連理の魔女
1人の女が、おりました。
彼女は、親を知りません――――気が付けば 彼女は、生きる知識だけを身に着けて その世界で生きていたのです。
女は、それに対して 何の疑問も持たず 薬師として 働いておりました。
ある時 女は、恋を知りました―――――身を焦がすような激しい愛情が、自分の心に宿っていることにも。
彼さえいれば 他には、何もいらない――――この恋を邪魔など させないという 強い想いを纏うほどに。
狭い世界しか知らなかった 女にとって 男は、何もかもが特別だったのです。
けれど その恋は、早い段階で終わりが訪れます。
なぜなら 相手には、すでに 決まった相手がいたのですから。
女は、悲しんだ。――――――こんなことになるなら こんな想いを抱かなければ良かったと。
だが 女は、男の苦しむ姿を見て 身を引く決意をしました。
男のことを諦めたくはなかったが そんな姿を見続けたくなかったのですから。
そして もう1つの理由は、新しい命を宿っていることに気が付いたからです。
自分が、1人ではないと気が付いたからこそ 女は、覚悟を決めることができました。
女は、心機一転を図り 住み慣れた土地を離れることにします。
けれど そう上手くいくものではありません。
男が、女を手放そうとしなかったのですから。
あろうことか 男は、その国の権力者。
自身の地位を利用して 女を捕えてしまいました。
一室に閉じ込められた女は、日に日に弱り果てていきます。
そして とうとう 男は、女が身籠っていることに気が付き 怒り狂いました――――女が、自分以外の男と関係を持ったと。
まさか 自分の子だとは信じません。
なぜなら 男は、何年も前から 正室との間に子供ができておらず 不妊だと 医師から言われているのですから。
女は、懸命に男の子だと訴えるも 男は、聞き入れようとはしません。
このままでは、子供が生まれると その子は、殺されてしまうだろうと 女は、恐れ 必死にその小さな命を救う手立てを考えます。
けれど 無情にも 時は過ぎてゆき 臨月を迎えてしまいました。
生まれてきた子供は、双子でした。
1人は、金髪で もう1人は、黒髪。
2人とも 女の子です。
お産に立ち会った 人々は、不吉だと口々に言います――――1人で生まれるはずだった魂が、2つに分かれてしまったと。
けれど 女は、気にも留めず 産み落とした赤子達を、慈愛を込めて抱きしめます。
そして 自分達を見つめている人々を威嚇するように睨み付けました。
たとえ 自分の命を犠牲にしようとも 女は、我が子達を守るという 意思を見せつける為に。
その絶対なる決意を見て 男は、息をのみます。
どんなことにも揺るがない 強い意志を見て 自分には、真似ができないと 自覚しました。
そして 女は、男に言います―――――自由にして下さいと。
男は、選択を迫られました。
その後 女は、子供達を連れて 城を出ました。
短い間だったけれど 城の人達と親しくなれたはずでしょう――――みんな 最初こそ 遠巻きにしていましたが 親切にしてくれたのですから。
けれど 結局 男が、娘達を自分の子だと認めることはありませんでした。
目の開いた 我が子達の瞳は、王と同じものなのに。
いくら 周囲が、王の子であると信じてくれても 女は、嬉しくありません。
女は、悲しみを堪えるように 薬師として 懸命に働きました。
娘達と暮らしてゆく為に。
2人は、すくすくと育ってゆきました。
金髪の娘は、美しく人を魅了する子に。
黒髪の娘は、優しく人に愛される子に。
女にとって 娘達は、宝物です。
辛いこともあるけれど あの子達がいるから 頑張ってくれたのですから。
時が経って 娘達は、恋を知ります。
女は、自分と同じにならぬよう 願いました――――苦しい恋だけはするなと。
けれど その願いは、叶いません。
娘達は、あろうことか 同じ相手を好きになってしまったのです。
その相手とは、女達の住まう町の働き者の青年。
明るい笑顔で 周囲の人々を楽しませてくれる太陽のような青年です。
金髪の娘は、積極的に。
黒髪の娘は、陰で見守るように。
2人とも、互いを励まし合いながら 恋をしていました。
けれど その共闘も、終わりを告げます。
相手の青年が、黒髪の少女を選んだのです。
大人しくも、誰に対しても優しい 黒髪の娘の手を青年は、取りました。
女は、娘が愛する人を見つけたことを喜びます。
けれど 金髪の娘は、それを喜ぶことができません――――それだけ 青年のことを愛していたのですから。
その後 黒髪の娘と青年と結婚式が、ささやかながら 町を挙げた式となりました。
驚いたことに 既に 新たな命が、娘に宿っているそうです。
それを聞いて 女は、呆れましたが 祝福を贈りました
自分が育てた娘が、幸せになってくれることには 違いないのですから。
主役である 黒髪の娘は、大きくなったお腹で歩きづらいところを青年に支えられて 参列者達に祝福されています。
それと同時に 恋に破れてしまった もう1人の娘―――金髪の娘のことが、心配になりました。
姿が見えないことに 女は、ある不安が頭をよぎります―――あの子は、最後まで 結局 黒髪の娘に祝福の言葉を贈らなかったのですから。
女は、式で人通りが多くなっている町中を、走り回りました。
いくら 探しても 見つかりません。
そして とうとう 女の不安は、的中してしまいます。
一端 黒髪の娘に金髪の娘のことを聞こうと人だかりの中央に向かおうとした時でした。
突如 空気を裂くような悲鳴が辺りに響き渡ったのです。
その声の主を探しますが 見つかりません。
悲鳴は、伝線したかのように 広がってゆきます。
そして 女は、その原因を突き止めました。
