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第2話 とある歩兵の紫煙


 この一服こそが、至福の時だ。

 そう思いながら、ベースキャンプの傍らで紫煙を燻らせる。


 多人数参加型VRシューティングゲーム、Lazward online。実は喫煙家の間でこのVRゲームは話題になっていた。何故かと言うと、ゲーム内で煙草が吸えるのだ。もちろんVRなので吸った気分になれるだけではあるのだが、なにせガンになる心配は無いし、ニコチン依存もない。それでいて、その感覚は本物そのものである。

 昨今の禁煙ムードで居場所が無くなってしまった愛煙家達は、このゲームに活路を見出していた。逃げてきた、と言った方が正しいのかもしれないが、自分もそんな人間の1人であった。


「ちょいまち、後1本だけでいいから!」


 んな事言ってると置いてくぜー、とフレンドから言われてしまったため、まだ1分は吸えるであろう物を仕方なくその場に落として、足で磨り潰す。リアルであれば罰金ものだが、ゲーム内ではポイ捨てしても誰にも怒られない。ちょっとアウトローな仕草、これもロールプレイの1つだ。

 さて、今日も煙草代を稼ぐとしようか。ライフルを肩に掛け直し、俺は駆け足で今回の兵員輸送車となるテクニカルへと向かった。


「今日は廃墟に陣取る敵の掃討だ。2日前に行われた大規模戦の敗残兵掃討がメインになるだろう」


 目的地へ向かう車上で、隊長――パーティリーダー――が任務の概要を説明する。

 今回集まった人数は8名。半分ずつでアルファ、ブラボー班に分かれ、廃墟を挟撃する。実にシンプルな作戦だ。

 このゲームは無駄にリアルな作りとなっているため、ログアウトして拠点から再出発という事が出来ないようになっている。当然リアルでの都合もあるため、数分間交戦がなければ自分の都合でログアウトは出来るのだが、再度ログインした際にはその場からの再開となる。

 死亡した場合にはベースキャンプとして登録した場所からのスタートになるのだが、所謂死に戻りは選択肢としては選ばないのが普通であった。

 何故なら【痛い】からだ。

 ただし、特殊な例として兵員輸送車やAPCをリスポーン拠点として設定する事も出来る。

 今回追撃する相手はそんな、一生懸命自分のベースまで歩いて戻ろうとしている連中だった。


 周りの仲間を見ると、各自思い思いの武装をしていた。M4、SCAR、G3、あれはL85か……またマニアックだな。

 ちなみに自分が持っているのはAK-47、ゲリラ御用達の茶色いあれだ。安いし、壊れない。金欠の強い味方。今乗っているテクニカルにはぴったりな武器に思える。

 ただ、流石に対装甲車両装備を持っている人間は居なかった。まぁ、誰もあんな重い物を持ちたくはないし、今回の敵の人数は10人程。事前の偵察によると車両はいないとの事なので、総火力が下がってしまうのも宜しくない。

 装備では、各自が使いやすいものというのも重要な要素だ。実際に体を動かすのと変わらないため、使いにくい装備でリロードに手間取ってしまうようでは意味が無い。職業軍人のように、毎日訓練をしている訳ではないのだ。

 RPGの様に戦闘用スキル等という物は存在しない為、射撃精度や各動作はプレイヤースキルに依存している。ただし筋力についてはある程度の補正が掛かっている。そのため、体格によっての有利不利はそこまで存在しない。

 仲間で装備を揃えて弾薬を共通化すれば、その分融通が効いて戦力アップになるという考え方もある。ただ、今回のように野良で集まって行く場合にはそこまで制限が掛かる事は少ない。

 このリーダーとは何回か組んだ事があるが、そういう細かい所がないのが気に入っている。


「AK持ってるのは……なんだ、お前か。じゃあブラボーのリーダーを頼むわ」


「ほいほい、了解」


 1時間弱のドライブの後、車にブレーキが掛かった。ドライブとは言っても奇襲への警戒は必要なので楽では無いが、そんな時は同乗している仲間達と冗談を言い合うのである。

 自分はというと、車両の後部にてまた煙草を吹かしていた。ほら……ここなら副流煙とか関係ないし。


 車両から降りると、廃墟へ向かって歩き出す。兵員輸送車といってもBMP-2のように装甲や砲が付いた物ではなくてただのピックアップトラックなので、目的地から少し距離を置いて徒歩で向かう作戦だ。

 車両だってゲーム内マネーでは結構高価であり、派手な装甲がついてる物はそうそうお目に掛かる事がなかった。このゲームの歩兵戦は一番手軽な反面、一番稼げないのだ。

 ただし、一度戦車等を買ってしまえば一気に活路が開けるらしいというのは聞いた事がある。


 目的地まで1km程まで近づいた所で下車、双眼鏡持ちが草むらの陰から頭だけを出して索敵し始めた。草むらと言うより、高さ1mも無い垣根の様な低木だ。


「おかしいな……敵の姿が見えない」


「奇襲を警戒してるのかもしれん。物陰に隠れながら近付こう」


 そう隊長は指示し、全員が中腰で移動し始めた。

 建物は2階建てで道路沿いの左側にあり、周囲には中腰で隠れられるほどの茂みが散在していた。道路と並行し、建物を挟むように土手の様な傾斜がある。また、建物付近は丘の頂上になっているため、その先を知るには2階まで行くしか無いだろう。


