第34話 模擬戦
スロキス空港のエプロンには色とりどりのSu-30MKIが並んでいた。
赤、水色、緑、茶色と、空の上ではこの上なく目立つ色。それが各色4機で合計16機。迷彩効果は期待出来ないだろうが、示威を目的としているのだろうか。
ナオはまさか来客が複座型だとは思っていなかったので16機×2人の合計32人も来たのかと少したじろぐが、戦闘機の前に集まっている人数はそこまで多いようには見えなかった。
また、その内の4人が女性だった事も目を引く。半数以上が女性であるフェザー隊を横に置いて考えても、やはりこのゲームに於いて女性は珍しい物だ。
どのタイミングで声を掛けようか思案していると、丁度ジェイクが護衛を連れてやってきた。
「これだけフランカーが揃うのも、なかなか見ない光景だねぇ」
「何の為にここまで来たんでしょうか……」
「今までの怨み、ここで晴らす! とか?」
「怖い事言わないで下さいよエイリさん!」
「まぁそれは話してみないと、ね」
そうジェイクが言うとすぐ、1人の男がナオ達の方へと歩いてきた。
ジャックより少し年上ぐらいになるのだろうか。ナオには人種は全くわからないのだが、見慣れたアジア人系ではない事は確かだ。
頭髪は茶色で、短すぎず長すぎず適度に揃った襟足。ちょっと骨格は厳つく、目はこちらの挙動を注意深く追っている。
その鋭い眼差しに、ナオは少しプレッシャーを感じていた。
そうして気圧されてると、
「初めまして。自分はエレメンツ中隊のリーダーをやっているウィリアムと言います。コールサインはサラマンダー1。君がフィオナさん……ではなさそうだね?」
意外と丁寧な形で始まったその言葉を聞いて、ちょっと面食らったようになるナオ。
「わたしはナオと言います。フェザー小隊、3番機をやっています。今、フィオナさんはちょっとログインしてなくて」
そのナオの回答に対して、しまったという顔をするウィリアム。またあいつに突っ込まれる等と呟くのも聞こえた。
「フィオナさんに用事ですか?」
「私達は今、前の大規模戦の時に敵として戦った部隊に挨拶をして回ってるんだ」
その言葉にジェイクの拳がピクリと反応した。握り締めた彼の拳から警戒感がウィリアムに伝わったのか、慌てて、
「あ、そういう挨拶じゃない! 誤解だ、済まない! もっとこう、フレンドリーな奴のつもりだから!」
「そういえば最初に出会ったのはラトパでしたっけ? その後は……」
「サリラの上かな、覚えてくれていたんだね。実を言うと、フィオナさんとはその前にも何回かやり合っているんだけど」
それは知らなかった。言われてみると、ナオは自分がフェザー隊に入る前の話は詳しく聞いた事が無い事に気付く。
どこで恨みを買ってるのかわからない人と飛んでたんだなぁと、少しだけフィオナへの認識が変わったような気がした。
「前は確か赤で揃ってたと思ったんですけど、今は4色に色変えしたんですね。でも、わたし達がここにいるってよくわかりましたね?」
「色んな人に聞きまくってね。ここじゃないかって言われて、ダメ元で来てみたんだ」
「せっかく来てくれたのにゴメンなさい。今ここにいるフェザー隊の人間はわたしと、あと1人はちょっと臨時メンバーと言うか新人と言うかなんと言うか……そんな感じで、それだけなんです」
「そうか、リアル都合でログインしてないならどうしようもないよなぁ。いや、ナオさんが謝る事じゃないし、突然押しかけた私達の方が不躾だった。済まない」
大の大人が少女に無理を言ってしまったその構図のみっともなさに、バツが悪そう頭を下げるウィリアム。
ここまでの会話を聞いていたジェイクは、先程と同様に右手を3回握り締めた。
手に隠してあるスイッチ、その動きが伝えるのは1回で攻撃準備、2回で攻撃、3回で中止の合図。それによってジェイクが事前に各方向へ散らばせていたスナイパーは、それぞれ緊張から解き放たれていた。
そしてウィリアムの様子を見たナオは少し考え込んだ。
さっきまで彼女が行なっていたNPC戦では、ろくにグリペンの経験値が貯まらなかった。実弾を使う、使われるリスクもあるというのにだ。
しかし、対人戦ならどうだろう。模擬戦なら機体破損の心配は無い。NPC相手より人間相手の方が経験値が溜まりやすい、というのもよくある話だ。
実の所、最初はジェイクの部隊に手伝って貰おうとしていたのだが、彼等の通常業務(?)であるスクランブル対応の為に出せなかったのだ。
あれっ? もしかしてこれはちょうど、いいのでは?
