ビーズの効力
「お、ビーズやってるね」
茅ヶ崎の砂浜を一望できる、雛壇状の小さな展望デッキに座り、潮風に吹かれている俺と浸地。俺が腕に嵌めているブレスレットを見て、浸地が言った。
「まあな。なんとなく。そろそろ教えてくれよ、このまじないじみたビーズになんの意味があるのか」
「これはね、負のエネルギーを吸い取るビーズなの。一粒で1日分。それを吸い取って幸せに変換するビーズなんだけどね」
「負のエネルギーってのはあれか? うざいとかしんどいとか、ダルいとか」
「そうそう、そういうの。でも広視の場合、ビーズだけじゃ吸収しきれなかったみたい。君が置かれた環境と君の感性は、あまりにもミスマッチで過酷だよ」
「マジか。第三者から見た自分がどう映ってるかって、わからないからな。自分の置かれてる状況がどんなもんかも」
「そうだね。じゃあさ、広視から見た私はどう?」
と、浸地は俺の顔を覗き込んできた。思わず胸を撃たれて目を逸らしたくなったが、いまは色気に酔うでなく、浸地と正面から向き合うときだ。
見た目だけはいつもの浸地だが、わざわざ俺を呼び出すなんて、どう考えても異常だ。ほかにも仲間はいるはずなのに、敢えて俺を選んだ。ほかの仲間は家庭を持っているとか、そういう事情もあって、たまたまヒマだったのが俺だっただけとも考えられるが。
「疲れてるんだろうな、いろいろあって」
「うん、疲れてる。ビーズがあまり効かなかったのは、そのせいかもね」
「え?」
浸地の疲れとビーズの効力に関連性があるのか?
「このビーズはね、自分の幸せを、渡した相手にお裾分けするものなの。つまり、私の幸せを広視にお裾分けするってことなんだけど、私の幸福度があまりにも低すぎて、効果が出なかったみたい」
「は……。いや、ちょっと待った、ていうことは、俺が不幸であればあるほど、浸地もどんどん不幸になるのか? 仮にビーズ細工をつくる前、浸地の幸福度が100で、俺がマイナス100だとしたら、つくった後は浸地がマイナス100、俺が100になるって、そういうことなのか?」
「ううん、その場合は、お互いゼロになる。両者の幸福度がちょうど釣り合うようになってるの。仮に私が広視ともう一人、エックスさんに渡したとして、私が100、広視がマイナス100、エックスさんがマイナス300だとしたら、その平均で三人ともマイナス100になる。補足だけど、幸福度は、その人がいまどんな感情を抱いているかによって変わるから、現状のままでも心から幸せだと思えるならポイントは上がるし、もっと不幸だと思ったら下がる。気の持ちようによる部分もあるの」
「そっか、ちょっと最後のほう混乱したけど、俺は、浸地の足を引っ張ってたんだな」
「さあ、どうかな。私のほうが幸福度が低ければ、そもそもビーズは効力を発揮しないし」
「あぁ、そうなのか……。変な話、そのほうが迷惑かけずに済むわけだから、いいと言えばいいんだけどな」
「はははっ、私に遠慮するなって。大丈夫、私は」
と、いつものようにやさしいお姉さんの笑顔を見せる浸地だが、明らかに空元気だ。
だがそこで俺が「なにが大丈夫だよ! 全然大丈夫なんかじゃないだろ!」と感情を露わにしたら、浸地が俺にしてくれたことを無下にしてしまう。
「広視、カッコよくなったね?」
「あぁ!?」
なんだ唐突に!
「いや、なんかさ、広視だったらこういうとき、なにが大丈夫だよ! 全然大丈夫なんかじゃないだろ! とか言って声を荒げそうなのに、冷静沈着だったから、なんかちょっとカッコいいな、大人になったのかなって」
「あ、うん、そうだな」
「あ、やっぱりそう思ってたんだ! ふふふ、そっかそっか」
「う、うるせぇ」
「ありがと。私のこと、本気で心配してくれてるから怒鳴りたくなったし、でもそれだと私がビーズを渡したのを無下にしちゃうから、感情を押し殺してくれたんだね」
…………。
「ごめんごめん、私のほうが思ってることを包み隠さず言っちゃったね。私が言いたいことはシンプルで、ありがとう、うれしい。それだけだよ」
俺はまた、胸を撃たれた。同じような笑顔でも、こんどは心の底からの笑顔だ。それが俺にとってはめちゃくちゃうれしいけど、絶対口になんか出さねぇ。
口に出さなくても、全部お見通しなんだろうけど。
「ねぇ、せっかくだから、きょうは遊ばない?」
唐突な誘い。いたずらで、ほんの少し妖艶な笑み。俺はそれに、その先を期待してしまう。
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更新遅めで大変恐縮です。