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第12話 反省会


 ストンリコ上空での戦いを終えた私達フェザー隊は、一度スリポリトの空港へ降り立ち、給油を行った。帰路での予期せぬ交戦も考えられる為、同時に兵装の補充もした。そこでヒューとバンシー1――彼はダスティという名前だそうだ――に別れを告げ、再度私達は空へと舞い戻った。


 ジャックの言っていた反省会はスリポリトでは行われなかった。マリーゴールドで行うのだろう。だろうというのは、まだ私はジャックにその言葉の真意を聞けずにいたのだ。

 マリーゴールドまでのウェイポイントを消化していく間、私達が言葉を交わす事はなかった。それはとても気まずい時間であり、今まで行ったどんな戦闘よりも精神を消耗したように感じられた。


『フィーから降りていいぞ』


 マリーゴールドへ近付いた私に対して、そう言うジャック。それに了解とだけ返答をし、空母後方から電子的に伸びるグライドスロープへと向かう。

 着艦訓練を行なった成果もあり、アレスティングフックは見事に3番ワイヤーへと掛かる。普段なら心の中でガッツポーズぐらいはする所なのだが。

 続けてジャックのホーネットも着艦。彼もきっちり3番ワイヤーを捕えていた。

 そのまま私達は機体をエレベーターへ向かわせ、空母内のハンガーへと格納した。


「上手くなったじゃねーか」


「……ありがと」


 コクピットから降りてきたジャックに対してそう返答をするのだが、言葉がそれ以上続いて出て来ない。

 なんとか目を合わせようと顔を上げるのだが、ジャックも気まずそうな表情を浮かべ、すぐに目を逸らされてしまう。

 ハンガー内には私達以外のパイロットはいなかった。まだみんな出撃中なのだろう。

 そこでゆっくりと呼吸をしてから、意を決して口を開いた。


「ねえ……」


「……おう。さっきは怒鳴って悪かった」


「私も、一人で突っ込んで作戦を無視しちゃったから……」


 ジャックがあんなに声を荒げた事は初めてだったが、それは私が無茶な行動をしたせいであるという自覚はしている。だが、それだけの事で感情を表に出す、という事が引っかかっていた。

 いくらリアルな感覚があるとはいっても所詮ゲームだし、無茶をして失敗したのならそれはそれで笑い話だ。それだけである筈だ。

 意図を探ろうと、質問を飛ばした。


「でも、あそこまでムキになる事はないんじゃない?」


「すまん。これは……本当に個人的な事なんだが」


 下を向き、右手で後頭部を掻きながら言う。


「俺は、元軍人なんだ。前にホーネットに対して懐かしいってつい言っちまったが……。乗ってたんだ、本物に」


 顔を上げ、私に向き直して彼は続ける。


「その時、同じ隊にいた奴がな、ほんとお前と似たような無茶する奴でな。……曲芸紛いなことばっかりやって、困った奴だったよ。よく怒鳴って止めさせたもんだ。整備の人間にも、マイナスG掛けるんじゃねえって言われたりして、いつも喧嘩してやがった。……だが、腕は良かった」


 マイナスG云々は自分にも心当たりのある行為であったので、余り人事に思えない。少しだけ視線を泳がせてしまう。


「そうだったの……。彼はまだパイロットを?」


「……あれは、俺の母国が対テロ戦を始めた時だった。あるミッションでCAS任務中だったんだが、うっかり俺達は高度を下げ過ぎた。テロ組織がSAMなんて配備する金はねえと思ってたんだ」


 思いがけない話の展開に、私は息を呑んで言葉を待った。


「敵が撃ってきたのはスティンガーだった。テロだなんだって騒がれる前、俺らの国はその組織に武器を供与してたんだけどよ、それをまだ持っててな……。自分の国の武器だぜ? 皮肉なもんさ。で、SAMが狙ったのは俺じゃなくて、俺の後ろを飛んでいたそいつだった。楽勝で逃げ切る、なんて大口叩いたのに結果はMIA、作戦行動中行方不明だ」


 口元で笑みを浮かべるが、その目は笑っていなかった。


「まあ、他にも色々あって俺は軍を抜けた。……もう忘れたつもりだったんだがな」


 ふう、と溜め息をつく彼に、誤解を恐れずに言う。


「未練タラタラじゃないの。……でも、そもそもゲームなのよ、これ。ゲームなんだから楽しみなさいよね?」


 その言葉にジャックは目を見開く。

 私は決してその墜ちた彼の事を軽く考えているのではないし、そもそもこれをプレイしながら父の背中を追っているつもりになっている私自身、割り切っていると言えないような気もする。

 ただ、この話を聞いたからといって私が薄い同情をしても、彼の心の傷が癒えることはないだろう。


「……そうだな、リアルの持ち込みはマナー違反だったな」


「そうそう。まぁ、私は簡単には墜ちないから、安心して後ろを飛んでていいわよ?」


 現実ではとてもこんな事を軽々と言う性格ではないのだが、こいつとの会話だとこういう台詞が次々と出て来てしまうのは何故だろうか。


「お前なぁ……。それよりバカ、なんだよあれ。なんで突っ込んでったんだバカ」


 そこで会話の攻守が交代させられてしまった。さり気なく2回バカと言われたが、いつものジャックが少し戻ってきた事に安心し、敢えてそこには触れなかった。


「笑わないって約束する?」


「内容次第だな、言ってみろよ」


「……キレちゃったのよ」


 ぽかんと口を開けるジャック。


「今までソロでずっと飛んでて、目の前で味方が落とされるのって初めてだったの。無線聞いてたら、頭に血が上っちゃって……。スリポリトの時は、そんな事無かったのだけど」


