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第33話 来客


 赤茶けた砂漠。草木の殆どない、乾燥した大地。容赦無く降り注ぐ日差しがアスファルトを焼き、蜃気楼が揺らぐ。

 だが、そんな死の大地においても人間は生活を営み、そこに巨大な街を作った。

 あらゆる欲望が渦巻く、歓楽の街を。


 ……と、そんなテンプレじみた感想を用意していたと言うのに今の時刻は夜の10時過ぎで空は真っ暗。横田に着いたのが昼ぐらいだったので、9時間弱のフライトから考えたら当然の帰結だろう。

 私達を出迎えてくれたのは、蜃気楼ではなくて歓楽街の明かりだった。


 ラスベガスの外れ、ネリス空軍基地に降り立った私はもう疲労困憊。飛行機での長旅がこんなにしんどいものだとは思ってもなかったと言うのが、今の正直な感想である。

 ただそんな疲れも、上空からの夜景を見た時だけは少し吹き飛んだものだった。

 碁盤目状に走るオレンジ色の道路と、それを取り巻くキラキラ輝く宝石。その光の中には様々な喧噪と誘惑があるのだろう。

 残念ながら、今回はそれらに触れられそうにもないのだが。そもそもカジノとか年齢制限がありそうだし。


「今夜はもう遅いから、こちらで用意したホテルに泊まってもらう事になる。ソフィーさん、後は申し訳ないですがお願いします」


「ジャックさん、有り難う御座いました。それじゃ明日があるからホテルへ行きましょうか」


 タキシングを終えてエプロンに駐機した機内で、母がジャックへとお辞儀をする。そんな母の対応に、自分が普段接している彼との差を感じた。


 自分の知らない彼の顔がある。彼の素性を聞いた時点で当然、分かっている事だった。分かっていなければならない事だった。

 だが、現実には私は何にも分かっていなかったのだろう。心にかかるこの靄が証拠だ。こんなに遠い異国の地まで来てやっと、その事を認識出来たのかも知れない。


 父の事、母の事、ジャックの事。

 現実での出来事と、ゲーム内での出来事。

 全てが私の目の前に立ちふさがっている問題だが、そのどれもに実感が湧かなかった。


 母に促されるままホテルへと行き、今夜の寝床へとつく。

 もう少し考える時間が欲しかったが、柔らかいベッドと疲れた身体がそれを許さなかった。




 ***




「と、言う事で!!!」


「はい」


「わたしのグリペンをとにかく! 使い倒したいと思います」


 エイリに向かってそう高らかに宣言するナオ。冒頭のテンションの高さに少しエイリは面食らいながらも、なんとか会話に付いて行こうとする。


「えっと、フィオから貰ったグリペンの熟練度? みたいなのが2人で共有されてるって事でいいのよね?」


「ですです。NPC狩りでもなんでもいいので、フィオナさんが戻って来るまでにとにかくこのゲージを満タンにしちゃいたいんですよ」


 ステータス画面にある数値は24%を示しており、きっとこれが100%になると追加したスラストベクタリングノズルが機能するようになる。そうなればフェザー隊の戦闘力が上がるのは間違い無い。

 これからフィオナが何をするのかはわからないが、やっておいて損は無い作業だろうとナオは考えていた。


「じゃあまずはここから移動かな? スオキの空港へ移動して……」


 と、移動ルートの選定をし始めた所で横から男性の声が聞こえてきた。


「お話中に邪魔して申し訳ないけど、この辺じゃWW2エリアの使用兵器制限に引っ掛かるよね?」


 ジェイクだった。

 もう三郎とグランツはスオキ島のいつもの拠点へと帰ってしまっていたので、てっきり彼も自分のホームへ戻ったのだとナオは思っていたのだが。


「そうですね……この辺じゃ戦闘が出来ないですから、多分飛んでるだけじゃゲージの溜まりが遅いかな」


「そこで君達に提案なんだけど、うちに来ない?」


 そんな、実に軽い感じで話を持ち掛けてきたジェイク。


 ……正直、彼がジャックの弟だとわかっていてもどこか信用出来ないような雰囲気をナオは感じていた。横を見るとエイリも同様だったようで、少し黙考している。


 2人は小声で、


(どうしましょう)

(申し出はありがたいんだけど、なんかチャラさが気になる)

(そこですか? 確かにわかりますけど)


「まぁ、チャラいと言われたらそうなのかな……」


(海賊のリーダーなんでしょ? ややこしい事になったりしない?)

