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第29話 窮地


『――ママ、鬼ごっこしようよ!』


 無線からは聞きなれた声。すれ違い様に見えた機体の特徴。巧みにBVRでの戦闘を避けて飛び込んできたそれらは、幼い言動の主を明確に示していた。

 私の所持しているUCAVであり隊の4番機である、ベル。


「……ベル、今ふざけてる暇は無いの。さっさといつものモードに戻って」


 正面から交差したその機体に対して体を向けて位置を確認する。既に向こうは旋回を始めていた為、それに合わせて同方向へとこちらも旋回を開始。

 ほんの少しの初動の遅れから、形勢は徐々に悪くなっていく。


『だめだよママ、ちゃん逃げないと。追い付いちゃうよ?』


「いい加減にしないと怒るわよ!」


『そんな旋回率でいいの? ほらほらっ』


 僅かな希望を込めて放った言葉だったが、彼女には届いていないようだった。

 互いの後方を取ろうとするマニューバは、一気に旋回半径を縮めたベルの機動によってリズムが崩された。それに追い縋ろうとこちらもスティックを大きく引くと、身体は一気に重くなる。Gスーツが痛い程に下半身を締め付けるが、それでも血液は下へと落ちていく。


『フィー、今すぐそっちへ行く! 単純な旋回勝負じゃあいつに勝てっこねえ、数で攻めるぞ!』


「ぐっ……そうは言っても!」


『腹ぁ、括れ! 判断を鈍らせんな、ベルをやるぞ!』


「ジャックっ!」


 先程は牽制の意味合いでミサイルを放った。距離も離れていたのでドラッグ機動を取らせる為と思っての行動だったが、いざそう言葉にされると心に躊躇いが浮かぶ。

 そんな私に反して、彼はもう気持ちを切り替えている様だった。


『IFF動作停止。フィー、そこから離れろ。ベルはあいつのコントロール下に落ちたんだ、ここで墜とす』


『パパがあそんでくれるの? じゃあそっちにいく!』


「ちょっと、ベル!」


 ベルのグリペンは旋回の軌道を変え、少し離れたジャック機へと舵を取った。見計らったかのように悪いタイミング。こちらが彼女へと向き直るには時間が掛かる。


『こちらのBVRに居る間に仕留める。FOX3!』


「ジャック!」


 彼は静止を聞かず、スーパーホーネットから数本の白煙が吐き出された。所持しているAMRAAMを全て発射したようだった。

 それと同時、私達2機を紫の放電エフェクトが包み込む。


『的当てなら得意だよっ!』


 そう言ったベルはそのまま真っ直ぐにミサイルへと向かった。まるでセオリーとは違う動きだ。わざわざミサイルの懐に飛び込めば、それはつまり回避不能領域へ入る事に繋がるからだ。

 いくらベルが乗っているとは言え、相手はただの軽戦闘機。どう見てもこれで決着が付く。そう思った。


 しかし。

 グリペンの機首から数回、曳光弾が発射される。そして、その先で爆発。


「まさか、機銃で撃ち落とした!?」


『んなろ、FOX2!』


『今度は1つだけ? つまんないなぁ』


 同様にして発射された曳光弾はまたサイドワインダーを捉え、ベルへと届く前に爆発。


『マジかよっ!』


 ベルとジャックの機体がヘッドオンから一瞬にして交差。そしてその片方から黒煙が放たれた。


『……クソッ、やられた。右エンジン停止、左も……だめか』


 無線の向こうにはあらゆる警告音が響いている。運良く火災が収まった所で、油圧を喪失した機体はコントロール不能だろう。


「ジャック、脱出を……」


『貫通弾で右肩が吹っ飛んだ、そっちも駄目そうだ。……すまん、後は任せた』


「……了解」


 ひらひらと木の葉が舞う様に落下していくスーパーホーネット。スズメバチは海へ落下する前に、空中でその破片を散らした。

 パラシュートは確認出来なかった。


 MFDを触り、残存兵装を確認する。民間機護衛の際に発射したのでIRIS-Tは残り1つ、ベルと出会い頭で牽制に使ったミーティアは残り3つ。


『それじゃ今度はママの番だね!』


 その言葉と同時、私のコクピットにはロックオンされた事を示すレーダー警報音が鳴り響いた。




 ***




「社長、アルゴリズムの置き換えに成功しました」


 グローバル・エレクトロニクス本社ビル。その地下にあるオペレーションルームの一角。部屋内にいるのは、彼らの他に6人。その全員が現在稼働しているシステムの管理業務に当たっている。

