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「三日目」

第一章 強くなる

俺たちは、千葉から俺の実家にある南房総へ向かった。

信号機が消えているので、幹線道路は大渋滞になっていた。出来るだけ交差点の少ない細い道路を選んだので、かなり遠回りになってしまうが仕方ない。

「静夫さんと久子さん、とってもいい人たちだったね」

よかった。真由美がいつもの笑顔に戻ってくれた。

「うん。こんな時なのに、自分たちより俺たちの事ばかり心配して」

「お孫さんと息子さん夫婦を同時に亡くされるって、とても悲しい思いをされたんでしょうね」

「そうだね。でもお二人は、お互いをとてもいたわりあって、支えあっている。深い悲しみも分けあって乗り越えようとしているんじゃないかな」

「二人だから、がんばれるんだね…。隆志さん、私もがんばるから」

ガッツポーズする真由美の笑顔に、心の奥の方が温かくなるのを感じた。


房総の山間、小さな湖のほとりで、久子さんが持たせてくれたお弁当のおにぎりを食べた。このペースなら日が暮れる前に実家に着けそうだ。

「きれいな景色だね。森をぬける風が気持ちいい」

「本当だね。この景色見ていると、東京の出来事が夢だったのかなって思えてくる。」

真由美の顔色が変わるのを見て、『しまった。』と思った。思い出させてしまうような事を言うべきではなかった。

真由美は、俺の考えがわかるかのように、言葉を返す。

「隆志さん 私、大丈夫だから。思い出すとまだ怖いけど。現実から逃げていても前に進めないでしょ。だから私、強くなる」

唇をキュと締めて、遠くの山を見つめる真由美は、自分に言い聞かせているようにも、俺に宣言しているようにも見えた。

(俺も、強くなるよ。真由美を守るために、もっともっと強くなる)

心の中で、何度も繰り返した。

 

第二章 英樹ひでき

「まいったな、こんな所でパンクしちまうなんて。まあ、ガレキだらけの道を無理やり走ってきたんだから、無理ねえか。

車の少ねぇ道を選んだのは失敗だったかね。車の往来が少ねぇし、誰も停まってくれやしねぇ。まあ、こんな時だからな。

ここから歩けば、丸一日半って所だな。しゃあねぇ、歩くか。」

俺は、ヒッチハイクを諦めて歩きだした。

川崎の取引先へ、うちで加工したネジを納品した帰り、アイツに襲われた。

不幸中の幸いか、 俺のトラックはインターチェンジのすぐ近くを走っていたから、すぐ高速に乗ってアクアラインへ逃げ込めた。だが海ホタルの少し先で横転し炎上した車に行く手をはばまれ、動けなくなってしまった。

アクアラインから見る東京は、地獄だった。光が見えたと思ったら、あちこちで爆発が起きる。あの光が、いつここを貫くのかと思うと生きた心地がしなかった。視界のほとんどが炎に包まれ、焼け死ぬかと思うぐらいの熱風が一晩中吹いていた。

