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第39話 帰宅


 日本に戻ってまず最初にやった事は睡眠だった。

 帰りの機内で少しは寝られるかと思ったのだが、これが全く無理だった……と驚くのは流石に2回目で、行きの機内でも同様の経験をしていたから、とにかく早く時差ボケを治したかったのだ。

 今回の行程は弾丸旅行どころの話では無いスケジュールであり、結局最後まで疲労まみれだった。


 ちなみにサンダーバーズは見れなかった。ちょっと期待してたのが正直な所だったので、その落胆も余計に疲労感を増やしたのかも知れない。


 そうして一眠りしたら時間は夜中。部屋は真っ暗で、一階にある冷蔵庫を漁りに行く道中も当然のように真っ暗だった。

 母とは「まだやる事があるから」と横田基地で別れていた。事後処理や報告なんかがあるんだろうか。仕事についての具体的な話は一度もしてくれた事は無かったし、今回もそうだった。


 まぁ、そういうもんだろう。仕方ない。


 仕方ないと言えば、今開いている冷蔵庫の中身についてもそうだ。蓄えた冷気以外には何にも無かった。牛乳はあるけど……なんかこの臭いはヤバいかもしれない。

 諦めてコンビニでも行くかと思い、自分の部屋にある財布と取ってこようと階段を登り始めたその時。


 ガタリ。


 二階で物音がした。

 母は居ない、父も当然居ない。この家に私以外が居る筈が無い。公安が見張ってくれていると母は言ったが、それだって完全じゃないだろう。相手が本気で消しに来ているなら、どんな可能性だって捨てられない。

 不審者……どうする? とりあえず急いで来た道を戻り、台所へと入る。

 ここになら武器になる物はある。シンク下から包丁を取り出し、強く握りながら自分にこう言い聞かした。


 これはゲームじゃない。


 そもそも近接格闘術にシステムアシストなんて無かったと思うが、それでも筋力の均一化さえあればと思わずにはいられない。現実の私ではコック無双は出来ない。

 物音は足音へと変わり、階段を降りてくる。私はキッチンの扉の陰側に隠れた。

 この状況を切り抜けるには先手を取るしか無い。最大の攻撃力を先に相手へ叩き込み、その隙に外へ出る。その後は交番にでも駆け込むしかないだろう。

 足音が同じ高さへ来たのを感じ、汗ばむ手で包丁を握り直した。


 音の場所からするともうドアの前。全ての力を以てコレを突き刺してやる。

 くたばりやが……。


「おーい、起きたのか? フィー……? お前、何してんの。は? 包丁? あっぶねーなおい!」


 無防備にキッチンのドアを開けて入ってきたのはジャックで、幸運にもその顔を確認出来た私はすんでの所で踏み止まれていた。


「なんでまたあんたがいるのよ……」


 そう言いながら緊張から開放され、へにゃりと腰が抜けてしまった。




 とりあえずキッチンのテーブルに腰を落ち着けた私達は、ジャックが買ってきてくれたコンビニ弁当に齧り付いた。ベガスでの料理も美味しかったけど、緊張感から解き放たれて食べるいつもの物って良いもんだなぁ。


「……で、さっき本気で殺そうとした相手に何か言う事は無いのかね?」


「ほんふぉーに、ほふぇんへぇー」


「食ってからにしろや……」


 言えって言われたから言ったんじゃないのよ、理不尽な。ごくん。


「で、なんでジャックが私の家に居るの?」


「お前、さては帰り道にした話をなんも聞いてなかったな?」


「……なんか言ってたっけ?」


 めっちゃ眠かったし全然覚えてないわ。


「はぁ……じゃあもう一回言うからな。今日から俺もここで暮らす事になった」


 んぐ、ブッふぇ!


「きったねぇなおい! 米粒こっちに飛ばすんじゃねえ!」


「なんでそうなってんのよ!」


「こっちが聞きてぇよ……圭一さんも雑にオッケー出しやがって、ソフィーさんなんてノリノリだったんだぞ。あんなん俺に止められるかよ……」


 そう言われ、あの2人が勝手に話を進めていって混乱する彼の気持ちが想像出来てしまった。


「うん、その辺は身内の事として謝る。なんかごめん。お母さん、言い出したら聞かないし」


「……お前ら、ほんと親子だよな」


 親しい人間にそう言われる事程、逃げ場の無い事もないと思う。やぶ蛇にならない内に話題を変えよう。


「じゃあさっき上からしてた音ってそれ関連?」


「ああ。圭一さんの部屋を使って良いって言われてな、PCなり諸々のもんを運び込んで配線してたんだ」


「まぁビックリはしたけど、ジャックが居てくれるって言うなら安心感はあるわね」


「そう言って頂けますと有難き幸せで御座います、お嬢様」


 うむ、苦しゅうない。


「でよ。話は変わるんだが、お前の使ってるPCのスペックってどんくらいなんだ?」


 変わり過ぎだろ。


「確か、説明書にあった推奨環境は満たしてたと思う。そっちも一緒にお母さんが持ってきたんだけど、調べたらあんまりの高スペックに驚いた記憶があるから。おまけに説明書には【推奨環境では2人でプレイ出来る】って書いてあるし」


