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閑話 フォーリングリーフ3

「あん時はなぁ、わしももう駄目かと思ったよ」


「うへぇ。俺も似たような経験ありますけど、流石にそれは怖すぎる」


「じゃろじゃろ!」


 またもや奈央を置いてきぼりにして、2人のアフターバーナーは全開だ。

 今日も曾祖父は舌好調である。佐々木家が今まで、男の子に恵まれなかったというのもあるのかも知れないと、遠い目をしながら奈央は思う。


 その時青い機影が一つ、滑走路に飛び込んできた。

 零戦に比べるとずんぐりとした単葉機。F6F ヘルキャットだ。主翼の左右には、縦に黄色い太線がマーキングされ、尾翼には死に神の鎌が描かれている。

 その姿を見ていた三郎は、固まっていた。


「……? どうしたの、おじーちゃん」


 ハンガーから滑走路を見つめる三郎を案じて、奈央は声を掛けるが反応はなかった。


 忘れるはずもない。

 僚機を、三郎の体から自由を奪ったあの機体を。

 速度を奪われた後、機体限界に迫る急降下でも振り切れずに、自機へ機銃弾を放ったあの機体を。


「……ねえ、おじーちゃん!」


 その声で、ふと我に返る三郎。

 鮮明に蘇った記憶の残滓を振り切って、三郎は告げた。


「2人共、ちと今日も我が儘に付き合って貰えないかの」




 ***




「ちょっといいかの、そのヘルキャットの模様なんじゃが……」


 ヘルキャットを降りたパイロットに、三郎は話しかけた。

 ジャックより少し若い感じだろうか。その男は突然の問いかけに、少し不思議そうな表情を浮かべた。

 同様に、奈央も不思議そうにその2人を見る。三郎の武勇伝は昔から何度も聞いてはいたのだが、正直ヘルキャットと呼ばれたこの機体の話は奈央の記憶にはなかった。

 それもそのはずで、三郎は武勇伝は語っても、自分の被撃墜の事はあまり人には話していないのだ。


「ん? これは俺のじーさんが乗ってた機体と同じですね。まあ、戦争で死んじゃったらしいから、本当かどうかわかんないんですけど。この尾翼のマークもそう」


 尾翼を指さしながら、三郎にそう告げるヘルキャットのパイロット。

 戦勝国だろうと最後まで生き残れるとは限らない現実に、三郎は自らの幸運を噛みしめた。


「そうか……のう、一つ頼みがあるんじゃが、わしと戦って貰えんかの」


「何言ってるの、おじーちゃん!」


 突然の三郎の申し出を、奈央は慌てて制止する。ほらいくよ、と三郎の手を引っ張り始めた奈央だったが、ジャックはそれを優しく引き離した。


「止めて下さい、ジャックさん! ほら、ジャックさんからも……」


 ジャックの服を掴み、奈央は懇願する。


「落ち着け、ナオ。もうちょっと待て」


 その時、ヘルキャットのパイロットは口を開いた。


「んー、俺は良いですけど……そっちの機体はゼロですか」


「ああ、そうじゃ」


「このゲーム、本当に痛いですから模擬戦という形でも構わないですかね?」


「もちろんええよ、ありがとう」


「それでは、同高度で交差後からと言う形でやりましょう。無線周波数はこれで」


「そんな……」


 勝手に進む話を止める事が出来ずに、奈央は呆然とした。

 奈央の両肩に腕を回しながら、一言だけジャックが口を挟んだ。


「その回線、俺らも参加させて貰うぜ」


 当事者の2人は整備兵にペイント弾の装填を告げて、それぞれの機体の準備を始めた。


「何で止めないんですかジャックさん!」


「あれは止めちゃだめだ。お前の爺さんの為にもな」


 叫ぶ奈央に対して、冷静な目で返すジャック。その視線に奈央は、少し気圧されてしまう。


「……おじいちゃん、勝てると思いますか」


 奈央は目に少し涙を浮かべながら、ジャックに問う。