「しかし、よく生きてられたなぁ俺。神様、仏様、ご先祖様、ありがとうございま~す」

ひとり言でも言わねぇと、不安になっちまう。

陽菜はるな、無事でいてくれ」

かみさんの陽菜は、臨月になる。結婚して三年、ようやく授かった子宝だ。

一刻でも早く、戻ってやりたい。


しばらく歩くと、後ろから車の走る音が聞こえてきた。

「おおい 停まってくれぇ 途中まででいいから、乗せてくれぇ」

両手で大きく手を振り、必死でアピールした。

『キッ キキーッ』

やっと停まってくれた。喜び勇んで、車に近づくと運転席から男が飛び出してきた。

「英樹さん?英樹さんですか?」

「おーっ 隆志じゃねぇか。おまえ、実家に向かっているんだろ?わりぃけど、一緒に乗せてってくれよ」

「はい もちろんです。乗ってください」

ふっー、良かった。待っていろよ陽菜、もう少しで家に帰るからな。


第三章 新しい命

「真由美ちゃん 隆志は、こう見えても かなり骨のある男だぜ。小さい時から知っているけどな、自分が正しいと思うとテコでも動かねぇ」

「英樹さんもかなり頑固ですよね」

「バカ 俺が本気だしても、お前がブレないから、すげぇなって褒めてんだ」

助手席に座った英樹さんは、隆志さんと楽しそうに話している。時おり、後ろの座席にいる 私の事も気にして、話しかけてくれる。

とても身体の大きな人で、言葉は少し乱暴に聞こえるけど、いい人みたい。隆志さんより二歳年上、昔からの幼馴染だと話してくれた。私は高校に入る前の隆志さんを知らないから、二人の会話は聞いていて、とても新鮮で楽しい。

「そうだ 隆志。おまえ昨日の事、知っているか?」

私は一瞬、『昨日の事』が何かを、聞きたくないって思ってしまった。

(ダメダメ、ちゃんと聞かなきゃ。)

「知りません。教えて下さい」

隆志さんは、覚悟していたのか落ち着いた口調で聞いた。

「午前中 トラックに積んだアマチュア無線で、いろいろ聞いたんだけどな。昨日、アイツら大阪と名古屋にも現れたらしい。世界中の大都市を焼いているって噂だ」

「アイツって、巨人のことですよね」

「ああ 無線では『神の兵』って言ってるヤツが多かったけどな」

「神の兵…」

「なにが神の兵だ。あんなのが神様の使いのはずがねぇ」

やっぱり、あの巨人の話だった。

私と父母は、横浜の郊外に住んでいた。父母は、巨人に東京が襲われる前日から青森県の奥入瀬へ旅行にいっている。でも無事かどうか、わからない。

携帯電話も災害掲示板も公衆電話も、全然つながらない…。

(お父さん…、お母さん…、どうか無事でいて)


暗い雰囲気を変えるように、英樹さんが話し始めた。

「隆志 俺、もうすぐ子どもが生まれるんだ。もしかしたら、もう生まれているかもしれない。予定日は、来週だけど、いつ産気づいてもおかしくねぇ」

「それは、おめでとうございます」

「おめでとうございます」

隆志さんに、続いて言った。

「ありがとうよ。男の子だった時の名前は、もう決めているんだ『光介』。裏表の無い人になって欲しくてな、真ん中切って、左右同じの漢字を選んだんだ」

「いい名前ですね 英樹さんらしいです。女の子の名前は、考えていないんですか?」

「女の子の名前は、なかなか浮かばなくてな。 んっ 真由美ちゃんの字も真ん中切って左右同じ。あやかろうかな」

「ダッ ダメですよ。そんなに簡単に決めたら! ちゃんと奥さんと相談してください。」

「ハハハハ」

急に冗談を言うから、ビックリしちゃった。

でも… 赤ちゃんって きっと とても可愛いんだろうな。

 


車は、順調に進み日が暮れる前に、隆志さんの実家のある南房総市白浜町に着いた。

「おおっ 帰って来たぁ。たった二日、留守にしただけなのに、何年もいなかったみてぇだ。隆志、おまえの家では、米作ってないだろ、乗せてくれたお礼ってわけじゃねえが、うちで作った米 持って行ってくれ! こんな時だ、食料は貴重だろ」

「はい…、ありがとうございます。」

隆志さん、お母さんの事が心配なんだろうな。早く家に帰りたいみたい。返事がぎこちない。

英樹さんの家の入り口には、三人のお年寄りが心配そうに、家をのぞいていた。

「何だ? ばあ様達どうした? 今、帰ったぜ!陽菜どこにいる?」

「おおっ 英樹じゃ。無事で、よかったのぉ。

陽菜ちゃん 産気づいたんだけど、お医者さん見つからんでな。今、牧場の初代はつよさんが、手伝ってくれとる」

その声を聞いたかのように、玄関脇の部屋のふすまが『バーン』と音を立てて開き、中から威勢のよい女の人が出てきて、英樹さんに言った。

「英樹 無事でなにより!」

「初代さん! 陽菜は?子供は?無事なのか」

「ああ無事だとも。 だけど たった今、お産が始まってね。二人に会うのは、もうちょっと我慢しな。

医者がいなくてね、あたしが取り上げるしかなくなっちまった。人間の子は、初めてだけど何とかしてみせるよ。」

「初代さん すみません。お願します」

初代さんは、まわりの人を見渡し…、私と目が合うと。

「そこの若い娘!」

(えっ 私の事???)

