第8話 迎撃
空母から知らされた方角へ機首を向け、アフターバーナーへ点火をする。ジャック機も遅れてバーナーを作動させ、私の後に続いた。
この状況で攻撃をしに来るという事は、敵は対艦攻撃主体の装備をしているに違いない。それならば、なるべく空母から離れた場所で接敵したい。
F-14Dのマッハスウィーププログラムが、対気流速度の上昇と共に主翼を後退させていった。
「まずフェニックスで牽制するわ。敵が散ったら、各個撃破しましょう」
了解、とジャック。
不死鳥の名を冠するAIM-54を発射するため、機首に装備されているAN/APG-71レーダーを起動させる。すると視界の隅に、コクピット内の物とは違うMFDの画面が浮かび上がった。
これは後席のレーダー士官NPCが見ている情報だ。この辺の煩雑さが旧世代機を象徴していると言えるだろう。
ちなみに、複座機はプレイヤー2人で操作する事も出来るようになっている。しかし、それよりも機体数を優先させて戦う方がゲーム内の戦術としては主流だ。昔の偉い人も、戦いとは数なのだと言っている。
レーダー上には、フェニックスの最大射程距離付近に3機の機影が表示されていた。三角形状に編隊を組んでおり、その両端の2機をロックする。
「端の2機からやるわ。フェザー1、FOX3!」
ミサイルのリリースボタンを押し込むと、機体下部からミサイルが離れる音がする。その数秒後、ミサイルの白煙が視界を縦に横切っていった。
2本の白煙が上昇していき、途中で姿を消す。ロケットモーターでの加速が終わり、慣性飛行に移った為だ。
フェニックスは発射された後、まず高度を取る。これは自身の射程を延ばすためだ。そしてある程度敵に近づくと自らのレーダーを使い、自分を誘導していく。最近のミサイルでは珍しくないが、当時の空対空ミサイルではこの「打ちっぱなし能力」と呼ばれる特性を持った物は少なかった。
残りのスパローを発射する位置取りのためにレーダーを一旦切ろうとしたその時、異変が起こった。
「ジャック、機影が1つになったわ。着弾まではまだ時間があるはずなのに」
『成る程……敵さん、根性あるねぇ』
その発言の意味する理由が分からず、聞き返す。
「どういう事?」
『フェニックスは撃ちっぱなしが出来るミサイルだけどな、付いてるレーダーの性能がそこまで良くは無いんだわ。密集編隊を組むとそれを1つの大きな敵影だと勘違いして、そのど真ん中に突っ込んじまう事がある。まあ、冷戦時代に大型爆撃機迎撃を想定して作られたミサイルだからな』
レーダー画面を注視し、ミサイルの影と敵機の影が重なるのを待つ。すると彼の予想通り、ミサイルは敵影を通り過ぎていった。
レーダー上の機影が、再び3つに戻る。
1発100万ドルもするミサイルだと言うのに……ちゃんと飛ぶだけ、50発で1,000ドルのミサイルよりはマシではあるが。
「どうするのよ?」
『どうするって、残りのミサイルでなんとかするしかねーだろ。とりあえずお前はスパローばら撒け。散らばった所にこっちのアムラームを撃ち込んで、確実に落とすぞ』
「了解」
むう、これではどっちが隊長なのかわからない。
だが他にいい方法も思い浮かばない為、再度レーダーを起動する。スパローを選択し、右翼の1機をロックオン。
フェニックスの弾着を待つ間に、敵機は既にスパローの射程圏内に入っていた。
「フェザー1、FOX1!」
『フェザー2、FOX3!』
ロケットモーターに火が入り、白煙がロックカーソルへ向かって伸びていく。
同時に残りの2機に対してジャック機からアムラーム発射の宣言がされると、レーダー内の機影はそれぞれブレイク行動を取った。
スパローは発射した母機が最後まで誘導しないと当たらない為、ロックサイトをHUD内に捉え続けるように機体を制御。ラダーを踏み込み、予測進路へと機首をずらしていく。
レーダーに映る敵機とスパローの影が重なる瞬間、敵影の後方にノイズが発生した。スパローの陰はそのまま敵影を通り過ぎて直進を続けた。
チャフで回避したのだろう。再度スパローを発射すると先程同様のタイミングでノイズが発生したが、今度はスパローの影は敵影と同時に消滅した。
