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第44話 転移、そして


 ブリーフィングルームから甲板へと出た私は、既にエンジンが始動されて待機しているグリペンへと乗り込んだ。ジャックも同様だ。

 ナオとベルはまだ機体がハンガー内なので準備が出来次第、上へと昇ってくるだろう。


『フェザー1、カタパルトへどうぞ』


「フェザー1、了解」


 少しだけスロットルを上げ、艦橋横から機体を進める。NPCの誘導に従い、カタパルトへ軸を合わせて停止。ローンチバーがシャトルへと接続され、発艦準備が整った。

 電磁式になったローズマリーから見る風景は少し味気無い。カタパルトから漏れ出す蒸気が存在しないからだ。あの幻想的な光景が近代化によって失われてしまうのは、どちらも科学の産物とはいえ皮肉めいた物を感じてしまう。


 左を見るとズムウォルトが並走している。この形もなかなか見慣れないもんだ。船と言うより、城壁のような雰囲気があるように思える。

 艦船へのステルス性の付与、それは現実世界においてなかなか難しい問題であるようだがここではコンセプトに従った運用が出来る筈だ。


 機体の後ろにはまだデフレクターは上がっておらず、待機しているナオとベルが見えた。


 各種チェックリストを進める、全てオーケー。


「フェザー1、発艦準備良し」


『了解、そのまま待機でお願いね』


 右横にもう1機のグリペンが並んで来た。ジャックだ。


『こちらフェザー2、オールグリーンだ。さて、何が来るかねぇ』


「こんなタイミングで何か出て来られても困るんだけどね」


『そうよねぇ。このまま何も無く行ければいいんだけど……そういう訳にも行かなそうね』


『気象レーダーで前方に反応、ですがこれは……雲?』


「こっちからは何も見えないわ」


 目の前に広がる空はずっと、雲すら無い快晴のままだ。

 だが、少しだけ変化が生じたところがある。カタパルトから蒸気が漏れ出し、靄のようになっているのだ。

 予備システムとして電磁式の他に、まだ蒸気式も併設しているんだろうか。


『もう一度、確認し直して』


『やはり雲のようです。それも雷雲ですね、これは……』


 すると、キャノピーに水滴が付いた。一瞬波飛沫かと思ったが、ぽつぽつと付着する水滴は増え始める。

 だが、空は相変わらずの青空だ。水平線の向こうまでも綺麗に見えている。代わりにカタパルトから漏れ出す蒸気は一層濃くなっており、まるで映画のワンシーンのようになっている。

 いや、これは蒸気じゃない。霧だ。冷静に考えれば、2種類のカタパルトなんて併設するスペースは無い。


 こんな異常はブロンズゲートの影響に違いない。そう強く確信した。

 それと同時にNPCより報告が入る。


『こちらローズマリー、まもなく予定座標です。3、2、1……』


 その瞬間、青空はドス黒い雲で覆われた。同時に大量で大粒の雨がキャノピーを叩き始めた。上空の雲内では雷がさかんに轟いており、そこら中で光が雷雲から漏れ出している。

 そして強い閃光が、私と甲板を強く照らし出した。


『レーダー不調! ノイズだらけです!!』

『嘘でしょ、AESAでそんな事……っ! 総員、戦闘配置!! ECMの可能性は!?』

『こ、コンパスが回り続けてます!』

『AN/SPY-3、機能停止!!』

『こちらジェイク! 不味いよ、こっちのSPY-3も機能停止した! おまけに主砲まで動作不良だ!』

『みんな、落ち着いて! 目視での対空監視を強化して!』

『目視では今の所、敵影は確認出来ません!』


 不味すぎる、これじゃ完全に無防備状態だ。このままこの嵐が過ぎるまで待つのもひとつの選択肢だが、どうする……?

 いや、もしもこれがイベント戦闘なんかの予兆であれば考えている時間は無い。親父め、こんな物を仕込みやがって。


「マリーさん、波高は変化が無い様なのでフェザー隊はこのまま発艦して空中警戒に当たります! 戦闘機側のレーダーは問題無く作動してますから、索敵はこちらで!」


『……分かったわ、お願いフィオナちゃん! フェザー隊、出るわよ!!』


 後ろでブラストデフレクターが上がったのを確認してから、スロットルを100%に上げる。


「全機、上がったら私に合流! 先に行ってるわね!」


『『了解!』』

【Roger.】


 仲間達の答えと同時に、身体が強烈なGに襲われた。キャノピーに付いた大粒の水滴が一気に後ろへと流れていく。一瞬で機体は海上へと放り出され、そこから更にアフターバーナーを点火して一気に速度を上げていく。

