第42話 ブロンズゲート
エレメンツ中隊の面々が退出して以降、残った私達の話題は今後の事についての具体的な事へと移っていた。
様々な勘案事項はあるにせよ、まず話題に登ったのはタルタロスへと向かう戦力についてだった。
「マリーさんがローズマリーを出してくれるって話ですけど、本当に良いんですか?」
「勿論よー! 私は全力でフィオナちゃんをバックアップしていくわよー。ヴァルキリー隊についてはさっきも言ったけど、他にも頼れる面々を用意してるわ」
「それについてだけど、フィオの話をしたらお兄ちゃん達の部隊も来てくれる事になったよ。私もイントルーダーじゃちょっと役立たずになっちゃうけど、その代わりに地上側の部隊に入るからね。元々、そっちが本業だし」
そっか、エイリはそっちに行くんだ。
だが向こうへ行ったら何があるか分からない。航空戦力だけがあっても仕方がない場面も出てくるだろう。そういった時に上陸班があれば、行動の選択肢が増えるのは間違いない。
私は地上に降りたら素人どころの話じゃなく、完全にお荷物になってしまうし。
「僕はズムウォルトで一緒に行くよ」
「え、いいの? 他の海賊の人達は?」
「彼らとは一旦ここでお別れだね。ズムウォルトを動かすのは、君から譲ってもらったNPC達に任せる予定。まぁ、ここの人間達は僕が居なくても好き勝手遊んでると思うしね」
空母だけで乗り込むのは防御の面で不安がある。これも有り難い話だ。
マリーも護衛の為にイージス艦を所有している人間に声を掛けようかと思ったようなのだが、交渉が上手く行かなかったらしい。
「色々言われてる船ではあるけど、元々の構想はアーセナルシップだから火力面じゃ役に立てる筈だよ」
「まぁ遠方の索敵に関しては艦載機がメインになるだろうな。ただローズマリーのレーダーも同じSPY-3だから、そういう面じゃ融通が効くのは悪くないな」
「兄さん達はこのままグリペンかい?」
「俺は今スーパーホーネットなんだが、またグリペンに乗り換えようかと思ってる。いいよな?」
「ええ、勿論よ。ナオもこのままでいい?」
「ですね。もうこれが一番乗り慣れちゃってますから」
「今のグリペンの挙動を一番熟知してるのはナオだろうしな、俺にも後で色々教えてくれよ」
「はい!」
そして私達以外の航空戦力として参加してくれた、サイクロプスとバンシー。
確かサイクロプスはラファール、バンシーはF/A-18Eを使っていたと記憶しているのだが。
「僕達は今回、サイクロプス隊とバンシー隊でスパホに機種を合わせるよ。向こうで何が起こるか分からないから、予備機は出来るだけ用意するつもりなんだけどね」
「いざって時に備えて合わせておいた方が良いよねって、みんなで話したんだ。ヒューもホーネットなら分かるしって」
「しかし全部を合わせても、同時に出せるのは12機か。俺達フェザー隊メンバーはまぁ張り付けるとしても他の全員が常にログイン出来る訳でも無いし、やっぱちょっと不安が残るのは否めないな……」
「最悪、ベルちゃんがこのままだと1機減っちゃう事にもなるしね。エレメンツの人達が来てくれると、機種転換の必要を考えても心強いんだけど」
ヒューの言う通りだ。
今の彼らの乗機はSu-30MKIなので、それを艦載型フランカーへ変更したとしても発艦方式の問題が出てくる。ロシア機を捨て、カタパルトに対応した機種へ変更しなければならないのだ。そうなるといくら彼らのスキルが高くても、変更後の機体に慣れるまでは時間が掛かるだろう。