「いえ、こちらこそスミマセン……でも折角ここまで来てくれたので、わたしからも何かお礼が出来れば。例えば――模擬戦でおもてなしさせて頂くって言うのは、どうでしょうか?」
これ以上無いという満面の笑みでそんな提案をするナオ。
それを後ろで聞いてたエイリは頭を抱えながら、まるで同じ高校に通う友人を見ているかのような気分になっていた。
***
――エレメンツ中隊相談中――
「で、隊長。それ受けたんですか?」
「だからみんなに確認しに、一旦こっちに戻って来たんだ。どう思う?」
「隊長……だから言ったのに。俺はもうちょっと事前に情報を精査しようって」
「ぐぬぬ」
「でも面白そうじゃないですか、タイマンでしょ? 全員と総当たりで、止めるタイミングは向こうの判断でって感じでいいんじゃないですかね」
「こっちが女の子を苛めているような格好になってもダサいしなぁ」
「そうね、それでいいんじゃない。誰から行くの?」
「隊長はやっぱトリでしょ」
「疲れた所を叩くとか、くっそ卑怯者感あるな!」
「おいやめろ、ただでさえまだネットに粘着アンチがいるんだから……ブフッ」
「……ハーピー、ドライアド、セイレーン、サラマンダーの順でやるか。戦った事が無い人もいるだろうし、何回かやり合ってる俺達は最後でいいだろう」
「まぁ、向こうは1人だから流石に最後まで行く前に体力が尽きるかもしれないってのもあるしな。出来るとこまで付き合ってあげようか」
――ナオとエイリ相談中――
「ナオちゃん、あんな事言って大丈夫……?」
「今回はペイント弾じゃなくて電子的な模擬戦なので、ヘッドオンから会敵して後ろを取ったらお終いです。でも上手い人が揃ってる筈なので、どこまで行けるのかはやってみないとわかんないですね」
「集中力と体力が持つのか、それが心配だよお姉さんは」
「まー、なるようになるんじゃないですかね。折角のチャンスですし、ここでバシッと完成させますよ!」
***
「さて、それじゃちょっと行ってきます」
そう言ってヘルメットを被るナオ。そのままグリペンの特徴的な横開きキャノピーへと滑り込んで、エンジンを始動させる。と同時に、対戦相手となるハーピー隊のメンバーもタキシングを始めた。
それを遠目から眺めるエイリ、ジェイク、エレメンツ中隊の皆さん。
「そういえばあのグリペン、エンジンノズルに変なのが付いてないか?」
「あれ、レアな艦載型なんだよな確か。普段は空母にいるんだろ?」
「初めて見たけど、流石は離陸が早いわね」
そんな会話を耳に挟んだエイリは、折角の秘密兵器がこうやって人の目に触れてしまうのは大丈夫なのだろうかと考えてしまう。
まぁ、フィオナが制限していないから特に問題は無いのだろうとも思っているのだが。
暫くして、最初の対戦が始まった。
まずはヘッドオンで交差、そこから両者は左右に分かれて旋回を開始。この展開からだと、まずは背後の取り合いがセオリーとなる。
しかし、だからと言って高G旋回を続けすぎるとそれは速度低下を招き、相手の背後から遠ざかってしまう。
お互いにそんなミスはしない場数を踏んでいる。そうなると、如実に現れてくるのは機体性能の差だ。
グリペンのスラストベクタリングコントロール機能はまだ未完成。片やSu-30MKIは既に実用レベルの物を装備済みである。
また機体の規模も大きな要因として立ち塞がる。翼面荷重、推力、重量と言った各要素。
今回は誘導兵器を一切装備しない条件なので、純粋な格闘戦能力が試される。
「マジかよ……」
そう呟いたのは、エプロンから見ていたドライアド隊の1人だった。
それも無理はない。何故ならば彼等の頭上で、グリペンがSu-30MKIを追い掛け回していたからだ。
だが、それも長くは続かなかった。
シザース中、相手の死角に入った良いタイミングでほんの少しの高AoAによるフェイントから一瞬で機首を大きく動かし、機体の全体を使った減速。
それを切っ掛けにしてのオーバーシュートが決まり、そこから体勢をすぐさま立て直したSu-30MKIによって撃墜判定が出された。