 ギアアップの後に旋回して左手にローズマリーを見ながら、他の機が上がってくるのを待った。


『フェザー2、合流した』

『フェザー3もです!』

【Feather 4,joined formation.】


「各機レーダー作動、フルレンジ。このままローズマリーの周回ルートを取るわ。高度を上げすぎて雷雲には入らない様にね。各艦、異常はありますか?」


『異常が無いって言う部分が無いくらいにぐっちゃぐちゃよ……だけど、推進力と電源は問題無さそうね』


『こちらも同様だよ、とりあえず前に進む事だけは出来てる状態だ。通信が出来るって事はECMとかじゃ無さそうだな』


「こちらは範囲内に機影は今の所は無し。天候もまだ変化無し」


 キャノピーに雨粒が打ち付けられ、一瞬で膜になった雨は気流に流されていく。先程見えていた霧は、上空からだと何も見えなかった。艦の一部分に出ていただけだろうか。


 さて、何が起こるのか。艦隊から離れて索敵をしたい所だが、もうすぐブロンズゲートへと到着する今の状況ではあまり離れるのは良くないだろう。あくまでも艦隊とは目視距離を保って、360°の警戒をするしか無い。


「フェザー1、レーダーに変化無し。データリンクでも問題無さそうね」


『ああ、目視でも何も見えないな』

『ですね』


「ベルはどう? 光学センサーは反応ある?」


【――Warning,approaching restricted area.Check......we got transferring permission.】


 ベルの報告と同時、ローズマリーを中心とした範囲の海に青白い光が現れた。


『なんだこりゃ!?』

『ま、眩しい……っ!』


 その光は柱となり、物凄い勢いで範囲を広げていく。あっという間に飲み込まれるズムウォルト。

 そして同じく、空を飛ぶ私達も。




 ホワイトアウトした視界。

 身体の感覚が失われていく。これには覚えがある、ログアウト時の感覚だ。普段であればこの後、自室の天井が見える筈。


 しかし、今回は違った。

 いきなり先程までの感覚が全て戻り、窮屈さと息苦しさを覚える。


 真っ白だった視界が戻る。何度か強くまばたきをして、混乱した意識を鎮めた。

 HUDが示す高度は30,000ft、先程までとは全く違う。何より、景色が海原からどこかの陸地へと変わっていたのだ。


「……ジャック? ナオ? ベル? みんな、大丈夫?」


 その問い掛けに誰の反応も無い。後ろを向いても、並んでいるはずの彼等の機は影も形も無かった。

 横長の巨大なタッチパネル式MFDを触り、データリンクによる戦術マップを確認する。だが、これにも彼等の姿は無かった。

 その代わりにあったのが、前方を飛ぶ1つの機影だ。

 画面をレーダーへと変更して、その機体の動きを探る。それはかなりの速度でこちらへと向かってくるようだ。

 現在の自機の速度は600ktなので、向こうも同等の速度で迫ってきているのだろう。


 ヘッドオン。


 正面から高速で向かってきた機体は一瞬で自機の右側を通過し、私はそれを追う為に操縦桿を右へと強く傾けた。

 何故、追い掛けるのか。それはその機体が、自分と同じグリペンだったからだ。


 ミサイルアラート。


 まだ正面へ捉えていない相手を追って視界を動かす。頭上に見える白煙。ヘルメットマウントディスプレイに映ったマーカーが、白煙の先端を捉えた。


 FOX2。


 考えるより先に、自衛用に持ってきたIRIS-Tを放った。だがアラートは、それより先に謎のグリペンがミサイルを発射していた事を伝えている。


 相手からリリースされたミサイルは確実にこちらを捉えている。ミサイル警報装置のアラートは止まず、私はチェイスを諦めて回避行動に移った。フレアを撒きながら、ダイブ。重力加速度も使って機速を上げる。

 そこから力の限り操縦桿を腹へと押し付け、水平方向に最大荷重で旋回させた。推力偏向パドルのせいか一瞬でオーバーGの警告が鳴り、身体がとんでもなく重くなる。上半身から逃げ出した血液のせいで、意識が遠くなっていく。

