閑話 百物語
オフライン編前半、まだ平和な頃の一幕。
ズムウォルト戦直後ぐらいです。
「いやー、ゲームの中はホント快適でいいわ」
日課のラッティングを終えた私達フェザー隊は、デブリーフィングも兼ねてお茶を飲んでいた。
ローズマリーの艦内食堂は、今日も大盛況だ。
「今年も暑いですもんねー」
「そうねぇ……。私達みたいな学生は夏休みだから良いけど、社会人は大変そう」
「っんとだよ。話には聞いていたが、日本の夏がこんなきちぃとは思わなかったぜ……。スーツなんて着てられっかっての」
掌で顔を扇ぎながら、心の底から気持ち良さそうな顔をするジャック。
その様子を見たナオが、何か閃いた様だった。
「あの、百物語しませんか?」
「なんだそりゃ」
「怖い話を100個話すと、本物が出るって言うあれ?」
「ですです! 夏と言ったら怪談話かなって!」
嬉しそうに両手を合わせながら、ナオは言った。
「……100個も持ちネタなんてねえよ」
「なんでそう言う時だけ真面目に考えるのよ……」
そう言ったらジャックは、俺はいつだって真面目じゃねえかと抗議の目をこちらに向けた。
「あら、面白そうな話してるじゃない」
コーヒーを手に、私達のいる4人掛け席の空席へと座る女性。マリーだ。
「マリーさんもやりましょうよ、百物語!」
そのナオの提案に、
「いいわよー。とっておきの話、しちゃうんだから!」
ふんっ、と鼻を鳴らしなから彼女は腕まくりをする。
「それじゃ、言い出しっぺの私から行きますね」
どこからともなく机の上に4つのキャンドルが現れ、ナオはそれに火を付けながら続けた。
「わたし、この前他のVRMMOゲームをやっていたんです。RPGになるのかな、ファンタジー系の物でして。で、そのゲームにはハウジング機能があって、自分の家を持てるんです。昔、お人形さん遊びをやった気持ちになって、部屋をすっごい可愛く飾り付けしたんです」
彼女は実に楽しげに話をした。
その気持ちは良くわかる。現実ではこっ恥ずかしくなるような飾り付けだって、ゲームの中でなら誰にも文句を言われないし。
「で、ある日狩りから帰ってきて、手に入れたレアアイテムを飾ろうとしたら……。家の中が、めちゃくちゃになっていたんです」
おおう……。
「誰かが侵入した形跡は勿論無くて。泣き寝入りするしかないかと思って、諦めてVRインターフェースに記憶させていた配置をロードしたら……家具が……震えだして……宙を舞い始めたんです」
静まりかえる私達。
ホラー系のクエストを受けていたりとかそういう感じなんだろうかと思ったその時、ジャックが口を開いた。
「……なぁ。その配置なんだが、結構物を重ねたりしたか?」
「はい、そりゃもう気合いを入れて作りましたから!」
「それな、多分神様の仕業だわ」
「あー、あるかも。懐かしいわね、そういうの」
神様? それこそぶっ飛んだ答えのように思えるのだが……。
「分かってない顔をしているフィーに説明するとだな、そういうのって昔のゲームで良くあったんだよ。物を強制的に重ねて置いたりすると、物理エンジンが暴走してエラい事になるんだ」
「そうそう、某ヘリコプターと同じ名前の物理エンジンとかね。あれは面白かったわよー。敵キャラの関節がぐにょんぐにょん延びて、それが空を飛んでたり。確かにあれはホラーだったわぁ」
なぁんだ。仕組みが分かってしまえば何て事はない。
ナオもタネが簡単に明かされてしまって、しょんぼりした顔をしている。
「でも、最近の物理エンジンってその辺のコリジョン処理がしっかりしていると思ってたんだけどな」
こり……なんだって?
すぐにマリーから「簡単に言うと、当たり判定の事よ」とフォローがされた。2人はゲームに詳しいんだなぁ……。
「よし、次は俺の番だな」
ジャックはそう言うと、机の上に肘を乗せて手を組んだ。
「このゲームにはな、妖怪が出るらしい」
妖怪って、こんな物騒なゲームに? 化物の方が裸足で逃げ出すんじゃないの?
「……そいつの名前は【妖怪ものひろい】って言うらしくてな。常に2人組で動いているらしくて、超凄腕らしい。おこぼれを拾おうとしても、そいつらの通った後にはゴミひとつ残らないとい……」
「待ったジャック。私、その妖怪知ってる」
これ、絶対フジトとムラキの事だ。まぁ、グール隊なんて名前にしていたら妖怪扱いもされるだろう。可哀想に。
彼等の普段のプレイスタイルを説明すると、ジャックもしょんぼりとした顔になってしまった。
「それじゃ私がいくわね」
次はマリーさんの番だ。
「またゲームネタなんだけど、最近この船に乗ってるパイロットの間で話題になっている話があるの」
ほー。なんだろうか。
「何人もの人が見たって言ってるんだけど、日が落ちた後に火の玉がこの船の周りを飛んでいるらしいのよ。しかも緑色の」
「んー、見た事無いですねぇ」
「ねえなぁ」
「この間のアップデート後かららしいんだけど、フィオナちゃん知ってる?」
……これはちょっと謝らなければならないだろう。
「ごめん、それ多分ベルよ……。この間、あれってば夜に翼端灯を付けないで飛んでたの」
私も、最初にミラー越しに見た時は驚いた。カメラアイだけが緑に光ってふわふわしていたからだ。
注意すると【私は問題ありません。ステルス性が落ちますし】とか言い始めて。あんたが良くったって周りが怖いんだと注意したら、素直に従ってくれたが。
それを聞いて、マリーまでしょんぼりとしてしまった。
微妙な空気が4人を包み込む。
「それじゃ……トリはフィオナちゃんに飾って貰いましょうか」
えー。そんな面白い話は無いのだけれど……。
「うーん、それじゃこの話を……」
諦めて、最近聞いた噂話を披露する事にした。
「神出鬼没、そして激戦区ばかりに顔を出す編隊が居て、その内の1機がまるで鬼のように襲いかかってくるって……」
「「「あんたや!」」」
3人は口を揃えて、私を指差す。
その日、机の上のキャンドルは一つも消されることはなかった。