「どうだろう。機体性能はヘルキャットの方が数段上だが、旧日本軍機の性能はこのゲーム内だと現実より上がっているからな。ガソリンの質だとか要因は色々あるが……」


 考え込むジャック。

 その辺を勘案しても、多分ヘルキャットに軍配が上がるだろう、というのが彼の本音だ。なにせ当時のキルレシオは20:1なのだ。

 だが、それは戦争という状況が生み出したものであって、1対1で正面からぶつかった時の勝敗にどのくらい影響してくるのかは分からない。


 2機の星形エンジンが唸りを上げ始め、エプロンが騒音に包まれ始めた。


「追いかけるぞ。俺が機体を出す」


「いえ、わたしが出します。わたしが、見届けます」


 ハンガーメニューから実体化したファントムに2人は乗り込み、奈央はAPU始動を告げた。

 断続的なレシプロの排気音が遠ざかっていき、そのすぐ後に甲高いジェットの排気音が続く。


 その光景を見て、口元を歪ませながらエンジンを始動する影があった。




 ***




 Lazward online上で最東端の島、スオキ島。

 そこから更に東へ10kmの海上が、模擬戦の舞台となる。


 高度10,000ft、速度250マイル。

 少し先行するファントムを先頭に、三角形の編隊を組んでいた3機が動き出した。


『パワーのある俺が距離を取ります』


 そう告げて、零戦から距離を取り始めるヘルキャット。スプリットSで反転し、しばらくの後に上方へ半ループ、所謂インメルマンターンを行い高度を取り戻した。

 一方の零戦は、そのままの方角に飛び続ける事で距離を取る。


『こういう風に、落ち着いて人の動きを見るのってなかなか出来ないからな。勉強させて貰えよ、ナオ』


『はい』


 ジャックの言葉にそう答えたものの、奈央の頭は不安や心配で支配されていた。


『少しだけ高度を取った方が、全容が見やすい。エンジェル11だ』


 もう少し気持ちを整理をする時間が欲しい所ではあったのだが、無情にも開戦の合図がなされる。


『行きますよ!』


『了解じゃ!』


 2機の影が交錯し始めた。

 ヘルキャットが大きな旋回半径を取る一方、零戦は小回りを生かして果敢に食いついていく。もう少しで零戦の射線に入ろうかという所で機体を翻し、そのパワーで巧みに零戦の射程外に逃げていった。

 ヘルキャットの機体は零戦に比べて大きい物であるが、エンジンパワーは零戦の倍以上を有する。それゆえ、このマッチングであったならヘルキャットは一撃離脱を行うのがセオリーだ。

 その様子を見て、ジャックが呟く。


『あいつは紳士だねえ』


『どういう事ですか?』


『ヘルキャットの距離の取り方だよ。わざわざ自分のエネルギーを減らして、出だしで差が付かないようにしやがったんだ。おまけに旋回戦に付き合ってやがる』


 相手の土俵に乗ってあげた上で、勝つ。これは相手を愚弄しているのではなく、勝った時に自らの満足感を最高まで高める為の行為だ。

 特にこのような模擬戦であったなら、自らの性能をアピールするチャンスでもあるだろう。


 機体の差は明白だった。

 ヘルキャットが直線的に動く度に、2機の差は明らかに広がっていく。

 その時、ヘルキャットが大きく上昇。零戦もそれにつられて高度を上げようとする。


『あ、まずい』


 ジャックの声と同時にヘルキャットは下方へのループを行う。そのまま2機は、今までの平面的な動きから立体的な動きへとシフトした。

 離れていた2機だが、2回目の大きな縦ループに入った時には攻守が入れ替わってしまっていた。

 零戦の弱点は、急降下時の速度制限が大きい事だ。

 機体が分解しないようにする為には、どうしても下降時のループ半径を大きくしなければならない。引き起こし時の抵抗で速度をコントロールしながら小回りも出来ない状況に陥り、あっと言う間にヘルキャットが距離を詰めてくる。


