第21話 ラトパ防空戦1
「あっはっは! お前はホント肝心な所でしまらねぇな!」
メンテが終わり、再度ログインした瞬間に聞こえてきた第一声がそれだった。
抜けているという事に自覚は有るのだが、そこまで笑わなくてもいいだろうと少し頬を膨らます。
横に並ぶもう一人も、顔は俯いていてわからないのだが、肩を震わせてる事から笑っていることは明白だ。
「……っぷ! ごめんなさい、我慢出来ないです……!」
「もう、ナオまで……。もういい、行くわよ!」
文句を言いながら、ハンガー内で実体化させたままだったグリペンに架かる梯子に足を掛けた。
フライバイワイヤを採用している機体の為、エンジンが掛かっていない状態だとカナード以外の各動翼が重力方向に垂れ下がっている。キャノピーの開き方も横に開くという独特なものであり、それらの光景が新鮮な物に見えた。
コクピットへ乗り込んだ後にシステムアシストを使ってエンジンを始動させると、NPCによって機体は甲板上へと誘導されていった。
「フェザー1、発進します」
アフターバーナーを点火した機体が、カタパルトによって射出される。
いつもの感覚で軽く機体を引き起こそうと操縦桿を引いた時に、違和感を感じた。機体が軽かったのだ。流石はSTOL能力を持つ機体だと感心しつつ、高度を上げて行く。
キャノピーの左に空母を捉えていると、ジャックとナオも空へと上がってきた。
「各機、方位320へ転針の後にエンジェル15でエシュロンを組みましょう」
『『了解』』
進路変更を終えると、ジャック、ナオの順に右後方へと機体が並んだ。
ここで1つの大きな誤算が。
ナオがF-14Dに乗ると言った時に喜んでしまったが、自分が編隊長をするのであれば彼女の機体を眺める事が出来ないではないか。ずっと後ろを向いていたら、きっとリアルに戻った時には寝違えたような幻痛だけが残るに違いない。梯子や階段を登る時に、女の子を先に行かせる男の気持ちが分かった気がする。
ま、そんな下らない事は置いておいて。
「ここからは当分、空の旅ね。ウェイポイントを見ればわかると思うけど、まずストンリコへ向かった後にトンリコ湾を西北西に進んでラトパまで向かうわ」
『うーい』
『了解でーす』
「テンション低いわね、ジャック」
元軍人ということもあってか、ジャックはこちらの指示に対して、大抵は了解と返してくる。うーい、などという曖昧な返しは珍しい……と思う。
いや、少し自信が無くなってきた。
『あ、いやな。お前らが機体乗り換えとかしてるからよ。俺もどうしようかな、なんて思っちゃったりしてな!』
「ホーネットにしてから結構経つもんね。何かお目当てのはあるの?」
『んー、難しいわな。正直、お前も結構悩んだだろ?』
「そうね、艦載機っていう所がね……。あのアイテム拾わなかったら、今もトムキャットに乗ってると思う」
『アメリカさんの艦載機ってなると、スーパーホーネットしか選択肢ねーんだよなぁ……。F-35はちょいと手が出ないし、ラファールは……なぁ』
「デルタ翼は嫌い?」
『そーじゃねぇんだけど。フランス機はわからん!』
『お二人共、詳しいんですねぇ。私は何がなんだかさっぱりで……』
「普通の女の子はこんなの分かんないわよ。私が変なの」
『そーそー。マジで変人だと思うぜ』
「……あなたにそう言われると、なんか腹が立つわ。いいのよナオ、好きな物に乗れば。いつかこれってのが見つかれば、さっさと乗り換えちゃってもいいし」
『でも私、この猫ちゃん好きかもです』
右後方へ顔を向けると、F-4Eの時みたく左右に1回ずつロールをするF-14Dが見えた。気に入って貰えたなら何よりだ。
昔、母に「主役がかっこいいのよねぇ」と見せられた映画で初めて見た戦闘機。私はその俳優より、こちらのほうに目が行ってしまっていた。
それを眺めていた母に、血は争えないのねと遠い目で見られた記憶が蘇る。
「東側の機体でもいいんじゃない? フランカーとかフルクラムとか」
『あれ、何言ってるかわかんねーじゃんか。まぁ、慣れの問題だけどよ』
たしかに。スホーイやミグの警告音声はロシア語だ。
向こうの陣営に行ったらプレイヤーが分かる言語に翻訳するオプションが出るとの話を聞いた事はあるが、当分はそっちに乗る事は無いだろうなと思う。
そんな話をしている内にストンリコ上空、ウェイポイント5まで到達。
「次のウェイポイントへ向かうわ、方位300へ変更。ここからは海の上に出ないで進みます」
『いい判断だな』
『なんでなんですか?』
疑問を口にするナオ。うんうん、分からない事をすぐに解決しようとするその姿勢が好きだな、お姉さんは。
「北側は敵のテリトリーだし、海の上だと隠れる所が無いでしょ。湾の南も北も山だらけだから、陸から離れなければ奇襲されても対応出来るしね」
『湾自体はそう大きくはねえから、索敵はレーダーに任せればいいしな』
『なるほどー』
「そろそろレーダーを起動しながら進みましょうか。空の索敵はジャックに任せるわ。私は海上メインでやるから」
『了解、任された。ちょっと方向を変えながら飛ぶから、俺の居た位置にナオが付いてくれ』
こういう所こそ経験が大事だろうと思っている。どんな間隔で起動すれば探知されにくいのか、今度私も本格的に習っておきたい所だ。
レーダーの能力から考えるとF-14Dの索敵能力を活用したいが、ナオにはまだ少し荷が重い。
