第20話 準備
「今のは早すぎるわ。次は、もうちょっと手前に引き付けてから撃つようにしてみて」
『ええー、今ので駄目なんですか? 良い感じだと思ったのになぁ……』
マリーゴールドへ移動した日の翌日、日曜日。サーバーメンテナンスが終わると同時に、次回の大規模戦の日時が告知された。
時刻は次の土曜、メンテナンス明けから。場所は予想通り、ネテアだった。
そこで資金稼ぎを兼ねてナオにミサイル戦の経験をさせようと、平日のログイン時間は毎日ラッティングに繰り出していた。
ミサイルを使用する戦闘というものは、ベトナム戦争において一度否定されてしまっている。
これは当時のミサイルの性能が低く、最終的にドッグファイトまでもつれ込んでしまうと言う背景があったためであるのだが、その後ミサイルの性能は飛躍的に上がっていき、当時考えられていた戦闘機のミサイルキャリアー構想は現代になってやっと実現出来たと言っても過言ではない。
だが、武器が発展すれば防具も同時に発展するものであり、チャフやフレア、ECM等の妨害手段、ステルス性能といった技術の発展によって、再びドッグファイトが主役になるだろうという意見も聞かれる。
F-35の一部の機種には無いが、それでも最新鋭機から機銃が外されないのはそういった理由の為だろう。
対NPC戦を終え、機をマリーゴールドへ向ける。
今週は殆ど、私がサポートに回る形で戦闘を行なってきたが、ナオの戦闘も大分様になってきたようだった。
「どう? 少しは慣れてきた?」
『そうですね、ミサイルを撃たれなければ結構楽なんですね』
「先制を取れるといいんだけどね。攻守交代の駆け引きとか、その辺が対人だと難しいのよね……」
『着弾までの時間でロックオン警報が鳴ったりすると、すごいドキドキしますよね!』
帰路を進む間、そんな会話をしながら時間を潰す。相変わらず空は群青色をしており、目視での索敵がしやすい天気だった。
現在、このゲームの舞台となる場所は乾季のようであり、雨天での出撃というのは未だに経験がない。
後、半年もすれば日本で言う梅雨のような気候になる筈だが、果たして私はそこまで飽きずに続ける事が出来るんだろうか。
横を飛ぶF-4Eは暇を持て余したのか、先程からくるくると左右へのローリングを繰り返している。
まるでリビングに寝そべる猫のようだ。名称から言うと、猫はこっちの機体なのだが。
「……見てると飽きないわね」
『ん、何か言いました?』
「なんでもない! さ、早く帰ってショッピングしましょ」
『はーい』
猫と亡霊はじゃれつきながら、家を目指して駆けて行った。
着艦後、マリーゴールドのハンガーで再び顔を合わせた私とナオは、先週の続きとばかりに再びショップの画面を広げる。
「もう大分、貯まったんじゃない?」
月曜から今日まで、5日間続けてやった事、また今のナオの機体がジャックからの借り物である事を考えれば、少し背伸びをした機体選択も可能だろう。
ただ、現状で使えるものが艦載機に限られるという事が、1つのネックだった。
「この金額だと、どのくらいまで買えるんでしょうか?」
自分のステータスウィンドウを可視化させて、こちらに見えるようにしてくれている。そこを覗くと、なかなかの金額が表示されていた。現在の私の全財産の2/3程だ。
「私のトムキャットや、ジャックのホーネットぐらいは買ってもいい金額ね……運用資金も余る感じだし」
「あれ? なんだろうこのインフォメーション……」
そう言ってナオが指差したのはインベントリウィンドウだった。そこに表示されていた文字は、先程の戦闘で新たにアイテムを入手した事を告げていた。
「ドロップアイテムね……話だけは聞いたこと有るんだけど、実際見るのは初めてだわ」
「ちょっと開いてみますね」
ナオが詳細ボタンを押すと、ウィンドウが開いて内容が表示される。
【AMRAAM搭載改修キット】
・特定機種へ、AMRAAMが搭載出来る様に改修を施す。
・機種によって改修範囲は異なり、外見、機体名が変更となる場合もある。
・適用した機体を損失した場合はショップにて同仕様の機種を再度購入可能だが、ベースとなった機種と同費用での購入は出来ない。
・該当機種は以下の通りとなる…………
「凄いの手に入れたわね……」
「そうなんですか?」
