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第10話 ストンリコ制空戦1


 先日の初着艦は見事失敗に終わってしまった為、1週間を掛けて発進と着艦の練習をみっちり行なった。

 最初の2日はやはり危なっかしい状態が続いたが、後半の3日間でなんとか形になってきた。着艦時には3番目のワイヤーへフックが掛かることが理想とされているが、その成功率は大体60%ぐらいには上がったと思う。

 一応、あれ以来機体の破損もしてはいない。


 今日は、ヒューと約束した日だ。

 黄色いジャケットを付けた誘導員NPCが両手を振り、それに親指を立てて返事とする。

 スロットルを少し上げてカタパルトデッキまで機体を移動させながら、格納モードで75°まで後退した主翼を20°まで前進させる。これで最大まで翼が広がり、揚力も最高となる状態だ。

 すると、今度は赤と緑のジャケットのNPCが機首の下に潜り込んだ。その指示に従って機体を更に前進させると、カタパルトと前輪が固定された。

 フラップを降ろし、背後にブラストディフレクターが上がっている事をキャノピー内のバックミラーで確認、スロットルを100%の位置へ前進させる。すると、排気の圧力で前輪のサスペンションが圧縮され始める。

 トムキャットは某映画で有名になり、そこでオープニングに使われているシーンではアフターバーナーを使いながら発艦している。だがこのD型ではエンジン出力が上がっているため、アフターバーナーを使わなくても発艦が可能だ。余談だが、最新戦闘機のトレンドであるアフターバーナー無しでの超音速巡航、スーパークルーズ能力も持っている。

 カタパルト側の準備が出来た事が知らされ、こちらも準備が出来た事をハンドサインで返す。

 するとすぐにカタパルトがリリースされ、蒸気から生まれた莫大なエネルギーで機体が加速し始めた。100mそこらの滑走距離を2秒で駆け抜け、300km/h弱の速度で機体は空に投げ出される。

 操縦桿を引いて上昇しつつ少し左にロールを始め、同時にランディングギアを収納する。


 ちなみにカタパルトには、機体を固定する為の金具がある。発進の際にこの金具は砕けてしまうという使い捨ての部品であるのだが、昔の海軍では初めてカタパルト発進をした際に、前輪に残った金具の片割れを貰う事が出来たそうだ。それを婚約者へプレゼントするという習わしがあったらしい。

 船乗りというのは何時の時代になっても、ロマンチストなのだろう。艦載機乗りは空と海の両方にロマンを抱えている、なんて言った男もいた。


 コクピット右側のミラーに機影が写ったので確認すると、それは隣のカタパルトから発進したジャックのホーネットだった。


「方位290、エンジェル10で行きましょう」


『了解、お姫様』


 機体のピッチ角を上げてエンジェル10、すなわち10,000ftまで上昇する体制に入る。

 今日は雲の高度が低い。5,000ft程上昇した所で、視界は真っ白になってしまった。このまま計器飛行をする趣味はないので、少し上昇角度を強めて脱出を早めた。


 父の遺してくれた物は書籍だけでは無かった。母の意向なのか、書斎には彼が昔使っていたのであろうデスクトップPCがそのままの形で残っており、そこにインストールされていたフライトシミュレータは前時代の遺物とでも言うべきものであったが、よくこっそりとプレイしたものだった。

 それは当時の物としては精一杯リアルに作られていたが、まだ雲や水面、地上の描写は稚拙なものであり、空中には同じ形をした積乱雲がいくつも浮いているという奇妙な光景が広がっていたものだった。

 7,000ftへ達した所で雲の切れ間に到達し、視界の下に雲海が広がっていく。その光景は、ふとそんな思い出を思い起こさせる物だった。

 現実世界で空を飛ぶには色々とハードルが高いものの、いつかは自分の目で確かめてみたいと思う。


『こちら空中管制機イーグルヘッド、貴機は当方の管制空域下に入った』


 無線から聞き覚えのある声が聞こえ、目的地へ近付いたことを知らせてくる。

 そろそろヒュー達とも連絡が取れるだろう。通信設定を空軍――軍と呼べるほど統制は取れていないが――にして、呼び掛ける。


「こちらフェザー隊。サイクロプス、聞こえますか」


『こちらサイクロプス1、今日も宜しく。こっちはストンリコ上空で警戒中だよ。これからバンシー隊がCASを行うから、フェザーには僕らと一緒に上空援護をして欲しい』


 近接航空支援、CASとは簡単に言ってしまうと地上部隊への火力支援である。バンシー隊はそのために、今日も対地兵器を抱えて飛んでいるのだろう。


『こちらフェザー2、今日は例の連中の姿はあるのか?』


『いや、まだ見ていない。今までの感じからすると、2機ずつ出てくるのがいつものパターンだ。僕らの武装だと一方的に撃たれっぱなしになっちゃってね。そろそろ乗り換えも考えなきゃと思ってはいるんだけど……』