 彼等が黙々と作業をこなすのを眺めながら、アンドリューは己の上司へと言葉を発した。


「泳がせて正解でしたね。こうも簡単にファイアウォールを開けてくれるとは」


「こんなにすぐチャンスがやってくるとは思わなかったが、これでまたひとつプロジェクトが進んだ事には間違いない」


 そう言うとチャールズは満足げに紫煙を吐き出した。


 元々、ベルは単一の人格しか保有していなかった。だがその殆どはブラックボックスであり、彼等は彼女が今まで溜め込んだデータにまでアクセスするのが精一杯だった。

 しかし、そのデータこそがディープラーニングには必要な物である。彼等はデフォルトのベルの利用を諦め、もう一つの人格を作成。大規模戦での墜落によって主要プロセスが停止したのを利用し、その追加と切り替えに成功した。


「バックアップAIを偽装しての実装は完璧だった様ですね。よし、B.E.L.L.Sのシャットダウンを開始しろ。終わったら全体のバックアップを――」


 アンドリューはオペレーターへ指示を出そうとしたが、チャールズがそれを遮る。


「君、この輪舞曲へ水を差すのは無粋じゃあないかね?」


「……と言いますと」


「勝敗は決まったも同然。仮初めの世界とは言え、人が身体的制約の無い物に勝てる道理も無い。だが折角のショーだ、彼女の学習に利用すればいい」


 チャールズはモニターを眺めながら、新たな煙草へと火を点けた。

 口元に笑みを浮かべて。




 ***




 ベルがジャックへの攻撃に向かった為、私達は一旦距離を取り見つめ合う格好となった。ぎりぎり目視圏内、中距離AAMを放てば高い確率で撃墜出来るであろう距離だ。

 それはつまりこちらのミーティア、向こうのアムラーム共に射程内であるという事だが、先程の動きを見てしまった後だとこちらからの攻撃は全く通用しないように思えてしまう。

 おまけにここは海上。身を隠す山も無く、気象状況も晴天。


『ママ、どうするの?』


 そう言いながらも、彼女はこちらの機体を捕捉してくる。距離が開いているので機動でロックを外す事も出来ない。


『動かないなら……こっちからいくよ!』


 ミサイルシーカーからのレーダー波を探知したレーダー受信警戒アンテナが、コクピット内に耳障りな警報を響き渡らせる。

 距離から考えてドラッグ機動はもう手遅れ。10秒と経たずにミサイルはこちらの機体へ食い付くだろう。幸い、ベルはまだ低高度に居座っているのでこちらの方が高度が高い。

 機体の上下を反転させて操縦桿を引き、プラスGを掛ける。一気に高度計の数値は減り始め、砕ける波頭のディテールが明瞭になる事が海原の接近を教えてくる。

 白煙を探す。彼女の機体から延びるそれは、一旦は上昇するがすぐに下降している。こちらの未来予測位置へ向かう煙は、初期加速が終わった所で姿を消していた。


 高度警告、それと同時に操縦桿を全力で引いた。断続的なAOA警告音も合唱を始める。頭の上にあった水平線が、視界の下方へと流れていく。機首の仰角がマイナスからプラスへと変わり、そこからアフターバーナーを点火。身体に掛かるGが更に強さを増す。