「今、ナオが使ってるスパローってあるでしょ? あれを進化させた物がAMRAAMっていうミサイルだと思ってくれていいわ。スパローと違って、撃った後に自分が方向を変えても勝手に追い掛けてくれるし、射程も命中率も良い。ぶっちゃけ、これが使えるならどの機体でも一線級よ」
説明文の該当機種一覧に目をやると、ナオのF-4Eと私のF-14Dの名前も入っていた。ただ、どの機種にも使える物では無い様であり、上げられている機種名は多くはない。
「ナオ、トムキャットに乗ってみる気ある?」
言葉の意図が分からないようで、首を傾げるナオ。
「私ね、ちょっと乗ってみたい機体があったのよ。もし乗る気があるなら、店売りの半値で譲るわ」
多分、このアイテムを最大限に活用出来るのはF-14Dだろう。AMRAAMが使えるようになれば、どのレンジに於いても回避行動が取れるようになる。半値でと言ったのは、タダで譲ると言うと、彼女の事だから遠慮してしまうのではないかと思った為だった。
まぁ、F/A-18Cに乗りたいというのならそれでも良いし、どちらにしても隊の戦力が上がるのは確かな事だ。
「ホーネットと比べた時の、トムキャットの利点と欠点ってなんですか?」
「一番の利点は、射程が長い事かな。AMRAAMがあれば、死角無しって言ってもいいんじゃない? 欠点は対地兵装が少ない事かしら」
頭を二度、三度と左右に捻りながら考え込むナオ。良い傾向だと思った。
自機の利点と欠点を考えて、それに合った戦い方をする。そして、相手をこちらの土俵に引き摺り込む。
機体選択の時点から、ある意味戦いは始まっていると私は思っている。
数分考えた上で、彼女の出した結論は。
「わたし、トムキャット乗ってみます!」
作戦通りの答えだった。
やった! これで何時でも、外からF-14Dを眺める事が出来る! そんな考えを浮かべながら、心の中でガッツポーズを浮かべる。
「オッケー、じゃあこの機体はあなたに譲るわ」
ハンガーメニューを操作し、機体の所有権を彼女に譲渡する。同時に、彼女からゲーム内マネーが振り込まれた事を確認。
「まいどありー。じゃあ、私も新しい機体買おうっと」
「何買うんですか?」
「んー、明日までの秘密にしようかな?」
とは言いつつ、はやる心を抑える事が出来ずに購入の手続きを行う。
そして、私も実は入手していた、ナオの物とは違うとあるアイテムをそれに使用する。
宜しくね、新しい相棒君。
メニュー内に表示された機体名に向かって、そう呟く。
「……フィオナさん」
「ん?」
「顔……ニヤけすぎてて……なんか、怖いです」
***
翌、土曜日。
サーバーメンテナンスによるダウンタイムの1時間前、最終確認を行うために私達フェザー隊の3人は顔を合わせた。
食堂を使っても良かったのだが、ダウンタイムに入ってしまった場合に再ログイン後の行動を素早くする為に、今回はハンガーの片隅に集まっていた。
ダウンタイム、つまりメンテナンスに入ってしまうと強制的にログアウトされてしまう。それが空の上でも例外はなく、その場合はメンテ終了後によほど素早くログイン出来ないと墜落するのは確定してしまう為、まだ他のプレイヤーも出撃はしていなかった。
「それじゃ確認ね。今日の目的は、トンリコ湾沿いに西へ進んでラトパ周辺の偵察。そこで1時間待機の後に、ヒュー達を応援しにネテアへ向かう。各自、会敵の後は自由に反撃していいわ」
「了解です!」
「オッケー。ところでフィー、機体変えたんだって?」
「情報、早すぎない? なんか気持ち悪いんだけど」
「ひでえなオイ! 俺の名誉の為に反論しておくが、ナオがF-4Eを返してくれたその時のメールのやり取りで教えて貰ったんだよ」
ありがとうございました、とジャックに向かってペコリとお辞儀をするナオ。
「なんだ、そういうこと。それじゃお披露目しましょうかしら」
ハンガーメニューを操作し、機体を実体化させる。
「悪びれる様子もねえ。ナオ、なんとか言ってやってくれよ……」
「わ、わたしからはなんとも……」
光沢のある半透明なポリゴンがエフェクトと共にハンガー内に現れ、そこにテクスチャが貼られていく。
単発のエンジンを擁したその機体は、デルタ翼と呼ばれる特徴的なその主翼、その主翼前方の空気取り入れ口にカナードという遊動式の補助翼を持っていた。
機体のジャンルは以前に乗っていたF-5Eと同じ軽戦闘機ではあるが、最新式のアビオニクスやミサイル搭載能力を有している。
