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第41話 タルタロス


 ナオとの再開を果たした私とジャックは、一頻りの話を終えてからスロキス空港内へと移動した。通路にあった案内板を見ると丁度、貸会議室というか多目的ホールのような場所があったので私達はそこへと陣取る事にした。


 スロキスの島内はほぼジェイク達の領地として扱われているかの様に思っていたが、改めて空港内を歩くとそれは思い違いだったようだ。一般のプレイヤーに思われる人影も多くあり、中にはほぼ初期装備のような者も居る。


 会議室内にはご丁寧に椅子が用意されていたので、積み重ねられたものをいくつか拝借してそこに腰を落ち着ける。未だ放心中のベルは、並べた椅子の上へと横たわらせた。


「ここって今は新規プレイヤーの初期ログイン場所なのかしらね」


「なんかそんな感じに思えるな。でも海賊だってのにそんな場所に陣取るかぁ?」


「あー。それ、ジェイクさんが言ってましたね。戦争が始まっちゃえば初心者は居なくなるし、今みたいな休戦期間なら初心者とジェイクさん達を区別し難いので襲ってくる人達は手を出しにくくなるんだそうですよ」


「うわ、えげつねえ……」


「らしいっちゃ、らしいわね」


 肉壁にされる初心者からすればたまったもんではないだろうが、それもまたこのゲームらしい部分ではある。逆にある程度スキルのある人間が近くにいれば、初心者には心強い部分もあるだろう。

 問題は、その人間に初心者を助けるモラルがあるかという部分だが。


「でもちょっと見てた感じだと、意外と優しいんですよ海賊さん達って」


「ほんとぉ?」


 私はいきなり銃を突き付けられて拘束されたんだけどな……。


「海賊さん達も"育てるのは大事だ"って言ってました」


「ナオ、お前は知らないおじさんにホイホイついて行っちゃ駄目だぞ。お兄さんとの約束だ」


 なんで? という顔を向けてくるナオ。

 多分だが、彼らの言う"育てる"は"美味しくなるまで育てる"という意味だ。初期装備の人間をいくら倒したって、経験値が入ってレベルアップするなんて要素が無いこのゲームでは無意味な行為だ。まぁストレス解消の為に初心者狩りをやる人間も居るかも知れないが、収支的には弾薬の無駄でしかない。

 もっとこのゲームを楽しませ、様々な装備を手に入れさせ、そうして美味しくなった所を掻っ攫う。そういう意味での"育てる"だろうな……。


「ところで話題は変わるんだけど、グリペンの事。ありがとうね」


「いえ、お礼なんてっ! わたしにも何か出来る事が無いかなって思って、それで……自分で育てたかったとかだったら本当にごめんなさいっ!」


「ううん、本当に感謝してる。ただ飛ぶだけじゃ駄目そうだなとは思っていたんだけど、こっちも他の事で時間取られちゃったしね。あれ、大変だったでしょ?」


「そうですね……ちょっとだけ」


 ジャックがメールで関係者へと声を掛けている間、私はナオとグリペンの最適化についての話をする事にした。

 その間にも来客があったり、エンジンストールしたりと色々な事があったようだ。


「……で、ストールの原因を考えていって、最終的には高AoA機動中にグワッとパドルを開かせたらそれが上手く行ったみたいで」


 一連の話を聞いて、正直驚いた。隣でメールを打っていたジャックの手もいつの間にか止まって、ナオの話を聞き入っていた。


「ナオ……お前、マジで凄ぇよ。よくそんなヒントから答えに辿り着けたな」


「私もびっくりしてる。私がやってたらもっと時間掛かってたかも」


「えへへー」


「ナオがやった事ってのは雑に言えば、テストパイロットみたいなもんだ。技術的な所はシステム側が解決してくれる形だが、起きたトラブルに対して仮説を立てて検証し、実際に試してみる。いや、マジで立派なもんだ」