「とりあえず出てきたら私のフェニックスで追い払うから、相手の出方を見ましょう。ところでイーグルヘッド、質問なんだけど……」


『ん、なんだ?』


 ふと頭に浮かんだ疑問を口にしてみる。いや、色々なタイミングでよく考えていたことなのだが、聞いてみるいい機会だと思ったのだ。


「あなたって、NPC?」


『ネガティブ、俺はプレイヤーだ』


『ええ、まじかよ!?』

『僕も、最初はNPCだとずっと思ってたよ……』


 ジャックとヒューレットがそれぞれ驚きの声を上げる。

 AWACSに乗って楽しいのか? なんて質問を、ジャックがする。確かに、直接戦闘は出来ないし退屈ではないかと思ってしまうが……。


『結構面白いぞ? なんせ、戦場の状態が丸わかりだしな。なんというか、RTSやってるみたいだな。後、君たちがアムラーム撃ってくれれば、こっちで中間誘導する事も出来るんだぜ?』


 現状、自分の使っているトムキャットではその恩恵に与ることは出来ないが、アムラームにはそういう機能があるらしい。最新鋭機で部隊を固めればデータリンクの恩恵もあるだろうが、しかし新旧様々な機体が混在するこのゲームでそのような運用をしているという話はまだ聞いたことがなかった。


「いつかはやってみたいわね」


『そうだな。……おっと、おしゃべりはここまでのようだ。敵影感知、機数2、フェザー隊からは1時方向だ。サイクロプスからは3時の方向。距離から言って、フェザーが先に接敵するな』


「了解、向かいます。ジャック、行くわよ。マスターアームオン」


『あいよ!』




 イーグルヘッドとの会話が終わってしばらくの後にレーダーのスイッチを入れると、フェニックスの最大射程付近に敵の機影を捉えることが出来た。

 先程まで低く垂れ込めていた雲は晴れ渡り、今では地上の様子がよく見えている。


「フェザー1、エネミーレーダーコンタクト。フェニックスで牽制するわ。FOX3!」


 機体下部の増槽を投下し、続いて空気取り入れ口横にあるパイロンにぶら下がったフェニックス2発をリリースする。ロケットモーターへの点火を知らせる轟音と共に、フェニックスの曳く白煙が上昇していく。

 視界内に別枠で表示されている後席のMFDで、敵機の光点へ近づくフェニックスを眺めているとあることに気付いた。敵影との距離が縮まらない。ということは、反転して回避運動に入ったのだろう。


「これは当たらないわね……」


 最大射程付近で発射されたミサイルは、ロケットモーターでの加速の後、慣性で敵機へと向かっていく。そこで更に距離を離されると、ミサイルの持つ運動エネルギーは無くなってしまい高度を保てなくなる。後は地面へ向かっていくだけだ。

 余談だが、敵機より高高度で発射すれば射程も長くなるため、位置エネルギーを確保するという事はドッグファイトだけでなくミサイル戦においても有効な手段となる。

 フェニックスはまだ飛翔を続けていたが、既に敵機へ向かうスピードが落ちてきていた。もう少しでぶつかるという距離まで近付いた時、レーダー内の光点から生えた、機体の向きを表す棒が180°反転した。

