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第17話 鬼ごっこ

 金曜日。いつもの時間にログインしてナオと待ち合わせた私は、彼女に一つの提案をした。

 昨日、とりあえずではあるが空戦機動を教えたので、その復習も兼ねてと考えての事だった。


「今日は、鬼ごっこしましょうか」


 鬼ごっこ? と首を傾げる彼女に、言葉を続ける。


「私が先頭で、ナオがそれを追い掛けるの。昨日までやってたことは、まっすぐ飛んで、地面と平行に旋回をして、着陸して……と飛行機を飛ばす為の基本的なことだったけど、今日はもうちょっと踏み込むの。つまり、私を"殺す"為の動きよ」


「殺す……んですか。」


 彼女は少し怯えた表情を見せた。


「そう。戦闘機って、"敵を倒す"事と"乗っている人を守る"事に特化した乗り物なの。凄く洗練された形をしているでしょ? 機能美ってものよねー」


 その機体が作られた時代背景は色々あり、製造した国によって様々な姿形はあるが、突き詰めると戦闘機の機能というのはその2点に集約されるだろう。

 不安げなナオの顔を見て、少しフォローを入れる。


「そんなに深く考えなくていいのよ。要するにこれは、ごっこ遊びなんだから。遊び、だけで括っていると痛い目に合うこともあるけどね……」


 そう言いながら、ウインドウ内のハンガーと書かれたボタンを押し、愛機を選択する。ハンガー内に、主翼を最大後退角度まで下げたF-14Dが現れた。


「ほらほら、そんな暗い顔をしないで! ボクシングとか剣道とか、ああいうスポーツぐらいに考えればいいのよ。本当に死んじゃう訳じゃないんだから!」


 この説明の半分は当たっているが、もう半分は嘘だ。

 半端な覚悟で飛んでいると痛い目を見る、というのは先日の被撃墜で思い知った。

 だけど、そういう部分は後々覚えていけばいいと思う。今は何より、空を飛ぶ楽しさを知って欲しい。


 ナオが口を開いた。


「あの……敵を倒すって、どんな感覚なんですか?」


「テレビゲームよ。倒す分にはね」


「なんだか、怖いですね……」


「その感覚は正常だと思うわ。色々経験して、色々覚えていけばいいのよ」


「わかりました」


 そう言ったナオは、F-4Eの前席へと向かう。

 その姿を見送ってから、私もF-14Dのコクピットにぶら下がる梯子に足を掛けた。



 ***




『フェザー隊、クリアード・フォー・テイクオフ』


 管制からの許可が出る。


「ナオ、先に上がって。ここの滑走路幅だと、同時の離陸はちょっと難しいから」


『了解です、フェザー3発進します!』


 先に滑走路へ進入していたF-4Eのジェットエンジンが唸りを上げ始める。

 この1週間ずっと練習していた為に、もう彼女の離陸もこなれたものだ。アフターバーナーが点火された機体はどんどん速度を上げ、スムーズに地面から足を離す。すぐに車輪を格納したF-4Eは、そのまま左旋回を行いながら高度を上げていった。

 その様を横目に見ながら、自分も滑走路へ進入する。

 細かい形式張った手順が面倒に感じたため、一時停止を省略してそのままアフターバーナー位置へとスロットルを前進させた。

 ナオ同様に、離陸後すぐに左旋回を開始。レーダーのスイッチを入れてナオの位置を確認した後、機速を上げ続けて彼女を追いかけた。




 高度20,000ft、スロパ島南の沖合30マイル。ここなら、敵機に邪魔される事も無いだろう。

 お互いに今回はミサイルは搭載しておらず、機銃弾のみだ。その機銃も今回は使わない予定だが。

 念のためレーダーを作動させて周囲を確認したが敵性航空機は無く、探知範囲ぎりぎりの所を味方機が1機飛んでいるだけであった。


「この辺でいいかな」


 左後ろを飛ぶナオを見ながら、呟いた。


『フィオナさんを追いかければいいんですよね?』


「そうよー、しっかり付いて来てね。付いて来れた時間次第で、ご褒美上げるわ!」


『ほんとですか!? よーし!』


 無邪気な声を上げるナオに、頬が少し緩む。


「それじゃ私の合図の後、あなたがそれを返したタイミングで始めましょ。マスターアームオン。レーダーを入れて機銃を選択。でも、撃たないでね」


『了解です!』


 その返事の後、私は翼を左、右と一回ずつ傾ける。

 バックミラーに映るF-4Eに注視すると、同じように動かす彼女を確認した。


「いくわよ!」


 スロットルを80%の位置からアフターバーナーへと叩き込む。

 じりじりとF-4Eが遠ざかるのがミラー越しに見え、同時にレーダーロックの警報が響き始める。

 距離が少し離れた所で左に旋回を開始する。地面に対して機体を垂直にした後、5G程になるようにしながら操縦桿を引く。

 上半身を傾けれるだけ傾けて、ナオの機体を探す。後方、機体の形がぎりぎり判別出来る距離で確認出来た為、その機首の方向に注目する。

 F-4Eの機首が自分の進行方向へ向きかけたと同時に、機体を180°右側に傾けて再度旋回を始める。


「ナオ、分かる? こういう旋回を繰り返すのがシザースっていう動きなの。右や左に行ったり来たりして相手の射線から逃れたり、速度調節してオーバーシュートを狙ったり、色々出来るのよ」


