第43話 集結
Lazward online内の気候は大部分が地中海性で、今のような夏場だと降水量は少なく乾燥している。晴れる日が多いので日差しも強いが、湿度も低いので日本の夏のような不快感は少ない。
冬場は降水量が増えるが、それでも日本と同等以下なので乾燥は続く。例外として極稀に時期を問わず天候が悪化する事はあるのだが、それはずっと同じ天気だと飽きるからというゲーム的な調整だろう。
吹き付ける潮風の上には、今日も雲ひとつ無い青空が広がっている。
今日の天気なら陸地にはこのような風は無いだろうが、ここはジェラルド・R・フォード級航空母艦ローズマリーの甲板上である。着艦する機がある為、今は30kt弱の速度で航行しているのだ。
つまり陸上が無風だとしてもここでは時速50kmの強風が吹いている訳で、
「久々に来ると! 風が! 強い、わね!!」
「しゃーねえだろ!!」
こうやって大声を出さないと、声も聞き取れないのだ。
まぁチャット機能を使えば良いのだが、また設定するのを忘れてしまっていたから仕方が無い。
私達がここへ来た時には既にサイクロプス隊とバンシー隊は居たのだが、まだエレメンツ中隊の面々が来ていなかったのでそれを待っている格好になっている。
あの時話をした感じではギリギリのタイミングでバックレる人間であるような印象は無かったので、流石に大丈夫だろうとは思っているのだが……どうにも来るのが遅い。
うん、やっぱチャット使おう。隣りにいるけど。
「エレメンツのみんな、遅いわね」
『あ、こっちで話すのか。何してんだろな。ちょっと遅れるとはメールが来てたが、それにしても遅いって気もする』
現在地はアニハから北西に40kmほどの所である。船の進路はマップ南西に位置するブロンズゲートの座標へと取られている。
エレメンツ中隊の彼らは前回の大規模戦で敵側だったので、ホームが北側にあるのだろう。その点で、遅くなるのも仕方が無い事だ。
私達はずっと先代ローズマリーであるニミッツ級空母のマリーゴールドをホームにしていたので、1ヶ所に留まる事が少なかった。やっぱり陸上基地だと帰属意識と言うか、愛着みたいな物はあるのだろうか。
だとするとここへ来てもらうというのも、少し申し訳なく感じてしまう。
『しかし機体、どうすんだろな』
「フランカーってスキージャンプじゃないと駄目よね?」
『そうだな。だけど今後の戦闘を考えると、それに付いて来れる機体ってのも限られちまうだろ』
「戦闘機ってカテゴリーだとまぁグリペンは別にして、スパホ、ラファール……ぐらい? F-35Cは流石に入手がキツいわね」
『ラファールはヒュー達が降りちまったしなぁ。ここで16機も一気に増えるってなると、鉄板はスパホなんだろうが』
これが現実の軍隊だったら、このローズマリーで運用するにはそれ以外に選択肢が無いだろう。そうなるとはぐれものは私達の方で、たった4人の為に別の機体を運用するなんて事が許されなくなってしまう。
逆に全員がグリペンを使うという手もあるが、こうやって何箇所も改造されていると値段が高くなるし、そもそもショップに並ぶ数が少ないので一度に入手出来る数も限られてしまう。
数を揃えるなら、吊るしの機体が一番良いのだ。
そんな雑談をしていたら、1機の影が近付いてきた。私達がいるのは甲板を挟んでアイランドの反対側なので、右手側からだった。
シルエットが判別出来る程度になった時に、それがエレメンツの機体では無い事に気付いた。大きな羽根を広げ、そこに1つずつのプロペラ。何より特徴的なのが、その背中に背負った大きな皿。
まるで、巨大な郵便マークが飛んでいるようだ。
『なんだ……? E-2か、誰が乗ってんだ?』
それは若干横に振られながらも、低めの速度でどすんと降りてきた。翼の幅のせいで大きい物だと思い込んでいたが、実際に近くで見るとそんなでもないんだな。
機体はワイヤーで減速され停止した後、牽引車に引かれてそのままエレベーターへと向かい始めたので、
『ちょっと見に行ってみるか』
というジャックの言葉に賛成し、一緒にハンガーへと向かったのだった。