JAS39 グリペン。
開発国の特殊な環境から生まれた戦闘機であり、短距離での離陸能力や整備性が重視された戦闘機だ。
「なんか、今まで見た飛行機に比べるとちっちゃくて可愛いですね」
そんな感想を漏らすナオの横で、一人訝しげな表情をしているジャック。
「なぁ……これ、グリペンだよな」
「ええ、グリペンよ」
「俺が知ってるグリペンって、陸上機なんだが」
「これね、"シーグリペン"なのよ。こないだ、ナオとラッティングしている時に拾った【艦載改修キット】を使ったら、これが出て来たの」
「えー、そんなの拾ってたんですか!?」
驚きの声を上げるナオ。
ごめんね、ちょっと驚かせて見たかったの。
シーグリペンと呼ばれる艦載型は、グリペン New Generationと言われるJAS39E/F型を艦載出来るように改良したものである。
機体下部のハードポイントの増設、スーパーホーネットと同じエンジンへの換装、主脚位置の変更、レーダー等のアビオニクスの更新といったE/F型の改良に加え、着艦に耐えうる主脚への変更、アレスティングフックの追加、カタパルトへの対応、腐食対策が行われている。
「ほぉー、そんなの有るんだな。てか、このゲームも守備範囲が広いな。その内、Xナンバーとか出てくるんじゃねーか……?」
「なんか、出した人は居るという情報を掲示板で見た事あるわね。出現条件がよくわからないみたいだけど」
「ちっと用心しなきゃいけねぇかもなぁ。で、お前はまた猫なのな……」
なんで、と言い返そうとして言葉を飲み込んだ。
グリペン、つまりスウェーデン語でのグリフォンは翼を持った獅子である。ファンタジーなモンスターのアレだ。
「……そこまでは考えてなかったわ。猫は確かに好きなんだけど」
「ほんとかよ? 前に乗ってたタイガーⅡといい、猫だらけじゃねーか」
「意外と可愛い趣味なんですね……」
「お、そんな事してる内にメンテまで後10分だぜ。お前らは何持ってくのよ」
いけない、もうそんな時間なのか。新機体に乗り換えてうきうきしていた気分を引き締めなければ。
今回はあるとすれば、対空戦闘が殆どだろう。3人共に装備ウィンドウを可視化状態にして、ミサイルの搭載位置を色々と試す。
もし艦船がいたらラトパ西のスソクラア空港で対艦兵装に変えればいいし、位置だけ知らせてネテアに向かうのもいいだろう。下手にイージスなんかに手を出したら、返り討ちに合うのは火を見るより明らかだ。
様々な組み合わせを試した結果、翼端にAIM-9Xを2つ、翼下にミーティア空対空ミサイル2つとAIM-120Cを2つ、機体下に増槽を2つという組み合わせとした。
「……ナオはアムラーム4つとフェニックス2つ、フィーはミーティアとアムラーム、俺は……まぁアムラームぐらいしか選択肢が無いが」
「結構バランスいいんじゃない。まずナオに牽制して貰ってから、私のミーティア。それでも飛び込んで来たら、全員でアムラームね」
「3人いると、やっぱ心強いな。ミサイルの本数的に」
そうね、と顔を合わせながらジャックとナオ、それぞれの目を見る。
「それじゃ隊長さんよ、締めの言葉を頼むぜ」
「……そういうの、柄じゃないんだけど。まぁ、いいわ」
空に飛び立ってしまえば、隣を飛ぶ彼らだけが頼りだ。逆に、彼らも私の判断を頼りにして飛ぶ訳であり、そこにはゲームとはいっても一つの絆が生まれる。
リーダーシップというのではないのだが、こういうものも気分を盛り上げるためには必要だろう。ソロで飛んでいた頃も良かったが、こういうのも悪くない。
「それじゃ……今回は偵察だから何が起こるかわからないけど、私から言える事は一つだけ」
こちらを見るジャックとナオが頷く。
「必ず、生きて帰りま」
【サーバーダウンタイムに入りました。】
突然、暗くなった目の前にそう表示が浮かぶ。
「……しょう」
ナム戦時の話ですが、ドッグファイトが多かったもう一つの理由としてはIFF不良による味方への誤射が多く、交戦規定に目視での確認が追加されたからという事もあったそうです。
シーグリペンちゃんは、これを書いている時点で設計が完了しているみたいですね。問題はどこが買ってくれるのかと言う事……。
世界平和は願って止まない事ですが、新しい武器が見れなくなっちゃうのも悲しいという矛盾……!