 再度F-4Eの機首がこちらを捉えようとする所で、今度は更に90°右にロールをして、背面飛行に移る。そのまま操縦桿を引くと、視界に映る海の比率が増えていく。背面飛行状態から重力方向に半分だけの宙返りを行った後、機体は水平を取り戻す。

 それについてこようと同様の動きをするF-4E。ナオが水平を取り戻した所で、説明開始。


「今の動きがスプリットSよ。これは高度が下がる代わりに、速度を得ることが出来る動きね。そして真後ろへ方向転換が出来る。低高度でやっちゃうと地面とキスしちゃうから、気をつけてね」


 今度は思い切り操縦桿を引き、垂直方向へ機首を上げる。HUDの角度表示が90°を超えてもなお操縦桿を引き続ける。ああ、空が綺麗だ。

 頭の上には海が広がり始め、90°を超えた表示は70°、50°と数字を減らしていく。そして正面に水平線を捉えた所で、背面状態の機体を左側にロールさせて、水平飛行に移る。


「これがインメルマンターン。上に上昇し続けて半分宙返りした所で、水平飛行をする機動ね。さっきのとは逆に、速度を犠牲にして高度を得るの。綺麗な垂直ループじゃなくて、斜め方向に上昇するのはシャンデルっていうものになるわ」


 無線からは、はあ、はあ、という荒い息遣いが聞こえる。少し機首を上げて後ろを見ると、大分遅れてF-4Eが下から上がってくるのが見えた。

 この辺かな、と思う。上昇して速度を失っている今なら丁度良いだろう。何度も練習したバレルロールに移ろう。

 上げた機首はそのままに、操縦桿を左手前にゆっくりと引く。同時にスロットルを半分ぐらいまで落とすと、旋回の空気抵抗で更に機速は下がり始める。

 ナオの機体姿勢を確認しながら、バレルロールの開始だ。空と海が、ぐるっと反転していく。正面にあるHUDで機体姿勢の確認をしながら、ナオのF-4Eを交互に見る。

 ロールで高度が下がり、機体が水平に近付いた所で、ナオが背面飛行に移った。

 今だ。

 こちらを追い掛ける為と思われるその挙動を確認した所で、エアブレーキを掛けて操縦桿を思い切り手前に引き、機首を一気に上げる。失速警報がコクピットに響き渡るのを聞きながら、スロットルをアフターバーナー位置へ押し込む。

 すぐに警報は止み、そこでスロットルを90%へ戻してからエアブレーキを解除。今度は操縦桿を押し込むと、翼から剥離しかけていた空気の流れが、再び取り戻される。

 体が浮き上がる感覚と同時に、上を向いていた機首は水平へ戻る。マイナスGで浮き上がった血液で、少し視界が赤くなる。

 レーダーがナオのF-4Eを捉える。HUD上にナオが映り込み、その上にはロックサークルが表示されていた。うん、見事に決まった。

 私を見失ったらしい彼女は、緩やかに右旋回を始めた。それに離されないようにミリタリー推力へと上げて、後ろを追い掛ける。

 機銃の射撃位置を示すピパーと彼女が重なった所で、私は終わりを告げた。


「はい、撃墜。ナオはお星様になりました。合掌」


 見てくれはキリスト教徒なのに、こういう時に心の中でつい手を合わせてしまうのは、もう如何ともし難い。

 まだ無線からは荒い吐息が聞こえる。

 無理に付いて行こうとすると、どうしても力が入ってしまうのは仕方がない。場数をこなして冷静な判断が出来るようにするしか無いのだが、まだ私もそれが出来るかというと怪しい所だ。


『はぁ……はぁ……後ろ……なんで……』


「ちょっと一息入れましょ。しばらく水平飛行するから、付いて来て」


『了解……です』




 息を整え終えたナオが口を開く。


『最後のあれですけど、いきなり視界からフィオナさんが消えちゃって、その後、ロックオンの警報が聞こえてきて……何が起きたんですか?』


「ナオが水平を取り戻す前に、バレルロールに移ったの。半周した所でそれに反応したナオが見えたから、そのまま機首を起こして無理やり失速させたのよ。そしてあなたは私を追い越してしまって、私はあなたの後ろに付いた」


『わかったような、わからないような……ああいう時ってどうすればいいんですか?』


「オーバーシュートしちゃった場合は、とにかく相手の射撃コースに入らないようにするのが一番ね。スプリットSで加速しながら方向転換とか。さっきの場合だと、上に逃げるのは駄目ね。お互いにスピードを失ってる状態だったから、とにかく加速して機銃の射程から逃げるとか、そのままシザースっていう方法も出来無くはないかな」


『難しいです……』


「そうね。こうされたらこうといった、絶対的な答えは無いからね。そもそもミサイルがあれば、さっきとは違う対処になるでしょうし」


『空戦って頭脳戦なんですね。もっとこう、根性でなんとかする物かと思ってました』


「だから面白いっていう部分はあるわね。ところで飛びながら色々解説しちゃったけど……わかった?」


『はい! さっぱりわかりません!』


 たはは……仕方ないか。

 今回は各機動を解説しようと思ってなるべく個別に行うようにしたが、実際には色々と複合して動かす事が殆どだ。インメルマンだ! なんて、必殺技の様に使う事なんて無いと言って良いだろう。

 

「ま、これも慣れよ。あなたは、カンが良いからすぐ色々出来るようになると思うわ。それじゃ、方位0に向けて帰りましょ」


 そう言った矢先に、ナオから信じられない言葉が飛んできた。


『フィオナさん……RWR、でしたっけ? 何か印が出ているんですけど……』





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