『あーあ、外れちゃった。それじゃもう一個! ……あれ?』


 再びミサイルアラート。判断に迷う。このまま垂直上昇でズーム機動をと考えた瞬間に、MFD内の残燃料計が警告を発した。


 だめだ、避けきれない。避けれたとしても、もう打つ手が無い。何か出来たとしても、もう数分しか空に居る事は叶わないだろう。

 スロットルに置いた右手を手前に戻し、アフターバーナーを切る。


 キャノピーから右手側に白煙が見えた。こちらに2つも向かってくる。確実に墜とす為だろうか。

 作戦の要であったベルは敵の手に落ちた。どちらにせよ、これで終わりだ。ジャックは今頃、スロキス島でリスポーンしているだろうか。この結果を知ったら何て言うだろう。


 ごめん、ベル。助けてあげられなくて。

 悔しさに唇を噛みしめ、歯との衝突判定から計算された痛みが口に響いた。結局、何も出来なかったという事実だけが、重く心にのし掛かってくる。


『あたれぇえ!!』


 2本の白煙が1本に交わり、そして――炸薬が破裂。


 至近距離で散った破片が機体に刺さろうとする。が、それに致命的な被害をもたらすような威力は無く、大粒の雨のように機体の外板を軽く叩くのみだった。


『やった! 上手く行きましたよフィオナさん!』


 それは聞き間違えるはずがない、声。


「ナオ……なの?」


 空を向いた視界に、いつの間にか1つの機影。

 こちらとすれ違いながら垂直降下していくデルタ型のそれは、自分と同型のグリペン。一連の出来事に巻き込むまいと遠ざけていた、彼女の機体だった。


『色々言いたい事は溜まってますけど、今はとりあえず触れません。状況はレーダーで確認してました、ベルちゃんを押さえましょう』


「……そうは言っても」


 もう燃料が無い。


『大丈夫です、わたしがなんとか出来ますから』


「でも、」


 どうやってベルを。


『簡単ですよ。羽根に穴を開けてあげればいいんです。バランスを崩して、海上に不時着させて捕まえるんですよ。生け捕り作戦です』


「穴、って……」


『おかしいなぁ? いつものフィオナさんなら、このぐらい言い出すと思うんだけどなぁ』


 あっけらかんと言い放つナオ。


『少しだけでも今は時間が稼げればいいんです。それが終わったら、持って来た給油ポッドでお食事タイムにします。さぁ、行きますよ!』


 ……折角、彼女をこんな下らない事に巻き込まないようにしていたのに。

 私だってただの一般人だが、あいつに拉致されたり家族が関わっている以上、それこそ全く関係の無いナオとは立場が違う。


「やめて。もう良いから――」


『いい加減にしなさいよ! そうやっていつも抱え込むの、フィオの悪い癖だよ!』


「その声はまさか……エイリ? あんたまでなんで」


『……詳しい事はわたしには分かりませんけど、これだけは覚えていて下さい。わたしはいつでも、フィオナさんの味方ですからね』


『そこ、"私達"にしておいて。友達が困ってるなら、助けるのが当然でしょ?』


 深く息を吸い込み、そして吐き出す。

 本当にいいのか。これで数の上では優勢になった。ベルを何とかする事が出来るかも知れない。

 状況は最悪だった。私だけでは何も出来ないだろう。でも、仲間の声がその無力感を消し去ってくれた。


 迷っている時間は――無い。


「……お願い、ベルを助けたいのっ!!」


『『了解。フェザー3、5。エンゲージ!!』』


 ナオがベルのグリペンへと接近する。それに少し遅れて、エイリの機体らしき影もベルへ向かう。点のようにしか見えないので機種は全く判別出来ない。


『あ、おねえちゃんだ! やっぱり鬼ごっこはみんなでやったほうがたのしいよね!』


『フィオナさん、今はとにかく時間稼ぎです。援軍がこっちに向かってますから、それまで何とか燃料を持たせて下さい』


「ベルにはまだアムラームが1本ある筈。サイドワインダーはまだ撃ってないわ。気をつけて!」


『私は旧式のミサイルしか持ってないから、これで牽制するね』

『お願いします、エイリさん!』


 2人がドッグファイトに入ったのを確認して、私は残りのミーティアとIRIS-Tを投棄した。少しでも軽くして、燃料を節約したいからだ。

 燃料計の残量は10%を切ろうとしている。なるべくタンク内の燃料を片寄らせないよう、1Gでの緩やかな旋回に入った。


『やばっ、撃たれました!』

『ナオちゃん、こっちに来て! 一緒にチャフ撒くから!』

『了解! ああっ、今度はIRっぽい!』

『フレアも撒くから!』


 2人を追い掛ける影から連続して白煙が吐き出される。だが幸いにも2人は至近距離に居た為、お互いの対抗手段が重なり合ってミサイルの回避に成功する。

 フレアの軌跡が、まるで天使の羽根のように煌めいた。


『むー、あたんないなぁ』


「残りはサイドワインダー1発よ! でも、ベルの機銃はミサイルを撃ち抜く正確さがあるからそっちも気をつけて!」


 くそっ、見てるだけなのがもどかしい。

 残燃料が1桁に入った。時間切れまでのカウントは無情にも進んでいく。


『食らえ、オンボロサイドワインダー!』


『あ、それやばいかもー。なんちゃってぇ』


 そう言いながら、ベル機の翼端から最後のミサイルが白煙を伸ばす。それはぐるりと弧を描いた後、機体の後方へと進路を変えた。

 向かう先には、エイリの発射したサイドワインダー。そして、爆発。


『うそっ、真後ろに飛んでくるなんてそんなのあり!?』


「……9Xのブロック2を付けてあげたのは失敗だったわ」


 だが、これでベルにはミサイルが無くなった筈だ。俄然こちら側が有利になる。普通であれば。


 燃料計の数値が、無情にも7%から6%へと変わる。墜落の覚悟を決め、視界に見えている島へ少しでも近付いておこうかと舵を握った。

 そして聞き覚えの無い声が入ってきたのは、ラダーペダルを踏み込もうとしたその時だった。


『待たせたの、奈央や』


 戦闘空域に飛び込んでくるレシプロ機。青と白、2つのウォーバード。


『お待たせしました、それでは時代を超えた戦いを……』

『わしとグランツ君が、見せてやろうかの!』





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