見送りながらMFDを操作して、主翼の左右下部にぶら下げたアムラームのコントロールをAWACS側へ渡す。
左へ首を向けるとすぐ近くを飛ぶF/A-18Cのキャノピーから親指を上げるジャックの姿が見えたため、それに同じように返した。
『こちらイーグルヘッド。フェザー1、2からのコントロール移譲を確認。2本ずつだな。発射のタイミングはそちらで頼む。プラウラー、スタンバイ』
『ラジャー』
「フェザー1、了解。ジャック、タイミング合わせて行くわよ!」
『おう!』
***
『メインステイは来ているか?』
『こちらアイウォール、配置に付いている。ホーネット、トムキャットに……グリペン。案の定、連中のようだ』
メインステイとはロシア製のAWACSといったところの早期警戒管制機である。アイウォールと名乗った彼は、今回俺らのサポートをしてくれるプレイヤーだ。
『了解、サラマンダー1より各機に通達。これよりラトパ制空権確保に移る。編成から考えて、敵はあのフェザー隊だ。たった3機だと侮るなよ』
サラマンダー1、つまり俺らのリーダーから通信が入る。
それはあんたが舐めプしてたからじゃないのか。いくらラプター単騎で奇襲をかけて2部隊を壊滅させたからと言っても、F-5如きに落とされてる様じゃ程度が知れるという感がある。
愚痴を心の内で吐き出しつつ、Su-27 8機からなる第一攻撃部隊に属する俺は、編隊を維持する為にラダーを踏み込む。
『作戦は分かっているだろうが、まずスホーイが先行してBVR、その隙を見てミグが接敵、乱戦に持ち込む……おい、5番機聞いてんのか!』
「……きぃーてますよ」
くっそ、めんどくせぇ。
この横暴な感じは本当、何とかならないのか。百歩譲って軍隊物のロールプレイだといっても、ゲームで何でこんなストレス溜めなきゃいけないんだ。
隊長、サラマンダー1のプレイヤースキルはかなり優秀だ。入れ替わりはどうしても起こってしまうとの事だが、大規模戦では毎回11人の隊員を率いて、今までに相当な戦果を挙げているらしい。前回のファクションウォーでも、こちらの陣営で一番戦果を上げたのはサラマンダー隊だと聞いている。
俺の隊への参加は今回の戦争からだが、俺もそんな武勇伝に憧れ、隊長自らが隊に誘ってくれた事に胸を躍らせた内の一人だ。他の隊員もそんな人間が多いという話を聞いた事がある。
元々、彼はこのような性格ではなかったのだ。少なくとも、自分を誘ってくれた時の彼の言動に、偽りはなかったと思っている。タイマンの模擬戦をして俺の実力を計ってくれた上で、力を貸して欲しいと言ってくれた。
変わったのは、スリポリトでの戦いからだ。
いくら状況が悪かったとは言え、あんなにも格下の機体に負けた事は、彼のプライドをよほど傷つけたに違いない。ここまでゲームで熱くなれるというのは、ある意味真面目に取り組んでいるという事の表れでもあるのだろう。そういう熱いのは嫌いではないが、自分の居ない所でやって欲しいという気持ちが最近は強い。
また、タイミングが悪かったというのもある。前回のファクションウォー集結に伴って、多数のコアメンバーが抜けたらしい。それで再度関係構築をしていこうという時期に、彼の変化が重なってしまったのだ。
それに追い打ちを掛けたのが、ストンリコでの敗北だ。メンバー募集途中の中途半端な編成状態とは言っても、たった一機に状況をかき乱されての全滅。これが決定打となり、彼の態度は現在の状態へと硬化していった。
そのような経緯があって、今に至るという訳だ。
今回の作戦では、自分をリーダーとした5番機から12番機までのスホーイが接敵し、状況が混乱した所で隊長率いるミグ隊がドッグファイトでとどめを刺すという段取りだ。
もちろん、スホーイに乗る連中から文句が出ているのは言うまでもない。
『各機、マスターアームオン。スホーイ搭乗者は各自、最大射程から……』
隊長がそう指示を出そうとした時だった。僚機から叫びのような通信が飛んできた。
『こちら11、ロックされてる!』
『7、こっちにもミサイルアラート!』
