第16話 新人
「本当に有難うございました! 改めまして、わたしナオと言います」
T-4の横にいた少女が、機を降りた私の元へ駆け寄ってくる。歳は私より下……だろうか。黒髪を少し長めのボブにしており、若干丸顔の愛くるしい顔立ちだ。
「いえいえ、どういたしまして。それより、初めてで着陸出来たんだから凄いわ。私なんて何度落ちたかわかんないし」
「そうそう、こいつはいつも消火剤にまみれてたからな!」
わはは、と豪快に笑うジャック。それに驚いて、少し私の方に寄ってくるナオ。
その様子を見て、まだしていなかった自己紹介をする。
「私はフィオナ、フェザー隊の隊長よ。隊って言っても、私達だけなんだけどね。で、こっちのおっさんはジャック。よろしくね、ナオちゃん」
ナオと握手する私。ジャックも同様に手を出すが、怖がられているようで踏ん切りがつかないようだ。
「ご、ごめんなさい……あまり男性と話をするのが得意じゃなくて……」
「いいのよ、こいつはほっといても」
「おい、そりゃねえだろうよ……泣いちゃうぞ?」
「きもっ。それ、次言ったら銃殺刑ね」
「あ、そういうこと言う? じゃあナオちゃんに昨日の事言っちゃうぞ?」
「そ、それは恥ずかしいからやめて……」
そのやり取りを最初はぽかんと口を開けて見ていたナオであったが、そのうちにふふっと微笑み出した。
その様子に、少し安心する。
「ところで、どうしてあんなところを一人で飛んでいたの?」
単純な疑問をぶつけてみた。
今回の大規模戦闘はこちらの一方的な形で幕を閉じたから良かったが、場合によってはあの場所も戦場になっていた可能性はある。
だが「実は……」とナオが切り出した会話で、その理由が明らかとなった。
「最近見たドラマが、戦闘機を題材にしていて……それで、興味が出たっていう単純な理由なんです。説明で練習機ってなっていたし、ドラマでも見た事があった飛行機だったのでT-4を買って飛び出しては見たものの……」
「なるほど……私も見たことあるけど、あれ結構面白いわよね」
「ですよね! って、あれ? フィオナさんって日本の方なんですか?」
「え、フィーそうなの? 金髪だし、俺はてっきり同じ英語圏の人間だと思ってたぜ。道理で時間が合わない訳だな」
当たり前ではないか。この私はどっからどう見ても日本人……に見えない外見であったことを、すっかり失念していた。
自分が周りからどう見られているのかに無頓着なのは、もう消しがたい癖だ。
私の父は純日本人なのだが、母はヨーロッパ系の白人なのだ。つまりハーフ。まぁ生粋の日本育ちなので英語はまともに話せないし、むしろ苦手科目かもしれない。リアルでも、仲良くなる内に何故か残念がられる事が多々ある。
ああ、この分だとヒューとかマリーにも色々勘違いさせてそうだ。マリーはもしかしたら知っている可能性はあるのだが。
なんか話が逸れてしまった。少し軌道修正しよう。
「ナオちゃん、今日が初めてって言ってたわよね。初日で結構大変だったと思うんだけど……このゲームどう?」
初日であれば被撃墜といった、このゲームのハードな部分まで足を踏み込んではいないだろうが、すべての感覚が現実と余り変わらないこのゲームにおいて、初心者が空の上で一人ぼっちになる孤独感、恐怖感は相当なものだろう。
それでこのゲームが嫌いになってしまっても仕方がない。そう思って、疑問を投げかけた。
「空の上は綺麗だったんですけど、それよりなにより一人ぼっちで心細くて。だけど、あそこでフィオナさんの声が聞こえてきた時には、本当に安心して……嬉しかったです」
よかった。
正直、彼女の経験は第一印象としたら最悪だろう。糞ゲーと判断されてしまっても仕方のないレベルで。
そこで、一つの提案をしてみた、
「もし、今後もやってみたいって思っているんなら……、一緒にやらない? これやってる女の子って少なくて、寂しいのよ」
「え、いいんですか? わたし何もわからないから、足手まといにしかならないと思いますけど……」
「その辺は色々教えるわ。でも、無理になんて言わないけど……」
ウザがられてしまったかな、と言ってから少し反省する。ただのおせっかいであるのは誰が見ても明らかだ。同性の友人を増やしたい、というのは本音ではあるのだが。
それに対して返ってきた答えは……。
「是非、是非お願いします! わたしももっとフィオナさんみたいに、ビュンビュン飛んでみたいです!」
是非、と来たか。あんな経験の後なのに、度胸があるというか……。
でも、予想を裏切る嬉しい答えだった。
「ありがとう。これからよろしくね、フェザー3ちゃん」
そうして、再度ナオと固い握手を交わした。
「よし、それじゃ早速買い物に行きましょ! T-4じゃ戦えないからね。あ、機体仕舞っといてね、ジャックー」
ナオの手を引いて、ハンガーへ走り出す私。
「おーい……って、いっちまったよ。俺とは握手してくれないし……」
***
早速、ハンガーで機体の物色を始める私達。二人してホロウィンドウをスクロールさせながら、機体を漁る。
「あ、この子まるっとしてて可愛い!」
「イントルーダーかぁ。たしかに可愛いんだけど、対地攻撃がメインなのよねぇ」
「てことは、飛行機には攻撃できないんですか?」
「自衛用の短距離ミサイルぐらいなんじゃないかなぁ……あ、ところで、お金って今どのくらい持ってるの?」
「えーと、ここですかね?」
そう言いながら、ナオは自分のステータス画面を見せてくる。初期金額から、T-4の分を差し引いただけの数値を、それは示していた。