それでも、人手が多くなる事は大きなプラス要素だ。
「よし、これ以降の話はひとまずペンディングだ。これからの行動を説明するぞ」
そう言ってジャックはホロメニューを開き、ストレージから地図を取り出した。
「準備が整ったら、全員で"ブロンズゲート"へと向かう」
その言葉に全員が首を傾げた。全く聞いた事の無い地名だったからだ。
彼が指さした場所はLazward onlineのマップで言うと、左下の隅だった。移動可能領域として設定されている場所の端も端である。
「北緯35度、東経20度。ここがタルタロスへ行く為の転移門みたいな場所だと聞いている。これは当然一般に公開されている物じゃなく、こっちから向こうへ行くには条件が設定されているんだ。こういう"世界の端に何があるのか"ってのは結構みんな気になるもんだから、部外者が間違って入り込まないようにってな。ここで鍵となるのはお前だ、フィー」
「私?」
「そうだ。以前にチャールズに監禁された時、ベルの助けで脱出しただろ? あの時にベルが、お前のアカウントにある権限を付与したらしい。管理者権限と言う程の強さではなくてあくまでも下位権限ではあるんだが、な」
なるほど。
「ちょっと待って、フィオナちゃんを拉致ってどういう事なの?」
「ジャック、僕もそれは聞いてないよ」
「あまりにも不穏すぎる話に聞こえるんだけど……」
マリー、ヒュー、ダスティが口々に声を上げ、ジャックが「しまった」という顔をしている。そこ、説明してなかったのか……。
そうしてしばしの間、ジャックが事情を正確に説明し直す時間が設けられた。
私にとってあれはもう過ぎた事だ、まぁわざわざ思い返すような事をしなければもう感情の波が押し寄せるような事は無いのだが、やっぱり初めて耳にした事情であれば怒りという物が出てくるようだった。
こうやって私の為に怒ってくれる人がいるのは、正直言って嬉しかった。
当初はジャックと2人でなんとか終わらせようと思い、友人を巻き込むまいと考えて行動していた。それが私の義務であり、優しさだと思っていた。
だが、どうやらそれは間違いだったようだ。
優しさのつもりでやった事はただの拒絶であり、彼らを傷付けただけだった。
思い返せば、あの日のスポンリオでの戦いもそうだったのかも知れない。
私はベルと出会った後、「危険が迫ったら必ず逃げろ、帰還しろ」と命令していた。だけど彼女は最終的に私の盾になって撃墜された。
ジャックは優先命令にその理由を結論付けていたが、それ以上の何かが彼女にあったのかも知れない。
これは自惚れだろうか。
もしそうだったとしても、次こそは別の道を選択してみたいと思う。
どうやらジャックによる説明も終わったようだ。彼らの方へと向き直した私は、
「ここに至る経緯は色々あったけど……私はただ、もっとこの世界でみんなと一緒に飛びたいの」
そう言うと、3人共無言で頷きを返してくれた。それに加えて、予想していなかったもう1人の声が聞こえてきた。
「事情は聞かせて貰った」
ウィリアム、そしてエレメンツ中隊のメンバーだった。総勢16人がぞろぞろと再び会議室へと入ってくる。
「済まない。こちらで話がまとまったのでその回答をしにきたのだが、そちらの会話が聞こえてしまってね」
「いえ、いいの。本当にごめんなさい、こんな話を聞かせてしまって。とても個人的な事情が含まれる話だし、どうなるか予想も出来ない作戦に巻き込むなんてやっぱり――」
「私達も、その作戦に参加させてもらう事に決めた」
えっ?
