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「四日目」

第一章 海

朝 目が覚めて、台所に行くと真由美と母さんが仲良く朝食の用意をしていた。

「母さん、真由美 おはよう」

「おはよう」

「隆志さん、おはよう」

台所のすぐわきにあるダイニングテーブルに座る。

あまり日常と変わらぬ風景が、かえって不思議に思える。

「母さん ここも商店って開いてないんでしょ。食料とかって大丈夫なの?」

「このあたりは、農業している人が多いでしょ。お米や野菜は、みんなが分けてくれるの。今日の朝食の牛乳と卵も、牧場の初代さんが届けてくれたのよ」

「みんなで助け合っているんですね」

真由美が目玉焼きを運びながら、母さんに言った。

「このへんは、田舎だからね。人と人との距離が都会より近いのよ」


朝食を食べた後、気になっている事を母さんに聞いた。

「母さんもみんなも、俺たちに東京での事を聞かないね。どんな様子か聞きたいはずなのに…。気を使ってくれているのかな?」

「それもあるかもしれないけどね。たぶん、聞きたくないんだよ。目の前の絶望を認めたくないのさ」

「目の前の絶望?」

「隆志たちは、林道を通って来たんだったね。あとで見に行ってみれば分かるよ」

「見に行く? 何を?」

「海さ」


俺の故郷は、千葉県房総半島の先端にある。本州で一番 南に位置する南房総市白浜町だ。

海岸線が長く続き、家から5分も歩けば海に着く。黒潮の波が激しく岩場にぶつかり白く泡立つ様子が、『白浜』の由来だという。

中学生の頃は、夏休みに友達と海に潜り アワビやサザエを採って遊んだ。この町の人は、海と黒潮の運ぶ温暖な気候に、かれるように生きている。

なのに…。

海を見て、愕然として言葉が出なかった。

「ひどい…、こんな事って…」

真由美が悲痛な声をしぼりだす。

いつも青かった海は、遠くの沖合までオイルで真っ黒だった。海岸の岩場には、様々な残骸が打ちあげられていて、海に近づくことも出来ない。オイルと何かが腐敗する嫌な匂いで、気分が悪くなる。

考えてみれば、当然の事かもしれない。東京と近郊の大都市が焼かれたんだ。おびただしい量のオイルや残骸が東京湾に流れ出し、その一部がここに漂着したのだろう。

「この海を見たら、誰もが絶望を感じてしまうかもしれない」

「……。」


第二章  南房総市役所

海からの帰り道、これからの事をいろいろ考えていた。

事態は、どんどん悪化し、より深刻な状況になっていく。ひとつ大きな決断をしなければならない。その前に、少しでも情報が欲しい。

「真由美 市役所に行ってみよう。もしかしたら、何か通信手段があるかもしれない」

「通信? 電話が出来るの?」

「たぶん電話は、出来ないと思う…。だけど無線か衛星回線が使えれば、青森の様子もわかるかしれない」

「隆志さん 連れて行って もし連絡が取れなくても落ち込んだりしないから」

「わかった。行こう」


市役所は、人でごったがえしていた。

恐怖で混乱した人たちが、市役所に押し寄せてきたのだろうか。

長い受付カウンターには、人がびっしりといて、対応する市の職員と大声で怒鳴りあうように話している。

「とにかく 巨神兵の事を教えろ! 役所は、何か知っているんだろ!」

「携帯電話は、いつ使えるようになるんだ!」

「食料は、配給してくれるの!」

「ここは、安全なのか!」

騒然とした空気の中 事務室の中央で、細身の男性が立ち上がり、拡声器を使って話しはじめた。

「みなさん! 聞いて下さい! 市長の石田です。みなさん 落ち着いて。

現在、わかっている情報は、玄関掲示板に書かれている事が全てです。巨人の正体も詳細な被害状況もわかっておりせん。電話および電気の復旧の見込みも不明です。衛星電話も使用出来ず、無線通信は、となりの市町村としか連絡が取れません。

今後、わかりました情報は、市役所と広域避難所に指定された小中学校の体育館に、随時掲示します。備蓄食料もそちらで配給します。

だれも…、体験した事のない大参事が起きています。これから何が起こるのか…、わかりません。

みなさん、どうか… 落ち着いて…下さい。」

市長さんは、話し終わると膝から崩れ落ちるように床に座り込んだ。

ざわついていたロビーがシーンと静まり、人々はすこしずつ市役所から出て行った。

「真由美 帰ろう。市長さんが言うように市役所も何もわからないんだよ」

「うん」

車に乗り、市役所を後にする。

またひとつ、嫌な現実を見てしまった。行政機関も正確な情報が把握できていない。

真由美も同じように感じたようで、何も言わずうつむいていた。

やはり、決断するしかない。

「真由美 奥入瀬に行こう!」

「えっ!隆志さん 何を言ってるの? 奥入瀬って、青森だよ。行けるわけないよ」

「ずっと考えていた事なんだ。真由美は、何も言わないけれど、お父さんとお母さんの事が心配で仕方ないんだろ。連絡を取る事ができないんだから、行くしかないんだよ」

「そんなの危ないよ。それに隆志さんのお母さんは、どうなるの?やっと帰ってきたのに、お母さん一人にしたら可哀そうじゃない」

「安全な場所なんて、どこにもないんだよ。母さんには、ちゃんと話をする」

「だめだよ… そんなの…、絶対だめだよ…」

車の助手席で真由美は、下を向いたまま肩を震わせ、大粒の涙を手に落とした。

車を止めて、軽く深呼吸する。

「真由美 俺は、あの日 アイツに襲われた時、真由美を守るって 死なせやしないって、強く思った。必死だった。あの時、気づいたんだ。ずっと真由美と一緒に生きて行きたいって。どれだけ真由美を大切に思っているのか」