北へ機首を向けながら、F/A-18Cは隊列を離れていく。同時に、滑るようにしてF-14Dがこちらとの距離を詰めてきた。
それを確認した後に、コクピット前方に並ぶ3つのMFDの内、右側の画面を操作し始める。
MFD左に並ぶボタンの内、上から3つ目を押してレーダーを対地モードに変更。画面右下に長距離捜索モードを表すLRSの表示が出ている事を確認する。
レーダーの走査範囲が数回変わった後、目標が無い事を確認してからレーダーをオフにした。
「ナオ、暇じゃない?」
『いえいえ。ぶっちゃけ、きっちり横を飛ぶ為のスピード調節でいっぱいいっぱいです』
綺麗な編隊飛行というものは、意外と技術が要る事だったりする。同じ機種同士ならまだしも、巡航速度の違う機体なら尚更だ。
「今度、みんなでアクロバットやっても面白いかもね」
『いいですね、それ!』
そこに、索敵を終えたジャックが合流してきた。F-14Dの右後方に、ぴたりと機体を合わせてくる。
『俺ぁ、やんねーかんな。人に見られながら飛ぶのって、どうも性に合わねぇんだ』
『えー、いいじゃないですかー。やりましょうよー、ね?』
『あー、そういうのお兄さん弱いなー。まいっちゃうな』
ナオもジャックの扱い方がわかってきたようでなによりだ。最初にビクビクしてたのは何だったんだろうか……。
「ところで、マリーさん聞こえます?」
『はいはーい、お姉さんに何か用?』
彼女には、報告の為に事前にこのチャンネルに参加して貰っていた。今回の彼女の役割は、空母部隊と地上侵攻部隊との連絡役だ。
他にも護衛のイージス艦隊を指揮していたりと、意外と空母の艦長の仕事は多い。
彼女のような役割を買って出ている人間は少ないが、他にも東側の島嶼と、南部のタレク島の防衛役を担っている人がそれぞれ居るという事を以前に聞いた事がある。
「もうすぐラトパが見えてきそうです。今のところ異常無しですね」
『りょうかーい。一応、ストンリコにいる知り合いに応援お願いしてるから、何かあったら教えてねー』
「了解です。ちなみにネテアの方はどんな状況ですか?」
『現状は順調ね。地上部隊はラガメに到着したけど、特に何もなし。そのままネテアに向かってるわ』
その言葉に対して、ジャックが口を挟む。
『ちょっと待て、何も無しってどーいうこった?』
『そのままよ? 数回、小規模の部隊とぶつかったらしいけど順調に行程を消化してるわ。地上の援護はバンシー隊と他の艦載部隊がやってくれてるけど、そっちの妨害も今は見られないわね』
『……気に食わねぇな』
『どういう事ですか?』
『こういう大規模戦っていうのは、相手に告知されてる訳じゃない。だからこないだフィーがあんな事になったりしたんだが、大体の場合は何かしらの形で情報ってのは漏れるんだ』
「私みたいな事された人が口を割ったり……って事?」
『そうだ。他にプレイヤーは一杯いるからな、そういう事は普通にある事だ』
トーンの低い声で、ジャックは続ける。
『だからネテアが攻められるって事も、漏れてて不思議じゃない。だったら、攻められる所を固めるのが普通だろ』
『……気をつけてね。とりあえず、待機させてた部隊をそっちに向かわせるわ』
いつになく、真剣な声色が伝わって来る。
『あなたの考えが、杞憂である事を祈ってる』
『おう。もう一回哨戒に出てくるわ』
「ジャック、待って」
そう言い、機体を捻った彼を私は止めた。一度こちらにお腹を向けかけたF/A-18Cは、バンク角を元に戻す。
「3人で行った方がいいわ。会敵した時に、その方が足止めが出来る」
こちらが会敵する可能性が高まったのなら、そうした方が間違いない。
念の為に、スソクラア空港にも応援を頼んでおきたい。
「こちらフェザー隊のフィオナ。スソクラア管制、聞こえますか」
『こちらスソクラア管制、どうぞ』
「念の為に応援をお願いしたいのですが、そちらで出せる航空部隊はいますか?」
『ネガティブ。こちらに所属中の航空部隊、地上部隊は現在いません』
『ははっ、流石は不人気地域だな』
「……了解です」
空港で当てに出来るのは、NPCの防空SAMだけと言う事か。人気が無いのにも程がある、と胸の中で毒づく。現状で、周囲を航行中のAWACSも居ない。
「ジャック、こっちに敵の海上戦力が来る可能性って考えられる? 私は無いと思ってるんだけど」
『まず、ないだろうな。海の主戦場は東の島だ。スロキスに集まってるっていう話もあっただろ? そもそも、こっちに来るにはスソネポロペ半島を南から迂回してこなきゃいけねーからな』
スソネポロペ半島とタレク島の間は、もうこちらの懐と言ってもいい。そこを強行突破出来る戦力が動けば、こちらの耳にも情報は入ってくるだろう。
「同じ考えで安心したわ」
『注意すべきは北側だけでいいだろう。後、ここからの索敵はナオにやって貰おうぜ。敵が来る可能性が高いなら、発見は早い方がいい』
『了解です、やってみます!』
「お願いね。各機、方位340へ。ラトパ上空で待機します」
『『了解』』
マリーとの会話中に少し内陸側に進んでいた針路を修正し、再度索敵を開始する。
私達3人の間に、機体越しではあるのだが緊張を伴った空気が流れ始めるのを感じる。
その数分の後。この話を聞いた時から感じていた嫌な予感は、現実のものとなった。
『敵、発見しました! 数は……3機です!』