 同時にRWRに、被ロックオンを知らせるマークが表示される。コクピット内に断続的な電子音の警報が鳴り始める。


『イーグルヘッドよりフェザー各機、レーダー照射だ。狙われているぞ』


 長距離レーダーを装備している機体、と言うことは私の予想は外れていなかったようだ。


「了解、回避行動に移ります。フェザー2、後は自由行動で」


『俺は右から回り込む。フィーは左から行け!』


「了解!」


 ホーネットが右へブレイクしていくのを見届けた後、機体を左へバンクさせた。するとすぐにAWACSから敵機がミサイルを発射したとの情報が入る。

 レーダースクリーン右側に敵のミサイルが写るように機体を動かす。ミサイルと直角に相対するイメージだ。

 完全に直角になるとレーダーの視界からミサイルの影が消失する。真横の物はレーダーに映らないため、ここからはイーグルヘッドの情報が頼りとなる。


「イーグルヘッド、ミサイルとの距離を教えて」


『フェザー1、敵ミサイルとの距離10km。2発来るぞ。フェザー2にもミサイル近付く、距離15km』


 了解、と返答の後にチャフを散布し始める。チャフとは敵のレーダー波を混乱させるための金属片だ。よくアルミ箔と言われるが、実際には金属製のワイヤーの束であったりするようだ。このゲーム内でどのような表現をされているか確かめた事はないが、どんな形だろうとその仕事さえしてくれれば今は問題はない。

 ミサイルを目視出来ないかと上半身を捻って機体右後方を見るが、姿は見えなかった。


『フェザー1、1本目の着弾まで5、4、3、2……回避成功。2本目……3、2、1……こちらも回避。フェザー2、着弾まで10秒』


「了解」


 再度敵機を正面に捉えるため、スピードを殺さないような角度で右旋回を開始する。HUD内の表示は3.2Gを示し、体が重くなるのを感じる。

 HUDの正面にロックカーソルが現れた後、兵装をスパローに切り替える。


『イーグルヘッドより各機、敵のレーダー波から機種が分かった。Mig-31Mだ。気を付けろ、R-37とアムラームスキーを持ってるぞ』


 R-37は長距離用、アムラームスキーと言われたR-77は中距離用のミサイルだ。先程避けた感触からすると、R-37はそれほどの誘導性能を持っていないように感じる。問題はR-77の方だ。一説によると、アムラームより性能が良いらしい。

 ただし軍事系の、特に性能関連の話には誇張、誇大がよくある。現実世界での冷戦は遠い過去の話であり、それ以来は幸いにも最新兵器同士の戦闘が起こっていない為、実際にどちらの性能が上かという優劣ははっきりしていない。模擬戦が行われる同じ開発国、同盟国同士の兵器ならまだしも、過去に東西陣営で別れていた物同士を比べるのなら尚更だ。


 再度ミサイル警報がコクピットに響き始めた。折角敵機を正面に捉えたが、再度左へブレイクして回避行動に移る。現在の相対距離からいって、発射されたのは再びR-37だろう。


「イーグルヘッド、敵の残弾はわかる?」


『Mig-31Mの装備は最大でR-37が6発、R-77が4発だ。短距離ミサイルを持っている可能性もあるが』


 くそ、と胸の中で毒づく。これでは近付くことが出来ない。また2本ずつ発射したとしても、敵にはまだ10発も残っている。

 アフターバーナーを点火させ、少しでも速度と高度を稼ぐ。敵機を右手に捉え、緩やかに旋回させながら、先程と同じ要領でチャフ散布を開始する。

 出来れば旋回しながら近付いて敵をスパローの射程に収めたい。が、防戦しているこの状況では、次にR-77が飛んでくるだろうことは明白だ。先にスパローを発射して敵に回避行動を取らせたいが、スパローの射程よりR-77の射程の方が長い。おまけに相手は撃った後に回避行動を取れるが、こちらは敵を正面に捉え続けなければならず、回避が出来ない。


『フェザー1、着弾カウント開始。2本同時に来るぞ。3、2、1……回避。2本共に回避成功』


「敵との距離を教えて!」


『4時方向、約90kmだ。』


 考えろ、考えろ。Mig-31は高速飛行に特化した機体だ。近距離戦に持ち込めば勝機はある。

 どうやって持ち込む? 相手の弾切れまで回避し続ける? そんな運任せは駄目だ。R-77を避けきれると思えない。いや、しかしR-77を持っているとは限らない。近距離用の、例えばR-40という可能性もある。


 結論が出ないまま再度敵に正対したその時、鳴り続けていたレーダー警報が止まった。レーダーを見ると敵の向きが変わっており、その方向は回避行動に移った事を表していた。

 同時に、第三者がミサイル発射を告げる通信が聞こえてきた。


『サイクロプス1、FOX3! 待たせたね!』


 それは援軍の到着を知らせるものだった。





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