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とあるチェリストの場合

短編にしようとしましたが、浮かんだエピソードが多すぎて、それをつなげる力がなさ過ぎて、オムニバス形式で進みます。

「好きなの。」

幼馴染の隆二にこう言った。

「お前みたいなダサい女が釣り合うと思うなよ。

 津崎先輩みたいな女ならともかく、

 無謀なんだよ。」

これが高校時代、味わった初めての失恋だった。



―それでも、恋をしようと思う。―



明らかに方向性を間違えた。


津崎先輩は、少し派手な感じの美人。

みんなから好かれて、少しわがままな感じもかっこいい。

男性の立ち代りは激しかったが、

それでも筋の通った性格は同性からも好かれていた。


大学を卒業したころから、周りが少しずつ変わってきた。

男の人が好むのは、華やかな女性だけでなく、

男に媚びた感じを見せず、少しだらしのない雰囲気の、

スキニージーンズと地味なシャツを着るようなそんな女が意外とモテる事を知った。

そんな女に、ぴたりと当てはまった森山友里、27歳。

独身、同い年の彼氏もち。


とある鉄鋼会社の事務をしながら、土日は地元の協奏楽団に費やしている。

チェロにはじめて触れたのは10のとき。

幼馴染の家が音楽一家で、2つ上の圭一君が(今はもうバイオリン一筋だけれども)弾いているのを見て、

ひどく惹かれてしまった。


母方の祖父がなかなかよい暮らしをしていたため、

高校のときに両親が離婚して多少問題がある母親だったが、

チェロのためならと母に引き取られ、無事音大を卒業することができた。


「友里、ビールあんま進んでねーけど、

 大丈夫?」

ふっと我に返る。

「うん、ちょっとボーっとしてた。」

恋人の横山を見て、そう笑った。

ここの居酒屋はつくねがおいしい。

「お前たまにトリップしてるときあるよな~、

 この間だってパート練習のときに注意されたらしいじゃん。」

すこし意地悪そうに笑う。

この顔が好きで付き合っている。

「あれは、まぁ、・・・あれだよ。」

「何だよそれ、真面目にやれよな。」

そういって二人で笑いあった。


横山とは楽団で知り合って、付き合って6ヶ月。

正直、私にしては結構長いほうだ。

彼はバイオリンをやっていて、毎週あっているが、二人きりで会うのは月2回くらい。

同じ楽団の男友達で仲のいい理人に二人で会うのが週1くらいだから、まぁ淡白なのかもしれない。

セックスの相性もまぁまぁ。

キスの相性もまぁまぁ。

性格の相性はちょっといい。

外見の相性は微妙。

少し軽薄そうに見える茶髪は、ショップ店員だからって、

先月さらに明るくしていた。

対して私というと、先ほども説明したようにジーンズにTシャツ。

彼曰く、体の線が出るジーンズと、どこで買ったかわからないようなTシャツが、

男の下心をくすぐるんだそうです。


「あ、そうだ。今度の日曜日さ、皆川沿いで花火やるんだって、

 よかったら一緒に見に行かない?」

私は職場に張ってあったポスターを思い出してそう言った。

「あ~、悪い、日曜日は予定があるんだ。」

なんだ、つまらない。

「あ、じゃぁ、理人といってくるよ。」

「お前ら仲いいよな。」

呆れたように言ってくる彼の表情に嫉妬の色は微塵も感じられない。

「まぁね。お面でもお土産に買ってきてあげようか?」

それは信用しあっているからとかでは決してなくて。

「ぜってーいらねぇ。」

つまり、淡白なのだ。



大学からすんでいるのは、防音の部屋。

給料の高い割合を家賃に取られている。


弦を弾く。

室内に音が響く。

音感以外のすべての感覚が遮断される。

それでいて、すべてでチェロを感じる。

父によく似た大きな手。

ああ、まだ大丈夫。

まだ、大丈夫だ。

そう、チェロが伝えてくれる。




男が切れないとは言うが、そんなに美人というわけではないので、

友人の男に言い寄られたり、

二人の男からのモーションで・・・なんていうアクシデントはあったことがない。

ほどほどに、いつも同じような恋愛を重ねてきた。


高校のとき、両親の離婚の理由は、ヒステリックな母にあると思っていた。

でも再婚で母が穏やかになって、

私もこういった恋を重ねるうちに、わかってきた。

父は来るものは拒まず、去るものは追わず、追われれば逃げてしまう人間だった。

母がかんしゃくを起こしているときに、夫婦の寝室を抜け出し、

こそこそと私のベッドに入ってきて、私を抱きしめて寝るのだ。

母の側にいなくていいのかと聞くと、まぁ今はいいよ、と濁されてしまう。

アクティブなのか、よく友人を誘って出かけようとするが、

自分から言い出したくせに行くのが面倒だと言い出し、

帰ってきたら喋りつかれたと、母ではなく私に抱きついてくる。

ぬいぐるみに抱きつくみたいに。

父にはまぁまぁ好かれていた。

それは私が父と同じく拒みもしないし、縋りもしないからだと思う。




だが、それに気がついて唖然とした。


父によく似たこの私が。そう、行動だって、性格だって(父はもう少し社交的だが)

顔すらもよく似ているじゃないか。

そんな私が。


これからどんな恋愛ができるんだって言うんだろうか。





「急に呼び出して悪い。」

花火大会の3日後、横山にカフェに呼び出された。

たまに使うこのカフェ、落ち着いた雰囲気で、

女性客以外も多い。

「いいよ、ってか、そろそろかな~って予感はしてた。」

「ごめん。」

横山の頼んだ、カフェラテの氷がカランと鳴った。

「好きな人ができたんだ。

 別れてほしい。」

「・・・うん。」

眉間に皺を寄せた、少し苦しそうな顔。

私の彼氏の(元彼か)横山という男は。

そこそこ遊んでいそうな男だ。

でも決して二股かけるようなちゃらんぽらんなやつではなくて。

別れるときもこうやってしっかり言葉で伝えてくれる。

「友里よりちょっとかわいいかな。

 でも性格は最悪。

 会うたび喧嘩になるし、いつも怒ってるし。」

「うん・・・。」

彼は眉間に皺を寄せたまま、泣きそうな目を見開いて、

我慢している。

あ、今更気がついたけれど、その顔も好き。

「ごめん、こんな付き合いだったけど、友里のこと結構好きだったはずなのに。」

こんな付き合いだったから、

お前がこうだったから、とは言わないでくれる、

優しい人。

「うん。私もまぁまぁ好きだったよ。」


ああ。


けっこういい男だったではないか。





少し、鼻の奥がツンとした。





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