「ここまでの物をゲームに求められるって言うのも不思議だけど、ね」


 なんで女子高生が戦闘機開発をやっているんだろう、と今更ながらだろうが何番煎じだろうがツッコミを入れたくなってしまう。

 そして話を聞く分にはとんでもなく無茶苦茶をやっているジェイクのX-35も、凄い。

 ピトー管を塞いで偽データを流す? 正直、訳が分からん。そんな事が出来てしまって良いのか、このゲームは。


 そうして暫く話し込んでいると、


「久しぶりフィオー!!」


 という声と共にポニーテールの友人が駆け込んできた。


「エイリ、久しぶ……ぐぇ」


 飛び付いてきた彼女に筋力補正付きのハグをされて息が詰まった。


「やっ、フィオナさんと兄さん」


 そう言って絡まる私達に声を掛けてきたのはジェイクだった。

 そして彼の後ろには見慣れない団体客がぞろぞろといらっしゃる。


「ジェイク、そちらは?」


「彼はエレメンツ中隊のリーダー、ウィリアム。他のメンバーも全員、彼の仲間だよ」


「どうも、始めまして……ではないんだけど、ね」


 エレメンツ……? 誰だっけ、わからん。微かに声に聞き覚えがあるような、無いような気はするんだけど。


「うん、その顔から察するにナオさんの時と同じリアクションかな……」


「フィオナさん、ほら。前にラトパとかサリラで戦ったサラマンダー隊の人ですよ」


 サラマンダー? ああ、あのフランカーの!


「すみません、思い出しました。鮮やかな色のフランカーに乗ってた方ですよね? 始めまして、フェザー隊のフィオナです」


 とりあえず手を伸ばして握手を交わす。挨拶は大事だ。

 近くで見ると落ち着いた雰囲気を感じる彼は、東欧系の人だろうか。ジャックより年上、30半ばぐらいに見えるので少し新鮮だ。鋭い目付きだが、広い肩幅と合わさって頼りになりそうなオーラが出ている。

 その間に後ろからナオが、ここに来た経緯を耳打ちして教えてくれた。なるほど把握した。


「ちなみにだけど、貴女が落として話題になったラプター。あれ、実は自分なんです。そしてその後にもMiG-31Mで戦ってたりして……あの状況からバレルロールで突っ込んでくるとは思っていなくて。完敗だったな、あの時は」


 えっ。マジで。私のやらかしの歴史の生き証人じゃないか。


「その、なんか……ごめんなさい」


「ああ、違うから! 大規模戦時のそういうのは水に流すべきだし、今の我々は単純に遊びに来ているようなものだから。ナオさんとも模擬戦をやらせて貰ったけども、我々もまだまだ修行が足りないって思い知ったよ」