スーパーホーネットの並ぶハンガー内で独特の存在感を放つE-2。
90度捻られて折り畳まれた主翼や、背中に抱えた大きなレドームがとても目を引く。他にもナイフのようなプロペラ形状は、WW2エリアであるスオキ島では全く見なかったものだ。
「誰が乗ってんだろうな?」
そう言ってジャックが近付くと左翼付け根にあるドアが開き、階段となったそれを男が降りてきた。
細い目をした顔とがっちりとした肩幅が目を引くが、それ以上に窮屈そうに機体から出てきた彼は身長が2mぐらいあるんじゃないかと思う程に大柄だった。
「……誰だ?」
「……誰だ?」
降りてきた男とジャックは同時に同じ事を言い、お互いに顔を見合わせている。それもその筈、彼は全く見覚えの無い顔だったからだ。
マリーさんの交友関係が広い事は、以前からイージス艦所有者が集まった時やトップランカー達が集まった時に実感していた。が、しかしだ。このタイミングで全く知らない人間が出てくるのは少し怖さがある。
彼が信用に足る人物なのか、わからない。
「ん、その声はフェザー2か。じゃあもしかしてそっちの彼女がフェザー1なのか?」
しかし、聞こえてきた声はとんでもなく覚えのある物だった。
「――もしかして、イーグルヘッド? えっ、なんでここに?」
彼のたった一言がそんな不安を氷解した。大規模戦時に散々お世話になったので、間違いなく彼には信頼の置ける腕前がある事が分かっているからだ。
それより、こんな大男があんな細かく気を使う作業をしてたという事が驚きだったが。
「マリーさんに直接頼まれてな。詳しい話も聞かせて貰ったよ、その上で君達に加わる事にした。宜しくな」
「いや、マジで有り難いぜ。しかしイーグルヘッドがホークアイか、なんか奇妙な感じだな」
「まぁ、そう言うな。NPCも連れて来ているから、普段と同じ支援が出来るだろうさ」
そう彼が言うと、開いたドアの影から女性がひょこりと顔を出して会釈をした。
あっ、これはどうも。
「そう言えば後ろに多くの機影が見えていたな。彼らもここへ来るんだろう? もうすぐじゃないか、きっと」
「そうだ、俺達はそっちを待ってたんだよ。もういいや、エレベーターで行こうぜ」
そう言って走り出すジャック。ちょっと、待ちなさいよ!
「ごめん、また後で!」
「ああ、そうだな」
イーグルヘッドに笑われながら見送られ、先程E-2が乗っていたエレベーターで甲板へと向かった。
ゆっくりと昇るエレベーター。高さが上がる程に甲板から風が吹き込んできて、視界が開けていく。もうすぐ昇り切るという所で、丁度戦闘機がスキール音と共に接地したのが見えた。
「――マジかよ」
「嘘でしょ……」
その光景はあまりに私達の意表を突いた物だった。
ここはアメリカ製の空母だ。その筈だ。
だがアレスティングワイヤーを捉えていたのは、どこからどう見ても。
「フランカーだよな、これ……」
「フランカーよね? これ……」
エレメンツ中隊のフランカーが16機、その全機が降りてきた所で私達はブリーフィングルームへと集まった。彼等だけでなくサイクロプス隊、バンシー隊やイーグルヘッドと言った、今回の作戦に参加する全員だ。
ジェイクだけはローズマリーに並走するズムウォルトの操作の為、回線越しでの参加だが。
ブリーフィングルームは人の多さで熱気に溢れており、据え付けられた椅子に座れなかった人間は部屋の後部や隙間に立っていた。座席は早いもの順だったのでほぼヒュー達に占領されてしまっており、私達やエレメンツのメンバーは立ち見席だった。
「みんな集まってるわねー」
と、言いながら部屋へ入ってくるマリー。前部の壁にはモニターが設置されており、その前に立った彼女は上着を脱いだ。
どより、とざわめきが起きる。原因はそりゃもう、はち切れんばかりのシャツのせいだろう。私達は見慣れてしまったのだが、彼等にとっては劇物だ。
「で、でけぇ……」
「来てよかったかも……」
「こりゃ士気もナニもアガるわ、勝てる訳ねぇ」
「ちょっと、何こっち見てんのよ。殺すわよ」
そんな呟きが聞こえてきた。女の武器、相変わらず強いな……。
