銭湯ウォーズ
ここはスーパー銭湯、俺はいま、いちご、みるく姉妹(推定75歳前後)に『さくらんぼ』を摘み取られようとしている!! 俺のさくらんぼは綺麗なお姉さんに摘んでもらうって決めてるんだ。バァさんに摘み取られるなんて冗談じゃねぇ!!
「「お兄さん、気持ち良くして、あ・げ・る♪」」
「い、いや、いいです、え、遠慮しときます…」
クマから逃げるように、いちごみるく姉妹と視線を逸らさないようにしつつ、震える脚でそっと後ずさる。
しかし、相手はクマではなかった。
「「それじゃ、いざ、実食!!」」
「うああああああああ!!」
来るな来るな来るな来るなあああああああ!!
いちごみるくが俺という餌を目掛け浴場で全力疾走!! 餌になりたくない俺も全力疾走で逃げる!! 周囲の入浴客から注目を浴びているけど誰も助けてくれない。それどころかどいつもこいつも楽しそうにゲラゲラと笑いながら観察してやがる。あぁ、世間は冷たいなぁ。
逃げながらふと背後を振り返る。
あれ? 一人しか追ってきてない。
ドスッ!!
やべっ、何かにぶつかった。
その衝撃で、俺はタイルの上に転んでしまったのだが、それにしては柔らかい。
「むふふふふ♪ 押し倒すなんて、積極的なんだからっ♪」
ガタガタガタガタぶるぶるぶるぶる…。俺、今、何を触ってるんだ…。
脚を曲げて巻いているタオルをひらひらなびかせながら太ももを見せつける、いや、魅せつけて誘惑するおバァさん。
ううう、ぽかぽかなお風呂なのに全身に凄まじい寒気を感じる。これじゃ俺が襲ってるみたいじゃねぇか。
俺の行く手に先回りしていた『いちごみるく』姉妹のどちらかにぶつかって押し倒してしまった俺は、恐ろし過ぎて浴場の中心で生命の危機を叫びたい。しかし声が震えて叫べない。
「あ、う、いや…」
両サイドはシャワーの壁、前後にいちごみるく、逃げ場がない。袋の鼠ってやつだ。
俺がバァさんたちに追われる一方、先程から浸地の悲鳴が聞こえている。アイツも誰かに追われてるのか?
「「良いではないか~良いではないか~」」
「いやーっ!! あっち行け!! 銭湯じゃなくてソープ行けーっ!!」
ズコンッ! バコンッ! ドン!!
立ち上がって見渡してみると、浸地が浴場の外周を走り回っているのが見えた。どうやらお爺さんたちに追いかけられているようだ。浸地は洗面器やイスを投げつけたり罵声を浴びせたりして必死に抵抗しているとみた。先程からの鈍い音は、投げ付けた物がお爺さんたちに命中した時の衝撃だろう。
「うおおお、刺激的な姉ちゃんじゃねぇか…」
「玉を狙って来るとはのぅ…」
浸地が投げた洗面器やお風呂用の椅子がお爺さんたちの下半身の息子さんに直撃したようで、彼ら二人はムンクのような表情で、しかし両手はアソコをカバーしながら悶えている。浸地に手を出そうとしたのはまずかったな。幼き頃にされた嫌がらせの数々が走馬灯のように蘇る。
「グンソクちゃ~ん、キモチイイコト、し・ま・しょ♪」
イケメンに似てるって言われるのは光栄ですが、残念ながら似てませんよ。
「さぁさぁさぁ!! 気持ち良くなっちゃいましょ!!」
おっと、同情と同時にタオルの下は生まれたままの浸地にさりげなく見惚れてる場合じゃなかった。俺も逃げなきゃ。
「あ、徳光さん」
「「えっ!? うそ!?」」
掛かったな。地元にゆかりのある人ならここに来ても不自然じゃないからな。下手にジャニーズとかイケメン俳優を挙げるより騙されやすいって計算さ。
「サヨナラお元気でー!!」
挨拶して猛ダーッシュ!!
寝転ぶバァさんの横を透かし、浸地によって屍のような姿とさせられたお爺さんたちに躓きながらも脱衣所へ必死に逃げる、逃げる、逃げるーっ!!
「「待てやゴルァァァ!! タマむしり取ったるぜおのれぇぇぇぇぇ!!」」
ぅぎゃああああああああああああっ!! ゾンビ来やがったぁぁぁぁぁぁ!?
いちごみるくが屍と化したお爺さんたちのタマを掴んでその身体をぶん回しながら本性剥き出しにして陸上選手みたいな迫力で追って来やがった!! しかもなんでこんな台詞までハモってんだよ!?
恐ろし過ぎるよ!! 昔のド〇えもんみたいな声が恐ろしさに拍車かけてるよ!! やべぇマジで俺の息子殺される!? お爺さんたちをハンマー投げみたいにして俺にぶつけて倒す気だよ!!
「「おーりゃーっ!! 長年の恨みじゃー!! ちったぁ役に立ちやがれー!! イ○ポ野郎のくせに若い姉ちゃん見てビンビンしてんじゃねぇぞゴラー!!」」
びゅぅぅぅぅん!!
お爺さんロケット二発一気に飛んできたーっ!! 長年の恨みって、もしかしてこのお爺さんたち、いちごみるくの旦那さん!? 旦那さんたち、浸地を見てビンビンするならイ〇ポじゃねぇだろ!! てかいちごみるく、人をハンマー投げの道具にしちゃアカンぜよ!!
ドスドスッ!!
お爺さんたちは気を失ったままタイルに叩き付けられた。て鼻から血を流している。可哀相に…。
発射されたお爺さんたちを避けた俺は、そのまま更衣室に逃げ込み扉の鍵を閉めて難を逃れた。
◇◇◇
「ヒロシ~♪♪」
汗と蝉の雫でとっても香しい衣類を息を止めながら着てロビーへ出ると、浸地が手を振って俺を呼んだ。なんかスッキリ爽快な顔してるな。凄くイキイキしてる。
「あ~風呂入ったら余計疲れた」
「入り直そうか。貸し切りの所に」
「お、おぅ」
浸地と風呂に入るのは今回が初めてだ。仮に初めてじゃないとしても幼少期とはお互いに色々と全然違う。緊張する。めっちゃ緊張する。俺の息子、暴れん『棒』将軍にならないだろうか? 悪ガキ浸地とはいえ現役女子大生。しかも何故か悔しいがかなり美人。年上好きな俺にとってはもろにストライクゾーンという訳だ。
「どうしたの? 早く入ろうよ」
「おう」
いかんいかん、オドオドしてると悟られちまう。俺は貸し切り風呂へ向かう浸地の後を少し早足で追った。