報告は続き、結局スホーイ隊の8機全員がロックされていることが分かった。勿論、自機のコクピット内でも耳障りなアラート音が鳴り響いている。
先程からRWRに反応はあったのだが、その位置はかなり遠方であり、ミサイル警報が出ている方向とは全く違う。何かしらの策を敵は講じて居るに違いない。先制攻撃をしようとしていた出鼻を挫かれた。
『隊長、回避行動を……』
『待て、そのまま直進しろ! どうせ向こうも最大射程だ、このくらい避わして見せろ』
無茶苦茶だ。確かに今は最大射程だろうが、このまま突っ込んでいけばいくほど、ミサイルにエネルギーが残った状態での交錯になる。しかも数的有利がある現状なら尚更、ここは一旦回避行動に移るのがセオリーだ。
だが、隊長の指示は違った。
その現状に見切りをつけて、俺は機体を反転させる。
『おい5! 進路を変えるな!』
『くそ、距離が縮まらない! 反転しているのか!?』
『このまま追いかけてたら、ただの的だ! FOX3!』
『FOX3! FOX3!』
各自で判断が出来た数機がアクティブAAMを発射する。だが、そのすぐ後に敵の放ったミサイルが着弾した。
後方でいくつもの爆炎が上がる。
すぐに機体を色々な方向に傾けて後ろを探る。俺の他に回避機動を取った者が……3機。内、1機は被撃墜。回避しなかった5機は全て爆炎となったようだ。
初撃でスホーイ隊の3/4、全体で見れば戦力の半数が消失した。
『ミサイル命中は確認出来たか!?』
『駄目です、全弾外れ!』
『なんだ、レーダーが……』
「隊長、一旦引きましょう。半分がやられた」
『……っ! まだこっちの方が弾数がある! 生き残った奴は、トムキャットから狙え! 各個撃破するんだ! 狙える奴はAWACSもだ!』
駄目だ、完全に熱くなってしまっている。これではもう指示を仰いでも無駄だろう。
「こちらサラマンダー5。資金に余裕無い奴は帰っていいぞ。どうせ勝っても自慢出来る結果じゃあない。戦いたい奴は俺に付いてこい」
『おい5、ふざけるな! いい加減にしろ!』
隊長から怒号が飛ぶ。
「ふざけてませんよ。残った機体であなたを援護します」
そう言い放ち、機体を再度反転させる。レーダー内に光点が3つ現れた。もう赤外線ミサイルの射程に入ろうという距離だ。
速度を乗せていた隊長のミグが突出して、ミサイルをばらまき始める一方、ばらけたフランカーもミグ隊と距離を詰めつつある。
敵の補足を優先し、反転終了後もレーダーとRWRを頼りに旋回を続けた。
「ほら隊長、もう待ち望んでいた乱戦だ。……なんだ、誰も帰らなかったのか」
『言いたい事は色々あるけど、このままの気分じゃ明日の仕事に支障が出るからな』
『少しでもいい事作ってから落ちたいしな』
そんな会話がスホーイ隊に飛び交う。自分も彼らと全く同じ心境だった。
肝心の隊長は黙りきっていたが、もう人間関係に気を払っている余裕がこちらにはない。
必死で旋回のGに耐えていると、正面にロックマーカーが現れた。
『FOX3! FOX3!』
「FOX3! FOX3!」
『FOX2! FOX2! FOX3! FOX3!』
惜しげもなく残弾を使う。自機から白煙が敵に向かって伸びる。
この距離ならいける。そう思ったのもつかの間、ロックマーカーは急速に高度を落とし始め、フレアを撒きながらそのまま自機の下を通過していった。
『くそ! 当たんねえ!』
『慌てるな、シザースに持ち込め!』
『避けれねえ! うわああああ!』
『サラマンダー4、推力が上がらん!』
『アイウォールより各機へ。スホーイ隊、損失6』
『おい、後ろ付かれてるぞ! ブレイク、ブレイク!』
もうぐちゃぐちゃだ。
敵味方合わせて、9機が自らの敵を補足しようと大小の旋回戦を繰り広げ始める。こうなったら正面以外の機影が敵か味方かなんて判断している余裕はない。とにかく機影を正面に入れて、IFFのレスポンスを待つしかない。
数回の旋回を繰り返すと、俺にも幸運が巡ってきた。デカい図体の機体が正面に現れた。トムキャットが迷い込んできたのだ。
残弾確認、まだ余裕!
