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第19話 作戦会議


「今のは奥過ぎるわ。次は、もうちょっと手前に接地するようにしてみて」


『ええー、今ので駄目なんですか? 良い感じだと思ったのになぁ……』


 空母マリーゴールドの斜行甲板から、上昇するF-4Eを仰ぎながら指示を飛ばす。ヘッドセットから聞こえる声が、カタパルトから離陸をする機体達の激しいジェットエンジンのノイズでなかなか聞き取り辛い。無駄に再現されている洋上の湿度から来る不快感にも文句を付けたくなる。

 が、それらも巨大な鉄の翼が醸し出す迫力の前には、些細な物の様に思えてしまった。


「後10回、タッチアンドゴーやったら本番行きましょ!」


『ひぇー。ところで今のって何回目でしたっけ?』


「んーと、15回かな?」


『ふふふ……やっちゃります、やっちゃりますとも!』

 

 ナオと出会ってから1週間後の土曜日。彼女には平日のログイン時間を使って基本的な操作を教え終わった為に、今日はジャックを含めた三人でスロパ島からマリーゴールドへと移動を行なっていた。

 私はジャックと共に先に空母へ降り、ナオの着艦練習を見守っていた。


「あー、ナオちゃん聞こえる? ジャックお兄さんだよー」


「変なおじさんからノイズが出ているけど、気にしないでね」


『あの……ジャックさんって、いつもこんな扱いなんですか?』


「ひでえだろ? ナオからも一言、言ってやってくれよ!」


「いいのよ。このおじさんはすぐ調子に乗るんだから」


 と、隣に立つジャックを肘で小突きながら言う。


「フィーも偉くなったなぁ。いいのか? お前の初めての着艦で足折ってた事、言っちゃうぞ?」


「もう殆ど言ってるじゃない、それ」


『……ふふっ』


 今日はずっとこんな調子だ。

 ジャックの私に対する弄りはいつもの事だが、お陰でナオとジャックの距離感は大分縮まったような気がする。会った初日は相当ビクビクしてたように見えたが、既にあまり気を使わなくても良さそうな雰囲気になっていた事で、正直安心していた。