「アルファは俺と来い、土手沿いに建物まで向かう。ブラボーは道路の建物反対側の茂みを進行」


 隊長へ了解と返し、ブラボー全員で道路を渡り、茂みの向こうへと身を隠す。

 一旦戦闘が始まってしまえばアドレナリンが恐怖心を抑えこんでくれるが、今はまだそれに支配されるがままだった。だが、この緊張感こそが戦場感を演出してくれるというものだ。


 建物まで10mまで近づいたが、依然と敵の気配は無い。

 隊長率いるアルファチームの4人は、1階ドア付近にて突入の準備をしていた。1名がドア左側に立ち、残りの3人が突入を行う。アルファが突っ込んでる間に後ろから襲われないように、ブラボーは周囲の警戒をするという流れだ。


「カウント、3……2……1……ゴーゴーゴー!」


 3人が建物内部へと雪崩れ込む。3人が突っ込んだ後に、ドア開け役の一人がそれに続く。銃声は響かない。

 1階クリア、の報告が聞こえて来る。ほんの少し安堵感を覚えるが、2階から急襲される恐れもあるのでまだ気は抜けない。

 無線から移動する雑音が聞こえてきた後に、2階クリア、との報告が入る。


「なんだよ、誤情報かよふざけんな」

「もうどっか行っちまったのかね? 情報おせぇんだよなー、いつもよぉ」


 まったくだ、などと同じチームの奴と話をしていたが、緩んだ空気はアルファからの報告で一気に様変わりした。


「敵タンク!! 2台、丘の向こう!!」


 無線から予想外の言葉が飛ぶ。なんてこったと道路を全速力で渡り、遮蔽物となる建物がある側まで移動。他の3人もそれについてきた。

 きっと残存兵の援護に来た連中だ。障害物に隠れていると思わせ、稜線の向こうで待ち伏せていたのだ。

 すぐに隊長から1階へ戻れとの指示があったが、直後建物2階の窓から轟音と共に爆風が飛び出してきた。

 榴弾だ。あいつら建物毎ぶっ壊すつもりらしい。少し建物から距離を取って隠れていたこちらにも拳大の破片が飛んでくる。至近弾だった為、爆音で耳鳴りがしていた。

 隊長から被害確認の指示が無線越しに飛ぶ。建物2階に居た2名がやられたとの事だった。超痛そうだ。勘弁願いたいと思うが、このままでは全員リスポーンは免れない。誰か対戦車兵器を持ってないかとチームメイトへ問いかけるが、皆は首を横に振るばかり。

 再度、敵戦車から砲弾が飛んできた。建物1階に命中し、爆風が周囲の粉塵を舞い上げる。

 

「隊長ぉ、どっかから支援受けれませんか?」


 と聞いてみたが、お前そのギャラは誰が払うんだ? と逆に無線で返されてしまった。

 なんと世知辛い、世の中全て金か。

 まあ航空隊へ支援なんて要請したら、燃料・弾薬・手間賃・その他諸々を請求されてしまうだろう。皆で出し合った所で、煙草も買えなくなってしまう。

 そんな事を考えている内に、3度目の砲撃。今度は時間差で2台が射撃をしてきた。再度爆風が舞い上がる。その初撃で建物はただのコンクリの塊に戻され、遮蔽物の無くなったところへ2発目が飛んできた。

 だが運良く建物が崩れた際の粉塵で狙いが外れたようで、背後の土手で榴弾が炸裂した。


 建物1階から飛び出してきた隊長から、撤退の指示が出る。生き残ったアルファの1人もそれに続く。

 そうと決まったらとにかく、目の前の砂埃が収まってしまう前に距離を取らなければならない。6人は戦車に背中を向けて、土手に舞い上がっている土煙へと移動を開始した。

 くっそ、まだ耳がキーンと耳鳴りを立てていやがる。

 榴弾の爆音での耳鳴りは収まらず、次第に音量を増している。しかも、今度は周囲の空気まで震えだした。

 それに違和感を感じると同時、高音を伴った爆音は風圧となって俺達6人を襲った。突然の事であったため、目を腕で覆ってしまう。

 そして風圧が砂埃を吹き飛ばした後、背後で2回の爆発音が轟いた。


 全員が共に顔を見合わた。まだ何が起こったか理解出来ていないが、戦車が居た方向からは黒煙が立ち上っていた。

 未だ轟音は響いているが、今は少し低音を伴った音に変化している。

 おいあれ……、と一人が空を指さすと、1機の戦闘機が翼端から雲を引いて旋回していた。尾翼に、羽根のマーク?

 あれは友軍機だろうか……なんでこの場所がわかったんだろう。そんな疑問が頭に浮かぶが、まぁ向こう持ちで勝手に援護してくれる分には有難い。とりあえず痛い思いをしなくてよかった、という事が嬉しい。

 酔狂な奴がいるものだ。そう考えながら、胸に仕舞っていた煙草を1本取り出す。

 火を付けながらステータス画面を確認すると、共闘ボーナスという事で少しだけ金が振り込まれていた。 


「ふぅ……うめぇ」


 羽根が書かれた戦闘機が、飛び去り際にこちらに翼を振って挨拶する。その様を見上げながら、俺は紫煙を吐き出した。





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