恋愛
―そして放課後。
灯夏は昼休みにオレらの教室に来て、倉沢と何か話していた。
倉沢が顔を赤くしてあたふたしてたのを見る限り、ちゃんと約束を果たしていたようだった。
「……で、何が悲しくてオレらはこのカップル誕生の現場を見ているんだ?」
「しっ!声大きいよ碧。気付かれたらどーすんの」
「楓、頑張って…!」
なぜかオレと灯夏と日野という変な組み合わせで今、和真が倉沢に返事をするところを覗いているのであった。
灯夏と日野と倉沢は去年同じクラスで3人仲が良かったらしい。
しかしなんでオレまで…。
「でも声までは聞こえないね」
「つーかおまえ部活は?」
「今日水曜だから自主練ーってか静かにしてってば」
睨まれた。
日野はじーっと倉沢たちを見ている。
なんだか倉沢の保護者みたいだなーなんて思って見ていると、またもや日野はこちらの視線に気づいた。
そして今度は睨まれなかったが、すぐにふいっと視線を外し倉沢たちに視線を戻した。
……睨まれなかっただけ良しとしよう。
しばらくすると、話を終えたらしい二人がこちらに近付いてきた。
二人とも顔を真っ赤にしている。
どうやら和真のやつ上手く伝えられたらしいな。
「おい、こっち来るぞ。隠れなくて良いのか?」
「なーんで隠れる必要があんの!祝福してあげなきゃ!」
そう言いながら灯夏は二人のもとへ出ていった。
わが妹よ、空気を読め。
「かーえで!おめでとー!」
「え、ちょ、ひな?あれ?沙依まで…」
「おめでとう、楓!」
びっくりしている倉沢の頭の上には、はてなマークがたくさん見えるようだった。
そんなきょとんとしている倉沢に、灯夏と日野は抱きついた。
横で何事かとびっくりしている和真に、オレは頬をかきながら苦笑いをしてみせる。
そしてオレも和真に近付いていく。
「よう、初カノじゃん。おめっと」
「お、おう。ありがとう。えーと、この状況は?え?なに、おまえら、もしかして見てたの?」
「あー、えー、あー…そういうことになるかなあ…あはははは」
「笑ってんじゃねーよ!まあ、うん、はあ…緊張した」
そう言いながら和真は肩の力を抜いた。
ひとしきり話したあと、灯夏と和真は部活に行った。
今日は部活がない倉沢と、帰宅部であるオレと日野が残り、さっさと解散することにした。
*
「もうねー楓ってばほんとーに可愛くて!」
寝る前になって灯夏はずっとこの話ばかりしている。
倉沢と和真が付き合ったことが自分のことのように嬉しいらしい。
「好きな人がいたなら言ってくれれば良かったのにー!栗本くんは絶対私なんかに興味ないと思ってたから、恥ずかしくて言えなかったなんて、もう、そんなん気にしないのに」
「へぇ……で、そういう灯夏は好きな人いないのか?」
ずっと倉沢の話ばっかだから、なんとなくたずねてみた。
一瞬きょとん、としてから灯夏はけらけらと笑い出す。
「ぜーんぜん!好きとかよくわかんないんだよねー」
「でもよく告られてんじゃん」
「よくってほどでもないよー。5回ぐらいかな?」
「いやいや、結構な回数だから」
オレに対しての嫌味かよ!
なぜオレは灯夏がいるからって、恋愛対象になかなかされないのにこんなにこいつはモテるんだっ!
少し遠くを見るようにして、ひとさしゆびをあごにくっつけ、灯夏は言う。
「まあ、あれだね。今は勉強と部活で忙しいから恋愛とかいいやあ」
「そうだな。おまえはそういうやつだった。恋愛事情を心配したオレが馬鹿だった」
「なんだとーっ!いいもんね。あたし、大学生になったらちょーかっこいい彼氏連れてきてやるんだから」
「そうかそうか、勝手にしてろ。オレだって今にちょー可愛い彼女連れてきてやるよ」
「むりむりー。抜けててバカな鈍感ボーイに彼女なんて!」
「ああん?言ったな?」
反撃をしようと灯夏に言い返そうとしたとき。
急に部屋のドアがバタンッと開き、母さんが顔を出した。
「夜にうるさい!もっと静かに話してなさい」
それだけ言うと母さんは顔をひっこめ、ドアを閉めた。
灯夏が唇を尖らせ横目でオレを見る。
「ちぇー碧がうるさいからママに怒られちゃったじゃん」
「はあ?おまえが先に声荒らげたんだろ」
「うっさいなー…って、もうきりないわ、終わり!また怒られちゃう」
今のはおまえがつっかかってきたんだろ、と言おうとしたが、さっと立ち上がり灯夏は自分の勉強机のところに座ってしまった。
多分明日の予習でも始めるんだろう。
オレは基本的にテスト前しかちゃんと勉強しないからさっさと寝るか、本を読んだりしてから寝るかだ。
灯夏は本当に夜遅くまで勉強するときは、ちゃんとリビングで勉強してくれる。
なんだかんだ言って優しくて良いやつ。
放課後付き合わされたり、さっき微妙に騒いだので眠くなってしまった。
ふわーっとあくびをしながら、二段ベッドの下に入る。
「おやすみ」
勉強している灯夏の背中に声をかける。
「おやすみー。あたしもこれ終わったらすぐ寝るよ」
その言葉を聞いてまもなくオレは意識を手放した。