「うーん、これじゃあまりいいのは買えないわね……。私がちょっと出すから、少し戦闘向きの機体にしたほうがいいわね」
いいんですか?というナオに、いいのいいのと返す。これで少しは候補も広がるだろう。
だが、ちょっと出すと見栄を張ったはいいものの、ほんとに"ちょっと"でしか無いため、あまり高性能機は買えない。墜として買い直すことも考えたら、あまりいい機体を勧める事も出来ない。
2人でウインドウを動かし続ける。ナオのステータス画面の金額表示は、1機だけであるならばイーグルの初期型を購入できる程の金額を示していた。その金額から考えて、候補となりそうな機体をリストアップする。
「……F-1、F-4E、F-5E、Mig-21 bis、F-16A、Mirage 2000、Mig-29A、こんなところかしらね。ドラケンとかもいいかも」
「うーん、どれがいいんだろ……」
「見た目で選んじゃってもいいわよ。私が対空、ジャックはどっちも出来る機体に乗っているし」
そこまで言った私は大事な事に気付いた。ここの認識を合わせておかないと、ちょっと面倒な事になってしまう。
「ごめん、ちょっと嘘ついたかも。嘘って言うのはちょっとアレなんだけど……今、私達って空母のお世話になっているのよ」
「空母って、大きな船ですか?」
「そう、飛行機が乗るサイズのね。それに乗るためには、専用の飛行機でないとだめなの。今言った中だと、ファントムかな。Mig-29にも艦載出来るバリエーションはあるんだけど……ちょっと高いかな」
そう言って、F-4Eの説明画面を開く。もっと安い機体であればクルセイダーやデモン、スカイホークにコルセアⅡと言った機体もあるが……。
逆に、さっき話の中で出て来たイントルーダーは選択肢に入るだろう。対地専門でやっていくのならば、だが。
シュペルエタンダールは近代化されているらしいので、使えるかもしれない……っと、今はそれが本筋じゃなかった。話を戻そう。
「後ね、その空母の艦長さんって女性なのよ」
「へぇー。結構いるんですねえ、女性の方って」
「私達以外の女性プレイヤーって、私の知ってるのはその人だけなんだけどね」
あの人にこの子を会わせると、どんなことになるのかは大体想像が付くのだが、そこは棚上げしておこう。
「最後に1つ、空母への着艦は難しいのよ。大きい船っていっても、この滑走路に比べたら全然短いの。これらを踏まえた上で、空母に行くかどうか考えて欲しいな」
うーん、と顎に手を当てながら考え始めるナオ。
彼女がどんな選択をするにしろ最大限のサポートはするつもりだ。だが、先程初めての着陸を経験したばかりで、空母に行きたいというようには思えない。
陸側で再度活動するにはどこを拠点にしようか。サイクロプスにも連絡して、一緒に行動してもらうのもアリかもしれない。次の大規模戦は陸側になるだろうし、丁度いい。
そう私の気持ちは勝手に進んでいたが、彼女から発せられた言葉はまた、私の予想を裏切るものだった。
「わたし、空母行きます! その艦長さんにも会ってみたいし!」
***
私達は翌日から時間を合わせてログインをして、着陸の訓練を始めた。
色々と機体を物色はしたものの、ナオにはまだ購入しないように伝えていた。というのは、いつ気が変わっても良いようにと思ったからだ。
だがそんな心配を他所に、彼女はどんどん上達していく。流石、一人で飛行機を飛ばして、サポート付きとはいえ初めての着陸をこなしただけある。その思い切りの良い操縦は、傍から見ていても気持ちの良い物だった。
これが天才型というものなのだろうか。一人で飛ばしては墜とし、救援のタクシーを呼んでいた私には彼女が眩しく見える。
日曜から始めた着陸訓練であったが、その3日後の水曜には既に危なげない様に出来るようになっていたため、そこで「機体、購入しよっか」と提案した。週末に行う予定の移動までに、新機体に慣れるためだ。
彼女が選んだのはF-4だった。無難な選択だと言えるだろう。
そこで一つの事を思い出した。ジャックが昔乗っていたという事に。
水曜のログアウト前に、彼に機体を譲って貰えないかとメッセージを飛ばすと、翌日のログイン時にはナオのハンガー内へとF-4Eが贈られていた。
余分な一言と共に。
「あ……あのっ、メールに『バーカ』って書いてあるんですけど……フィオナさん宛に」
「はぁ? 何あいつ、ふざけてんの?」
基地の食堂でそんな会話をしながら、ナオのウインドウに表示されているF-4Eのスペック表を二人で覗き込む。
ふむふむ、アメリカ空軍機で、ファントムの中で最後まで生産されてたモデルとな。へー、いろんな国で使われてるのねぇ。ファントムって機銃付いてないって聞いた事あるけど、これには付いてるのね。
……あれ、空軍機?
「……ほんと、ごめん。超、嘘言ったかも。これ着艦出来ないんじゃ……」
「あ、でもここに『主脚換装済み』って書いてありますよ?」
「あ、ほんとだ。着艦可能とも書いてあるわね」
「いいんじゃないですかね?」
「……まぁ、いいか」
お礼のメッセージを書いているナオに、これからは実践訓練にしようと告げ、その日は一日、空戦機動を色々教えた。
初めて乗り込む複座機の後席NPCに「ひ、人がいる!」と驚いたり、高G機動でふらふらになって「ふにゃー」と機体から降りてきたりと、木曜は今までで一番ハードな日だったかもしれない。
そして金曜日、私はあることを考えながらログインしたのだった。