 VRゲームなんて基本的に1人でプレイするもんなのに、なんで2人プレイを前提としての環境が推奨されてるんだろうと考えた事を思い出した。


「あの裏話を聞く分にはな、なるべく初回のVR体験はリッチな物にしたかったという開発側の意図があったらしい。いくら全感覚型VRインターフェースだって言っても、やっぱ目で見る情報の占める割合は大きいしな」


 確かに。

 VRも定着してから暫く経つが、初期の頃はスペック不足による没入感の無さから不遇な評価をされたゲームも多かったと聞く。


「ま、今回ベルをスタンドアローンでログインさせる為には、その意図を有効に活用させて貰えるって訳だ」


 そうか、だからスペックの話か。

 てっきり私のPCから2人でログインするのかと思ったけど、それならジャックが自分用のを持ち込むのも分かる。

 もし私のが低スペックだったら、彼の持ち込んだPCを私に使わせる予定だったんだろう。


「でも元はローリングキューブのスパコンで動いてた物なんでしょ? 大丈夫なの?」


「そもそもある程度はクライアント側での処理も行なわれている仕組みでな、完全にクラウドって訳じゃないんだ。人間のプレイヤーであれば視覚を含めた感覚情報をアウトプットする必要があるが、それが必要無い分AI側の処理にパワーを回せるんだと。ベルの記憶があるデータベースはローリングキューブ側に接続する必要があるんだが、それにもセキュアなバックドアが用意されてると聞いてる」


「まるで最初から、そうする為に作られてたかの様ね……」


「あながち、その憶測も間違って無いかも知れんけどな」


 さて、と。食べ終わった弁当の空を片付けながら、


「ちょっと先にシャワー浴びたいんだけど」


「んじゃ俺は上に戻って作業を終わらせとくわ。どうせ本格的に行動するのは現実の太陽が昇ってからだろ、みんなまだ居ないだろうしな」


「覗かないでよ……?」


「んなこたしねぇよ!!」




 ***




 二階の自室(仮)に戻ったジャックは、持ち込んだPCとVRインターフェースの設定を再開した。

 先程のフィオナとの会話でも散々言ったのだが、全くなんでこんな事になってんだと思わずに居られない。

 一応は他人であって、いいおっさんである自分が、だ。女子高生と一つ屋根の下で、しかも向こうの親公認で同棲とか誰が考えても頭狂ってんじゃねえのか、とPCの電源ケーブルに対してツッコミを入れながらコンセントに突っ込む。

 おまけに下からはシャワーの音が聞こえてきて、この状況で落ち着ける男がいるとしたらそいつはブッダかよ糞が、と毒づく。


 こんな愚痴を同僚に言ったら「うるせえ羨ま死ね」ぐらいは言われそうだ。

 願わくば、これが終わるまでに淫行罪で逮捕なんて事になりませんように。

 NSA局員が同盟国内での活動中に未成年へのわいせつなんて、洒落にならないどころか国際問題まで行く案件だ。クビじゃ済まねえな、と背筋が冷える。


 ガチャリ。


 その音に振り向くと、開いたドアの向こうには下着姿で濡れた髪を拭いているフィオナが立っていた。


 なんでだ?


 ああ、そうか。こいつ母親と二人暮らしだから普段はほぼ裸族みたいな感じなんだなと納得をした。

 小柄ではあるが、年頃の女性としてはとても魅力的なスタイルだった。すらりと伸びた脚に、きっちり締まった腰周り。ハリのありそうな色白の肌がとても眩しい。

 上下ともスポーツ系の下着で合わせており、灰色が白い肌とのコントラストになっていて、とても目を惹く。

 大人の色気という物は確かに無いがこれはこれで、うん。


「ジャックー、これからインするからよろしくー」


 で、当の国際問題の火種はと言うと、さも当然といった顔をしていらっしゃる。全く気付いて無い様だ。


「おう、わかった。こっちも終わったとこだ。まぁそれはいいから……頼む、服を着てくれ。な?」


「へ?」


 一度こちらに目を合わせ、下を見て、耳まで顔を真っ赤にしてから勢い良く出て行きやがった。

 あいつ、馬鹿だろ。


 しかし、胸はやっぱ遺伝してねぇな。別にいいけどさ。




 ***




 ジャックの部屋(仮)のドアを叩きつける様に閉め、自室に駆け込む。


 かんっっっぜんに忘れてた私の馬鹿ぁぁあっ!

 この家にはいつも母しか居なかったから、ついいつも通りの流れで風呂場から下着のままで歩き回ってしまっていた。

 見られた? いや見られたなんてもんじゃない、全力で自分から曝け出してんだから。

 はあぁぁあぁぁあぁぁぁ……。


 コンコン、とノックの音。

 出たくない。絶対に今の顔は見られたくない……!


