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第38話 完成


 エレメンツ小隊の面々がジェイクのX-35に注目している中、ナオはひとりその場を離れて考えていた。

 ジェイクのX-35は、その無茶な機動を実現する為に嘘のデータを機体へと流していた。つまりそれは速度と高度を偽り、垂直着陸が出来る状況だと錯覚させたという事だ。


「機体を……騙した。現実とは違う認識をさせた……」


 そもそもこの世界自体が現実ではなく虚構の物ではあるのだが、それはマクロな見方をした場合の話だ。今のナオが直面している問題は"虚構の中において現実をどうやって乗り越えるか"であるのだが、こんなトートロジーに陥ってしまう程には彼女は悩んでいた。


 ナオはあの時の行動を改めて整理した。

 まず、相手の機首上げに合わせて操縦桿を引いた。だがその機首上げは上昇の為ではなくてコブラ機動による物であったので、相手が姿勢を立て直す前に少しでも彼我の距離を取ろうと考えた。


 確かこの時点ではスロットルは100%、つまりミリタリー出力だった筈だ。


 その直後、キャノピーの枠にあるミラーを確認すると運良く相手が見えた。想像していたよりも機影が小さく見えたので、そこでこちらも操縦桿を目一杯まで引いた。

 すると勢い良く視界が動き始め、通常の旋回では感じないような方向からGが背中に伝わってきた。身体の全体が滑り、そして下腹部に気持ち悪さが生まれて重力を感じなくなった。


 眼の前に広がっていた天空が一瞬で地面へと変わる。

 その浮遊感を感じ始めた辺りで、スロットルをアフターバーナー位置へと移動していた筈だ。その加速感の直後に爆発音を聞いたのだった。


「推力偏向パドルの破損、爆発音、アフターバーナー……そういえば」


 確かフィオナがおやじさんとこの悪巧みを話していた時に、追加機能の事を教えられていた筈だ。パドルが外側へ開き、強力なエアブレーキになると言っていた気がする。


 その事を思い出したナオは自分のグリペンへと走り、コクピットに潜り込んだ。記憶の通り、スロットルに【EMERGENCY】と小さく書かれたボタンがある。そのままAPUを起動して動翼に血を通わせたナオは、そのボタンを押してからコクピットを降りて機体の後部へと廻り込んだ。


 台形のパドルは開き切るのを超えて、エンジンカウルの延長線より更に外側へと広がっていた。垂直尾翼の真下には通常とは異なって斜め下へと展開されるエアブレーキがあり、これも通常のバドル装備機とは違って逆三角形状に配置されたパドルに干渉しないようになっていた。


 その光景を見たナオは、おやじさんの言葉をもう1つ思い出した。このパドルはコンダイノズルを兼ねる、と。


 その時の会話がよくわからなかったナオは、ログアウトしてから言葉の意味を調べていた。それによると通常では外側に見えているエンジンノズルが、推力偏向パドル装備機は殆どが機体の内側にノズルが隠れるような設計になっていたのだ。


 一般的なパドル式の推力偏向制御方法では「効率的にエンジン排気を制御する事」と「推力の偏向方向を制御する事」は別々に行なわれる。だがこの機体はパドル自体がコンダイノズルを兼ね、最終的に排気される部分の面積をコントロールする事が出来る。


「あれ? じゃあ……」


 ミリタリー推力で最大まで絞り込まれるパドル。そこから推力偏向をどうやって行なうのだろうか。

 パドルによってノズルを擬似的に絞り込むという事は、各パドルが大きく内側へと傾いた状態になる筈だ。その状態から推力偏向の為にパドルを動かせば、エンジン後部はパドルによって大きく塞がれる事になるだろう。


 そこにアフターバーナーを作動させ、燃料を追加して点火したら。


「あっ!!」


 叫ぶと共にナオはグリペンのコクピットへと飛び込んだ。

 グリペンのエンジンが始動され、APUより更に甲高く大きな音がエプロンに響き出す。


「およ、ナオちゃんまた飛ぶんだ」


 動き出したグリペンに気付いたエイリの言葉で、ジェイクを質問攻めにしていたエレメンツ中隊のメンバーもその動きを一旦止める。


「……何か分かったのかな」


 そう呟いたジェイクは、再びウィリアム達の注目を集める。

 彼等としてもナオを手伝ってあげたい気持ちはあるのだが、機体最適化の進捗度が上がらない原因が分からない今、また機体が破損するのではないかという不安を持っていた。


 結果的に前回はエンジンのフレームアウトで済んだ。だが、そもそもコンピューター制御された機体が、扱い方次第でフレームアウトするなんて現象が出た時点で駄目なのだ。それこそ通常の機体をそのまま使った方がいい。