「FOX2! FOX2!」
『アイウォールより各機へ。ミグ隊損失3』
宣言と同時に、2本のミサイルに点火。トムキャットはフレアを撒きつつ急旋回を始めるが、この距離なら間違いなく当たる。
そう確信したと同時に、垂直に目の前を横切る機影があった。その機影は、機体を引き起こしながら無数のフレアを射出する。ミサイルは2本共、そのフレアに突っ込んで爆発した。
呆気に取られてしまい、俺は自分のミサイルの煙でトムキャットを見失ってしまっていた。
「……なんだよ、あれ」
我に返り、再度辺りを見回す。
周囲を飛んでいる機体を数えるが、その数はもう5機しかなかった。
『残ってる奴は報告しろ』
隊長の声だ。気分は乗らないが、答える事にした。
「サラマンダー5、恥ずかしながら中距離がまだ2本ありますよ」
『アイウォールよりサラマンダー、生き残ってるのは2機だけだ』
『おまえだけか……わかった。共用回線を開け、攻撃中止』
頭に疑問符が浮かぶ。何をするつもりだろうか。
『こちらサラマンダー1、フェザー隊聞こえるか。聞こえていたら返事をしてくれ』
翼端から雲を引いていた機体達が、その動きを緩め始める。やっとの事で各機の状態を確認すると、2機から被弾したような黒煙が吐き出されていた。
『こちらフェザー1、聞こえています』
……まじかよ、女の子の声が聞こえるんだが。
ボイスチェンジャーなんて実装されてなかったよな……?
『ああ、君が隊長か。機体は無事なようだな……』
『ええ、こちらは無傷です。まぁ、弾は殆どありませんけど』
『おいバカ、そんなこと教えてどーする!』
『ちょっとジャック黙ってて!』
『ふぇえー……終わったなら早く帰りましょうよぉ……』
『ナオ、まだ終わってねーぞ!』
げえ、もう一人も女の子かよ。なんだこのジャックとかいう奴、羨ましすぎる死ね!