「おーい、入るぞー」


 開きそうになったドアに、全体重を掛けたタックルをして閉めた。


「のわっ!! あっぶねぇな、指挟むとこだったぞ!」


 そんな文句を無視して、ほんの少しだけドアの隙間を開けて彼を見る。


「……なによ」


「なによ、じゃねぇよ。とりあえず圭一さんのUSBをVRインターフェースに挿してログインするまでは何が起こるか分かんないんだから、いざって時の為にお前がログインするのを見届けるんだよ。当たり前だろが」


「お願いだからちょっと待って、着替える」


 急いでクローゼットからタンクトップとハーフパンツを取り出して、身体を通した。

 そしてドアを開け、


「……おまたせ」


「おう。入るぞ?」


 駄目だ、ヤツの顔を見れんぞ。

 ジャックが部屋に入ると同時にベッドへと飛び込んだ。


「えっと、インターフェースはこれか。USBは……あったあった。これをインターフェース側に挿せって言ってたな」


 顔を合わせないように様子を伺いながら、タオルケットに顔を埋めた。


「そう」


「……これでよし。左側のポートに挿してるから寝返りは打つなよ」


「そう」


「お前、いつもうつ伏せでログインしてんのか? 首痛くなるだろそれだと」


「ちがう」


「だったらほら、仰向けになれって」


 あっやばいってそれ。身体が抱えられて……肩の全体と膝の裏に体温を感じてしまって、何より顔が近くて余計に意識しちゃう……。

 これ完全にお姫様抱っこじゃん……。


「ほれ、自分で着けた方がいいだろ」


 そう言って胸の上にVRインターフェースを置いてきたので、顔を隠していたタオルケットを一瞬で跳ね除けてインターフェースを被った。




---------------------

 Initializing...

 Boot stand by.

 

 .

 ...

 ......OK

---------------------


【Warning】

Heart rate is not normal.

Please wait a few minutes and try again.


 やば、心拍数でセーフガード出ちゃった……。

 まぁいいや、ちょっとこのままインターフェースで顔を隠しておこう。




 ***




 フィオナにVRインターフェースを被らせたまでは良かったのだが、何かがおかしかった。

 疑問に思ったジャックは彼女の肩を揺すったり叩いたりして見たのだが、何も反応が無い。

 インターフェースのLEDの点灯具合からはまだダイブが始まってない様に見えるのだが、彼女の身体に反応が無いのだ。


「おい、フィー。大丈夫か?」


 問い掛けにもやはり反応が無い。

 もうダイブ処理が始まっているのだろうか。そうすると外部から強制切断するのは余り宜しくない。

 全感覚置換型VRインターフェースには何らかの外部要因による強制切断に対して、安全装置を組み込む事が法令で義務付けられている。だから普通であれば外してしまっても問題は無いのだ。

 だが、今回はイレギュラーな方法を採っている。何が起きても不思議ではなかった。


「くそ、こんなとこで躓くのは予想外だ……」


 微動だにしない彼女の身体。

 それを見てジャックは、過去にあったVRインターフェースによる事故事例を思い出していた。それはまだ現在のようにVR機器が広まっていない、極初期段階での臨床実験中の話だ。


 人間の感覚を上書きするこの方式では、三半規管内の有毛細胞へ外部からの電気刺激を与える事によって平衡感覚をコントロールする。その他にも脳の一部に電気刺激を与えるのだが、それを行なうのがインターフェース内面に付けられた、いうなればフェイズドアレイレーダー状の素子である。

 その感覚置換実験中に、誤った信号を流して心肺停止に至ってしまったのだ。

 当然すぐに蘇生処置が行なわれ、被験者は一命を取り留めた。

 だが報道による悪印象の付与は避けられず、普及には安全処置関連の法令化を待つ必要があったのだった。


 慌ててフィオナの口に手を当て呼吸を確認しようとするが、インターフェースが邪魔をして上手くいかない。

 そこで首の動脈を触りながら、口に耳を近付けようとインターフェースを外して顔を――


 覗き込んだ所で、顔をひっぱたかれた。




 ***




「何してんのよ!」


「殴るこたぁねえだろ痛ってえな! ったく脅かしやがって……」


 人が頑張って(?)心拍数を整えようと目を閉じてジッとしてたら、いきなりインターフェースが外されたので目を開けたらジャックの顔が至近距離にあったのだ。

 キスされるのかと思って、驚いたのはこっちだっつーの!


「ちょっとエラーが出ちゃったから安静にしてただけ!」


 男は狼だから気を付けろと昔の歌にあった筈だが、人の下着を見ておいて間髪置かずにこれだ。調子に乗りやがって……。

 これからこの男と同棲だって? 冗談も休み休み言って欲しいぞ、母よ。


「あーくそ、脳に響く……で、エラーってなんだよ」


「ちょっと心拍数が高かっただけの奴よ……シャワー浴びた後だからそのせいかもね」


 うん、違うそうじゃないと言う事は百も承知だ。

 だが、そうでも言っておかないと恥ずかしすぎてこっちが死ねるので、この嘘は誰に何と言われようが墓まで持って行く。




 そんな事をしていたら、カーテンの向こうでは朝日が昇ってしまっていたのだった。




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