『撃ってくるぞ!』


 ほぼ垂直降下から機体を引き上げたその時、ヘルキャットのブローニング機関銃6丁が火を吹いた。機体強度を生かして、一気に機首を引き上げて射線を通したのだ。

 それに合わせて、零戦は左方向へ垂直になるようなロールを行った。コクピットの少し上を回転軸にするようにして、機体が右に一瞬だけ横滑りする。機体後部を狙った銃弾は、胴体の左横をすり抜けていった。

 そのまま零戦は左方向に大きくドリフトしながら、速度は変えずに高度を下げる。揚力を意図的に無くして、機体を自由落下させたのだ。

 パイロットからは、一瞬で目の前から消えたかの様に見えただろう。その動きに対応出来ずにヘルキャットは零戦をオーバーシュートしてしまう。

 一瞬だけ機首を上げる零戦。プロペラの回転に同調して発砲炎が光り、そこから放たれたペイント弾は、引き起こしを続けるヘルキャットの主翼に吸い込まれていった。


『こちらジャック、被弾を確認した。勝負あり、だな』


 試合の終了を告げるジャック。


『これがフォーリングリーフ……いや、良い経験させて貰いました』


 ヘルキャットから通信が入る。

 軍配は、三郎に上がった。試合終了の声と共に、水平飛行へと移るヘルキャット。

 だが零戦は旋回を止めず、再度高度を取り始める。


『おじい……ちゃん?』


 間もなくジャックは、レーダーの変化に気付いた。レーダー上の機数……3。


『なんかこっちにくるのがいるぞ。おい、そこの機体、聞こえるか』


『ジャックさん、右前方!』


 そこには、黒い十時マークと灰色の斑模様が描かれた機体があった。

 ジャックの問いかけと同時に、その機体の主は共通回線に割り込み奇声を上げる。


『七面鳥撃ちだぜえええええ!!』




 ***




『あの機体は何だ!?』


 ジャックが叫ぶと同時に、その機体の主の声が聞こえてくる。


『おう、そこのファントムは指くわえて見てな!』


 スオキ島の周辺は、同世代の兵器同士でしか戦えないように制限がかかっている。接触判定はあるが、制限対象に対しては火器が使用禁止となる。

 その為、ジャックと奈央の駆るファントムからは攻撃が出来ない。

 無論、向こうからの攻撃も入らないのだが、その言葉から不明機の目的は明らかだ。


『ここは敵も味方もない、バトルロイヤル区域だぜ! そんなとこにペイント弾で飛び出したのが悪いのさ!』


 くそ、とジャックは毒づく。

 彼もここのローカルルールには詳しくない事もあり、そういう扱いになってるとは露程も知らなかったのだ。

 折角の試合に水を差され、ジャックは苛立ちの表情を浮かべた。


『わたしがやります! この空域さえ出られれば!』


 マスターアームを入れながら叫ぶ奈央。

 だが、そこにヘルキャットから制止が入る。


『すみません、こいつは俺の獲物です。奴は賞金首なんですよ、色々とやらかしてるようで』


 ははは、と彼は笑った。まるで、この事を分かっていたかのような口振り。だが、ヘルキャットも零戦も丸腰でどうするというのか。

 奈央もジャックも疑問に思い、それを口にしようとした所で三郎が口を開いた。


『ふむ……それならわしも助太刀致そう!』


 目に疑問符を浮かべるジャックがコクピットのミラー越しに見えた。奈央も同様の顔をしており、同じ表情で2人は見つめ合ってしまう。


 零戦を追いかけ始めるヘルキャット。


『わしが攪乱するから、お前さんがやってくれんか。何か、手が合るんじゃろう?』


『了解、そちらも余裕があったら射撃を』


『わかった!』


『かかって来いよ……野良犬!』


 2対1とはいえ、牙の抜かれた豹では勝ち目がないだろうというのに、自信ありげにヘルキャットのパイロットは言った。


『とりあえず……見守るしかねえな』


 自らの無力さに、奈央は唇を噛みしめた。




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