 推力の喪失は墜落へと直結する現象だ。現実であれば、その機種が丸ごと飛行停止になりかねない。原因が突き止められて再発防止策が取られるまで、別の機体で補う事になる。


 だが、これはゲームだ。しかも全プレイヤーの身体能力がほぼイコールコンディションであるという設計であり、個性はそれぞれの使用する武器・兵器によって表出される。貴重なアイデンティティを獲得出来るチャンスでもある。

 この問題はナオの所属するフェザー隊の問題であって、ナオ個人の問題でもあり、解決出来る人間は当事者以外に居ない。


 多分、その事は彼女自身が一番良く分かっている。

 ここの所しばらくナオと行動を共にしていたジェイクには、根拠の無い期待感が生まれていた。




 轟音と共にグリペンが浮き上がる。

 離陸後に水平飛行をしてある程度の速度を得てから、緩やかなインメルマンターンを行なって10,000ftまで高度を稼いだ。滑走路の延長上にいれば、またフレームアウトしても着陸する余裕が稼げるだろうと考えての行動だった。


 機体の姿勢を安定させてから、ナオは大きく息を吐きだした。

 スロットルの【EMERGENCY】スイッチを1度押すと、機体が震えだして対気流速度が一気に下がっていく。機首方向も、HUDのベロシティーベクターもほぼ動かず、余計なモーメントが発生していない事が感じられた。


 もう1度スイッチを押してブレーキを収納、すぐにHUDの対気流速度計の数値が再び増えていく。

 それが500ktに達した所で、7割程に操縦桿を引いた。


 水平線が身体の下へと消えていき、青空が視界を埋め尽くしていく。対気流速度が減り、代わりに高度計の数値が増えていく。

 その一瞬でナオの身体には重力の8倍になる力が掛かり、肺から空気が漏れる。オーバーG警告音を無視して、操縦桿を腹部へと叩きつける勢いで引く。FCSが操作を拒絶しトルクモーターが操縦桿を元に戻そうとするが、それでもナオは力の限り引き続けた。


 ずるり、と機体が滑る感じがした。


 主翼から気流が剥離していく。だが曲げられた推力が「そんな事は関係無い」とばかりに捻じ伏せ、視界が縦に回転。すかさずアフターバーナー位置へとスロットルを前進させ、【EMERGENCY】スイッチを押した。


 不思議な感覚だった。

 本来は加速する為の動作と、減速をする為の動作を同時に行なっている。更に、身体が勝手に操縦桿を細かく引いて微調整をしている。

 ナオには何故か理解が出来ていた。これはシステムアシストでは無く、己の本能が動かしているのだと。


 ぴたりとベロシティーベクターが止まり、浮遊感が落下感へと変わる。その落下感も秒は続かず、あっという間に加速感へと塗り替えられた。

 はっとしたナオは【EMERGENCY】スイッチを再度押し、ゆっくりと操縦桿を引きながら水平飛行へと移った。


 空と陸の割合が元に戻ったコクピット内には、アフターバーナーの轟音が響いていた。

 スロットルをミリタリーへと戻し、ナオはゲームのホロメニューを開く。

 飛行中のホロメニュー操作は滅多にやらないので、少し新鮮さがあった。飛行中にこんなものを見ている余裕は無く、誤操作で他のスイッチを触ってしまう危険性があるからなのだが、今の彼女の頭からそんな事は吹き飛んでしまっていた。


 機体メニューには【FCS optimization completed.】の文字が輝いていた。

 両手を挙げてガッツポーズをしたナオは、勢い余って渾身の力でキャノピーを殴ってしまったのだった。




「なんかフラフラしてませんかね?」


 一連の飛行を見ていたエイリが呟いた。

 クルビットを再現し終わったナオの機体は何故かフラフラと水平飛行をしていたのだが、少ししてから針路をこちらに向けて着陸態勢に入った。

 フレアを掛け始める頃には姿勢は安定し、接地したタイヤからはスキール音と共に白煙が翼のように広がった。


 エプロンまで戻ってきたグリペンからナオが降りてくる。見守っていた全員が駆け寄り、その中でもエイリが最初に声を掛けた。


「大丈夫だった?」


「いてて……手をキャノピーにぶつけちゃって……」


 そう言って、ナオは両手をぷらぷらとさせた。その割には頬が緩んでいて、痛がっているのか喜んでいるのかよく分からない顔をしている。


「機体の方は特に問題は無いみたいだね?」


 ジェイクは胴体後部を見ながら言った。前回とは違い、外から見てとれるダメージは無い。全くの無傷だ。


「はい。これで……グリペンの完成です!!」




 ***




 ラスベガス・フリーウェイのジャンクションから程近く、中心街にあるホテルの最上階から外を見渡す。もう夜の帳が下りている筈なのだが、煌々と輝く街の灯りがそれを拒んでいた。