「隆志さん それは私も同じだよ。隆志さんとずっと一緒に生きて行きたいって思ってる。でも…」

「真由美が俺と母さんの事、心配してくれるのは、すごく嬉しいよ。

でも、俺も同じなんだよ。真由美の大切なお父さんとお母さんを俺が心配しちゃいけないかな? 夜中に、声を出さないように泣いている真由美の助けになれないかな? 」

「隆志さん…。うっ うっ うわ~ん」

真由美は、俺にしがみつき声を立てて泣いた。


第三章 美佐子みさこ

『チーン』仏壇の鐘を鳴らし 手を合わせてから、遺影のあの人に話しかけた。

「お父さん ありがとう。隆志たちを見守ってくれたんでしょ。おかげで、無事に帰って来てくれました」

(でも…、たぶん また行ってしまうのだろう…)

隆志が田舎の生活に馴染めず、苦しんでいるのは知っていた。小さな時からハッキリと物を言う子で、近所の子供たちの中では少し変わっていると思われていたようだ。中学生になると、学校の同級生と合わせる事を覚えたようだが、言葉が少なくなり窮屈そうだった。

横浜の寮のある高校へ進学すると言い出した時は、ビックリしたけれど隆志が自分で探した道に反対できなかった。都会の高校は、水が合うのか生き生きとした顔をするようになった。

真由美さんを紹介された時、私の子育てが終わったように感じた。

寂しいようでもあり、責任を果たした安堵のようでもあり、何とも言えない複雑な気持ちになった。

『息子を。隆志をよろしくお願いします』と、つい言ってしまった。

あの時の隆志と真由美さんの慌てぶりは、忘れられない。その後、隆志にかなり小言を言われた。

「ふふっ」

何度、思い出しても笑ってしまう。


家に帰ると、母さんは仏壇の前に座っていた。

「母さん ただいま」

「ただいま帰りました」

「おかえり」

「真由美 夕食の支度、頼めるかな?少し母さんと二人で話したいんだ」

「えっ あっ はい」

真由美が台所へ向かう。

「なんだい 話って?」

「うん」

「……。」

「行くんだろ?」

「えっ?」

「真由美さん 何も言わないけれど、お父さんとお母さんが心配で仕方ないだろうからね」

「うん… 母さん、ごめん。こんな時に…」

「私の事は、心配しなくても大丈夫だよ。近所の人もみんな家族みたいなものだから、寂しい事もないし。隆志は、もう立派な大人に育ってくれて、私が出来る事は、幸せになってくれるのを祈るぐらいだから」

「母さん…」

「さて 私も夕食の支度を手伝おうかね。最後の晩餐になるかもしれないだろ。腕によりをかけて美味しい物を作るよ」

「うん 楽しみにしてる」


夕食は、ちらし寿司となめこの味噌汁だった。

魚介類は、手に入らないから野菜と油揚げ、干し椎茸に錦糸卵が入っている。なめこは、山で採れた天然物だ。なめこの味噌汁は、俺の大好物だが、ちらし寿司は、母さんの大好物だ。こういう所が、どこまでも母さんらしい。

食事を済ませ、三人でお茶を飲んでいると、母さんは湯呑を置き、コホンと軽く咳払いをした後、真由美をジッと見つめ

「真由美さん 隆志をよろしくお願いします」

と言い深く頭を下げた。

「ちょっ また…」

慌てる俺に真由美は、全然動じない。

「はい。精一杯、隆志さんを支えたいと思います」

と、こちらも深く頭を下げた。

「えっ?何なの?」

母さんは、状況の読めない俺をあきれ顔で見ながら、真由美に話し続ける。

「こういう うとい所もあるけど…、勘弁してね」

「大丈夫です。そういう所も大好きですから」

真由美は、満面の笑顔で答えた。


第四章 旅立ち

母さんは、父さんが遺してくれた車を使っていいと言ってくれた。正直、とてもありがたい。自然が大好きだった父さんの愛車は、4WDの最高峰とも言われるイギリス車のレンジローバーだ。10年前の車だが、完璧な整備がされている。この車なら、山の中や浅い川でも走り抜ける事が出来る。

どこで聞いたのか 英樹さんがやって来て、オイルの交換や予備の燃料の調達を手伝ってくれた。

近所の人たちは、食糧を持ち寄ってくれた。缶詰やペットボトルの水まで…。

(自分たちも、絶対に必要な物のはずなのに)

これも…、きっと父さんと母さんが築いてくれた絆なんだろうと思う。


翌朝、母さんと近所の人たちに見送られて、青森の奥入瀬へ出発した。

たぶん、もう戻ってくる事は出来ないだろう。

でも、それでも、迷いはない。

今を精一杯、生きるって決めたから!


後の世で「火の七日間」と呼ばれる、四日目の話だ。(つづく)

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