「しっかし、筋が良いな」


「ほんとね。私、初めての時って結構怖かった覚えがあるんだけど」


「ん、なんかその台詞ってたまんねえな。もっかい言ってくれる?」


『フィオナさん、着艦フックで引っ掛けて落としましょうか?』


 ランディングアプローチに入ったナオが、そんな事を言う。だが、そう言いながらも安定した姿勢を保ちつつ高度を下げてくるF-4Eに、思わず感心してしまう。


「いいわね、それ。出来たらもう免許皆伝でいいわよ」


 目の前の斜行甲板に一瞬だけ車輪が接地し、タイヤのスキール音とゴムの焼ける匂い、排気煙臭を残す。

 F-4Eはすぐさまアフターバーナーを点火し、高度を上げて行った。


「うんうん、ちゃんと出来てるわね。実際にワイヤーを引っ掛ける時も、バーナーに点火するのは忘れないでね。失敗した時に海に落ちちゃうから」


『はーい』


「やべえな、マジで出来ちゃいそうなくらい上手くなっちゃってるのがやべえ」


 横から聞こえるはずのその声が背後から聞こえたので、不審に思い辺りを見回すと、隣にあった影はいつの間にか艦橋に寄り添うように佇んでいた。


「リアルの経験者から見てそういう言葉が出るんだから、あの子も相当よね……」


 本当に、飲み込みが早いというかなんというか。

 航空機の操縦は経験というものを蔑ろに出来るものではないが、それでも持って生まれた空間認識能力や自分を客観的に見れる能力という物が占める割合は大きい。

 これが空中戦になれば尚更だ。水平に飛ばす事は努力でなんとかなる部分も大きいが、相手との距離や姿勢を正しく、素早く認識する能力は早々と身に付く物ではないだろう。

 正直羨ましい……などと考えていると、そこに割り込んでくる声が聞こえた。


『フィオナちゃーん、今だいじょーぶ?』


「どうしたんですか、マリーさん」


『ナオちゃんの練習が終わったら、みんなで部屋まで来てくれないかなーって』


「分かりました。後、30分ぐらいしたらそちらに行きます」


『おねがいねー』


 相変わらずの癒し系ほんわかボイスに、先程までの軽い嫉妬のような気持ちが綺麗サッパリと吹き飛ばされる。

 その代わりに、部屋に呼ぶ……という行為に前回の偵察失敗が結び付いてしまって嫌な予感が頭をもたげるが、首を振って無理やり振り払う。


「ナオ、さっきの聞こえた? 後、2回やったら終わりにしましょ」


『はーい』


 アプローチの為に再度距離を取るF-4Eが、翼端から雲を引きながらキレのあるフォーポイントロールを行うのが見えた。




 ***




「今日、集まって貰ったのは他でもない。……いやーん、これ言って見たかったのよねぇ!」


 目を細めて、両頬に手を当てながら腰をくねらすマリー。

 ハリウッドな映画とかで耳にした事があるような台詞だが、こういうのは世界共通なんだろうか。

 余談だが、ここでマリーとの初めての顔合わせとなったナオは、例に漏れず彼女の可愛いベアハッグを受ける事となった。


「司令官っぽかった? ぽかった?」


「いや、すげえどうでもいいわ……で、わざわざ呼んだのは何なんだ? 人に聞かれたくない話なんじゃねーかと、邪推しちまうんだが」


 呆れながらマリーに問いかけるジャック。


「ま、そんなに深刻な話じゃなくて、単純にあなた達の意見を聞きたかっただけなんだけどね」


 右目でウインクしながら、マリーは続ける。

 彼女の机の上には、このゲームのマップが広がっていた。表面に紙の様なテクスチャが貼り付けられたそれは、同様にそれを再現しているとおぼしき物理演算処理によって端を揺らしている。


 このゲームの地理は、大まかには東部に広がる島嶼と、北西部から南に向かって伸びるアイナクラブ半島、南部のタレク島といったものに分けられる。またアイナクラブ半島は南北の中間で、西から伸びるトンリコ湾によってほぼ分断されているという形をしていた。

 トンリコ湾で隔てられたアイナクラブ半島の南半分は、スソネポロペ半島と呼ばれており、その中央にスリポリトがある。そこから北東部、スソネポロペ半島と本土を繋ぐ所にストンリコ、更に東には首都のネテアが存在していた。


 机を囲むように立った私達4人は、思い思いに身を乗り出した。


「こないだ、みんなのテンションが予想外に上がっちゃった結果として、スロシ島は荒野になっちゃった訳だけど」


 地図の中央から少し右にあるネテアを、マリーは指し示す。


「そうなると次の大規模戦は首都のネテアになると予想しているの」


 それに対して、妥当だろうなとジャックは顎に手を当てながら相槌を打つ。


「で、スロシ島にいた敵の人達はどこ行ったかっていうと、どうやらスロキス島に集まってるらしいの。主に海側の人達が」


「スロキス島……でもあそこに行くぐらいならネテアにも港は有る訳だし、普通は次の防衛拠点に近い方に向かうと思うんだけど」


 そう言いながら、地図中央から少し北、ネテアの北北東に位置する島に目を落とす。


「スロキスは北に空港、東海岸中央に港があるな……とはいえ、海上戦力をスロキスに集めてるとしたら、次にぶつかるのは地上と空か。ネテアの空港は規模が大きいから、ネテアとストンリコの中央にあるラガメ辺りで当たりそうだな」