ハーピー隊の4人と対戦が終わった時点で、ナオの勝利はゼロ。
全敗だった。
一旦設けられた休憩タイムに、エイリ達の元へと戻ってきたナオ。
「おかえり、やっぱ流石に厳しいかねぇ?」
「途中まではとても良いんだけど、どうしてもTVCを絡めた動きが厳しい感じかな……あくまでも、下から見ていただけの感想だけどさ」
そう言葉を掛けてくるエイリとジェイクへの反応もそこそこに、ホロメニューを眺め始めるナオ。
「……うん、この感じなら次でイケるかもですね」
顎に手を当ててそんな言葉を呟く彼女に、エイリとジェイクは顔を見合わせるのだった。
10分の休憩の後、ドライアド隊との対戦が始まった。
先程までと同様の始まり方、そして中盤まではなんとかSu-30MKIの背後を取るグリペン。そこまではハーピー隊の時と変わらない展開だ。
だが、最後が少しだけ違っていた。
シザースでお互いが交差するタイミング。そこでヨーを大きく効かせて無理矢理に機首を動かし、射線を通すという戦い方によって2回の撃墜判定を得たのだった。
ナオのグリペンが。
再び休憩時間となりエプロンへ戻って来たナオ。
「なんとか出来ましたけど、もうちょっと慣れが必要ですかねー」
その言葉に疑問を持った2人が尋ねる。
「もしかして……もう制御システムが完成した?」
「いえ、実はですね。NPCのラッティングが終わった時点で、ヨー方向だけにはパドルが反応出来るようになってたんですよ」
「なる程、だからあの戦法だったんだね。最初は様子見と習熟を兼ねて戦っていたのか」
「そして今の戦いが終わってピッチ方向の偏向が出来る様になったので、次はそれのお披露目ですね。でも、これって縦と横以外って他に何かあるんですかね? まだゲージは満タンじゃないんですけど」
そのナオの疑問に対して、エイリとジェイクは答えを持ち合わせていなかった。
再び10分の休憩を挟み、セイレーン隊との対戦が始まった。
エプロンを出てタキシング、その後にアフターバーナー全開での離陸。そこからナオの戸惑いが始まった。
いつも通りに引いた操縦桿。その筈なのに、いつもと違う景色。青空の広さ。それに慌てて操縦桿を引くのを止め、一旦は水平飛行へと戻す。
(危なかった、このまま引いてたら失速するところだった)
機体を宥めながら、ナオはおやじさんとフィオナの会話を思い出していた。
エンジンノズルに取り付けられた3枚の推力偏向パドル。その最下部の1枚は水平方向に取り付けられていた筈だ。つまりこの機体はピッチ方向、特に機首上げが一番「動く」。
しかし、その操作にはとんでもなく繊細な物が要求された。
操縦桿に対する機体の反応が以前とは違いすぎるのだ。ヨーコントロールのみの時は精々「ラダーが良く効くようになったなぁ」という程度の印象であったのに。
(といっても限界を超えて動かせるのが新体験すぎたけど、今の操縦桿は、まるで感度が倍になったかのような……)
これは難しい。生唾を飲み、改めて操縦桿を握り直す。
「なんだか……フラついてません?」
ジェイクはそのエイリの疑問に頷きで返し、
「スラストベクタリングの制御がフルで使えるようになったんだ。さっきナオちゃんが言ってた事から察するに、今までとは操作感が別物になっているんじゃないかな」
「あ、やられた。流石に今のは私みたいな素人だってわかるよ……操縦桿引きすぎて速度落ちすぎ」
そうしてセイレーン隊との対戦が3人まで終わり、その時点でナオの勝利はゼロだった。
「大分、苦戦していますね」
「それもそうさ」
エイリにはまだ分からない事なのだが、パイロットとしてそれなりのプレイヤー歴を持つジェイクは理解していた。
コクピットレイアウトはそのままとは言え、ナオの今の状況は「機種転換訓練を兼ねて実戦を行う」という無茶苦茶な物だ。当事者でない人間が口を出すような無粋な事をするつもりは最初から無かったので静観したが、その苦労は容易に察する事が出来る。
流石に彼女も実力者なので、それを理解した上での行動だろう。
また、彼には既存機体の改造という変則的とも言えるシステムを体験した事は無かったが、普通に考えてあのような習熟度システムが一朝一夕に終わると言う事も考えにくかった。