旧マリーゴールド時代にこの船を根城にしていた連中は、殆どが彼女目当てだったと聞いた事がある。それもひとつのカリスマ性になるんだろうか。
「フィオナさん、わたし達もこれからです!」
「そんな事で鼻息荒くしないでよ、ナオ……」
これからがあれば良いな、なんてシリアスな話はこれっぽっちも絡んでこないのでこれは死亡フラグでは無い。多分。
「さて」
そう言ってジャックが部屋の前部へと歩いていく。
「ブロンズゲートまで後1時間足らずだが、集まって貰ったのは最終確認の為だ。全員が情報を共有しておく事は大事だからな、特に元々は敵側だったエレメンツ中隊のメンバーとは正確に、隠し事ナシで話しておきたい。いいかな?」
「ああ、勿論だ」
それに呼応して、ウィリアムが前へと出た。
「まず、俺達の状況から話そう」
そうしてウィリアムの話が始まった。
まず機体について。
彼等は東側系機体をこれまでずっと使っていた為、西側系の開拓具合がやはり芳しくなかったようだった。そこで考えたのが、とりあえずはSu-33でローズマリーへと向かうと言う事だった。
「レガシーホーネットは皆が買えるんだが、それだとどうしても戦力としては……な。アレスティング・ワイヤーが引っ掛かるかは不安だったんだが、そこは上手く行ったな」
「でもよ、Su-33じゃ発艦が難しいだろ?」
「タルタロスの地形はこちらと同じだと聞く。そこで向こうに着いたらカタパルトは使わずに身軽な状態で無理やり発艦して、どこかの地上基地を拠点にしようと考えている。情報収集も兼ねてな」
「あら、それならヴァルキリーのグレイハウンドで送っていくわよ?」
「それだと万が一が起きた時に全滅してしまう。スキージャンプよりそりゃ搭載量は厳しくなるだろうが、人手が無いよりは全然マシだろう?」
確かに一理ある。
レガホなら短期的には戦力になるが、前には出せない可能性が高い。順序がどちらにしても後衛にになるのであれば、賭けに出るのも嫌いじゃない。
ただ、ここにはロシア機で使える弾薬が無いのだが……どうするのだろうか。
「弾は今ある分だけでなんとかする。そもそもここから飛び立つ時点で搭載量が制限されるから、出撃2回分くらいはなんとかなるだろう」
「そうねぇ。寄り道すれば一応それにプラスアルファ数回分ぐらいは用意出来るけど、どーする?」
「いえ、大丈夫でしょう。向こうに出たら、我々はすぐに出発するつもりなので」
あくまでもここにはタルタロス側へ行く為だけの滞在、という事か。少し残念だけども、戦力確保の為には仕方が無い。
アメリカ製空母で運用されるフランカー、もっと見たかったんだけどなぁ。
そうして他にもイーグルヘッドの紹介や、彼がこれから使うE-2Dの運用についても話が行なわれた。エレメンツのメンバーが初顔合わせなのは当然だが、我々の方も全員が彼の顔を知っている訳では無かったので再び驚きに包まれていた。
「ちなみに、E-2Dの操縦は俺は行わないんだ。いつもNPC任せでね、管制に専念してるんだ」
とは、イーグルヘッドの弁である。じゃあいつも飛ばしてるのはあの女性NPCなんだろうか。複数人で操る機体だと、そんな事も出来るんだなぁ。
万が一戦闘になった場合は主戦力としてフェザー、サイクロプス、バンシーでデータリンクを行なうが、エレメンツはその恩恵が受けられない。
但し彼等は陸地からの合流になるので、時間差での戦闘参加によって挟み撃ちが出来る。勿論IFFは揃えたので、我々が構築した戦線に対してエレメンツがアウトレンジから叩くというのが基本戦法になりそうだ。
そうして打ち合わせを続けていると、
『艦橋より乗員各位へ、目標海域まで残り20分。不測の事態に備えて下さい』
お、時間だ。私達も準備をしなければ。
何の準備かと言うと……。
「いよいよ来たわねぇ、それじゃこれでミーティングは解散。フェザー隊は予定通り、このまま甲板でスクランブル待機をお願いね」
と、言う訳だ。
「わかりました。みんな、行きましょ」
グリペンはNPCによって甲板上に待機済である。後はパイロットが乗り込むだけだ。
私は仲間へとアイコンタクトをして、ブリーフィングルームを飛び出した。