「……ははっ、お前おっかねえわ。無茶ばっかするようだったら俺が1番機になるって言おうと思ってたが、後ろで手綱を引く事にした。何より、お前の前を飛びたくない」


 失礼な。人を見境無く襲うバーサーカーのように言うなんて。

 だが、そう言ったジャックの目は、いつもの輝きを取り戻していた。


「これだけ約束してくれ。次に無茶する時は、俺に一言言うこと」


 そう言いながら、ジャックは手を差し出す。


「そしたら、お前のケツは俺が守ってやる」


「私のお尻をずっと眺めるつもりなら、お金を頂こうかしらね。高いわよ」


 私はその差し出された手を強く握り返した。




 ハンガーでの会話を終えた私達がブリーフィングルームに入ると、そこには人だかりが出来ていた。

 同時に館内放送が響き渡る。


『これより、次回レイドミッションのブリーフィングを行います。お時間のある方は、ブリーフィングルームまでお越しください』


「あ、フィオナちゃん、ちょうどいい所に! 来たわよぉ、次の大規模ミッション!」


 ユルい声が、部屋の中心にいるマリーから発せられる。

 ブリーフィングルーム内の壁にはプロジェクター用のスクリーンがぶら下がっており、そこには大規模ミッション予定地の地図が表示されていた。

 その地図の中心にある、スロシという名の付いた島が次の戦場となるのだろう。

 それを眺めている内にいつの間にか部屋内の人数は増え、廊下まで溢れるほどになっていた。


「それでは、人もだいぶ来たし始めましょうか」


 自然と周囲を沈黙が包み始め、人だかりは部屋に並んでいる椅子や壁際に落ち着いた。


「艦長のマリーです。さて、もうスクリーンを見て粗方の状況は確認しているでしょうが、再度説明するわね」


 いよっ、姐さん! と誰かが囃し立てたが、それに対して「はい、うるさくすると海に落としちゃうわよー」と真顔で窘めるマリー。おっかない。


「最初のスリポリトでは海側の出番があまり無かったのだけど、今回は島の争奪戦。必然的に私達の比重が大きくなります。別にこの空母はギルドとかじゃないので、私から各飛行部隊に命令する事は余り無いのだけど……。もし私達と一緒に動きたいって隊がいるなら、その人達の為にこれからの船の動きを説明するわね」


 マリーは懐からレーザーポインターを取り出し、それをスクリーンに照射する。いや、正しく言うのであれば、懐から取り出したのはレーザーポインター付きの拳銃なのだが。解説の為とはいえ、そんなものをぐるぐる振り回す様は非常に恐ろしい。


「今居るとこはここ。スロシ島の南南東に位置する、スロパ島の沖ね。ミッション目標となるのはスロシ空港の奪取と、そのすぐ北にあるリポムルエ港の占拠になります」


 そう言って、南北に長いスロシ島の東側沿岸中央にある港と空港を指し示す。


「私達はまず、揚陸部隊の艦艇とスロシ島西の沖合で合流します。揚陸部隊はスロシ島の南西に上陸後、島を北東の方向へ進軍、空港占拠の後にリポムルエ港へ移動します。その為、私達は揚陸部隊の護衛の後、島の南側を回りこんでリポムルエ港へ移動します。これが大まかな流れね」


 マリーの説明が終わり、再度部屋内は思い思いの会話で満たされる。

 施設占拠の為には歩兵の存在が欠かせない。歩兵がリスポーンポイントを占拠して初めて、そこの陣地は陥落したと言える。その為、まず第一で優先されるのは上陸部隊への支援になるのだろうが……。


「誰か、現状の敵戦力を把握してるのか?」

「俺らが見た限りだと、地上兵力は少なめだが航空機と艦船は多そうだったぜ」

「具体的な数はわかんねーのか?」

「そりゃ、始まってみねーとわかんないだろうなぁ……」

「どうするよ。地上支援、対艦攻撃、制空権の確保、やることいっぱいあるぜ」


 マリーは、咳払いを一つして続けた。


「今はまだ情報が少ないわねぇ。ひとまず、私達の動きに関することは以上よ。ここにメーリングリストを貼っておくから、もし些細な情報でも手に入ったら流してくれると助かるわぁ。作戦開始は来週土曜だから、それまでみんなで準備しましょ」


 マリーが壁に手をかざすと、そこに紙切れが現れる。そこに触れればゲーム内メールでメーリングリストが使えるようになるのだが、その紙切れとしか表現出来ないモデリングの手抜き具合に何とも言えない脱力感があった。


「それじゃ今日の所はこれでおしまいね。全員、解散っ! あ、後でフィオナちゃんは私の部屋に来てねぇー」


 その言葉と同時に、部屋にいる全員の視線が私に集まった。


「おい……聞いたかおまえら」

「百合か、俺得すぎる」

「ちょっとトイレ行ってくる」


 ……なぜそうなる。





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