こういうコンテンツを終わらせるのは時間が掛かる、それがネットゲームと言う物だからだ。
上空待機をしているナオの元へ、最後の4人となったセイレーン隊のメンバーが向かう。
お互いに一旦は距離を取り、そこから全速力で交差して再び旋回合戦が始まった。
今回のナオはスピードを極力殺さないような旋回を繰り返している。機体の小ささを生かした、素早い切り返しでフランカーから逃げるグリペン。
「だけど、高速域はエンジンパワーが物を言う。その勝負に勝ち目は薄い」
そのジェイクの言葉通りに、速度ロスの少ない旋回を繰り返すグリペンを圧倒的な推力で追うフランカー。高速で繰り返されるシザースにおいては一瞬の躊躇や戸惑いが致命的な隙となる。
セイレーン隊の3人と対戦が終わった時点でナオの白星は無かった。
「強いですね」
「だけど、ここ3回の敗因は全てナオちゃんのミスが起因だよ。厳しい事を言うようだけどね」
「これだけ連戦してるんだから仕方無くないですか?」
「ああ、仕方無い。そして、だからこそちょっと残念なんだ」
ジェイクの言葉に疑問の表情を浮かべるエイリ。
「Su-30MKIはフランカーファミリーの中でも発展途中の機体なんだ。外見だけで言うと、MKシリーズは原型のSu-27に姿勢制御カナードとスラストベクタリンクコントロールが追加されている。単純な機動性で言えば第4.5世代機の中でも群を抜いて高い機体なんだけど」
「スラストなんとかって言うのは今ナオちゃんが育ててるヤツですよね。カナードって言うのは……」
「グリペンにもあるんだけど、主翼の前に付いてる小さな羽根の事だね。これが高い機動性を支える装備のひとつなんだけど、更に上位モデルのフランカーとなるSu-27SMではこのカナードが無いんだ」
「え、最新なのに?」
「カナードがあるとレーダーに映りやすいとかの影響もあるんだけど、こういう機動戦だけで考えてもカナードは空気抵抗を増加させてしまう。スラストベクタリングコントロールだけで同様の機動を実現出来るなら、その方が空力的には優位になる。勿論、SMは電子機器もグレードアップされているから……」
「つまりは、連戦なのも考慮した上で『この程度で苦戦するようだと、改修した所で機体の性能自体は大した上昇幅では無い』って事ですか」
棘のあるエイリの言葉に、無言の肯定を返すジェイク。
それに少し気分を悪くするエイリだったが、彼に八つ当たりした所で解決する話でも無いのでストレスを飲み込む。
冷酷ではあるが、事実は事実として受け止めなければならない。
エイリの主戦場だった銃撃戦においても、サブマシンガンはどう背伸びしてもアサルトライフルには成れないものだ。サブマシンガンには取り回しの良さや弾薬の軽さを生かした戦場があって、そこを外すと長所は転じて欠点となる。
「グリペンはグリペンで想定された運用方法があって、E型になっていくら幅が広がったと言ってもね。どこかで限界が見える筈さ」
ジェイクの言葉は確かにひとつの真理だった。
エイリの愛銃はステアー・スカウトという狙撃銃だ。元々は狩猟を想定して作られた銃で、一般的な軍用狙撃銃から考えるとかなり小振りで軽量な物である。対物ライフルすら狙撃に用いられると言うのにそれを使う理由は、彼女のプレイスタイルが理由だ。
狙撃という言葉が持つイメージは、関知出来ない長距離から精密な射撃で敵を仕留めるというのが大半だろう。だが彼女はアサルトライフルより少し遠い程度の距離を動き回り、それによって生まれた混乱を更に強化する事でこの世界を駆け抜けてきた。
そういう戦法の為に選択したのがスカウトだった。
「確かに機械としてのスペックには絶対的な物が存在します」
セイレーン隊最後のメンバーとの対戦を開始する、ナオのグリペン。お互いにヘッドオンの体勢から旋回を始め、それぞれの翼端が空に4条の白線を描く。
それを見ながらエイリは、まるで自分に語り掛けるかのように呟いた。
「でも、結果を生み出すのはいつだって人ですよ」