というか、女の子二人に壊滅させられたのか、俺達は。これは結構衝撃的な事実だ。
会話に入る機会を失い、このまま無言を貫く決意を固めようとしていると、隊長が口を開いた。
『……本当に、君たちの戦いは見事だった。こちらももう残存兵力はご覧の通り、殆ど無い。制空権がない状態でこのまま戦っても、無駄に消耗するだけだろう。そこで、LCACは既に着岸して装甲部隊が上陸しているが、これから撤退させようと思う』
『あなたにそんな決定権はあるの?』
『まぁ正直に言うと無いんだが、状況を伝えれば間違いなく陸側は撤退の決断を下すだろうと思っている。彼らもバカじゃない』
彼の言うことは間違っていないだろう。このままやり合っても、資産を無駄にするだけだ。別の機会で有効利用した方がいいのは間違いない。
『で、ここからは個人的なお願いなんだが……1対1で模擬戦をしてくれないか?』
少しの間、沈黙が支配した。
正直、自分もこの隊長の提案に驚いている。なんだろう、模擬戦と言いつつ、有利になったら実弾を使って騙し討ちをするんだろうか。そんな人ではないと思いたいが、最近の行動を見ていると否定が出来ない自分もいる。
その事が少し悲しい。
距離を取っていた各機が、敵味方の関係なく集結しつつある。
数分にも満たない時間だろうが、体感的には数十分が過ぎた頃、フェザー1が口を開いた。
『すみません、機器チェックに手間取りました。その提案を承諾します。こちらも消耗しているので、ヘッドオンで交差後、先に背後を取った方が勝利という形でいいですか?』
『ありがとう、それでオーケーだ』
沈黙の間に自然と編隊を組んでいた5機から、2機が離れ始める。
沈黙の間、きっと彼女の隊のメンバーからも色々な意見が出ていたのだろうと、勝手に邪推する。
右隣を飛ぶホーネットのパイロットと目があった。よく見ると、翼端等に被弾の後が見て取れる。ノズル先端がささくれており開度が違う事から、エンジンにも被弾しているに違いない。ホーネットの奥にいるトムキャットも、翼を最大まで広げており片肺飛行のようだ。どちらも満身創痍といった感じを受ける。
彼らはこちらを信頼して、自分達の隊長を送り出したに違いない。自分に出来る事は、うちの隊長が変な事をしないように祈るだけなのが切ない。
いや、手元には中距離AAMがある。もしもの時は……俺が手を下そう。この提案に乗ってくれた彼らへの、せめてもの感謝の証として。
『それでは、始めましょう』
『サラマンダー1、了解』
俺が隊長の真意を理解する間も無く、二つの飛行機雲が交錯し始めた。
***
『すまなかったな』
ザベレプにある空港へ戻る道中、隊長が口を開いた。
「こちらこそ謝んないと。俺、正直言って最後まで隊長を信じきれなかったです。模擬戦と言いつつ、騙し討ちするんじゃないかと……」
正直な心境を告白した。
自分が心配していた様な事は起こらず、無事模擬戦は終了した。
円と円が何度も交錯する、美しい空中戦だった。間近で見ていた自分は、いつの間にか口を開けっぱなしにして、その光景に見入ってしまっていた。
結果は、隊長の負けであった。
『はは……、まぁそう言われてしまっても仕方ないかもな』
そう言う隊長の口調は、憑き物が取れたかのような清々しい様子を感じさせる物だった。
「これからどうしましょうかね」
『まず、リスポーンした連中には直接謝るよ。落ちてる人にはメールとかで、すぐ連絡を取るつもりだ。今回は完全に俺のミスだからな』
「そうですか」
筋が通ってる対応だろう。
やはり元々、きちんとこう言うことが出来る人なんだろうなと思い直す。
『そしてから、一度みんなを集めて隊を解散させるつもりだ』
「……引退ですか?」
少し言葉に詰まり、その真意を問う。
『いや、そのつもりはないな。……正直、さっきの模擬戦は今までで一番、気分が高揚した瞬間だった。これは簡単には辞めれないよ』
「ははっ、でしょうね。見てるこっちも興奮して、色々やばかったです」
『ただ、謝っただけで許して貰える、なんて考えていないというだけさ。一旦リセットを掛けるという意味合いかな』
なるほど、確かにそれがいいかも知れない。どんなに誠意を込めて謝っても、それで水に流せるような人間ばかりじゃないだろう。
『君にもキツく当たってしまったな……本当に申し訳なかった。抜けて貰っても全然……』
「待った」
変な方向に先走り始めた隊長を制止する。
「何いってんすか、リベンジするんでしょ? 仲間外れなんて止めてくださいよ」
『……ありがとう』
眼下に広がる夕闇に染まり始めた海岸に、何か新しい事が始まる予感がした。