HUD内のロックサークル中心で小さな黒点が発生し、黒い糸を曳きながら高度を下げていく。
「スプラッシュワン。ジャック、1機やったわ」
『こっちも1機やった。が、もう1機は何処行った……?』
急いで機体を旋回させ、残りの1機を捜索する。
「見つけたわ、2時の方向! ジャックお願い、こっちはもうサイドワインダーしか無いの」
『了解、こっちも発見した。FOX3!』
宣言と同時に、ジャック機からアムラームの白煙が伸びていく。
当然回避行動を取るだろう。その間に私は敵機に近づいて、サイドワインダーの射程に収めなければならない。アフターバーナーに点火して、敵機との距離を詰め始める。
だがそんな私の予想を裏切り、敵は回避行動に入らなかった。
『まずい、あいつ撃つぞ!』
そう聞こえるのと同時にジャックのアムラームが着弾、敵機が炎に包まれるのが見えた。
しかし、爆発の黒煙からは2本の白煙が伸び始めていた。
「マリーゴールド、対艦ミサイルが2発行ったわ!」
『了解よー。シースパローちゃんリフトオフ!』
『目標、トラックナンバー4334、4335。発射』
再び気の抜ける通信が聞こえ、マリーゴールドからも2本の白煙が現れた。
蒼い海を背景に4本の白線が伸び、お互いの距離を詰めていく。
シースパローの白煙は途中で消えてしまったが、その交差する直線上で爆発が起きた。ミサイルの近接信管が作動したのだろう。
だが、自機のレーダー上にはまだ1つの影が残っていた。1本撃ち漏らしている。
『トラックナンバー4335消失。4334は健在です』
『CIWSで迎撃!』
マリーは近接防御火器システム、CIWSでの迎撃を命じた。こちらからは何も見えないが、毎分3,000発の速度で撃ち出された弾丸のシャワーがミサイルに向かって飛んでいるのだろう。
低空を飛ぶミサイルの後方で、外れた弾丸が多くの水柱を上げ始める。
数秒の後、空母手前で爆発が起こる。対艦ミサイルは敢え無く蜂の巣にされたようだったが、爆発の位置は後3秒もすれば着弾という距離だった。
『ふぅ……ミサイル、レーダーロストしたわ。敵影も無し。ありがと、ホント助かったわぁ! 消火も終わったから、いつでも来ていいわよー』
「フェザー了解しました」
マリーゴールドへ目をやると、甲板から立ち上っていた黒煙は既に無くなっていた。
『あ、俺から先に降りるわ』
お前が先に降りて、デッキを塞いじまったらどうしようもねえからな、と言うジャック。
人を馬鹿にして……と言いたい所ではあるが、全くもって反論の余地はない。
空母の右後ろから進入していくF/A-18C。今までは地上への着陸しか目にしていなかったので、あんな狭いところに降りられるのかという疑問を持ってしまう。
そう考えている内に彼はすんなりとファイナルアプローチに入り、機体をデッキに叩きつけるようにして着艦した。
『オッケー、こっちから誘導してやるからいつでも降りてこいよ』
よし、やってやろうじゃないの。
ジャック同様に、機体を空母右後ろから進入させる。
フラップは最大位置。着艦フックとギアを出す。
HUD上に表示されるグライドスロープに、機体の未来予測位置を合わせていく。同時に、空母左後端に見える着艦指示灯を確認。
『あー、ちょい右……ちょっと低いぞ……そうそうそのまま……おい、進入速いって』
そう言われても、これ以上は失速してしまうという恐怖感が湧いて来てしまった。
スティック操作に対して鈍くなる機体の反応を余所に、ジャックは更に注文を出してくる。
『速い速い! スピード落とせ!』
ごめんジャック、無理。このまま降ろしちゃう。そう思いながら、近づいて来る空母の甲板を見つめる。
フックが制動用のアレスティングワイヤーに掛かるように、機首上げの姿勢でそのまま着地。コクピットに衝撃と轟音が響き渡る。
ワイヤーによる制動の勢いは物凄く、普段味わう事のない前方へのGを受け止めた肩口にベルトが食い込んだ。
衝撃が収まり、スロットルをアイドル位置に戻しながらGで抑え付けられた頭を上げた。
とりあえず生きてはいるので、なんとか降りられたようだったが……私の視界は斜めに傾いており、正面には見えるはずのない艦橋が見えていた。
『あー、残念』
『右足、折れてるわ』