 成程、出汁にされた訳か。ナオってば、こういうとこちゃっかりしてるからなぁ。


「所で、これから何をするんだい?」


 そのウィリアムの疑問に、少し考えてしまった。彼らに出していい情報なんだろうか。

 そう思ってジャックに耳打ちすると、問題ないという回答だった。万が一手伝って貰えるなら願ってもない所で、これからは戦力が少しでも欲しいからだ。


「やっほーーー! フィオナちゃーーーーーん!!」


 脈絡もなく突然、ドンと勢いよく開いた扉。そこに仁王立ちしている金髪碧眼アメリカンボディなこの人は。


「マリーさん! なんかとても久々な感じがしますね」


「会いたかったわぁーーー!!」


 再び食らうハグアタック。でも柔らかい、ギギギ。あっ、いい匂いもする。

 そしてマリーの後ろにはなんと、ヒューとダスティまで居た。


「久しぶりだなぁ、みんな。あ、僕は空母ローズマリー所属サイクロプス隊のヒューレットです。宜しく」


「っと、見慣れない人もいるのね。僕もヒューと同じくローズマリー所属のバンシー隊のリーダーやってるダスティと言います。宜しくね」


 あ、いつの間にかローズマリーに腰を落ち着けたんだ。まぁ艦載機を買ったからには空母を使わないのも勿体ないしね。


 私がゴタゴタに巻き込まれている間も、こうやって状況は変わっていくんだな。ちょっと周りに置いていかれた感じもしてしまうけど、それもネトゲという物だろう。

 ……もうちょっと普通なリアル都合だったら良かったのだけど。仕事が忙しくなるとか、受験とか。

 おっと、勉強の事を考えちゃ駄目だ。今は夏休みなのだし。


「さて、これで一応役者は揃ったな。始めるとするか」


 そのジャックの声に、不思議な顔を返してくる面々。

 とりあえず立ち話もあれなのでと、参加者に椅子を配って座って貰った。人数としてはエレメンツ中隊が全員参加しているので、人口密度が予想より高くなっている。


「ローズマリー関係者にはリアル側でそれとなく話はしていたんだが、問題は……エレメンツの人達か」


 どこから手を付けようかと、そんな感じで思案をしているジャック。


「まずこれは全員に言わなければならないんだが、これからの話は色々と制約を伴い、今までみたいなゲームの感覚では出来ない事だと言う点を理解して欲しい」


 ナオ達に同じ事を言って説明した記憶が蘇る。私達はあの時に切り札を失い、今こうやって再び反撃の狼煙を上げようとしていた。

 ジャックの言葉に「何の話だ?」と少しざわついたのはエレメンツ中隊だった。


「ただし俺達も出来る限り多くのマンパワーを手に入れたい部分があって、しかし、だからと言ってそれが有象無象では困る事なんだ。高いプレイヤースキルを持っている人間、特にここでエレメンツの人達に出会えたのは僥倖で、こうやって話が出来るのを嬉しく思っているのは事実だ」


 立ち上がったジャックは、頭を下げながら言った。

 だからこそ皆の力を貸して欲しい、と。


「俺達はこれから、違う世界へと飛ぶ」




 ジャックの説明が終わると、部屋は静まり返っていた。

 私も完全な詳細を聞いていた訳ではなかったので、彼が行なった今後のプランについての解説は驚くべきものだった。


 まず、消えたベルの行方について。


 ネリスへ行った時にジャックと私の父、圭一の間で時間を取り、現段階でNSAが得ているグローバル・エレクトロニクスの動向情報を合わせて検討したらしい。

 そしてそこで得た、ギリシャ・トルコ間での武力衝突でトルコ側が押し返した理由。それをきっかけにして、彼女の行方の見当を付けたという事だった。


 それはギリシャ暫定政府側無人機の、出撃数の減少だ。

 その正確な理由は定かではないが、まず考えられる事として挙げられたのはP.G.S.SかB.E.L.L.Sのどちらか、もしくは両方に不具合が生じている可能性だった。

 ただしこの2つは相互補完関係にあるだけで、どちらかに依存して動いている物では無い。

 先日のベル消失事件から考えると無人機の動作を行なうB.E.L.L.Sに何かしらの問題がある可能性は残るのだが、それは裏付ける証拠が無いので少し決め手に欠ける物だった。


 もう1つの可能性は、ギリシャ側が保有する無人化戦闘機の機数自体の減少だ。

 つまり初動で失った戦力が想定以上に多く、そのため無人機の出撃数を減らしたのではないかという仮説だった。しかし、ただ出し惜しみをしただけでは根本的な解決にならず、戦力の段階的投入という愚策に陥ってしまう。

 各種の情報から、こちらの可能性の方が高い物だとされた。


 そこで浮上してくるのが、ソフトウェア側の強化という考えである。

 無人化出来る戦闘機にも保有数には限りがある為、それを運用するAIのアップデートを行なう事でより効果的に使う事が出来る。

 その為にはハード面とソフト面の両方の強化が必要だ。しかしグローバル・エレクトロニクス側のリソースも限られている筈であり、急にそんな大掛かりな事をするのは難しいと考えられていた。


 だが父のもたらした情報は、彼らにはその両立が可能となる手段が存在するという物だった。

 それがジャックの言う"異世界"だ。


 曰く、このゲームにはデバッグ用のサーバーが存在しており、NPC達は私達の居る表側とデバッグ用の裏側を行き来する存在なのだと言う。

 こちら側でNPCが倒されると、その戦闘によって得たデータは大本のAIへと還元される。NPC自体はそのまま裏側のサーバーへ戻り、メンテナンスを受けてから再度その出番を待つのだ。


 ベルのAIモジュールも、NPCを制御している物と同じ機器上に存在している。正確には全く同じでは無い様なのだが、仮想的に1つの物と見立てる事によってこのゲームを裏から支えているらしい。


