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第35話 失火


 セイレーン隊最後の1人とナオの模擬戦が始まった。

 ここまでの連戦で流石にナオの動きには精彩が欠けてきているのが、エイリとジェイクには見て取れていた。

 今日はここら辺が引き際なのかもしれない、とジェイクは考える。だらだらとやった所できっと得られる経験値は少ないだろう。

 このゲームはこういう部分で"内容"を求めてくるきらいがある。


「これが終わったら、一旦サラマンダーの人と話をしようか」


「それがいいかもしれませんね……あれ?」


 上空を見ていたエイリは違和感を感じた。

 先程までと何かが違う。勿論それはナオの操るグリペンの動きについての事なのだが、それを上手く言語化出来ない。

 状況としてはこれまでの対戦でも良くあった様に、出だしでフランカーの背後をグリペンが取っている。そこから機体スペックでひっくり返されるのがここ数回で増えてきたパターンだ。

 しかし、


「なんだ、この気持ち悪さは」


 思わずジェイクが呻く。

 速い。遅い。そんな単純な表現では足りなかった。相手の動きに寸分狂わずに合わせているのだろうか。

 だが、戦闘機には機体に適した旋回速度がある。同じ機体ならともかく、グリペンとフランカーでは何もかもが違う。そこを旋回中に調節する為にハイローそれぞれのヨーヨーという技があり、溢れたエネルギーを高度に変換したり、逆に位置エネルギーを取り出したりするのだ。

 だが、今のグリペンは前を飛ぶフランカーの飛行ラインを寸分違わずトレースしていた。まるで出力差を感じさせず、まるで機体のサイズ差も感じさせない。


「さっきまでとは動きが全然違いませんか」


「疲れじゃなくて、試していたのか……?」


 しかしこれでは"勝ち"には繋がらない。

 敵と同じ飛行ラインをトレースするという事は、一瞬遅れて同じ場所を通過するという事でしかない。撃墜、特に今回のようにガンキルを行なう場合は偏差射撃が必要となる。

 相手の動く先に機銃の弾を置くには、そこに機首を向けなければならない。それはつまり、今の飛行ラインから外れる事を意味する。


「動いた」


 ジェイクのその言葉の直後、グリペンがヴェイパーを曳きながら右旋回をするフランカーの内側へと入る。それを悟ったフランカーは旋回を緩め、左側へと一瞬で切り返す。

 それに合わせてグリペンも左へと切り返したその瞬間、


「……コブラか!」


 垂直になったフランカーは大量のヴェイパーと共に急減速をした。

 その動きに惑わされたかのように、同じ様にして主翼上に水蒸気を纏いながら上昇するグリペン。


 ここで上昇は駄目だ。そうジェイクが思った通り、垂直を維持したままアフターバーナーを点火するフランカー。

 上昇する事で運動エネルギーを失ったグリペン。方や先に失った運動エネルギーを回復し始めたフランカー。これではオーバーシュートしてしまったグリペンが、フランカーに後ろを取られる。


 しかし、そうはならなかった。

 上昇して速度を失ったグリペンのピッチ変化が止まらない。むしろ上昇時の勢いをそのままに、放り投げられたようにしてループの頂点で空気を掴まないまま半回転。そこから爆発的なアフターバーナーを点火したグリペンは、真下へと加速を開始した。


 突如生まれたヘッドオン。上昇するフランカーと急降下するグリペン。

 その機体が交差した瞬間、勝負の行方は決したのだった。




 アラートで溢れるグリペンの機内では、横長のMFDが表示で埋め尽くされる。

 エンジンのフレームアウト。警告灯リセット。動翼は機能しているのでEPUは問題無い。APUでのエンジン再始動、失敗、APUジェネレーターはそのままオン。高度3,000ft、幸い飛行場のほぼ真上で模擬戦をしていたので行けるとナオは判断した。


 着陸の為に滑走路の少し先へと機体を滑空させている間、何故このような事態になったのかと考える。

 原因として考えられるのは先程行なったクルビット、もしくはその直後に点火したアフターバーナーだ。一瞬の加速はあったのだが、その後に軽い爆発のような音が機体後部から確かに聞こえていた。

 とはいえ滑空の挙動におかしな所は感じられないので、尾翼付け根にあるFCSも正常だろう。一般的にFCSとは火器管制装置だが、この場合にはフライトコントロールシステムを指す。つまり尾翼が吹き飛ぶようなダメージでは無い筈だ。