女は、目の前に広がる光景に 現実味を感じることができません――――なぜなら 人々が、【黒い炎】に飲み込まれていっているのですから。
そして その炎の中では、金髪の娘が、笑っていました――――狂気をその目に宿して。
人々が苦しむ姿に 娘が、狂ったように笑い続けているのです。
女は、金髪の娘の心が壊れてしまったことを実感しました――――本来の彼女のならば 今 自分が作り出している光景を止めないはずがないのですから。
どうすれば この状況を、止めることができるのか わかりません。
―――駄目だよッ!どうして?!―――その声は、逃げ惑う 人々をかき分けるようにして 近づいてきました。
黒髪の娘は、【黒い炎】を纏う 金髪の娘の姿を見て 驚きを隠せていません。
そんな妹を見て 姉は、笑います――――まるで 目的の存在を見つけたかのように。
―――許 さ な い わ 。 私 が 手 に す る は ず だ っ た 幸 せ を 手 に す る な ん て ―――【黒い炎】は、勢いを増します。
青年が、妻となった 黒髪の娘の盾となるように 炎に飲み込まれてしまいました。
その光景に 妹は、目に涙をため 泣き叫びます。
けれど 青年は、戻ってきません。
絶望に包み込まれている 黒髪の娘に 金髪の娘は、微笑みを浮かべました―――人の不幸を心から喜んでいるかのように。
――― ア ン タ は 、 い つ も そ う や っ て 泣 い て ば か り ッ ! 泣 け ば 何 で も し て も ら え る と 思 っ て い る の ? 少 し で も 自 分 か ら 努 力 す る こ と が あ っ た ? ! ―――という 金髪の娘の声が響き渡ります。
そんな 笑みを見つめて 女は、どうすればいいのか わかりません。
黒髪の娘は、嗚咽を漏らしながら 体を支え切れなくなって その場に蹲っています。
この状態が続けば 危険です。
【黒い炎】は、そんな彼女に 近づいていきました。
ふと 黒髪の娘が、ゆっくりと 立ち上がります。
先ほどのように 絶望に満ちていません。
吹っ切れたかのように まっすぐと 姉を見つめています。
そして 何を想ったのか 自ら 炎の中に飛び込んでゆきました―――まるで 【黒い炎】も、まるごと 抱きしめるかのように。
【黒い炎】は、一瞬 抵抗する様に 炎の勢いが増しましたが やがて 鎮火してゆきます。
そして 炎が完全に消滅すると その場に 赤子の産声が響き渡りました。
急いで 駆け寄り抱き上げると 赤子は、泣きやみ きゃっきゃと笑い出します。
その笑顔は、黒髪の娘にそっくりでした。
女は、赤子を守るように 抱きしめます。
【黒い炎】を逃れた人々は、その光景を見つめて 涙を流しました――――誰が悪いと言えるのかと。
誰も 金髪の娘の悲しみを知らなかったのです。
誰も 黒髪の娘を止めることができなかったのですから。
その後 生き残った人々と町を復興させ 女は、赤子と供に 暮らし始めます。
赤子が、すくすくと育っていく中 女は、あることに気が付きました。
それは、一定の年を越えてから 女は、若返り始めたということです。
女は、驚きを隠せませんでした――――この事態に。
このことが、周囲に知られれば 女は、どうなってしまうだろう?
女は、考え抜いて 赤子を連れ 転々と町を移動する様になりました。
不審に思われる前に その土地を離れるのです。
こうして 女は、流れの薬師となり 赤子は、女の元で見習いとして仕えるようになりました。
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「やっぱり お婆様は、良い魔女だわ?」少女は、楽しそうに 言う。
幼子の言葉に 女―――婆様は、訝しげな顔だ。
「何だい………いきなり?それに もう 寝な。夜も遅いんだから」
婆様は、そう言って 少女の顔まで 毛布を引き上げる。
「えぇ~?!【連理の魔女】のお話は、いいことなんだよ?お爺様も、言っていたもの。
【連理の魔女】は、光と闇を最初に産んだ 【魔】の母。人を【魔】に堕とす闇と人を【破魔】の力を持って守る 2人の魔女の始まりの人。この世界の最初に生まれた 魔女じゃない」
拗ねるような口調の少女に 婆様は、溜息をつく。
「ハリィ………本当に寝なよ。お前は、本当に 変わっているよ。普通 あたしの正体を知れば 怖がるはずなんだけど。だって 死なないんだよ?」
「でも 婆様は、良い魔女だわ?それに 闇に堕ちた魔女は、それ相応の悲劇に絶望してしまったからなんでしょう?ウォルターだって 言っていたわ?婆様は、人の為 魔力を持つ人の為に 研究を続けているって」
「あの愚息………勝手に 何を言っているんだか。自分は、もうすぐ生まれてくる子供の心配をしていればいいっていうのに。ルーナは、初めての出産で緊張しているし………体調を崩しやすくなっているのにね」婆様は、目を細めながら呟く。
「ねぇ 婆様?ところで 私にも、【破魔】の力があるのかな?だって 曾お祖母ちゃんは、持っていたんでしょう?」
「さぁね?【破魔】っていうのは、血筋で持っている場合もあるし………突然変異で生まれる場合もある。
魔女そのものの生まれる原因が、まちまちであるように………原因があやふやだからねぇ?」
婆様は、あいまいに答えて 少女を、そのまま 眠りにつかせる。
「誰も………好きで魔女になるわけじゃない。みんな………いろんな理由があるんだ。あの子達だって………本当は、幸せな道を歩むことができたはずなんだから」
呟きながら 婆様は、窓から空を見上げる。
月が、真っ青なくらいに光り輝き 2つの星が、互いで反発するかのように 輝いていた。