 その苦痛をギリギリまで堪えてから、操縦桿を引く手を緩めた。暗くなった視界はすぐには戻らず、しかし身体の圧迫感からは徐々に開放されている。


 まだ空を飛べている。アラートも止んだ。

 ならば、ミサイルは避けられた筈だ。


 その安堵感は4回の金属音と衝撃によってかき消され、私は警告音が叫びまくるコクピットから火薬によって射出された。




 ***




 青白い光条に包まれたローズマリー。それは全てを飲み込んだ後、一瞬で何事も無かったかのように消失した。


「一体、何が……」


 眩しさから開放されたマリーは、艦橋から外を確認した。先程までの雷雲も雨も、まるで夢か幻であったかのように消えてしまっている。

 外に広がる景色は、ブロンズゲート突入前と同じ晴れ渡った空と海だった。

 横を走るズムウォルトにも変化は無い。

 手近な所にいるNPC達にも変わりは無かったので、先程まで異常の出ていた各種機器のチェックと現在位置の確認を指示する。


「ジェイク、大丈夫?」


『ええ、こちらは大丈夫です。全ての機能が回復出来てますね』


「機器チェック、終わりました。問題ありません。レーダーも回復しています」


「現在地は?」


「北緯35度、東経20度。ブロンズゲートの座標から変化ありません」


 マリーは考えを巡らせた。

 まず必要な事は、ここがタルタロスである事をどうやって確認するのか、であった。

 地形は表側であるガイアと全く同じだと聞いている。であれば、差異が出るのは地名だろう。こちら側は現実世界に沿った物である筈だ。


 だが、私達はまだガイアから来たばかりである。果たしてガイア側の機器にタルタロスのデータが入っているのだろうか。


 マリーは艦橋内のコンソールでマップが出る物を探した。暫くして目的の物を見付けたのだが、そこにあるデータは全て見慣れた物だった。

 そうなると、他に地図が見れる物は……。また暫く考えた後、彼女はおもむろにホロメニューを呼び出した。

 確か、ストレージに地図があった筈だった。

 これは重量がゼロで、最初から誰もが所持している物だ。その代わりに捨てる事が出来ないので、プレイヤーからは冗談混じりに「呪いの地図」などと呼ばれる事もある。

 マリーはそれを取り出して目の前に広げた。わざわざアイテムの形を取っているのに、捨てられないアイテム。これはもしかして、システムの深い所へと繋がっているのではないかと考えたのだった。


「やっぱり……!」


 その予想は当たっていた。そこにあった地名は、現実の物に置き換わっていたのだ。

 これで、タルタロスへの転移が成功した事が証明された。


「各位、状況確認が出来たわ。転移は成功、本艦は現在タルタロス内を航行中」


『それは朗報だ。じゃあまずはどこかに寄港して、情報収集から始めようか』


「そうね。総員、警戒態勢を解除。対空監視を行ないつつ、180度回頭。一旦アテネあたりに向かいましょうか。あ、そうだ。フィオナちゃん達もお疲れ様、戻ってきていいわよー」


 安堵感に包まれたマリーは自分の椅子へと腰を落ち着け、ゆっくりと息を吐いた。


「……フィオナちゃん?」


 何も回答が無い。


 回線は艦内、ズムウォルト、フェザー隊へと同じ周波数にしていた。現に、先程はジェイクと会話が出来ているのだ。もう通信障害だと言う事も無いだろうに。


「レーダーにフェザー隊の機影は?」


「いいえ、ありません」


 無い? そんな馬鹿な。もしかしてもうハンガーに戻って来ているのだろうか。

 だが、そのような報告はマリーに来ていない。彼女達が何も言わずに帰還すると言うのも考えにくかった。


「艦長よりフライトデッキコントロール、フェザー隊は帰還した?」


『いいえ、まだの筈ですが。帰ってくるという話もまだ来ていません』


「艦長より戦闘指揮センター、フェザー隊の機影は確認出来てる?」


『機影はありません。もう戻っているのではないのですか?』


 おかしい、答えが矛盾している。


「艦長よりハンガーデッキ、フェザー隊はもう帰還してる? 機体はある?」


『こちらハンガーですが、まだ戻って来ていませんね。それどころか他の部隊も見当たらないんですが、いつの間に出撃したんですか?』


 出撃? このNPCは何を言っているのだろうか、とマリーは疑問に思った。


「それは無いわよ。だってあの状況で……そんな事は……」


 あの時に出たのはフェザー隊だけである。他は全員、艦内から出ていない筈だ。


 はっとした彼女は、それからNPC全員へと広大な艦内の全ての場所を捜索させた。同様に彼女も全力で艦内を駆けずり回り、先程まで乗艦していた筈のプレイヤー達を探し回った。

 そうして全ての場所を見て回ったマリーは、息も絶え絶えにその現実と向き合わねばならなかった。


「――嘘でしょ……?」


 各部署からの報告も合わせて最終的に出された結論は、ローズマリーに乗船していた筈のプレイヤー全員が艦内に居ない、というものだった。

 フェザー隊のみならずサイクロプス隊、バンシー隊、エレメンツ中隊、ヴァルキリー隊、イーグルヘッド、そしてムラキやエイリ達のグール隊ですら、この海上の密室から一瞬で消えてしまったという事実を彼女が受け入れるのには、暫くの時間を要したのだった。




これにて二章、完結です。

次回、最終章。

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