 グライドスロープだのILSだのを完全に無視した角度からランディングコースへと進入。高度を下げた事により増加したスピードを旋回とエアブレーキによって相殺する。

 エンジン音の聞こえない不安感。しかしそこに静寂は無く、聞こえなくなった物を補うかのように風切り音がコクピットを包んでいた。


「スロキス管制塔! 許可なんて関係無しに降りちゃいますからね!」


 そうオープンチャンネルで言い放ったナオはランディングギアを出し、乱暴に機体を接地させた。




 ***




 そういえば私は家族旅行をした事が無かった。物心がついた時には母しか居なかったし、その母はいつも仕事で家に居なかった。

 だが私は世界中を旅していた、それも自分だけの力で。父の書斎にあったPCとフライトシミュレーターがそれを可能にしてくれたからだ。

 だから学校で習う前に地球が丸い事は知っていたし、鳥が何故飛べるかも理解していた。その理解は学術的な物とは言えないが、一般的に言われている事柄については分かっていた。

 そして人より長い時間そう言う事を考えていたせいか、なにより身体感覚として理解出来ていたのだと、今になればそう思う。


 ホテルに一泊した私と母は翌日、起きてすぐに父という男のいる病院に向かった。ネリス空軍基地内北西にある、州道604号線に面した医療センター。茶色で飾り気の無い外壁に覆われるそこは、米空軍が運営しているらしい。

 ジャックの話から、この件は既に国が動く案件になり始めている。ただしチャールズの率いるグローバル・エレクトロニクス社が食い込む政治家絡みで大っぴらに動けない理由もあって、雑に言ってしまえば私がこれからその貧乏くじを引かされる事になるのだろう。

 その辺の話を行きの飛行機内で説明していたジャックの顔は、これまで見た事もないような顔だった。そう言う意味で言うと母もジャックも厳密にはこちら側の人間では無いのだが、ここで2人を拒絶してしまえばベルさえ失った私はほぼ孤立無援となる。

 そもそも信じない理由も無いしと、この問題には開き直るしかない。


 で、だ。そこで開き直った所で私はもう1つの爆弾を抱えているのであって。その原因が、私の目の前にあるドアを潜った先にある病室で寝ている訳で。

 母もジャックも私の後ろから動かず、私にドアを開けろという無言の圧力を掛けてきている。

 勘弁して欲しい。今すぐにでも父と言われる男との会話なんて放り出して、時差ボケを直す為に昼寝させて欲しいのだ、私は。

 ここまで連れてこられた主目的がそれだと言われても、別に自発的に言い出した事じゃないし。


 そうやって自分へ言い訳をしている内に、内側からドアが開けられてしまった。巡回に来た女性の看護師とばったり向き合った私は、


「Hello,are you his next of kin? He is sleeping now but I think he will get up soon.」


「お、おーぅ……せんきゅーぅ」


 などと、私を完全に同国人だと思っているだろう相手に対して情けない返しをしてしまい、


「そこまで英語が駄目だとは思わなかった。今、何て言われたか理解出来てなかっただろお前」

「母親面していいかしら。流石にゲームなんてやらせてる場合じゃないわ……」


 なんて事すら後ろで言われる始末だ。全然聞き取れなかったのが図星なだけに本気で腹が立つ。

 帰るぞマジで。


 ベッドに横たわった男には、思った程には痛々しい印象は無かった。胸に銃弾を受けたからだろうか、顔には意外と傷ひとつ無い。流石に髭は伸びてきており、40代後半と聞かされていた印象より少し上の年齢に見えなくもない。

 これが、私の父親の顔なのか。

 チャールズに閉じ込められた時にチャットウィンドウで見たのが微かに思い出されてきた。


「こうやって会うのは久しぶり、ちょっと老けたわね」


 そう言って母はセンサーの付いた彼の手を握った。長い金色の髪を通して見えたのはとても優しい顔で、彼女も彼に振り回されたような物だと思っていた私は、どうも考えを改めなければならないようだった。


「フィー、彼が圭一さんだ」


「じゃあ今、彼を殴るのも私の当然の権利よね」


「お前、殴らないって言ってたじゃねえか」


「気が変わったわ。楽しくゲームをやってただけの筈なのにこんな事に巻き込まれて。挙げ句の果てに殺人までしてしまって――」


「……お前は殺していないよ、フィオナ」


 聞き慣れない、だが一度だけ言葉を交わした声。ベッドの主がこちらを見て、そう言ってきた。


「よいしょ……と、嫁だけじゃなく娘からも殴られたらたまったもんじゃ……痛っつ」


 上半身を起こそうとして痛がるおっさん。崩れ落ちそうになった彼の身体を母が支えた。


「P.G.S.Sを介しての戦闘の事、だろう? いきなり別機種での戦闘だった筈だが、上手くこなしていたな。最初にお前が撃墜した機体からはパイロットは脱出出来ていた、エンジンに綺麗に当たってたからな」