(機体を盗られたり……なんて事は流石に)


「しないよ……兄さんとフィオナちゃんに殺されたくないし」


(そもそも、昨日初めて会った人なんですよね)

(知らない人にはついていくな、ってばっちゃが言ってた)


「まぁ、それは確かに正しいかな……大丈夫、変な事はしないから」


(変な事、ってそういう言葉が出る時点でもう怪しいですよね……)

(その言葉を頭に思い浮かべたときにはっ! もう既に事は終わっているッ!!)


「とりあえず全部聞こえてるんだけど、僕まだ何もしてないよね!?」


(奥さん、『まだ』ですってよ! これから何かするつもりですわ!)

(わたし、こういう男の人がホント苦手で……)


「…………まだやるかい?」


「そろそろやめよっか」

「ですね」


 こうしてひとしきりジェイクを弄り終わったナオとエイリだったが「まぁそんなに悪い人では無さそうだ」という見解の一致を以て、彼の提案に乗る事にしたのだった。




 スロキス島上空、高度5,000ft。ナオのグリペンが緩旋回をした。

 ナオにとって、この島の形を見るのは三回目だった。最初は前回の大規模戦にてぶっつけ本番でベルの運用をした時、それとこの間やったマリーのカタパルト入手ミッションでの訪問以来だ。


『確か、大規模戦の時は1機墜とした後にすぐ自分はやられちゃって……あんまりいい思い出じゃないですね。ジャックさんの木の引っ掛かり話は面白かったですけど』


『ほーん、ナオちゃんもそんな時代があったんだねぇ』


『今も大して変わらないですよー』


 周囲を確認しながら、記憶を探る。

 フィオナに後から聞いた話では、大規模戦時は垂直離着陸が出来るステルス機が罠を張ってたという事だった。

 だが今回は前回とは違い高度を取って飛んでいるし、そもそも今回はPvPではなくPvEなのでそんな奇襲は気にしなくてもいいのだ。

 更にナオより高い高度にはエイリのイントルーダーが待機しており、半分は駄目元であるが目視でNPC機体を発見する役を演じていた。


『こちらジェイク、ズムウォルトのレーダーで機影を探知した。方位200、距離350、機数1』


『ありがとうございまーす、向かってみます』


 そんな軽い返事をしてから、ナオは左旋回後にレーダーを起動した。




 ナオの戦闘は呆気なく終わった。

 上から見ていたエイリにはよくあるNPCとの戦闘に見えていたのだが、レーダー画面越しに見ていたジェイクにはそれとは違う感想が浮かんでいた。


(今回はドッグファイトをする為にと、内蔵の27mmと増槽だけを積んで行った筈。それなのにこの処理の速さ……)


 無茶苦茶をやると評判のフェザー隊。大体のその悪名の主は、隊長であるフィオナだ。

 だが全体の戦果を支えているのは彼女も同じなのだろう。兄であるジャック、そしてフィオナのプレイスキルから考えて、その2つを実績から除いたとしても立派な物が残る。


(実際にやりあった結果、こちらがF-35に乗っていて少し状況が悪かった事を考慮に入れても立派な敗北だったしな。僕らの使い方が悪かったのは間違いないけど)


 そんな事を考えながら画面の戦術マップ上を動く2つのマーカーを眺めていると突然、彼女達以外の機体を示すマーカーが大量に現れ始めた。


(IFF応答無し、来客予定も無し。こりゃアレかな……)


 固まった4つの点の集まりが綺麗な四角形を形作っている。そしてマーカーの総数は最終的に16にまで増えた。これはなかなかの大部隊だ。


『ナオちゃん、エイリちゃん。申し訳無いんだけど一旦ラッティングはお終いにして帰投してくれ。少し急用が入ってしまってね』


『急用ですか?』


『うん。まだ肉眼では見えないと思うけど戦闘機部隊がレーダー範囲内に侵入してきた。多分いつもの海賊狩りだと思うんだけど、客人を巻き込むのもバツが悪いしこちらで対処するから』