「手伝いな! 年寄りは、手が震えちまって、あてにならない。お湯を沸かしてタライに入れて持って来な。産湯にするんだ、熱すぎないようにね」

「はっ はい」

手を洗って、お湯を沸かしていると、隆志さんとおばあさんの会話が聞こえてきた。

「隆志も、無事でなによりじゃ。美佐子みさこさんも元気でいるよ」

「母さん、無事なんですね! よかったぁ」

「ああっ 町内会の集会所で炊き出しの準備をしてくれとる」

「隆志さん 行ってあげて! お母さん とても心配していると思うの。

早く行って、元気な姿を見せてあげて」

「わかった! 行ってくるよ 母さんを安心させたら、すぐ迎えにくる。ありがとう 真由美」


「オギャー! オギャー!」

陽菜さんと、初代さんのがんばりで、赤ちゃんは 無事に生まれた。

ゆっくりと、優しく、赤ちゃんを英樹さんに手渡しながら初代さんは、英樹さんと陽菜さんに話しかけた。

「元気な男の子だ。陽菜ちゃん、よくがんばったね。英樹、おめでとう」

「ありがとう ありがとう。初代さん、真由美ちゃん ありがとう」

英樹さんは、涙をにじませ顔をぐしゃぐしゃにしていた。

私は、初めて見るお産に、驚きと感動で呆然としていた。

(すごい…、すごい…。命って、…すごい)


第四章 うたげ

母さんは、集会場の台所で、炊き出しの豚汁用のゴボウをささがきしていた。

「母さん!」

「隆志! 無事なんだね。よかった」

包丁を置き、ゆっくりと俺に近づき 軽く抱きしめて

「おまえなら、必ずなんとか生き延びていてくれるって信じていたよ。」

と言うと、何事もなかったかのように仕事に戻った。

少し素っ気ないとも思ったが『放任主義で、自主性のある子を育てる』が、我が家の教育方針だそうだから、母さんらしいと言えば、母さんらしい。


その夜の集会場は、宴会だった。

特別に、発電機を使って電灯をつけ、家々から持ち出した酒がふるまわれ、

30人ぐらいの近所の人が集まって、英樹さんの子供の誕生を祝った。

このあたりは、大きな被害はなかったようだけど、東京から逃げ帰った人々の信じられないような恐ろしい話に、みんな ふるえて過ごしていたらしい。

新しい命の誕生は、張りつめていた不安な気持ちを和ませてくれたのだろう。

みんな、笑って はしゃいで 楽しそうにしていた。

真由美は、あまり強くないお酒をお祝いだからと強引に飲まされ酔ってしまったのか、テーブルに顔を埋めて眠ってしまった。

今日も一日、いろんな事があったから無理もない。

まわりの雰囲気をこわさぬように、そっと静かに外へ出て、静かに深呼吸する。空を見上げて、思わず声がもれてしまった。

「うわっ 星の数 すごい。いつもの倍ぐらい見える」

ここは、星がよく見える土地だけど、こんなに多く星が見えるのは初めてだ。まわりがすべて停電しているためだろうか?

降ってきそうな星空に感動しながら、明日からのことを考え始める自分がいる。俺の悪い癖だ。

集会所から、母さんのかん高い笑い声が聞こえた。

『明日は、明日の風が吹く』母さんの好きな映画のセリフだ。

「よしっ 今日は、英樹さんの子供の誕生を祝おう。無事に、真由美を連れて帰れた事に感謝しよう。」

気持ちを切り替えると、集会場へ戻る足取りが軽くなった。


後の世で「火の七日間」と呼ばれる、三日目の話だ。(つづく)

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