 このデバッグ用、という名称は開発における便弁上の扱いで、勿論開発の初期段階では名前通りの役割を果たしていた。当初は全てがデバッグ用サーバーで完結し、そのコピーが本番環境として公開される予定だった。


 だが、テスト中に1つの不具合が判明した。それは撃破されたNPCのAIが、被撃破時の記憶を引き継いで復活すると自我が保てなくなるという物だった。

 しかし戦闘データとしては、破壊される事までを含めた全てが"結果"として必要になる。そのため、NPCがゲーム内で失われた際の処理方法を変更せざるを得なくなった。


 開発チームが出した結論は、表側で死亡もしくは破壊されたNPCはその寸前でデバッグ用サーバーへと転送されるという物だった。同時に、ただのオブジェクトと化した"見た目が同じ物"がそこに現れる。置き換えは一瞬で行なわれるので、プレイヤー側からの見かけ上では違和感が生じる事は無い。

 それによってNPCは"個"としての意識を保ちつつ、破壊による自我の崩壊を防ぐ事が可能となったのだ。

 これを実現する為にはNPCの転送先が必要であり、それに選ばれたのが検証環境であるデバッグ用サーバーだった。


 デバッグ用サーバーは【タルタロス】というコードネームで呼ばれている。そして私達が使っている表側は【ガイア】だ。

 なるほど、元にした地域に因んでいるというのは開発チームの遊び心だろう。


 しかしベルの目的が戦闘経験値を得る事であるならば、ガイア側でプレイヤーを相手に戦闘を行なってもいい筈だ。何故グローバル・エレクトロニクスは、タルタロスにベルを送り込んだのだろうか。

 その疑問に対する回答は、とてつもなくグロテスクな物だった。


 タルタロス内で死亡したNPCには復活の手段が存在しない。そしてNPCが減ると、その分の浮いた計算リソースはサーバーの負荷分散機能によって適切に分配される。

 つまり"共食い"だ。


 これが、グローバル・エレクトロニクスが打てる最善の手。

 そして彼女がこちらの制御を離れた今、この作戦が進んでいる可能性が非常に高いと言うのがジャックと父が出した結論だった。


 会議室が静寂に包まれる。

 私も、流石に初めてこれを聞かされた時には吐き気を催したから、そうなるのも当然だろう。


「俺達がこれからやるのは、"あの"ベルにNPC用リソースを奪われる前にこっちのベルとの結合を行ない、コントロールを取り戻す事だ。そうすりゃ、全部丸く収まるだろう」


「ローズマリーはいつでも動かせるわよ。特にサポートに関しても、ヴァルキリー隊にお願いして参加して貰える事になったから任せて!」


「ありがてぇ。これは確かにリアルの情勢も絡んでいる事ではあるが、それはそれで別の問題と考えて欲しい。こういう状況にはなってしまったが、あくまでもこれは"この世界を通常に戻す"為の行動だ。手を貸して欲しい」


 ジャックは決意に満ちた目で言う。それは私の言葉を代弁している物でもあった。

 それに考えを巡らす者もいれば、まだ話された事に対して混乱をしている者もいた。

 それは特に、エレメンツ中隊の人間だった。


「…………隊長」


「正直、話が突飛すぎてついていけていないんだ。少し、隊で話し合う時間をくれないか?」


「ああ、勿論だ。出発までにこっちもやらなきゃいけない事が多いしな。一旦解散して、一時間後にまたここで集まろう」


「了解した」


 その言葉と共に一礼をしたウィリアム達は、踵を返して部屋を出ていった。


「……信じてもらえたかしら」


「わかんねぇ。まぁ元から頭数には入れてなかったから、駄目で元々って所だしな」


 前にやった戦闘ログの拡散も、正直あまり効果が無かった。信じてくれる人もいたが、もう既に陰謀論扱いされてしまっているのが現実だ。私だって現実を目の当たりにする事が無ければ、こんな話はスルーを決め込んでいたに違いないだろう。


 この話の鍵となる筈の眠り姫は、未だ並べた椅子の上に目を開けたまま横たわっていた。




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