「でもその後――」


「その後、自立行動のB.E.L.L.Sとクロスファイアしていたな。お前の弾が先に着弾していたが、パイロットを殺したのはB.E.L.L.Sの弾だ」


「でも結果的には――」


「結果的にあのパイロットは死んだだろう。だが、お前のせいじゃない。お前が撃っていなくとも、結果は同じだった」


「じゃあ、その前に私がこのスクランブルミッションの仕掛けに気付いていたなら!」


「2回目にミッションを無視して旅客機を救っただろう。あの時点でそんな行動をしたのは世界中でお前だけだ。お前は誰にも出来ない事をやったんだ、流石は俺の娘だよ」


 そう言って頬を撫でてくれた手の暖かさが、心の底にあった硬い物を解していってくれた。




 ***




「一体何が起こったんだい?」


 グリペンを降りたナオにジェイクが問い掛ける。

 スロキス空港のエプロンまで牽引されてきたグリペンは、いまだにエンジン部から少しだけ黒い煙を吐き出していた。外から見て、特にダメージの大きそうな物は推力偏向パドルだった。金属と複合素材で作られたそれは、端がささくれ立っている。


「電子的な模擬戦の設定だったよね? って事は撃たれたんじゃないんでしょ?」


「はい、エイリさんの言う通りです。クルビットしたまでは良かったんですけど、その後にスロットルを全開にしたらなんかボンッって」


 戸惑いながら、ナオはホロメニューを出して機体の耐久値を調べた。

 このグリペンはフィオナから購入した物であって、それもつい最近だ。なのでオーバーホール時期が近かったりだとか耐久値が落ちていただなんて事は考えにくかったが、それはホロメニューが映し出した数値も裏付けていた。

 機体耐久値は88%、これはほぼ今回のトラブルによる損傷だろう。

 フライトコントロールシステム最適化の進捗は80%で止まっている。


「いくらなんでも、こんな短期間で故障すると言うのは考え辛いね」


 ジェイクの考えもナオと同じだったようだ。そうしている内に対戦相手だったセイレーン隊のフランカーも着陸し、エレメンツ中隊のメンバーもナオ達の方へと集まってきた。


「おおっとこれは……」

「お前、わざと撃っただろ」

「撃ってないぞ! 人聞きの悪い事言わないでくれよ!」

「ホントかしら」


「ま、まぁ、間違いなく被弾では無いですから……」


「――これは何か、内側から力が掛かったような感じがするな」


 エンジンを覗き込んでいたウィリアムが呟く。


「おかしくなったのはクルビットの後かい?」


 その言葉に頷くナオ。そうなるとあの機動が一番の原因と考えるのが自然だろう。しかし、それはそれで矛盾が発生してしまう。

 現代の戦闘機はFADECと呼ばれる物がエンジンをコントロールしている。これは状況によってコンピューターが自動的に燃焼を調整するもので、複雑なエンジン制御を可能にしただけでなく、エンジンの扱いを簡単にもした。

 もしもFADECの不具合だとすれば、ホロメニュー上にもそのような表示が出る筈だった。つまりこれは正常と言う事だ。


「フランカーってコブラとかやる時に、何か特別な事をしたりするんですか?」


「いや、特には……スティックにフライバイワイヤのAoAリミッタースイッチがあって、それを押してから対気流速度200km/hぐらいでスティックを素早く手前にぐいっと」


「あ、そっか。ロシア機って単位が違うんですよね」


「後は、自動で可変インテークが調整されるとかだったか……」


 それを聞いたジェイクが、


「そう言えばF-35も結構無茶苦茶なポストストール機動が出来るんだけど、それを可能にしているのがあのインテークだって話を聞いた事があったかな」


 グリペンのエアインテークはフランカーとは違って固定式だ。グリペンより古いF-14やF-15ですら空気の流入を制御する為の可変式インテークを備えている。

 ただし、これらは超音速飛行時にインテーク内で発生する衝撃波を抑制するものである。高AoA飛行において空気流入量が少なくなったのであれば、FADECが自動的に燃焼をコントロールする筈だ。


 いよいよ、原因が分からなくなってきた。このままでは推力偏向パドルを手に入れたのに宝の持ち腐れだ。


「とりあえず……グリペンは修理に出します」


「どうしようか、まだ我々はサラマンダー隊を残してはいるんだが」


「もしそちらが良かったら、明日もお手伝いしてもらう事って出来ますか……?」


 ナオの申し出に、ウィリアムは中隊メンバーの方を見た。どうやら彼等もこのトラブルに興味が湧いて来ていたようで、「問題無い」という回答で意見が一致したようだった。


「ありがとうございます!」


 一礼して、グリペンを格納庫へ牽引し始めるナオ。


「ま、あのパーツの事が情報として手に入るならこっちにもメリットになりそうだしな」

「女の子が困っているっていうのに、そうやって下心出すから副隊長はモテないのよ」

「相変わらずキツいぜ。大方このトラブルも、下で見てたハーピー1が音痴な鼻歌でも歌ったせいなんじゃねえの」

「やべえなその音響兵器、次の大規模戦で使えるん――」


 その会話の後に1発の銃声が響き、今回の模擬戦で初めての死者が出た。




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