 遠くにはスカイツリーみたいな形の塔が当然のようにイルミネーションされて聳えており、その形と夜景の色が私から現実感を奪っていく。赤や青、ナトリウムランプの街灯が日本では見れないような色彩を放っている。ここは一年中、クリスマスなんだろうか。


 ホテルの名前からしてここはダウンタウンらしいのだが、日本の街並みしか知らない私からしたら、これのどこが下町なんだと文句を付けたくなってしまう。

 誰に文句を言うんだと言われたら、横にいるこの男にしか言えないのだが。


「相変わらず、すげぇ夜景だよなここは」


「見慣れてる物かと思ってたけど、そうでもないのね」


「ネリスにいるからって言ってもな、そうそうカジノなんて行けないって。そういやここにも入ってるんだったな、残念ながら今回は行けないけど」


「おこちゃまでスミマセンね」


「おこちゃまじゃなかったとしても、この状況じゃそもそも安全面から行かせらんないけどな。いくら警備員だらけだって言っても」


 ジャックも一応は仕事でやっている訳で、万が一私を無事に日本へと帰せなかったなら色々あるのだろう。そりゃ面倒臭い問題が。

 ――それ以上の事は考えないようにしたい……のだが、こんな場所で2人きりという状況だとどうしても意識してしまう。


「で、どうだったよ」


 彼の言葉の意図する所は、父と直接話をした事についてだろう。


「まだなんか、実感がね」


 今後の事も含めて、父とは午後の全てを使い切って言葉を交わした。病み上がりですらまだ無いと言うのに、彼はこちらの聞きたかった事については全て答えてくれた。

 これから起こっていく事についても、ジャックを経由して情報を得られるという事だった。


「とりあえず日本に戻ったら、みんなとまた話をしなきゃ」


「それもそうなんだが、俺が聞きたいのは――」


 そう言いながらジャックは、私の両肩を掴んで身体を向き合わせた。彼はいつになく真面目な顔で、澄んだ蒼い瞳をぶつけてくる。

 それについ私は目を逸らしてしまったのだが、これはきっと私の悪い癖だ。


 この一件が始まってから、私はずっと地に足が着いていないような感覚を持っている。様々な事実が襲い掛かってきてはそれに対処し切れず、再び変わる状況に流されているばかりだった。


 その選択が正解へと向かう道なのか分からない事が、とても不安に感じる。


「…………」


「本音を言えば俺は、これ以上この件にお前が関わらなくてもいいと思っているんだ。ここで降りたって誰も責めないし、俺だってそれを尊重する。調整は要るだろうが、日米のどっちかが案件を引き取って――」


「……お願い」


「答えは……見つかりそうか?」


「分からないけど、見つけたいの」


 ジャックに掴まれた肩が、彼の身体へと引き寄せられる。いつかのように彼の胸元へ顔を埋めると、私はあの時と同じ安心感と心地良さに包まれた。


「ジャックが離席してる時、お父さんに聞いたの。お父さんは、どんな空を見ていたのかって」


 相槌の代わりに、彼は私の背中に手を回した。


「お父さんは『怖かった』って言ってた。仲間を奪われて、だからこの開発を始めて……だけど、それだけじゃないとも言ってた。そこは自分で見つけた方がいいって」


「……俺もな、お前に出会う前まではそうだったよ。ゲームだってのに、飛んでたら昔の事を思い出しちまったりしてな」


「今はどう?」


「そうだな……じゃあ、全部終わったらその答え合わせをしようぜ。ああ勿論、ナオもベルも入れてな」


「うん、やりたい。絶対にやりましょ」


 顔を上げて彼を見上げた。

 当然そこにはみんなが居て欲しい。だって、ずっと4人でやってきたのだから。


 彼の胴に私も腕を回して、少しだけ私達はお互いの体温を感じ合っていた。

 それはゲーム内でのものより、少しだけ温かかったような気がした。




「おまたせフィオナー、なかなか売店が見つからなくって……あら」


 ガチャリと開いたドアの向こうには母がおり、


「あっ、ちょっ、これは!!」

「あっあっ、ふぃっ、フィーの背中に虫がいましてね! ほら、今追い払ったぞ!」

「ほ、ほんと? アリガトーゥ、タスカッタワーァ!」


「……フィオナ。今夜はこの部屋、二人で使えば? お邪魔虫は隣に行きますわよー」


「何言ってんのお母さんのアホー!!」





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