痛みに寄り添える自分に
その先を期待したところで特にこれといったこともなく夕方になった。
ただ、客が多く賑やかな駅ビルのカフェで教育現場の実態を聞いたり、俺は近況報告をして、互いに大変だなと、そんな感じで時間を過ごした。客が多い店を選んだのは、込み入った会話は周囲に聞かれぬよう雑音で掻き消したほうが良いから。
お茶をしているだけでも好きな人といる時間は楽しくて、一方でまだ対等に向き合うほどの能力がない自分にもどかしさを感じたりして、胸が苦しい部分もあった。
肩甲骨まで伸びた艶やかな髪、業を負ってもちゃんと残っているやさしい眼差し、適度に膨らんだ胸……。
対して俺は、高校生のガキ。
「なあ、やっぱ俺って、浸地と釣り合わないかな」
やべっ、不意に心の声が漏れた。やっちまった。
「おっ、突然の再告白」
俺の焦燥を他所に浸地は焦る様子もなく、ガキが何か言い出したぞくらいの構えでいる。
「な、なんだよ……」
返す言葉が見つからなかった。
「そうだな、18歳になっても気持ちが変わらなかったらまた告白してよ」
「コンプライアンスというやつでしょうか」
「そ、コンプライアンス」
「じゃあそれまでに、他の男と付き合わない保証なんてあるのかよ」
「ないよ。だからまあ、いまはこっそり、付き合ってみる? 幼なじみだから、いっしょにいても不自然ではないし、広視がもう少し大人の格好してくれたら、知らない人たちの目にさらされてもなんとか誤魔化せるかも」
いま俺が着ているのは、ベージュのカーゴパンツと黒いシャツ。あらゆる世代が着ていてもおかしくない格好だと思うが、それでもガキっぽく見えるってことは、俺自身がまだガキだってことだ。
けど、
「付き合って、くれるのか?」
「うん、恋人の当てもないし、独りじゃ心細いし、いまより会う回数を増やすくらいなら、まあいいんじゃない?」
「お、おおおおおお……」
やった、やった。公共の場だからはしゃげないけど、胸がめちゃくちゃ熱い!
俺と浸地は再び海岸へ足を伸ばし、夕陽を見に来た。賑やかな藤沢の海岸とは違って、茅ヶ崎の海は人気が少なく開放的で静か。
茅ヶ崎は駅ビルもあることだし田舎というほど田舎ではないが、やたら栄えていて人の流れが速い藤沢の街と比べると、かなりのんびりしている。隣街なのに、こうも違うものか。
「付き合い始めてから、初めての海だね」
ドキッ。思わぬ言葉に心拍数が跳ね上がった。夕陽に向かって砂浜を歩く足がビクリとしてこけそうになった。
「そ、そりゃ、さっき付き合い始めたばっかだからなっ」
「はははっ、顔紅い」
俺の顔を見て小馬鹿にする浸地。憎らしいはずなのに、照れ臭さと可愛さと色気が勝ってしまう。
浮かれつつも、引っ掛かっていることがある。
アロハとオハナちゃんだ。俺が幸せにできるなんて自惚れはないが、二人が俺に寄せている好意には気づいている。さて、どうしたものか。
「なあ、俺の友だちもいま大変なんだけどさ、どうすればいいと思う?」
「どんな感じに?」
「母親に嫌われてる。姉妹なんだけど、妹のほうが両親の亡くなった友人夫婦の子で、血が繋がってないんだ」
「両親とも亡くなったの?」
「ああ。事故で」
「そっか、それは、大変だ。言葉に表しようがないくらい」
神妙な面持ちで、浸地は言った。
夕陽は富士山頂より少し左側に沈もうとしている。平たい山頂に陽が沈む『ダイヤモンド富士』が近そうだ。
「ちゃんと、寄り添ってあげるんだよ、上手にね」
恋人関係にはなれないけど、心は寄り添ってあげなよということだろう。相手が自分に好意を寄せているだけに、難しい。だが、つらい想いをしている友だちを放っておけるわけがない。
「私も、できる限りの知恵は絞るから」
自らも大変な思いをしている浸地が言った。俺たちだって、付き合ったからといってすべてが解決するわけではない。かなりマシにはなるだろうけども。
だが、俺にはビーズがある。痛みが和らいだ分は、アロハとオハナちゃんの力になれるかもしれない。