「でも、機体が……」
「そんな些末な事はこちらでなんとかするさ。無理にフランカーを使う必要も無いし、機種転換ぐらい何とでも無い。むしろ楽しみが増えるようなもんだ」
「俺達もこのゲームが楽しくてやってるんだ。こんな事になってるなら、それも含めて楽しんだっていいだろ?」
「そうよ。大体、あんな話聞いたら黙ってられないじゃない。いくら前回は敵同士で戦ったって言っても、ね」
「大規模戦なんてイベントの1つで、それが終わりゃ後腐れなし! あ、後でフレンド登録しようなみんなで」
エレメンツ中隊の各リーダーが、そんな言葉を贈ってくれた。それに対してジャックやナオ、他の皆へと目を向けると彼らも同様に頷きを返してくれる。
「有難う、みんな。行きましょう、タルタロスへ!」
***
「さて。ありがてぇ事に仲間が増えたが、俺達にはまだ問題が1つ残っちまってるな」
「起きませんねぇ」
関係者全員の紹介とフレンド登録を終わらせ、マリーにヒューやダスティ、そしてエレメンツの皆を見送った私達はというと、まだスロキス空港に残っていた。
それはこの眠り姫だ。目はガッツリ開いているのだけど。無表情でそれだから正直、ちょっと怖い。
「ベル、起きてる?」
そう言って肩を揺すってみたが、何も反応が無い。
「見付けた時は少しだけ話が出来たんですけどねぇ……」
インストールが上手く行かなかったのだろうか。父ならこの状況に対する答えを知っていそうだが、まぁ聞くのは止めた方が良いだろう。一旦ログアウトして連絡したとしても、まだ容態が安定していないようなので無理はさせたくない。
最悪、本当に必要な時にはジャック経由で彼に話を聞く事は出来る事にはなっているのだが。
「どうすっかね、とりあえずこのままローズマリーへ連れて行くか?」
「その前に1つ試してみたい事があるんだけど。さっき、表にベルのグリペンが出してあったわよね? 乗せたら何か起きないかなって思ったんだけど」
「ふむ……やるだけやってみるか」
お姫様抱っこの形でジャックがベルの身体を持ち上げ、私達は会議室を出てエプロンへと向かった。
外へ出ると、色とりどりのフランカーがタキシングから離陸へと移っていた。彼らは一度、拠点にしていた場所へ戻るらしい。機種転換についてどうするのかは特に詮索していないので、彼らが何を選ぶのかちょっと楽しみな所でもある。
そうしてUCAV型グリペンに辿り着いた所で、私は梯子を掛けてそのキャノピーを開いた。コクピットの中を見るのは、以前墜落した機体を見付けた時以来だ。
意外な事だが、その操縦系統は通常のグリペンと殆ど差異が見られない。大型の横長マルチファンクションディスプレイも同様だ。
明らかに違うのは金属製キャノピーとそこに付いている、多分光学式のセンサー。そして以前は見なかった、私達の使うコブラとは違うヘルメットだ。ヘルメットからは金属製キャノピーへと配線が伸びているので、センサーからの情報を伝えているのかも知れない。そう言えばあの時はキャノピーを吹き飛ばしていたから、その時にヘルメットも一緒に外れたのかも知れない。
ヘルメットと言えばずっとコブラを使い続けているから、時間のある時にでもより高性能のタルゴに買い換えなきゃ。ショップにあったっけかな。
「オッケー、お願いジャック」
「抱えたまま登るってのは……ちょっと……一苦労だなこりゃ」
人を抱えて乗るようには作られてないしなぁ。がんばれ、がんばれ。
「おし、とりあえずこのよく分かんねぇヘルメットも被せておくか」
そう言ってジャックはキャノピーを閉じ、梯子から降りた。鈍い音がして、ロック用のジョイントが噛み合う。
反応が無い。
やはり駄目か。これも所詮は駄目元での行動だ、と自分に言い訳しても誤魔化し切れない期待感に打ちひしがれてしまう。
そんな風に肩を落とした瞬間、モーターの動く音、そしてAPUが甲高い排気音を奏で始めた。暫くの後、その音は耳をつんざく爆音へと変わる。油圧と電力が機体へ通い、カナードを始めとした動翼へと力が入っていく。翼端灯、編隊灯等の各種灯火類に明かりが灯り、最後にキャノピーから微かなモーター音が響いてくる。
そして最後にこちらに向いたセンサーが赤から緑へと色が変わり、
「っ……ベルちゃん!!」
「ベル、お前……!!」
【おや、全員お揃いで。確か、スロキスの空港で管制をしていた筈ですが……フィオナ、いつの間にアンノウン・エリアから帰還したのですか?】
「こんの……バカッ!」
目の前にあったフロントタイヤに蹴りを入れる。
【止めてください、ノーズギアが痛みます。ジャック、ナオ。フィオナを止めてください】
「馬鹿野郎、お前! 痛って、硬えなコノヤロ!」
「そうですよ、こんな頑丈な足してもう! おりゃ!」
そうやってタイヤを蹴り続けた私達は、顔をぐしゃぐしゃにしながら笑い続けていた。