「でも、あそこってここに来る前にヒュー達と一緒に戦ったところよね?」


「ああ。あん時は少し攻め入ったんだが、ネテアまで辿り着けなかったと聞いている。今はまたストンリコ付近まで押し戻されちまってるみたいだな」


 その言葉からすると、ヒュー達はずっと最前線に出ているのだろう。彼らの事だから、ここぞとばかりにごっそり稼いでいるのかもしれない。

 きっと、また一緒に行動することになるだろうし連絡を取っておこう……と考えていると、今まで口を開いていなかった少女の声が聞こえた。


「あのー……こっちの方って、なんかあったりしないんでしょうか?」


 そう言って、ナオはネテア西側にあるトンリコ湾を指し示した。湾と言っても、ペルシャ湾の様に細長いものが、東西に伸びているといった感じだ。

 また、外洋からの入口付近で非常に細くなっている部分があり、そこには橋が架かっている。


「鋭いわね、ナオちゃん!」


 マリーは、両手をぽんと合わせた。

 そのおちゃめなボディランゲージに相反して、先程の嫌な予感が再度頭をもたげ始める。


「こっちのほうね、今までは殆ど戦闘という戦闘って起こってなかったのよ。なんでだと思う?」


「本土側から攻め込むに当たって、スソネポロペ半島へ行くルートってこの細くなってる……ラトパか? この街から北に伸びる橋を使うか、ストンリコ側から行くかしか、選択肢って無ぇんだな」


「南から橋を渡って行っても、その先は山ばっかりなんですね。後、そもそもですけど、みんなで橋を渡ってたら狙われちゃいそうですね。……面倒くさそうです」


 アイナクラブ半島の左半分をぐるっと指をさしながら、マリーが続ける。


「そう。どっち側からも進軍し難くて、誰ともマッチングしない超不人気地帯なのよ、ここ。だけどね、抜かれると非常に厄介な場所でもあるの」


 話の結論に入ろうとするマリー。

 彼女の次の一言で、私の予感は現実のものとなった。


「でね、フェザー隊にはこの地域の警戒をお願い出来ないかなって」




 ***




「どうしたんだよ、そんな暗い顔して」


 マリーの部屋から空母の食堂へと移動した私達三人は、椅子に腰を下ろしてジャックが持ってきてくれた飲み物に口を付けていた。


「前ね、墜ちた時。あの時もこういう風にマリーに呼ばれて、お願いされたのよ……」


 ああ、あん時か、と言うジャックに対して、話が飲み込めず目を丸くするナオ。


「ナオに会うちょっと前なんだけどね、墜とされて酷い目に合ったのよ……」


「酷い目ですか?」


 苦痛を与え続けて、有利となる情報を聞き出す。あれはまさに、拷問と言って然るべき行為だろう。ただその行為が運営に認められている以上は、どんなに文句を言っても彼らの介入は無い。

 私の場合は体のだるさという現実世界への影響が出た訳だが、過去に同様の経験をした人達も似たような現象を訴えていたと聞いている。しかし人格への影響等といった、それを上回る影響が出たという報告は未だに無い為、数度提出されたとされる改善要求が呑まれた事は無かった。

 その理由は明白で、そこを変更するということは、他に凡百とあるゲームとの差別化が出来なくなってしまうからだ。

 いい機会だから、詳しくナオに説明しよう。


「……と、こういう事もあるから気をつけてね」


「……そんな事があったんですね」


 ナオは顔を顰めた。その表情は、相手への怒りから来るものなのか、行為への嫌悪感から来るものなのかまでは判断が付かないものだった。


「まぁ、こればっかりは気をつけようとして出来るもんじゃねぇけどな。結局、墜ちないのが一番ってこった」


 どこか悟ったような事を言いながら、ジャックは背もたれに体重を掛けて椅子の前部を浮かす。


「で、さっきのマリーの話だけどどうすんだ?」


「まぁ、変なデジャヴを感じちゃったのは確かなんだけど、私は受けてもいいかなって思ってる」


 大規模戦が始まれば、その裏を突いて敵が動くという事は考えられる事だ。もし何事も無いのであれば、その足でヒュー達を援護しに向かってもいい。

 その考えを説明すると、二人共に同意を頷きで返してくれた。


「決まりね。金曜の夜にもう一度ミーティングして、土曜の動き方を考えましょ」


 さて、今回の動きは吉と出るか、凶と出るか……。





今回は地理説明が入っていますが、文章だけだととてつもなく分かり辛いですね……。

スリポリト北北東、ストンリコから西に伸びる湾の、一番細くなってる所がこれからの目的地になります。

各都市の名前から、勘の良い人はもうどの辺なのか分かっていそうですね。一応、この話は実在の国をモチーフにしています。詳しくはまたおいおい……。

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