 そう言ってジェイクは回線を切り替える。


『わんこ、今いる?』


『あーこちらケルベロス隊……ジェイク、頼むからよ、その【わんこ】ってのやめてくんねーか?』


『その可愛いエンブレムを捨てたら止めるけどさ。いつもの来客みたいだ、見えてる?』


『ああ、16の不明機が真っ直ぐ向かってきてるな。ファルコンはいつでも出せるぜ。あとエンブレムはぜってぇ捨てねぇ、うちの可愛い可愛い愛犬だからな』


『それじゃヨロシク』


『あいよ。もし墜とされたら本隊でブッ叩いてくれよな』


 戦術マップを見直すと、ナオとエイリは真っ直ぐスロキス空港へと向かってくれているようだった。


『ナオちゃん、空港へ帰ったらまたミッションの再受注でもしといてね。こっちも終わったら連絡するから』


『わかりましたー。で、そちらは何をするんですか?』


『ちょっと、本業をね』


 レーダーの機体識別機能が、侵入してくる機体はSu-30MKIだと表示していた。




 ***




 アフターバーナーを全開にしてスロキス空港を飛び立つ2機のF-16。

 彼等ケルベロス隊の仕事は、海賊退治などという義憤に駆られた人間を返り討ちにする事であった。尾翼に描かれたのは地獄の番犬……というには些かプリティすぎる、頭が3つあるチワワだったが。

 とはいえ彼等の仕事は見境なく攻撃する事では無い。話して分かる相手ならばそれに越した事は無いからだ。

 ただ、そうではない相手も多い為、彼等は安めの機体を使っている。そこまで航続距離を求められる事では無いし、F-16なら落とされても懐はそんなに痛まない。本隊であるF-35が来る時間稼ぎをするのが彼等の役目だ。


 10分そこらのフライトの後、彼等の機上レーダーが16個の機影を捉えた。

 流石にこの数は滅多に無いレベルで多い。下手に仕掛ければ軽くあしらわれてしまうだけだろう。

 いつにない緊張感を持って、2人はオープン回線で問い掛けた。


『あーあー、テステス。スロキス島上空は立ち入り禁止だぜ。これ以上入ってくるとボン! だぜ?』

『大軍で来た所で申し訳ないけど、こっちの戦力も舐めてもらっちゃ困るぜ!』


 そこから少しの間を置いて、不明機のリーダーらしき人間から回答があった。


『こちらエレメンツ隊のサラマンダー1、スロキス空港への着陸許可を願いたい』


『んな事ぉ急に言われても、ハイそうですかって訳にはいかねーんだ』

『つー事で、とっとと帰ってくんな!』


『そちらに今フェザー隊が居ると風の噂で聞いてね、ちょっとそっちに用事があって話をさせて貰いたい』


 そっちに用事か、とジェイクは少し考えた。


『こちらスロキス空港、貴隊の武装解除を条件に着陸を許可するけど……それでどうだい?』


『エレメンツ、了解した。これよりミサイルを全て投棄するから確認してくれ』


 こちらの指示に刃向かう様子は無いし、着陸後に何かあってもイザとなればこちらの地上メンバーで何とかなるだろう。


「ナオちゃん、君達に来客みたいだけど知ってる?」


 ジェイクがつい先程戻って来たばかりのナオに問い掛けると、


「どうですかね、機体を見たらわかるかもしれないですけどすぐには思い浮かばないです」


「エレメンツ隊……あっ! この人達、掲示板でネタにされてた人だ!」


 エイリ曰く、チームメンバー募集のスレッドを見た事があったらしい。名前が厨二病とか言われていたとかなんとか。


「あー、思い出しました。ラトパでフィオナさんに一騎打ちを仕掛けて負けてた人だ。その後も1回戦ったっけかな?」


「こうしてわざわざ出向いてくるって事は何か用事があるんだろうけど……」


「とりあえず、降りてきたらわたしが話をしてみます」


 ナオの言葉にエイリも頷きで返していたので、ジェイクはそのままオープン回線で続けた。


『こちらケルベロス、武装解除を確認した』


『了解、東側の1番滑走路への着陸を許可する。エレメンツ隊は降りたら滑走路東にあるエプロンで待ってて欲しい』


『感謝する』


 交信用のヘッドセットをその場に置いたジェイクは、


「それじゃ2人は先に行ってて欲しい。僕は下の連中を集めてから向かうよ」


「はーい」




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